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オペラからのメッセージ
 
第5章 悪い女、しかしいい女――プッチーニ「マノン・レスコー」

 私はいま、次の話題のオペラとしてプッチーニの「マノン・レスコー」の話を先にすべきか、ヴェルディの「椿姫」の話を先にすべきかちょっと迷っているのです。というのは、この二つの話はちょっとしたつながりを持っていますのでね。原作の年代順でいけば「マノン」ですし、オペラ成立の年代からいくと「椿姫」でなければならないのです。
  でも、やはり「マノン」から始めることにしましょう。なぜなら私はオペラとリブレットとの関係、そしてリブレットと原作文学、そして文学とオペラの話を、あてどもなくしていたのでしたからね。
  二つのオペラがいろいろな意味でつながっているという例として、モーツアルトの「フィガロの結婚」とロッシーニの「セビリアの理髪師」があります。いずれもボーマルシェという人の戯曲を脚本化したものですが、オペラの成立年代からいくと「フィガロ」のほうが先です。しかし「フィガロ」は「セビリアの理髪師」の話の後日談なのです。だからこれから鑑賞する人は、先に「セビリア」を見て、次に「フィガロ」を見たほうがいいでしょう。

 アルマヴィーヴァ侯爵は「セビリア」の中で、あれほど苦労して手に入れた奥方を、「フィガロ」の中ではないがしろにする話が描かれます。そこで奥方がひとり嘆く場面がありますが、二つのストーリーのつながりで理解すると、奥方の嘆きのアリア、「愛の神よ、安らぎを与えたまえ」をいっそうすばらしい名曲として理解することができます。
  ところで本題に戻りますと、アベ・プレヴォの名作「マノン・レスコー」ほど当時人気を博した小説はないのではないでしょうか。それはひとえに、マノンというもっとも美しい、もっとも女性的特質を持ったヒロインのキャラクターによります。彼女は騎士デ・グリューを愛します。しかし彼との「愛だけの生活」には耐えられません。
  私はここで「騎士」デ・グリューといいましたが、中世騎士のことではありません。十七〜十八世紀ともなるとよろい兜で練り歩く軍人のことではなく、当時の「学生」「書生」、あるいは「名誉を重んじ、知識、支配階級をになうべき人々」を指したようです。わがデカルトも当時の最高学府を卒業した騎士の一人でした。

 マノンの恋人であるデ・グリュー青年もいい家柄の息子で、学校も卒業し、将来の地位も約束されています。ところが、彼が旅行中のマノンに出会うところから話がおかしくなってきます。デ・グリューは自分を回想してこういったものです。「私はアミアン出発の日時を決めていた。ああ!なぜ私は一日前の日に決めなかったのだろう! そしたら、私は自分の純潔をそっくりそのまま父のもとに持ち帰ったろうに」。
  というのも、ここで彼がマノンに出会い、口をきき、すっかりのぼせてしまったことが間違いのもとでしたから。前途有望な青年の人生は、その最初のところで狂ってしまいました。彼は出会ったばかりのマノンを伴って翌朝パリに逃げます。
  私は勝手に「マノン・レスコー」のオペラのことをしゃべっていますが、この原作を題材にオペラを作った作曲家は二人います。一人は「タイスの瞑想曲」で有名なマスネ、そしてもう一人はプッチーニです。私はプッチーニのオペラをお話します。

 プッチーニのオペラの第一幕は、アミアンの宿屋で騎士デ・グリューがマノンを見初め二人が逃亡するところまでですが、第二幕に入ると、いきなりマノンが囲われ物になって立派なお屋敷に住んでいる、その場面から始まることになります。この場面の移り変わりはいかにも唐突で、見ている人には何が何だか分かりません。
  これはオペラ鑑賞をする人々が、あらかじめマノン・レスコーの物語を知っているという前提で話を進めているからです。実際にはパリに逃げた二人は、二人だけの「愛の生活」を始めるのですが、マノンには物質的豊かさの伴わない生活など我慢できません。そこで彼女は再びデ・グリューのもとを逃げ出し、金持ちの旦那に囲われてしまったといういきさつがあるのです。
  ここでマノンが歌う有名なアリアが「華やかに着飾っても」。マノンは経済的に恵まれた華やかな生活を選んでいます。しかしじつはデ・グリューを心から愛しているのです。ここにマノンの「一生愛しはするが貞操は一週間と続かない」という、どうしようもない性質が明らかになります。騎士もとんだ女性を愛したわけです。

 私がこれまでにご紹介したオペラは、どれも原作とリブレットがかなり密着した作品でした。ちなみに「エウゲニ・オネーギン」は、小説の長さにすれば中編というところでしょうか。話の筋も単純ですから、リブレットと文学の間に大きな落差は見られません。
  ところが、これからお話ししたい「マノン・レスコー」や「椿姫」となると、小説としてずっと長く複雑になります。これを3幕(オペラは3幕構成が多いのです)の脚本にまとめるためにはよほど思い切った圧縮をかけなければなりません。
  そこでプッチーニの場合は、第1幕「宿屋で騎士デ・グリューがマノンに出会い、二人で駆落ちするまで」、第2幕「マノンが囲われているパリの屋敷に騎士デ・グリューがあらわれマノンをつれて出ようとするが、マノンは嫉妬深い旦那に告発され、捕らえられるところまで」、第3幕「マノンが犯罪人としてアメリカに送られることになり、その船に騎士デ・グリューが乗り込むところまで」としましたが、それでも話は終りません。そこでプッチーニは、第四幕「マノンとデ・グリューがアメリカの荒野でさ迷い、ついにマノンが死ぬまで」、というように4幕構成にしました。
  それでも、原作の「マノン・レスコー」からすると大幅なカットが行なわれており、オペラを見ただけでは原作の筋書きを想定することはできません。やはり、読者が物語を読んでいるということが前提なのです。

 そこで原作ということになります。原作では物語の実質的な語り手は騎士デ・グリュー自身です。家名も高く父親に信頼されてもいる自分が、父を裏切り、友を裏切りながらマノンを愛した喜びと苦しみを語るのです。
  宿屋でマノンと出会い、二人がパリに逃げるところは同じですが、原作ではデ・グリューがマノンを忘れるために一度僧門に入ります。その後マノンに再会した彼は僧服を脱ぎ捨てます。そして彼は借金することを覚え、いかさま賭博を覚え、「つつもたせ」まがいの犯罪までおかすようになります。なぜならマノンはものすごく金使いが荒いからです。彼女にはまったく経済観念がありません。
  マノンはデ・グリューを「心から愛している」といっているのですが、金持ちの男にいい寄られると何度でもその気になってデ・グリューのもとを飛び出してしまいます。マノンはこういいます。「パンなしで恋を語れるとお思いになって?」。けだし名言です。
  彼等はついに捕らえられ、脱獄のさいデ・グリューは殺人を犯します。彼は父親の口ききで一応開放されますが、マノンは大人たちの策略でアメリカ行きとなり、彼もこれに従います。アメリカに渡ったマノンは別な男に目をつけられ、その男とデ・グリューは決闘となります。デ・グリューは相手を刺し、二人は追手を逃れるために砂漠をさ迷う、そのうちにマノンは脱水症状となり、死んでしまう、これが原作の筋書きです。

 小説としては小型ですが、「マノン・レスコー」の原作を忠実にオペラの舞台に直したら、それこそ何幕何場あっても足りないことでしょう。そこで原作に対する大幅な修正が行なわれることになるわけですね。
  プッチーニのオペラ第2幕冒頭では、妹のマノンを訪ねた兄のレスコーが、デ・グリューの最近の消息を説明し、彼がマノンを取り戻すために「いかさま賭博」をやって金を稼いでいる話をします。マノンは経済的境遇には満足しているけれど、現在の旦那にいささか退屈し、デ・グリューとの官能的生活を懐かしむという設定になっています。原作とはだいぶ違いますが、ストーリーを短縮するための苦しまぎれの処置であることが分かります。

 一方、原作にはないのに、オペラ台本にだけ設定されている場面があります。やはり第2幕の冒頭ですが、ここはマノンのお化粧の場面です。貴婦人の朝の化粧は「ルヴェ(朝の面会)」と呼ばれ、当時の流行でした。貴婦人は自分の化粧のプロセスを取り巻きに見せ、自分の美しさを男性ファンにアピールするわけです。「ばらの騎士」にも同じような場面があります。
  マノンは美容師に「つけぼくろ」をつけさせますが、「このほくろは悩殺用」などと歌っていっています。女性たちはつけぼくろをつかって表情を自在にコントロールしていました。原作にはない場面ですが、これによって当時の風俗とマノンの気質をうまく表現しています。

 古典作品中の女性のオペラ歌手といえば、豊かな胸元を存分に見せてくれるデコルテを着ていますね。男性にとってオペラを鑑賞する大きな楽しみの一つです。いやないしょ、ないしょ。
  このデコルテは、マノンの時代、つまりフランス革命以前からヨーロッパの貴族社会を中心に大流行したファッションでした。当時はオッパイを全部露出してしまうデコルテも大いに用いられたといいます。女性たちが男性を操る選択肢を豊富に持ち、これを存分に駆使していたことが分かりますね。

 ところで、マノンは一体どういう女性だったのでしょうか。彼女は「椿姫」のヴィオレッタにつながる高級娼婦の一人です。かたぎの女性ではありません。このタイプの女性は、生活スタイルにおいては貴族の奥方たちときびすを接しています。つまりお金持ちのパトロンがいるかぎりは貴婦人として行動できるわけです。日本でいえば格の高い遊女、「太夫」といったところでしょうか。
  吉原の名高い太夫は教養も深く、上品で優雅で、あっぱれな人柄であったといいます。気に入らなければ、大名のラブコールにも応じないという見識の高い太夫が何人もいたといわれます。フランスの高級娼婦の生態はバルザックの「ベアトリクス」「浮かれ女盛衰記」「風流滑稽談」などに克明に描かれていますが、彼女たちは一カ所に固定されているわけではありませんので、日本の太夫よりずっと能動的、積極的に行動します。

 マノンのような女性がどのように男性を操っていたのか、これは原作からは分かりません。原作では、実直で行動力のある情熱的な青年が女性に愛され、甘言に釣られだまされながらも、何もかも捨てて女性と運命をともにするという、男性側からの記述になっているからです。
  しかし、マノンのテクニックをうかがわせる貴婦人たちの手紙の記録をフックスの「風俗の歴史」から読み取ることができます。これはれっきとした貴婦人が、複数の恋人の一人をどうあしらったかを示す証拠です。
  「夕飯がすみますと私はわざと聞き分けのない子供のふうをしたり、そうかと思うと、分別顔の女のふうをしたり、ふざけるかと思うと、こんどは涙もろいふうをしたり、そのあいま、あいまにちょいちょい、みだらな色気まで見せてやりました。つまり私はあの人をハレムにいるサルタンに見立てて、私のほうは寵姫のひとりひとりの役をして、楽しんだというわけですわ」。

 では、マノンはデ・グリューを愛していなかったのでしょうか。そんなことはありません。彼の心からの純粋な愛は、彼女の本当の生き甲斐でした。自分も彼を熱愛していたし、彼女はときには彼の手にかかって死んでもいいとさえ思いました。最後にデ・グリューに抱かれて死んだマノンが、その点で幸福だったことは間違いありません。しかしながら愛のために一人に束縛され限定されたマノンは、もはやマノンではありません。
  オペラ第二幕のおしまいのところ。この屋敷にデ・グリューが登場し、マノンと一緒になって旦那を怒らせてしまうので、旦那は警官を連れてきて二人を捕まえさせるという設定になっています。デ・グリューが早くここを逃げようとマノンをせきたてますが、マノンは宝石に執着し、そのために逃げ遅れます。美しいのに、心あさましいマノンの気質をうまく表現しています。

 私はマノンを見ると、ギリシャ神話のパンドラを思い出します。神話によると、プロメテウスから「火」をもらった初期の人間たちは、それなりに幸福でした。しかしプロメテウスの違反行為を怒ったゼウスは、人間たちへの恐ろしいプレゼントを思いつきました。
  大神ゼウスは一人の美しい女性を形作りました。アテナ神はこれに美しいぜいたくな衣装をつけました。アプロディテは彼女にろうたけた美しさと悩ましい四肢を与えました。そしてヘルメス神は彼女に恥知らずな心と、ずるっこい気質を与えました。
  こうしてゼウスは贈り物を完璧にすると、一つの密封した壷を持たせ、人間たちの世界に降ろしました。人間の男たちはパンドラの美しさ、魅力にさからうことはできませんでした。彼女の持っていた壷は「パンドラの箱」として有名です。彼女は、およそ女性というものが人類にもたらす、ありとあらゆる厄災をたずさえて地上にやって来たのです。私はマノンがパンドラの生まれ変りであったにちがいないと考えます。

 オペラ第4幕は、荒涼たるニュー・オルリンズの砂漠。決闘で人をあやめたデ・グリューが、マノンともつれあうように足を引きずり舞台の上にあらわれます。二人の服はぼろぼろで、どんな乞食やホームレスのファッションにも負けません。というのも、この二人は着の身着のままでフランスからやってきたからです。ここで歌われる二重唱はどれも美しく、悲しいプッチーニ節です。
  1700年代中盤のアメリカを想像してください。ニュー・オルリンズにフランス人が入植して町を建設したのは1717年のことです。アメリカが独立宣言を発するのは1776年です。 当時、入植したヨーロッパ人と現地のインディアンの間には壮絶な戦いが繰り返されていました。マノンと一緒にアメリカに送られたのは母国に居住させることができない犯罪人たちです。当然のことで、アメリカにはごろつきや、これに負けぬくらいの荒っぽい連中が集まっていたと想像されます。

 このような場所に、絹や宝石が大好きなマノンと誇り高い騎士デ・グリューがやって来たのですから、これほど不釣り合いな取り合せはありません。かつて音楽と香水に包まれていたマノンもいまはぼろに包まれています。デ・グリューはマノンのために水と宿を探しに行きますが、何も見つかりません。
  こうして文字どおり荒野の果てで、二人は互いを愛しあっていることをいくども確認し「私の愛は死なない」といいながらマノンは死にます。
  このオペラの最終幕のところは、原作には描かれていません。台本作家がプッチーニのために作ったものです。人によって批判はあるかもしれませんが、私は原作の本質をつかんだ、それなりにいいシナリオだと思います。というよりも、これしか表現方法が残されていなかったのだと思います。もっとも見ているほうからすれば、この最終幕は切ないものがあります。

 いくら身から出たさびとはいえ、救いもなく、コップ一杯の水にもありつけずにマノンが悶死してゆく様子には、胸を突かれる暗さ、絶望感があります。だからこそ愛する男が一緒にいることが、唯一の救いとして際立つわけですね。音楽もこの点をひたすら表現しています。
  このオペラが私たちに発信しているメッセージは何でしょうか。それは一人の特異な女性によって代表された「普遍的な女性」です。つまりマノンは全女性の代表者だということです。
  こういうと女性たちからは「とんでもない偏見」といって非難されるかもしれません。しかしマノンは全女性に共通する何かを表現しているのです。贅沢への好み、コケットリー、そして複数の愛、そして最後には真実の愛、これらの複合体こそゼウスからの美しい贈り物たるマノンにほかなりません。
  そしてあえて私はこう思います。人は一度はどこかで死ぬ、だからマノンのように、愛する相手を確認しながら死ねたらそれは幸いなことだと。荒野の果ても、完備された病院のベッドも結局同じことだと。

   
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