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落語からのメッセージ
 
第3章 妾馬――自分たちだけの用語を使うな

 志ん生の歴史に残る名演のひとつに「妾馬(めかうま)」という演し物があります。これはおめでたい演目であったようで、私が持っているテープを聞くと、話は「春ですのでおめでたいはなしを・・」というように始まっています。
  題の「妾馬」が正確にどんな意味かと思い、辞書を調べてみましたが、該当する言葉がありません。「妾馬」というのはどうもこの落語のための造語らしく思われます。
  話の筋は「八五郎」というやくざな若者が、妹が大名の妾になったために、その引き立てで出世するという話ですので、「妾になった妹の尻馬に乗った男」という程度の意味で「妾馬」と名づけられたのかもしれません。「妾馬」では分かりにくいこともあるらしく、同じ話が「八五郎出世」という題名になることもあります。
  先ほども申し上げた通り、志ん生はこれを「おめでたい話」としているのですが、私にはどうしてもおめでたい話とは思えません。もちろんどこにも悲劇的な要素はありませんし、話はハッピーな状況で終わっています。けれどもこの話が投げかけているメッセージはなかなか深刻であるように思えます。

 落語が本題に入る前の前置き部分を「枕」といいますが、志ん生のいわゆる「枕」にはいろいろなパターンがあって、そのパターンのいくつかを自由自在に組み合わせ、話をしているうちにいつのまにか本題に入っていくというケースが一般的です。枕と本題の関係はかならずしも固定的ではありませんが、中にはその話に固有の枕もあります。「妾馬」の場合は、昔の大名の生活スタイルを紹介する枕が用いられます。
  「昔は士農工商と分かれていて、侍が天下の往来を七分したんだそうですな。あとの三分を農工、商が歩いていたんですな。だから噺家なんぞ歩くところがなかった。ドブん中を這って歩いていた」というように、武士の権威が高かったことが強調されます。
  またこれに関連して、「ちょいとなんかあると、無礼討ちにされる」という話も出てきます。「『あー、この者は無礼をいたしたから切って捨てた。無礼討ちである』ということで届ける。するとこれでおしまいになっちゃう。無礼をしたかどうか、わかりゃしない。え、片っぽうはもうのびちゃってるんですからな」という具合。

 私の持っているテープでは侍が、新しい刀を買い求めて「試し切り」をする話が紹介されています。当時の侍たちにとってはいい刀を買うというのは、こんにちでいえば若者が新しいクルマやバイクを買うというのと同じようなものだったのでしょうね。
  ちょっと知られた銘柄品を求めると、これを友達に自慢したくてしようがなくなってしまう。こういう心理はいつの世も同じです。
  クルマやバイクなら、友達や彼女を乗せてぶっ飛ばせばそれですみますが、刀となるとそうはいきません。どうしても「試し切り」をしたくなります。暴走族も危険ですが、刀の方がもっと危険です。

 

天下泰平で腕がナマる
  この侍も新しい刀を買って試したくてしようがない。けれど犬などを切っては刀の穢れになります。芝居の「三人吉三」の中でも、父親が犬を切ったために、のちのちたたりを受ける話が出てきますからね。当時野良犬が横行していたらしいことは、「仙台萩」の中の「犬よけに脇差しを」などというせりふからも分かりますが、犬は切りたくない。
  どうしても人間を斬りたい。そうかといって罪のないものを切りにくい。そこでなんか切るものはないかと探して街を歩きます。物騒な人です。
  夜、橋のたもとに来ると、乞食がこもをかぶって寝ています。そこでこの侍はつぶやきます。「はああ、こやつは生きていてもなんにもならん奴である。しかし、死ぬにも死ねないのであろう。切ってつかわしたほうが、かえって楽になってよろしい」。ずいぶん勝手な理屈です。侍は口の中で「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」、近寄ってこもの上から一太刀浴びせます。暗闇で血のりをぬぐって帰ってくる。

 翌日この侍は友達に自慢します。「近藤氏、新物の一刀を求めたがよく切れるな」「そんなによく切れるか」「昨夜試した。一太刀だ」「腕が上がったな」「む。この橋のところで乞食が寝ておったから、一太刀だ」「じゃ、おれにも貸せ。おれもどこかで切ってくるから」「いや、尊公では無理だ」「いや、貸せ」というので、今度はその友達があっちこっち歩き回って、また同じ橋のところに来ます。
  すると同じように乞食が寝ています。するとこの友人は「ほほう、ゆうべ斎藤がここで切ったというが、また寝ておる。こやつらよほど命のいらぬ奴等だな」というので、口の中で「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」、近寄ってパァーっと切り下ろすと、・・乞食はかぶっているこもを取って、「だれだい、毎晩殴りに来やがるのは?」。
  徳川時代になってからは天下泰平が続き、武士たちの腕も相当ナマってきていたようですね。 両国の花火を扱った「たがや」という落語でも、武士の腕前がなまくらで、たがやの職人に四人の侍がやっつけられるという場面が出てきます。侍の権威指向に対抗した、庶民の批判精神が落語の中にも色濃く残されているわけです。そしてこの「妾馬」の本題こそ、権威主義的なものに対する批判精神の立派な実例といっていいでしょう。

 
 

ご奉公はシンデレラ・ストーリー
  裏長屋に、父を早くなくした兄弟が母と住んでいました。兄の八五郎は、博打ばかりやっているやくざな男ですが、妹の「おつる」は美人で気立てがやさしく、母を助けて働いている孝行者です。
  ある日一人の武士がこの長屋に入ってきました。井戸端で裸になって仕事をしている男にものをたずねます。「あー、これこれ、この長屋の家守はどこだ」。
  ここで武士がいっている「家守」とは家主のことなのですが、井戸端の男には「やもり」の意味が分かりません。この落語では本題スタートの部分から、武士の用語と町人の用語の鋭い対立が示されます。井戸端の男は「やもり? 今はだめですよ。暮れ方になってくるてえと、あそこんところの塀のところに・・」。

 するとこの武士は「虫のことではない、支配をいたすものはどこじゃ」といいます。ここでこの武士も男が「家守」を「やもり」を間違えていることを知ります。ですから武士は「家主」とはっきりいえばいいのですが、いいません。「支配をいたすもの」などと気取ったいい方をしています。この冒頭部分で象徴されるように、この落語は言語コミュニケーションの問題を取り扱っているのです。
  男は「支配をいたすもの」といわれて、「ああ、大家のことですかい」と察しをつけます。そして大家の家を教えます。武士は大家の家にやってきて、「あー、この長屋の支配をいたすものはその方か」と切り出します。
  そして武士は「この裏に、年ごろ十七、八になる・・なりはいたって粗末であるが、みめよき乙女がおるが、あれはその方の支配か?」。大家さんはさすがに武士の言葉が分かりますから、「へえ、え、さようでございます。名前をおつるともうしまして・・(咳払いをして)十七、八と申しますが、あれはまだ十三でございまして」といいます。

 すると武士は困惑し、「なに、十三、十三では・・それはいかんな・・」といいます。「どうしてでございましょうか」と大家が聞くと、「じつは、わが君のお目にとまって、御奉公に、ということであるが、十三では・・」。すると大家は「いえ、十八でございます」とあわてて前言を撤回します。
  大家は店子が武士に何か粗相をしたと思い、子供であれば許してもらえようと思って年齢を偽ったのですね。このような年齢詐称は「火炎太鼓」のところでも出てきます。この時代にも年齢的な基準が重要なポイントになっています。

 大家はおつるが大名に見そめられたのだと知って安心し、もしかしたら彼女が「シンデレラ」になれるかもしれないと、とっさに判断し、彼女を売り込みます。「たいへん親孝行者でございまして、母親と自分が内職をしたりしてやっております。へえ」。
  この武士は彼女に父親がいないと分かると「親なきのちは兄というから、兄ともよく相談して得心が行ったら申し出るように。支度金は望み通りつかわす」ということで帰ります。落語に出てくる人物はおおむね好人物ですが、ここでも武士の対応はずいぶん紳士的ですね。「十三」と聞いてはたと尻込みしたのは児童福祉の観点からですし、親兄弟と相談して「得心が行ったら」と念を押しています。

 行きずりの女性を見そめて「御奉公」に上げさせ、複数の側女の一人として使って、試食をして見て用が済んだら家に帰す、というのは今考えればずいぶんむちゃくちゃに思えますが、当時の論理では、かならずしも一方的な取引きということではなかったようです。
  話に応じればまず支度金が入りますし、ご奉公中は生活費を一切面倒見てもらえます。また行儀見習いをすることができます。かりに殿様の子供が生まれれば、立派な側室ということになり身分と地位は保証されます。かりに生まれた子供が男の子で、正妻に子供がない場合には、世継ぎを生んだことになりますので、女性は正妻と同じ権威、あるいはそれ以上の権威を持つことにもなります。御奉公に上がるということは、これらの可能性を含んでいるわけです。
  かりにほんの味見程度で家に帰されるとしても、よほど不始末でもしない限り「タダ」ということはありません。したがって暮らし向きに不自由しているような階級の女性にとっては、願ってもないチャンスということになります。

 
 

玉の輿願望はなくなるのか?
  古事記には、雄略天皇が御幸先の三輪川で洗濯をしている美しい庶民の女性を見そめ、「迎えをよこすから、待っていなさい」と約束したのに、すっかり忘れてしまったという記事が残されていますね。この女性の名は赤猪子(アカイコ)というのですが、かわいそうに彼女は八十年間も天皇からの使いを待ち続けていました。
  けれどある日、彼女は思い切って天皇に面会を求めました。天皇は見たことのないおばあさんが来たのでびっくりし、そして自分が忘れていた約束を思い出しました。天皇は「若いときにお前と共寝をすればよかったのに・・」という意味の歌を詠み、多くの贈り物とともに彼女を帰してやりました。
  よく考えてみると、「シンデレラ物語」はある種の庶民の女性によるご奉公物語です。ただ大きなポイントは彼女が正妻として迎えられるということ、王子様は彼女以外の女性を問題にしていないということです。しかし人生は長く、王子様はいくらでも他の女性と浮気をすることができるのですから、結婚=ハッピーエンドという図式は、いかにも子供向けの図式といわねばなりません。

 しかしいずれにしても、若い女性はその容姿によってシンデレラになる可能性はあるわけで、この点を理解すると、彼女たちが全力をあげて自分の容姿づくりに取り組んでいる根源的な理由を理解することができます。この間の事情を志ん生は「女氏なくして玉の輿に乗る、男氏なくして玉の汗をかく」といいました。
  こんにちでは「男氏なくして玉の汗をかく」という格言は当たらなくなってきているのではないでしょうか。つまり、かりに資産家のせがれとして生まれても、彼に才覚がなければ資産を保持することはできません。日本は税制的には社会主義国ですからね。会社の中ではいくら金持ちの息子でも無能者は無能者です。「男は氏があろうがあるまいが汗をかく」、これが現代の事情ではないでしょうか。
  これに対して「女氏なくして玉の輿に乗る」、こちらの格言の方は、まだ生きていますね。女性の社会進出が賞揚されていますが、玉の輿願望にはなかなか根強いものがあります。結婚した相手の男性に「見込みがない」と分かり、自分がもう玉の輿には縁がなくなったと認識するようになると、女性は次第にモンスター化するわけです。もっとも最近は女性たちが男性たちにまじって「玉の汗をかく」傾向が一般的になってきました。まあ、これは「玉の輿なんて、実際にはあり得ない」というきびしい現実認識によるものでしょうかねえ。

 
 

おつる世継ぎの母となる
  ところで落語では、おつるは大家の骨折りでめでたくお屋敷にご奉公に上がったことになっています。おつるに対する殿様の寵愛が深く、まもなくおつるは懐妊します。そして男の子を生みます。この殿様には世継ぎがいませんでしたので、おつるは「世継ぎの母」という金メダルを手に入れます。こうなると彼女に対する屋敷の待遇は変わります。「今までおつるさんといっていたのが、『おつるの方様』となり、方号をもらって、奥様と同じお膳部という日の出の勢いでございます・・」。
  殿様は彼女に対してはいつもやさしく上機嫌で、「お前に兄があるそうだが」というと彼女は「いたってがさつ者でございますが」と答えます。すると殿様は「兄に会うてやろう」ということでここで、殿様が八五郎と対面する、ということになりました。これは殿様にしてみれば愛する女を喜ばせようとする精一杯のサービスです。

 落語では、おつるの人柄や表情はほとんど紹介されていません。少なくともここまでは「なりはいたって粗末であるがみめよき乙女」「母を助けて働く孝行娘」ということしか分かっていません。おそらく殿様は彼女の美しさだけでなく、身分をわきまえた慎ましさを気に入ったのでしょうね。「美人」はアイキャッチャーとして最高です。しかし人間関係、愛情関係を維持するためにはまた、別の要因が必要です。
  殿様が八五郎に面会するから、屋敷に参るようにという第一報がまず大家のところに入りました。八五郎は例によって友達の家の二階で博打を打っていますが、大家さんのところへむりやり連れてこられます。「あのなあ、お前の妹のおつるな、あれが今度大変なことになったぞ」と大家さん。「へえ、なんか持って逃げたんで?」「そんなことはしやしねえ、今度お世取りをもうけた」「へえ?」「お世取りを生みなすったよ」。

 ところが八五郎には、「お世取り」の意味が分かりません。「そいつは、おれのせいじゃねえね。そいつはね、因縁だよ。うちのおふくろにかけ合った方がいいな。トリなんぞ生んじゃってしょうがねえ」「トリを生んだんじゃない。ばか野郎、お世取りだよ」「へーえ、ミミズク?」「男の子をお生みになったんだ」「へーえ、かっぱ野郎?」というので、八五郎に事態を理解させるのが大変です。
  ごらんのように、ここですでに武家社会に通用するフォーマルな言葉と、八五郎の言語センスのギャップが明確になってきます。大家さんは妹のおつるに対する殿様の寵愛が深く、そのため「兄に会うてやろう」ということになったこと、八五郎に屋敷に出向かなければならないことを告げます。すると八五郎は「ああ、いや、ごめんこうむる。勘弁してくんねえ。もう、あっしゃ大名と付き合うのは、ごめんだ」。
  八五郎には大名の屋敷に出向かなければならない理由が分かりません。殿様とおつるの関係は二人の関係であって、自分には何の関係もない、と彼は思います。この点八五郎は無欲というかさっぱりしているというか、世間知らずというか、要するに自分は自分、妹は妹ということで、自他のけじめがはっきりしているのです。
  世の中には自他のけじめがはっきりしない人が多いですね。自分の親戚が金持ちであるとか、有名人であるとかをやたらと自慢する人がいます。自慢すればするほど、本人の値打ちが下がるのに、そういえば自分に箔がつくと錯覚しているのです。八五郎は無学ですが、彼にはこうした精神の卑しさが少しもないことにご注目ください。
  大家さんは八五郎を動機づけることができないと分かると、身近な損得勘定を持ち出し、「行けば損はないよ」といいます。すると単純な八五郎は「へへーえ、なんかくれるかい?」「そらぁ、くださる」「お目録をくださるな」「なんでえ、そのオモクモクてのは」「オモクモクじゃねえ、お目録、お金をくださるよ」「へーえ、いくらくださる?」。
  八五郎は屋敷に行くとお小遣いをもらえるという話に乗ってきます。大家さんは「まず百両はくださるな」。すると八五郎「ほんとにくれるかい」「だろうな」「だろうはいけないよ。くれるならくれると決めちゃってくれよ。くれなかったらお前さんが出すと・・」「冗談いっちゃいけない」。

 この時点で八五郎は無一文です。げたも履かずに大家のところに来るので、大家が聞くと、二三日前に割れちゃったけれど、新しいのを買う金がないのではだしで歩いているといいます。おつるが奉公に上がったときには支度金が入ったはずですから、本当は八五郎は金を持っていなければならないのですが、博打と岡場所で使い果たしたものとみえます。
  八五郎にしてみれば、ふたたび博打の資金が手に入るのですから、それなら悪くない。結局大家さんに説得されて大名屋敷に出向くことになりました。

 
 

急ごしらえの応対話法
  ところが大家さんは、八五郎の礼儀知らずと、乱暴な言葉づかいが気になります。八五郎がもしお屋敷で粗相をしでかして、せっかく日の出の勢いの妹おつるの評判を傷つけるようなことがあっては大変だと思います。
  そこで彼は先方に行ってからの口のきき方を教えてやります。「ああいうところへ出たら、言葉は丁寧にしなくちゃいけねえ」。ところが八五郎は「丁寧にゃできねえんだ」「もののかしらに、おの字をつける。しまいのところに『たてまつる』をつける。なんでござりたてまつる、とこういうんだ」。
  こうして八五郎は勇躍大名のお屋敷へと出かけます。彼は門番と次のような会話を交します。「どこへ参るのかっ」「え、おふろしきってところへ行くんでね」「おふろしきなんてぇところがあるか、お広敷きじゃろう」「ちゃんと知ってやがって横着な・・」「どなたにお目にかかるかな?」「へへ、田中三太夫ってひと」「これっ、ひと、ということがあるか」「じゃ、人じゃねえのかい」。

 屋敷の門のところは武家社会の正式の入り口であり、ここを境にして言語体系が変化するわけです。八五郎は早くも用語の変化にとまどっていますね。八五郎に「じゃ、人じゃねえのかい」といわれた門番はグッとつまって、「人ではあるけれども、ヒトと申してはならん。田中三太夫殿であろう。田中三太夫殿は当家の重役である」といいます。
  こうして無事に屋敷の中に入った八五郎は、なんとかお広敷きに到達し、ここで案内を求めますが、何と声をかけていいか分かりません。ここは完全に武家秩序が支配している区域ですからうかつに口をきけないと八五郎は思います。そこで彼は新たに習い覚えた用語を用います。「こんちわ、たてまつるよ」。

 取り次ぎの侍が出てきて彼に名をたずねました。「その方の姓は?」「えーと、せいは五尺四寸・・」「これこれ、名前は何と申す?」。八五郎はこれに対して巻き舌で、「はちごろうてんで」。ところがこれがどうしても取り次ぎの侍には聞き取れません。
  取り次ぎの侍は何度も聞き直しますが、どうもはっきりしない。「チョオロゲと申すか」なんていっています。八五郎は焦れて「八五郎ってんで、八五郎・・」という具合。やっと相手も察して「八五郎、おお、おつるの方様の兄上八五郎殿は貴殿であったか」「貴殿だよ。もう、大貴殿だね」。コミュニケーションて難しいですね。
  取り次ぎの侍は「さあ、身について同道しなさい」といいますが、八五郎にはこれが分かりません。「えー、すると、どこでやりましょうかね。まわるんでしょう?」。八五郎は「同道」を「堂々めぐり」と勘違いしているのです。侍は仕方なく、「一緒に来ることを同道というのだ」と説明します。
  すると八五郎は「符牒だね?」といいます。侍は「符牒ではない」といいますが、八五郎にしてみれば、「一緒に来なさい」といえばいいことを、「身について同道しなさい」というのは、明らかに同業者の符牒であるように思えます。そこで八五郎としては、「符牒でいっちゃいやだよ」ということになります。

 この言葉の食い違いは、田中三太夫が出てきて、八五郎が殿様の前に出るところで最高潮を迎えます。八五郎が殿様の入る広間で平伏させられますと、殿様が声をかけます。「これ三太夫、つるの兄八五郎と申すものはこの者であるか? 苦しゅうない、面を上げろ、面を上げろ、いかがいたした、面を上げろ」。
  いくら八五郎でも当時の庶民としては「面を上げろ」ぐらいは分かるはずですが、落語では、こういうところは徹底的に誇張されます。三太夫が「これ、これッ、面を上げよ」と八五郎に声をかけますが、八五郎は「表なんて上がらねえよ、・・土台が腐っていやがるんだね。こないだもそういってやったんだよ。こりゃあきらめたほうがいいって」。

 これから見ると、八五郎の本来の職業は大工かもしれませんね。八五郎は近所の乾物屋の主人から「表の床を上げてくれ」と頼まれていたのですが、「オモテを上げる」というキーワードでこれを思い出したものと思われます。なにしろ、八五郎は八五郎なりに緊張し、錯乱していますから、こういう挨拶になります。
  ここで鈍感な三太夫も「何をいっておる、オモテというのは、アタマを上げるんだ」「さっきは上げちゃいけないといったね?」と八五郎。「今度は上げるんだ」「なんだい上げたり下げたり、アタマだからいいけれど、米の相場じゃ大変だ・・」。八五郎はへらずぐちを叩きながら顔を上げますが、正面を見てびっくりします。

 
 

即答をそっぽと間違える
  「あっ、こらあ大変なところに来ちゃった。ピカピカ光って向こうが見えねえや」。これは八五郎が殿様の玉座の方を見てびっくりしたときの様子ですが、これはある意味で権威ある大名の屋敷の作り、大名席の演出を伝えています。
  落語の流れから察すると、八五郎は田中三太夫に「御前間近かである」といわれて、頭を下げましたが、このときには、正面のふすまが閉じた状態です。八五郎が平伏していると、その間に殿様が仕切りの向こう側に着座し、それからふすまが開いたという格好でしょう。このときに八五郎が正面を見ると、殿様は後光がさしたような状態の中で座っていたことになります。
  この後光がさすような効果、これを「ハロー効果」といいますが、この殿様の席には「ハロー効果」が演出されているわけです。どんなことでハロー効果を出したのでしょうか。考えられるのは背後の窓の活用、燈火の活用、そして殿様ならびに側近が着用している衣裳の光沢などでしょうね。ヒットラーも、こうしたハロー効果の使い方が抜群にうまかったといわれます。

 いずれにしても八五郎がびっくりしていますと、殿様が声をかけます。「あー、本日、そちを呼び寄せたのは、余の儀にあらず、このたび、そちの妹つるは、安産をいたした。世取りであるによって、余も満足に思う。そのほうもさだめし喜ばしいことであろうな、どうじゃ?」。
  なにしろ気が動転しているところへ、いきなり侍言葉の連発ですから、八五郎もどういっていいか分かりません。
  もじもじしていると、そばにいた田中三太夫の方が焦って八五郎をつつき、「即答を打て、即答を打て」と促します。八五郎は「打っていいのかい」と聞き、「打て」といわれるので、いきなり三太夫の顔を殴ります。三太夫は驚いて「わっ、なにゆえに拙者の面体を打つかい」。八五郎は「即答を打て」を「そっぽを打て」と間違えたのです。

 いよいよ八五郎は殿様に向かって次のように挨拶します。「えーと、御殿様でござりたてまつりますか。お私ことはお八五郎と申したてまつる。本日大家様がお呼びたてまつりまして・・お前はおいでたてまつらなければならない・・」。
  殿様は「彼の申すことは、余にはさっぱり分からん、あー、無礼講にいたせ。朋友にもの申すようでいいと、いってつかわせ」と三太夫にいいます。さすがに殿様はこのままではコミュニケーションが成立しないと判断して、次の指示を出したわけです。
  無礼講といわれて八五郎は安心し、彼にとって普段の言葉でしゃべりはじめます。「と、まあざっくばらんな話、・・今日大家のでこぼこが、あっしを呼びによこしたんでね。家賃の催促じゃねえかと思って行ってみたんだ。そしたらね、お前の妹のおつるがお世取りを生んだっていうんだ。ねっ、こっちゃ、おめえ、ニワトリを生んだと間違えちゃった・・」。
  田中三太夫は、いくら無礼講とはいっても八五郎の言葉があまりにぞんざいなので、気が気ではありません。「ああ、これ」「なにをいうか」などと脇でいっています。すると殿様は八五郎に自由にしゃべらせようと三太夫を制して、何度も「控えておれ」といいます。すると八五郎は三太夫に向かって、「控えておれ、っていってるじゃねえか、うるせえんだよ、この人ぁ、よくこんなものを飼っておくね」。

 ここに提示されている情景は、こんにちの現実の世界にそっくりそのまま見られることです。まずはじめに用語です。技術者は技術用語を使います。相手が素人で、その言葉を使って話したのでは通じないだろうと思えないのです。どの用語までなら通じ、どの用語は通じないか、これを判別することができないのです。
  またどの業界にも業界独特の専門用語があります。業界内で話をするときには、専門用語だらけでもかまわないのですが、外部の関係者や素人が相手のときには分かりやすく解説をするとか一般的な用語にいい変えるとかしなければなりません。

 
 

コンピュータ業界のおばかさん
  ここでひとこと申し上げなければなりませんが、コンピュータ関係の用語、この用語の分かりにくさ、でたらめさ、これは一体どういうことでしょうか。そうして、コンピュータが得意な連中はこれらの用語をむやみに駆使することで、どうやら自分が特権的なエリアに身を置いていると信じ込んでいるらしいのですね。
  もちろんコンピュータは外来の技術ですし、既成の言葉では応用できない概念があるかもしれません。また概念をできるだけ短い文字数で表現しなければならないかもしれません。しかしいいかげんな言葉を、しっかりした吟味や定義を加えずに野放しに使い、これを未経験な人々に向かって得意げに押しつけたり、振りかざすという風潮はいただけません。
  たとえば、今私はこの原稿をパソコンを使って書いています。もしもこの原稿をそのまま保存しようとすると、「上書き保存」という命令をすることになります。たいていのワープロソフトは「上書き保存」です。

 しかし「上書き保存」とは妙な日本語ではありませんか。「上書き」というのは「表紙」「タイトル」という意味です。「上書きを保存する」ということは、言葉通りに解釈すると「上書き部分」を保存するという意味です。
  しかし私はタイトルだけを保存したいのではありません。それにタイトルだけを別に作っていない場合だってありますからね。私は自分が作った文章の全文を保存したいのですから、本来なら「全文保存」、あるいは「再保存」でなければなりません。
  このコマンド名を考えた人は正しい日本語を知らなかったのです。彼は「上書き」を「元の原稿の上にかぶせる」という意味で用いたかったのです。それをいうなら、「上から書き直して保存」というべきでしょう。「上書き保存」では「上書きを保存する」のか、「上書きして保存」なのか、区別することができません。しかし「上書き」という言葉には、「タイトル」という意味が残りますから、「上書き」という言葉を選んではなりません。それをいうなら「保存」「再保存」でしょう。
  いま私が使っているソフトの画面の上の部分には「ファイル」「編集」「表示」「挿入」「ツール」「罫線」「ウインドウ」などというコマンド名が並んでいます。

 ところでおたずねしますが、「編集」と「表示」とは、どのように意味が違うのでしょうか。だって表示方法を変更し、操作することを「編集」というのでしょう。そのためには文書を「挿入」したり、削除する必要があるでしょう。ときには「ツール」として「罫線」を使う必要もあるでしょう。すると、ここに表示されているコマンド名の意味が、突然わけの分からないものになってきます。
  ここに表示されているコマンド名は相互に概念が重複する、でたらめのキーワードということになるではありませんか。もちろん、これらのコマンドの中味を引っ張り出して見たり、マニュアルを見たりすれば、このソフトを作ったお馬鹿さんが、何をいいたくてこのような言葉を選定したのか、少しは理解できるでしょう。

 しかし実際に使って、試して、思い切り苦労した後でなければその言葉が何を意味していたのか分からないようでは、その言葉を使う理由はありません。言葉とは無用の混乱を避けるための概念上の約束事だからです。そして言葉にしかるべき意味を与えるために、人類全体の歴史が費やされてきているのです。
  「編集」という言葉には「編集」という意味の言語の約束事があり、「表示」という言葉には「表示」という言語の約束事があります。これらの約束事を無視するなら「編集」とか「表示」などと記す代わりに、「A」とか「B」とかいう記号を使ってもいいわけです。なまじ意味のある言葉を使うと、よけいに混乱します。
  コンピュータが年配者になじみにくく、若い人に抵抗がないというのも、こうした言語的なキャリアの相違によるものかもしれません。若い人には言葉の本来の意味を知らない人が多いですからね。彼らはソフトを作った、あるいはこれを日本語に翻訳したお馬鹿さんに平気でついていけるわけです。

 
 

文明は文化に仕えなければならない
  どの業界でもそうですが、業界の専門用語などといってもこの手の、無教養な技術者が勝手に使い始めた用語がなんとなく使われているケースが多いものです。専門術語などといってもさほど尊敬するに値するものではないのです。
  要するに、八五郎がきびしく指摘しているように、術語など単なる「符牒」にすぎません。その「符牒」を乱用して何かと得意になっている人間など、およそ大した人物ではありません。
  これらの事柄は何を意味しているのでしょうか。一部の無教養な人々が自分勝手な術語を作って、これを振り回し、流布させているということです。それは町人社会に無理矢理に武士の用語を用いて、自分たちの優位性を誇示しようとしていた人々とどこも変わりません。これで得意になって「いよいよコンピュータ社会だ」「ついてくることができない連中は馬鹿だ、落ちこぼれだ」などというとすれば、じつに笑止の至りです。
  人間の文明と文化はともに手を携えて進まなければならないものです。あえていえば文明は文化に仕えるものです。言語的文化を破壊しながら進む文明などくそ食らえです。

 八五郎は武士の言葉を理解することができませんでした。一方武士たちは町人とコミュニケートするための心配りを持ちませんでした。本当であれば、力の強い方が弱い方に対して譲歩しなければならないのです。知っている人が知らない人に対して譲歩しなければならないのです。社会福祉とは車椅子や施設や資金のことだけではありません。それはまずもって相手のことを思いやることでなければなりません。
  この点落語にあらわれる田中三太夫は、硬直した官僚的なスタッフの特質をよくあらわしています。彼にしてみれば、八五郎に対して分かりやすい言葉を使うことなど思いもつきません。それよりも、殿様のご機嫌をとることの方が重要なのです。こんにちでもこのような、へんちくりんな側近を「飼っている」社長族が結構いるものですよ。

 ところで、その三太夫を代表とする武士が使っていた言葉とは、どのような言葉でしょうか。それは主として「漢語」です。 「同道」「即答」「朋友」などというのは、いずれも漢語です。これをやまと言葉風にいえば「いっしょにいく」「すぐに答える」「ともだち」となります。三太夫はやまと言葉を使えばよかったのです。
  面白いことに、現代における業界用語や専門用語も「漢語」が多いのです。さもなければ英語です。つまり関係者は「やまと言葉」から距離を置けば置くほど、自分が特殊な人間、えらい人間、スペシャリストになったような気持ちになることができるのですね。

 さて、落語の方に戻りましょう。殿様の前で少々アガっていた八五郎も、無礼講ということになり落ち着きました。そこへ、準備されたお膳が出てきて酒が入りました。八五郎は喜んで酒を飲み始めます。そして改めて周囲を見ると、上座の殿様のわきに妹のおつるがいるではありませんか。
  「どっかで見たようだと思ったら、ありゃ、おれの妹のおつるじゃねえか、おーう、おつるやーい」。しかし今ではなにしろ「おつるの方様」ですから、三太夫はあわてて、八五郎を制します。「これっ、無礼者!」。ところが八五郎は元気です。
  「なにいってやんでぇ、なにが無礼だ、おれの・・おれの妹だい。・・えー、おう。兄貴だ、兄貴だ。へへへ、どうしたい、よせやい、笑ってやがら、きれいになりやがって、錦ぎれなんぞ着やがって。・・おうっ、こんど、おめえ、赤ちゃんが生まれたんだってなぁ、おめでとう!
うちのお袋、心配してたぞ、おしめ洗うものあるかって、手伝いに行こうかって、そういってたぞ。へへへ・・」。

 やくざな兄貴が出世した妹を見て、多少照れながらも率直に喜びを表現している言葉です。これが日本の庶民の言葉であり、現在の私たちにも分かりやすい言葉です。私は私たちのライフスタイルや言語感覚が、八五郎側にあることを喜びたいと思います。
  八五郎の演説が続きます。「ねえ殿様、(おつるを)かわいがっておくんなさい・・あっしゃぁ口は悪いけれども、腹ん中はきれいなもんだ、こう見えたって江戸っ子だよ。ねえ、殿様、これからどっか行こうか・・」。
  落語はこのあと、いい気分になった八五郎が、オツな新内の一節を殿様の前で披露する場面で終わっています。
  私はこの「妾馬」を、言語コミュニケーションにおける「わかりにくさ」と「わかりやすさ」の対決、そして「わかりやすさの勝利」ととらえます。庶民的な良識は、いわゆる権威や、えせ権威が持つ独善を越えて、つねに健全でなければなりません。

 
   
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