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オペラからのメッセージ
 
第10章 美は真に先立って駆ける――ブリテン「ヴェニスに死す」

 「サロメ」がイギリス人によって作られた原作に、ドイツ人がオペラを作曲するという過程をたどったのに対して、ドイツ人が作った原作にイギリス人が作曲したという例があります。それはベンジャミン・ブリテンの「ヴェニスに死す」です。
  じつはベンジャミン・ブリテンの傑作にヘンリー・ジェイムズ原作の「ねじの回転」というのがあって、私の個人的な考えでは、オペラとしてはこちらのほうが出来がいいのではないかと思うほどです。ところが、これはものすごくおっかないオペラなのですよ。私は勝手にホラー・オペラと名づけています。
  見たい人がいれば、いつでもLDを貸してあげます。見た人の反応を聞くのが楽しみです。しかし私は、臆病といわれようが何といわれようが、一人で夜中にこれを見直すのはイヤなので、「ヴェニスに死す」を取り上げることにします。

 トーマス・マンの原作はお読みになった方がたくさんいるでしょうし、それに何といってもヴィスコンティ監督の、同名の映画をごらんになった人が多いでしょう。それに実際にヴェニスを訪れた人も多いことでしょう。しかし、オペラCDでこの作品を鑑賞するのもまた格別です。
  例の有名な映画が作られたのは1971年ですが、オペラが作られたのは1973年です。ブリテンは恐らく映画を見たでしょうが、ちょうど映画が作られていた頃に同時に作曲も進行していたようです。
  オペラ鑑賞の前に、やはり原作のことを考えてみたいと思いますが、どうせのことですから映画のシーンを思い出しながら、映画と原作の比較もしてみたいと思います。映画では主人公は作曲家ということになっており、暗黙のうちにこの作曲家とグスタフ・マーラーの像が重ね合わされています。そして映画全編をマーラーの交響曲が流れるという仕組みになっています。

 ところが原作では、主人公のアッシェンバッハは作家なのです。これはいくら映画化とはいっても、ずいぶん大胆な職業上の変更をやったわけですね。私の考えをいわせていただくと作曲家では、あの美少年を見ても恐らくあそこまではげしい恋をしなかったでしょう。なぜなら、作家は言葉の概念の中に生きる種族だからです。アッシェンバッハの狂気にまで高まる想念は、高度な言語的操作をする人に特有の、自問自答の結果です。
  マンは主人公に作家という職業を設定しました。だからこそ美少年に声もかけることができず悶々と苦しむネクラのオジサンが必然性を帯びてくるのです。おそらくマーラーは相当にネクラだったと思われますが、作曲家という職業の選定は私はどうもぴったりしませんね。

 要するに話はこうです。ドイツで成功した作家アッシェンバッハは、ある日思い立ってヴェニスに気晴らしにやってきます。そこで滞在したホテルで美少年タジオを見かけ、この少年に片思いの恋をするという話です。
  気晴らしにきままな旅にでかけた作家が、ホテルの相客となった家族の一人を見て、その美しさに強い衝撃を受ける。これはいかにもあり得ることで、ここまでのところは不自然さはありません。しかしその美少年にひとことも声をかけることができず、ひたすら悩むというのは理解に苦しみます。
  この不自然を説明するために映画ではアッシェンバッハをひどく傷ついた、不健康で、神経質な、要するに自閉症的な性格を持つ作曲家ということにしています。

 船旅、ゴンドラ漕ぎとのやり取り、ホテルに到着してからの動作、食事のための着替えなど、いたるところで主人公の内向性を強調しています。これは主人公の職業を変更したために不可欠となった一連の操作なのです。
  原作ではアッシェンバッハは、若くして名声を得た作家であり、その緻密な作風と非凡な表現力とで世間を圧倒したことになっています。トーマス・マンは彼を説明して「そもそも彼の人生行路は懐疑と反語の側から来るすべての抑制を乗り越えて、意識的に昂然として威厳への道をたどることであった」と。これは映画に登場する神経質な作曲家とは相当イメージが違いますね。
  また彼はこうも書いています。「ドイツのある君主が即位したばかりに『フリードリッヒ』の詩人(アッシェンバッハのこと)の第五十回生誕日に貴族の身分を授けたとき、彼はそれを辞退しなかったのである」。つまり、アッシェンバッハは、「フリードリッヒ大王」をテーマにした小説を書き、これを顕賞されて貴族に列せられたということ、そしてアッシェンバッハはこうした旧体制から贈られた名誉を受け取ったということですね。

 よろしいですか。ここにすべてのカギがあるのです。大衆にも受け、うるさい批評家たちをも圧倒し、貴族の称号までも与えられたほどの作家、その知性と威厳に満ちた大作家だからこそ、行きずりの少年に気軽に声をかけることができなかったのです。しかも最初に少年を見たときに彼は自分自身の中に何らかの「やましさ」を感じたのですね。
  彼はこの「やましさ」を正当化するために、自分の作品が到達しようとしている「美」と、少年の天与の「美」を対照しようとします。ところがこのような観念の操作をしてゆくうちに、彼はずるずると感情の深みにはまり、自縄自縛となってゆくのですね。
  私は例の映画で感心するのは、作曲家にモノローグをさせないで音楽と映像にすべてを語らせようとしている点です。映画では少年が「エリーゼのために」を弾いたり、作曲家が少年美の呪縛から逃れるために娼家にでかけたりすることになっていますが、原作にはそのような記述はありません。

 ヴィスコンティ監督の映画で圧倒されるのは、やはり例のタジオ少年の美しさでしょう。この小説の演劇化にさいしては少年がすべてのカギを握っています。どんなに「あちらの趣味」に興味のない男性にでも、「なるほど」と思わせる美しさがなければ、この作品は成立しません。この点についてはオペラも同様です。
  作家アッシェンバッハが、ヴェニスにインド・コレラが蔓延していると聞いたときは、すでに正常な判断力を失いつつありました。彼は「タジオがここにいるかぎり」自分も留まろうと決心します。彼は床屋で若作りをしてもらい、ますます無気味な中年オジサンになりながら逗留を続け、ついにタジオ少年が出立するその日の午前中に、浜辺でコレラのために倒れます。
  アッシェンバッハはつぶやきます。「なぜなら美というものは、パイドロスよ、覚えておくがいい。美というものだけが神のものであって、同時に人間の目に見えるものなのだ。・・つまり精神的なものへ行くために感覚を通ってゆかねばならぬものは、いつか叡智と真の男性の品位を手に入れることができるのだ」と・・。

 「パイドロス」とは、プラトンの対話編「パイドロス」のことです。プラトンは哲人ソクラテスが美少年パイドロスと連れ立って、お天気のいい日にアテネの郊外を散策する話を記しています。そのときの議論のテーマは「エロス」について。この一編はプラトンの作品の中でもひときわほほえましく、幸福感にあふれています。
  ここではソクラテスは、パイドロスの幼い誤りをやさしく訂正しつつ、しかもパイドロスの美しさに賛嘆してやみません。ソクラテスは幾度も「美しいパイドロスよ」とか「いとしい子よ」などと呼びかけています。わが作家が自分を誰にたとえているか、お分かりでしょう。

 さて、映画のほうですが、作曲家アッシェンバッハは美的な力の均衡をめざす作曲家ですが、友人は彼の創作の姿勢をののしり、アッシェンバッハの作品は平凡だときめつけます。この友人は、「魂の健康は味気ないものだ」といい、いうなれば「精神は病んでいなければならぬ」と説きます。これはのちに少年タジオに「健康とはいえぬ」慕情を抱く主人公の、いわば回心的到達地点を暗示する言葉です。
  ところがこのような芸術論はマンの「ヴェニスに死す」の文中には全く出現しません。じつはこの「天才病気論」は、トーマス・マンの他の作品「ファウスト博士」や「魔の山」に出てくる概念です。
  ちなみに「魔の山」では「天才とはまさしく病気にほかならない」という言葉がナフタ氏の口から出てきますし、「ファウスト博士」では「天才の病気の産物を享受することによって人々が健康になる」という言葉が出てきます。ですから、ヴィスコンティ監督はマンの他の作品からの概念を、この映画の中に滑り込ませたわけですね。
  それにしても、「魔の山」に登場するナフタ氏とセテムブリーニ氏の打々発止の議論が思い出されますね。かたや人間を信じない超越的知識人、かたや百科全書的ヒューマニスト、思わずうなってしまう両者の説得力。おそらく映画監督はこの映画の中に、あの二人のイメージを少しばかり入れておきたかったのでしょう。

 ベンジャミン・ブリテンが、映画の「ヴェニスに死す」を見て、「ようし、わいもいっちょ、やったるで」といったかどうか知りませんが、彼は彼なりの角度からこの作品のオペラ化に取り組みました。
  彼はさすがに主人公を作曲家にすることはしませんでした。その代わりアッシェンバッハをスランプに陥った作家にしてしまいました。舞台は作品を書こうとしても書けない、という作家の告白から始まります。彼は「若葉よ、遅い春よ、私をよみがえらせてくれ」と歌いますが、原作にはこんな設定はありません。
  作品を故意に深読みしたところで、アッシェンバッハが創作に行き詰まった作家とすることにはムリがあります。ところが、それがオペラになると不自然ではなくなるのですから、音楽は不思議な力を持っているものですね。

 彼はミュンヘンの町を歩いていて、気味の悪い旅人に出会います。原作ではこの旅人はしゃべりません。ところがオペラでは歌うのです。旅人は主人公に向かって「行け、南の島へ、偉大な詩人はみなこの声に従ったのだ」などといいます。
  この部分が、原作では、「相手が彼を睨み返していることに突然気づいた。・・アッシェンバッハは狼狽して顔をそむけ、もうこの男のことは気にかけまいと即座に決心して垣根に沿って歩き出した」となっています。たしかにこれではオペラになりませんね。そこで、「行け、南の島へ・・」となるのです。
  このオペラの音楽的書法はいうまでもなく現代音楽です。R・シュトラウスの音楽も相当現代的ですが、やはりロマン派の、調性的な音階が基礎になっています。ところがブリテンとなると音階はもう古典的な調性には従いません。人によっては「さっぱり分からない」ということになるかもしれません。

 また脱線しますが、無調音楽で書かれた最初の画期的なオペラは、アルバン・ベルクの「ヴォツェック」です。この作品はすでにLD作品になっていますので、一見をおすすめします。「ヴォツェック」は一九四一年に書かれていますので、ブリテンの「ヴェニスに死す」にさかのぼること約六十年前ということになりますね。
  私が「ヴォツェック」を初めて聞いたのは学生時代、それもラジオを通してでした。そしてその音楽的な難解さ、斬新さ、そしてオペラ・ストーリーの異常性にすっかり気を飲まれてしまったことを覚えています。とくに、「いびきの合唱」の印象はひどく鮮やかです。いまLDで改めて聞き直してみると、やはり「ヴォツェック」は新しくユニークであり、はなはだ耳障りで、異常です。
  これに対してブリテンの音楽はずっと抒情的で、滑らかです。耳にも快く、いうなれば「こなれた」現代音楽だと思います。音の流れに身を任せていると、その独特の美しさが分かります。とくに、随所に入ってくる合唱の響きがとても効果的で印象的です。

 オペラでは主人公のアッシェンバッハはテノールが担当します。これはブリテンの生涯の親友ピーター・ピアーズが最良のテノールであったからです。彼は親友のためにオペラを含むたくさんの作品を書きました。
  この「ヴェニスに死す」も親友ピアーズに歌わせる目的で書かれたものです。ブリテンとピアーズの関係がアキレウスとパトロクロスのような関係であったとされます。ブリテンはこのオペラを書いたまさにその年に、親友の腕に抱かれて死にました。

 そこでもう一度アッシェンバッハが歌う「風は西から吹き」を聞いてみましょう。本当に美しい音楽です。また「だが、ここには海がある・・」の場面で演奏されるオーボエのソロも、ちょうどシランクスが吹く葦笛のように抒情的で深みがあります。
  イギリスという国は、古来偉大な作曲家を生みませんでした。例外的にバロック時代にヘンリー・パーセルという人が知られています。その後古典音楽の時代、それにロマン派の時代になっても、音楽史に残るような大作曲家は生まれませんでした。
  ではイギリスは音楽的に不毛な国かというとそんなことはなく、演奏の分野では独自のスタイルと水準を維持しています。たとえば男性のアルト歌手といえば、イギリスが本場です。しかしベンジャミン・ブリテンの登場によって、イギリスはついに作曲の面でも世界第一級の人物を誇れるようになったのです。

 ブリテンのオペラ化に関して、もっともすぐれた着想と思われることがあります。それは、アッシェンバッハにからむ主要な脇役が七人いるのですが、これがすべて一人の歌手によって演じられるというか、歌われるという点です。すなわち、最初にアッシェンバッハに旅情をかきたてる未知の旅人、船に乗りあわせた若作りの老人、ゴンドラの船頭、ホテルの支配人、ディオニソス、ホテルの床屋、流しの音楽家、以上の七人です。
  これらの人物は、アッシェンバッハに執拗につきまとって彼の罪悪感をかきたてたり、彼の欲望をそそのかしたり、彼の神経を逆なでしたりします。これらの脇役はアッシェンバッハの自閉症的な行動を強化する働きをするのですが、異なる配役に同じ顔の人物が登場することによって「またあいつか」という主人公の強迫観念がいやがうえにも高められます。この強迫観念は見ている私たちにも伝わってきます。
  なおオペラに登場するアポロとディオニソスという二人の脇役は、純粋にオペラ用に作られたもので、原作には登場しません。アポロ役は、イギリス伝統の男性アルトが当てられています。

 映画がモノローグを徹底的に排除しているのに対してオペラは徹底した主人公のモノローグで展開されます。実質一時間以上、難曲を歌い続けるのですから、普通のテノール歌手ではとてもこの役はつとまりません。
  当初アッシェンバッハは少年の美にひかれますが、まだまともです。彼は自分がのめり込みそうになるのに恐怖を感じて、ヴェニスから立ち去ろうとします。ところが手違いで荷物がとんでもないところに送られ、彼は出立することができなくなります。彼は荷物をホテルに送るよう命じ、滞在を決心します。
  「私が心に望んでいることは何なのだ?」「出発できなくなって内心は喜んでいる」「こうした自分の態度が、自分の思想と作品の分裂を生んできたのではなかったか」などなど、主人公の自問自答は続き、最後に「ここにとどまろう。太陽とアポロに自分を捧げよう」となります。ここでアポロが登場し、「美による愛は神が吹き込んだ狂気なのだ。より神に近いものだ」などとアッシェンバッハをそそのかします。

 彼は「(タジオの)純潔な身体の美こそ私の文体だ」などと自己弁護を始め、ついに「私は失恋している」「言葉を交わしたかったができなかった。震える四肢が私に背いた」「君を愛している、この平凡な言葉だけで満足しよう」というように発展します。
  さらに次の段階になると「あの姿を見失ってはならぬ」「おお官能の日々、苦悩の日々」「狂気の至福だ」「もうこれ以上落ちることはない」などとなります。そして「美は感覚を通して知に至る」、これが絶命する前に大作家アッシェンバッハが達した人生の結論でした。
  映画とオペラ、両方とも音楽が重要な、のっぴきならぬ役割を果します。ここでは、流しの音楽家がホテルの客にサービスする「笑いの音楽」を比較してみることにします。なお、これについてマンは原作の中でこう書いています。「文句はわけのわからぬ方言で、リフレインのところは笑い声になっている。そこへくると一座はありったけの声を出して一緒に笑った」。
  この笑いの音楽は、あたかも楽士たちがホテルの客を嘲笑しているように演奏されるものですが、「笑い」が持っている生理的伝染性のために、聞いているほうも釣り込まれて笑わざるをえません。この音楽を聴いても笑わないのはアッシェンバッハと少年タジオだけです。

 映画のほうではこの音楽は単純で、いかにもイタリアの場末の店で聞けそうなリアリティを持っています。それに一座の楽器編成もギター弾きの歌手も、原作に忠実に再現されています。これに対してオペラのほうでは、ギターが小さな手風琴に変わっています。「笑いの音楽」も癖のあるもので、一見単純そうに作ってありますが、なかなかどうして油断のならぬ音楽です。
  してみると、映画にとって音楽とは映像に仕える手段であり、オペラにおいては他の一切のものが音楽に仕える手段なのです。ブリテンの音楽は、自身の人生を総括しながら、揺れ動く作家の心理を過酷に、露骨に描き出した後、彼の至福の死をやさしく包んで終ります。

 アッシェンバッハは祖国で美の狩人であり、美を彫琢し続けました。そして世人に高く評価され、大成功を収めました。しかし彼が成功したのはあくまでも書斎の中でのことであり、レトリカルな表現上のことにすぎませんでした。アッシェンバッハは自分をきびしく律し、自分自身を意志に従わせることを身につけました。こうして彼は人々の尊敬を集めることを覚え、そのライフスタイルから一歩も外に出ませんでした。
  ところがヴェニスへの旅行体験は、彼の価値観をくつがえしてしまいました。彼は自分自身が年がいもなく若者の仲間入りをするために若作りをしている、あの醜悪な老人とまったく同一人物であることを発見します。

 彼は、「生きている美」を見たと思い、自分が長年やって来たことが無意味であったと反省します。そして「美を追及する狂気の中にこそ真があるのだ」という悟りを得たとき、彼は死にました。少年タジオを慕いながら、ヴェニスに死んだこの作家は幸福でした。
  アランは「美は真の忠実な証人であり、そして、これが真に先立って駆ける」、といっています。また別のところでは「美は証明を必要としない」ともいっています。もし私たちが「美」に関心がないなら、どうして本を読んだり、音楽を聴いたり、絵を見たりするのでしょうか。美は私たちの幸福に直接関わっているという、まさにその点において、美は真に先立って存在しているのです。

   
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