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落語からのメッセージ
 
第5章 三軒長屋――知恵才覚があればこそ

 猿の世界でもお互いに気が合ったり、合わなかったりすることがあるそうです。集団の中で仲良くやれる猿もいれば、人間関係ならぬ、猿関係の悪い「はぐれ猿」もいると聞きます。私たちにとっても「人間関係」は究極の課題ではないでしょうかね。
  志ん生のこれまた名演「三軒長屋」は、人間関係を取り扱った落語です。この話の場合、固有の枕が決まっているようで、かならず「世の中には気の合う人と、合わない人がいるものでありまして・・」というところから始まります。「気が合うか合わないか」、すなわち人間関係のテーマです。
  志ん生は偶然電車に乗り合わせた人同士の例をあげています。座っている人と立っている人と気が合うと、立っている人に「狭いけど、まあ、おかけなさい」というように、なんとなく席を作ってかけさせたくなるといいます。そして「あなた・・お宅どちら?」なんていって心安くなるといっています。

 これに対して気が合わない人同士の場合にはこうはいきません。立っている人を見てもなんとなくかけさせたくない。だから、わざと足を広げて二人分の席を占領したりする。すると先方でも「こいつは、いやな奴だ」と思います。そこで立っている方は、きつい声で「ちょいと、すまねえが、そこ、あけておくんさい」という、するとかけている方は、「ダメだよ、いっぱいだから」「いっぱいったって、もう少し寄れるじゃねえか」。そしてついに、「おめえの電車か、これは!」というようになります。
  ここで志ん生がいっている「気」というのは、日本人独特の表現ですね。そして「気が合う」とか「気が合わない」という表現も、ものごとの相対性を温和に指摘しています。つまり一方では席を譲ったりして親切を実行するその人が、相手によっては意地悪をするのです。
  つまり図式的に「親切な人」と「意地悪な人」という二つのタイプがあるのではなく、その人が親切になり得るのも、意地悪になり得るのも、すべて相手との関係次第だというのですね。
  「気」の概念は、なぜか中国からの輸入思想のような感じがしますが、これを人間関係にうまく適用して、「気が合わないというものは仕方がない」という風に結論を誘導できるようにしたのは、日本人のやわらかな感性のたまものでしょうね。志ん生は仕事によってもそれぞれ気質が違ってくる、と前置きして、気の合わないもの同士が一緒に住んだ場合、トラブルが発生することを予告します。

 ここに三軒長屋があります。つまり棟割り長屋で、いちばんこちらの端には鳶のかしらが住んでいます。真ん中の部分には若い二号さんが住んでいます。いちばん向こう側には剣道の先生が住んでいます。ここに住環境を共有する三種類の人間がいるわけです。
  この三様の関係者の「気が合うか合わないか」、これが落語のテーマとなるわけです。
  この話の時代は江戸の終わりごろです。この時代によく「三軒長屋」「四軒長屋」が建設されたらしいのですね。建築コストの面から有利だったのでしょう。日本式メゾネットタイプ・アパートです。
  落語の内容から間取りを想像してみることにします。おそらく一階に台所と居間があり、二階は八畳間か、ふすま続きの六畳という感じです。かしらの妻、つまり「姐さん」は近所の銭湯に行くことになっていますから、内風呂はありません。二号さんのところでは女中さんが一人住み込んでいますから、一階にはもう一間あるかもしれません。

 

ライフスタイルの異なる三軒
  かしらの名前は「鳶の政五郎」といいます。かしらの妻は三十七八、いわゆる「姐御」です。色は少々浅黒いが、口元の引き締ったいい女です。
  彼女はかしらの部下に相当する鳶職の若い者から「姐(あね)さん」と呼ばれ、尊敬されています。何しろ荒っぽい若者達を切り盛りするのですから、女とはいっても、それなりに威圧感を持っていなければなりません。
  当時の鳶職の主要な仕事は火消しです。昔は火事といっても消火設備や消防車なんてありませんから、大急ぎで家を壊して類焼を防いでいたのですね。もちろん家財道具の運搬や人命救助もやります。
  「ジャーン、とぶつけるてえと、すぐに出かけていって、他人の財産を守るために、自分の体なんて黒焦げになってもかまわねえ、というような意気のものでありますから、ふだんから言葉も荒くなります」。政五郎の家にはこのような荒っぽい、若い連中が寄り合って、しじゅう飲んだり騒いだりしますので、お上品な人から見れば、相当ガラの悪い、騒々しい家ということになります。

 これに対してお隣りの二号さんは、その職業特性からしてひっそりと暮らしています。旦那は隠居した質屋、伊勢屋勘兵衛、通称「伊勢勘」で、この旦那はいつもこの家にいるというわけではない、気が向くと彼女を訪問します。
  「旦那でも来ると笑い声がするけれども、ふだんはじつに静かでありまして、雨が降るてえと草双紙を読むとか、二十匁の糸に台広の駒で、園八でもやってみようというような、しーんとしたところ」。ご存知のように草双紙は絵入りの小説です。「南総里見八犬伝」なんて草双紙の代表ですよね。
  「二十匁の糸に台広の駒で」というのは、三味線の糸の規格と駒のことで、台広(だいびろ)というのは台が広く、背の低い駒のことです。浄瑠璃の三味線用ですね。「園八」は「園八節」あるいは「宮園節」といわれる浄瑠璃の一種で、かつて永井荷風が、「もっとも艶っぽい」と絶賛したといわれます。
  今日的な感覚からすれば、「長唄でもやってみよう」という方が、粋な感じがしてぴったりくるのかもしれませんが、「園八でもやってみよう」というと、これはこれで江戸末期を感じさせるリアリティがあって、音楽の内容は分からないものの、当時の屈託したお妾さんの情緒を表現しているように思えます。

 さて、三軒目の剣術の先生ですが、この人は「楠運平橘正友(くすのきのうんぺいたちばなのまさとも)」という名です。志ん生がこの名前を紹介すると、観客はかならず笑います。名前が長いのと、いかにも偉そうな、名門風の植物、「楠」「橘」が一緒くたに出てくるからですね。
  この先生のところでは、家を道場がわりに使っています。玄関のところに高張提灯がかけてあり、ここに「一刀流指南処」と書いてあります。私の家の近所にも、しもたやを改造した「キックボクシング道場」というのがあり、看板に「美容と健康に・・」なんて書いてあります。「一刀流指南処」の当世風道場といったところでしょうか。
  楠先生のところには二名の弟子がおり、先生と弟子はどうやら同居しているようです。ここに門弟や修行者が立ち寄って稽古をするのですが、長屋の一軒を道場として使おうというのですから、少々無理がありますね。そこへもってきて最近は夜稽古が始まり、朝早くから夜遅くまで、「お面!」「お小手!」などという掛け声や、木刀の打ち合う響き、足踏み音、それに壁にどしーんとぶつかる音などがします。

 
 

「め組の喧嘩」との対比
  以上で、三軒長屋の図式がはっきりしてくるでしょう。一軒目は気の荒い若者がたむろするガラの悪い家、真ん中は静かで上品な二号さん、三軒目は剣道の道場、とくると、この三軒が仲良く暮らせるかどうか疑問になってきますね。
  折りしも鳶のかしらの家に、大声を出しながら入ってくる若い者がいます。「姐さーん」「なんだい」「かしらは」「いないよ」「どこへ行ったの?」「さあ、仲間の寄り合いで、どこかへ行くといって、鉄砲弾さ」「へーえ、引っかかっちゃったんだね」「そうだよ」といって姐御は自分の仮説を打ち出します。
  「まあ、こっちの考えじゃ吉原(なか)だろうと思うんだ」と姐御がいいます。当時の男性の遊び先は遊郭と相場が決まっています。当時の男性にはこういういいところがあって、うらやましいですね。中でも吉原は最大規模の遊郭です。

 ところが若い者は「そうじゃねえよ、品川だよ」といいます。当時の遊郭の場所は吉原を筆頭に千住、品川と公認の遊び場所がありました。若い者は、姐御よりもかしらの遊び先について情報を持っているようです。彼は次のようにいいます。
  「そうさ、品川の島崎楼(しまざき)にや、オツな女がいるんだよ。・・ウン、うちのかしらに夢中だ。もっともうちのかしらぁ、いい男だからなぁ、・・め組の辰五郎みてえな・・、え、思い出すよ。その女だってそうだ。お職張っててね。鉄火な女でね、『かしらやぁ』なんてえんで、もう夢中だよ。足駄はいて首ったけ、どころじゃねえ。竹馬はいて屋根ぇ上がってら」。
  旦那の留守に来て、旦那が浮気している相手の情報をべらべらしゃべる、というのも無神経ですが、この若い者のせりふの中には、いくつか注目したい点があります。まず彼が自分達のかしらを「め組の辰五郎みてえな」と呼んでいるところです。じつは、この落語は、「め組の喧嘩」として知られる歌舞伎の「神明恵和合取組(かみのめぐみわごうのとりくみ)」から、かなりの条件を借用してきているのです。

 ちなみに、芝居の「め組の喧嘩」に出てくる主人公の鳶のかしらは「辰五郎」、これが落語の主人公では「政五郎」となります。辰五郎の女房のお仲の衣裳や気質は、落語の姐御の衣裳やキャラクターに通じています。
  落語では、女房の着ているものが克明に紹介されています。「・・着ているものはてえと、お召の茶弁慶に、襟付きかなんかで、八反と黒じゅすの腹合わせの帯ぃ引っかけに結んで、唐桟の縞の半纏かなんか着ているという・・」とあります。これが芝居で女房お仲が着る装束にそっくりなのです。
  それにまた、辰五郎が遊びに行って、力士の四つ車などと喧嘩のタネを作ってくるところは品川、八つ山下にある遊郭で、その名も「島崎楼」です。これをごらんになると、「三軒長屋」という落語は、「め組」を下敷きにした、一種のパロディであることが分かりますね。もちろん話の骨格も登場人物も、「め組の喧嘩」とはまるで違いますが、ここでは聞き手に「め組」を思い出させるような仕掛けがしてあるのです。
  ここで若い者が「思い出すよ・・」といっているのは、自分が見た芝居と自分のかしらを対比させているということでしょう。

 「お職」というのは、女郎屋のナンバーワンのおいらんということです。当時のお女郎の世界では、実力主義が採用されています。客に人気があり、もっとも稼ぎのいい「お職」を筆頭に、実力順に店先に並んで顔見せをします。「お職」を張るためには、女性は才色兼備でなければなりません。
  「お茶をひく」という言葉があります。これはお女郎に買い手の客がつかず、あぶれてしまう状態のことをさしますが、実際に吉原などで女性を「手待ち状態」にさせないために「お茶の葉を挽く」という作業をさせたらしいのですね。

 
 

仲直りのはずが喧嘩に
  それはともかくとして、この若い衆は姐御の気持ちも察しないで、かしらに夢中になっているおいらんの話などするわけですが、さすがに彼女もアタマに来て、「おまえ、なにしにきたんだい、え? たきつけにきたのかい?」といいます。
  「そうじゃねえんだ」と答え「姐さん、ひとつお願いがあるんだがね」と若い者。「なんだいお願いだの、手水鉢てえのは」「おれのいうことを、ひとつ、うんといってきいてくんねえか」「ふざけちゃいけないよ、おまえのいうこと、うん、なんてきいたら、あとで何をいい出すかわからない」。ここで「お願いだの、手水鉢」というのは、「ひらがな盛衰記」に登場する「梅ガ枝の手水鉢」のことですね。

 この若い者の願いは、かしらの家の二階を貸して欲しい、ということでした。使用目的は喧嘩の仲直りの儀式と宴会です。かしらの部下の「ヘコ半」と「ガリガリ宗次」が銭湯で取っ組み合いの喧嘩を始めました。原因は風呂に入っている一方の鼻先で、一方が「一発やった」というくだらないもので、仲間が駆けつけると、二人は洗い場で「抜き身で」取っ組み合っています。仲間は二人を分けました。
  そしてその二人の仲直りをさせようと考えたのです。けれど貸し座敷を借りるとカネがかかるので、かしらのうちの二階を借りようということで彼らはやってきたわけです。
  姐御は主人もいないことだし、どうしようと思いましたが、使用目的が「仲直り」だというので、「それならいいよ。その代わり乱暴な口を聞かないでおくれ」と条件付きで貸すことにしました。けれど、もともと気の荒い若者が集まっています。そこへ酒が入ります。宴会がだんだん荒れて、二階の様子が怪しくなってきました。

 鳶職と喧嘩の関係については、芝居の「お祭り佐七」の中の、佐七のせりふの中にみごとに表現されています。「名乗るも今じゃ古めかしいが、火の中剣の真ん中でも、飛んで飛び込む鳶がしら・・そのじいさんの声色で、仕上げたからだも江戸育ち、・・大きな喧嘩の鼻棒に、命を切りに働いた、うわさがいつか渾名となり連雀町の鳶がしら、お祭り佐七というのはおれだ」。
  「め組の喧嘩」の中にも、「飛び出したらばお互いに、め組の名折れにならねえよう」「命を切りにたたき合い、一番二番というに及ばず、他の組合にもほめられて」「よしんばこのまま打ち殺されても、名の残るのを儲けにして・・」などという、物騒なせりふが出てきます。これらはいずれも「喧嘩の美学」を賞揚している部分です。

 このように「喧嘩をすることは、いいことだ」と思っている連中が集まって酒を飲んでいるのですから、静かに、平和に宴会が進行するという方が不思議です。仲直りで集まったはずの宴会が喧嘩になってきました。
  「何を生意気なことをぬかしやがるんだ、マゴマゴしてやがると、てめえの息の根を止めちゃうぞ」「よし、止められるもんなら、止めてみろィ」「よし、待ちやがれ!」というので、一人が台所にある出刃包丁を持って上がろうとする。お湯から帰ってきた姐御があわてて止めようとしますが、止められません。
  一方では「さぁ、こん畜生殺すなら殺せ!」なんてわめいています。「トントントントン・・と出刃包丁持って上がってきて、『この野郎』って突いてくるやつを、片っ方でパーッと退くてえと、壁を突き抜けて隣の家へ包丁の先がブツーッ」。

 このとき隣の二号さんの家には、旦那が来ていて食事の最中です。隣が何か騒々しくなってきたと思ったら、いきなり壁から出刃包丁ができたので、「ワッ」と仰天します。
  一方こちら剣術の先生のところでは夜稽古が始まりました。「いよう、近藤氏、あまたのものに稽古いたしておるところだ、・・次ぎに来さっしゃい」「いやあ、疲れている貴公が、拙者の相手にはなるまい」・・「なにっ、打ち込んでくれよう、お面!」「お小手!」。トントントントン、ドシーン! 二号さんの家では神棚からお神酒徳利が落ちてきます。

 
 

伊勢勘の作戦漏れる
  こっちでは「殺すなら殺せ」、こっちでは「お面!」ドシーン。間の家では落ちついて食事などしていられません。二号さんは旦那に泣きつきます。「だから、旦那、いわないこっちゃないじゃありませんか。ここ、越してくださいよ。ねえ」。
  伊勢勘の旦那は、お妾さんをなだめて次のようにいいます。「この三軒の長屋はナ、借金のかたに家質(かじち)に取ってあるんだ。もう少しで抵当流れになるんだよ。なに、隣はタカの知れたドブさらいだ。こっちはヘッポコ剣術だ。これを追い出しちまって三軒をぶち抜いて、一軒にして住まうから、もう少し辛抱しなよ・・」。

 この話を給仕をしていたお妾さんの女中が聞いていて、翌朝、さっそく井戸端会議でしゃべりました。こういう情報は伝わるのが早いものです。長屋の家屋が抵当流れになってかしらのところも、剣術の先生のところも店立て(たなだて=借家を明け渡すこと)になる、という噂が姐御の耳にも流れてきました。
  姐御はそうでなくても、主人が郭に居続けをして帰ってこないので、じりじりしています。若い者に二階を貸せば大暴れする、いやな噂が耳に入ってくる・・。何しろ勝ち気な性分ですからカンシャクがおさまらないで、体がふるえてきます。

 「そこへかしらが、三日ばかりあけたんで、スーッと入りにくいから、表から(部下に)小言をいいながら入ってくる。『どうしたんだい、え、どうしたんだい。おっ、奴ォ、家の前がゴミでいっぺえじゃねえか。掃除ぐらいしとかなきゃいけねえや。え、こちとらは水商売だい』」。 昔のことですから、男が郭で遊んできてもそれでいきなり家庭問題になるということはありません。女性の方にかなりの度量があったわけです。しかし男としても正面から「ただいま」というのも、どうも後ろめたい。ここあたりの心理を小言をいいながら入ってくるかしらの様子で、じつにうまく表現していますね。
  けれどこの日の彼女は、ニコニコして主人を迎えられる状態ではありません。彼女は家の中から怒鳴りました。「いいよォ、そんなこと、打っちゃっときな」。かしらは「きたねえから、掃除させるんだい」。「いいんだよ、掃除なんざ、・・どうせこんな家、店立て食っちゃうんだから」という具合。

 「店立て」という言葉をきいてかしらは、「なに、店立て?・・しようがねえじゃねえか。へえるときに証文が入っているんだ。『いつなんどきでも、ご入用の節には明け渡しいたします』って。店立て食ったってしようがねえじゃねえか」といいます。
  当時の借家関係はこのように、貸し手の絶対的な権利を認めていたようですね。これに対して姐御は「持っている人から店立てされるんなら、こっちは何にも思いやしないけれど、そうじゃないやつから店立てされるんだぃ」と、昨夜の一件と噂を説明します。

 姐御にしてみれば、そもそも隣の家に若く、きれいな女が、妾として気取って住んでいるというのが気に入りません。朝晩の挨拶ぐらいはしているでしょうが、「ふん、なにさ!」と思っています。そこで若い衆が集まって酒盛りをするというときにも、彼女はこういっています。
  「おまえたちは、言葉が荒くていけないよ。うちはいいけどもさ、隣近所にはおとなしい人もいらあナ」という具合で、この言葉の中には、隣家の二号さんに対する不快感がかすかに混じっています。こうした日ごろ鬱積した感情が「そうじゃないやつから店立てされるんだい」という言葉になって噴出しているわけですね。
  そして姐御はかしらに向かって次のようにいいます。「片っ方がへっぽこ剣術で、片っ方がドブさらいだってやがる。そんなこといわれて、おまえさん・・黙っているのかい。え、男がすたるよ!」。彼女は自分の憤懣を夫にぶっつけ、夫に何らかの解決行動を促しているわけですね。

 
 

女房喧嘩をけしかける
  この場面は「め組の喧嘩」の中で女房のお仲が、次のようにいってかしらの辰五郎をたきつける場面に対応します。「これが堅気の商人なら、引込み思案もいいけれど、役場に持ってく鍵よりも、男を磨く鳶のもの、役半纏へ対してすまないじゃないか。これが六十七十の年寄りなら知らぬこと、男盛りの身を持って、さりとは意気地のない料簡・・この纏へ対しても、のめのめしちゃあいられないに」。このときお仲は、側にあるおもちゃの纏を辰五郎に突きつけて、喧嘩をけしかけるわけですね。
  女性は元来は平和主義者かと思いますが、中にはサッチャー型の女性もいて、男性を戦いに駆り立てることを少しもためらいません。ですから姐御は夫に「・・わかったよ、引き出しから、ちょいと、ナニをとってくれ」といわれると、「なんだい、役半纏かい、・・奴ォ、手鉤持っといで」といって、夫を武装させようとします。
  ところが政五郎は「喧嘩に行くんじゃねえよ、羽織を出せよ」といって、羽織を着て、隣には行かずに一軒おいて隣の楠木先生のところへ出かけました。そして彼は楠木先生と何事か密談を行いました。

 その翌朝、かしらの家で喧嘩さわぎのあった二日後ということになりますが、楠木先生は袴をはいて、鉄扇を持って、隣の伊勢勘の二号さんの家を訪問しました。この朝は旦那の伊勢勘が在宅です。応対に出た伊勢勘も相手が武士ですから、「あ、これは先生様ですか。手まえどもの方から伺わなきゃならんのですが・・」などと如才ありません。
  お妾さんといるときには「へっぽこ剣術」なんていっていたのですが、本人が目の前にあらわれると、「へえ、いや、まあ、先生さまがお隣においでくださいますので、この女どもが、どれほど気強いか分かりません。わたくしも留守にしておりましても、心配がありませんので」などと追従をいっています。

 楠先生は委細かまわず、自分はこのほど引越しをすることになったと告げ、引越しの資金を作るために「千本試合」のイベントをやる、と伊勢勘に通告します。そして「千本試合」を実行すると周囲が危険になるので、三日間は表も裏も戸を閉めて外に出ないように注意して欲しい、と説明します。ちょうどこれは実弾の射撃訓練をやるから、立ち入り禁止になる、という、あれに似ています。
  伊勢勘は「千本試合」と聞いて震え上がり、「引越しに必要な資金はおいくらで」とたずねます。そして必要資金の五十両を自分が拠出するから、その千本試合を思いとどまってくれと楠先生に頼みます。先生はもともとこれがねらいですから、「では、千本試合は思いとどまるといたそう」といい、五十両の金を受け取って帰ります。

 伊勢勘がお妾さんに「これで剣術の方は片付いた」などといっているところに、今度は鳶のかしらがたずねてきます。かしらに対する伊勢勘の態度はまたガラリと変わります。政五郎が「ご無沙汰しまして、相すみません」というと、「フン、無沙汰てえが、たまにゃ挨拶に来たらどうだい。隣り合っているんじゃねえか」という具合。
  政五郎の方は、自分は今度引越しをすることになって、その引越し資金を作るために「はなげえ(花会=仲間同士の会員制博打大会のこと)をやることになった」と告げます。ついては荒っぽい連中が集まって喧嘩騒ぎになる、周囲が危険になるので三日の間表と裏を閉めて、外に出ないでもらいたいという、どうも似たような話です。
  伊勢勘は、「金はやるから花会なんか、止めてくんな」といって五十両を出します。伊勢勘はこれでうるさい両隣を追っ払うことができたと安心しますが、念のためにかしらにたずねてみます。「いま楠先生がきて、明日の朝引っ越すというんだがね、お前が越して行く先は一体どこだい?」。
  するとかしらは答えます。「えー、あっしが先生んところへ越してって、先生が、あっしのところへ来るんです」。伊勢勘は政五郎の策略によって百両をただ取りされてしまったのでした。

 
 

巣づくりのコンセプトが違えば共同生活はできない
  この落語が私達に発信しているメッセージは何でしょうか。それは「気が合う」かどうかはライフスタイルによるということです。ライフスタイルが違えば住環境が違います。違っていなければならないのは当然のことで、それが無理に共同生活を営むと、たちまち困難が生じます。
  私は別に人種偏見を持っていません。しかし、今すぐニューヨークのハーレム街に移転しなさいといわれたら、動揺するでしょう。私があの街のアパートを見学した経験からすると、私にはとても住めそうにありません。あそこに住んでいる人達と私とは、「巣作り」に関するコンセプトがかけ離れています。彼らが大挙して移住してきて、私のマンションに住むということが起これば、私はきっとここを逃げ出すでしょう。
  清潔ということについての基準が違い、巣作りの基準が違っている以上、しょせん一緒には住めないのです。彼らには彼らの家作りに関する自由があり、私には私の自由があります。それぞれの自由の主張を「差別」と受け止められては困ります。もちろん私も努力すれば、彼らと生活できるようになるかもしれません。しかしその努力は、現状の私にはまったく無益なものに思えるのです。

 質屋の伊勢勘は若くて美人で、おしゃれなライフスタイルを持つ二号さんを手に入れました。彼は彼女を住まわせる家を探しました。そして無神経にも、表通りから一本入った裏通りの三軒長屋の真ん中の家をあてがったのです。
  今日ならクルマという便利なものがありますから、山の手のこぎれいなマンションを買って与えるということもできるでしょう。けれどクルマがない時代、しかも年配の伊勢勘にしてみればあまり遠いところに二号さんを住まわせたのでは通いきれなくなってしまいます。そこで手近かなところに家を探したのです。伊勢勘の年齢ははっきりしませんが、落語の中に、姐御と若い衆の次のような会話があります。
  「だって伊勢勘とこ、こないだ嫁が来たばかりじゃねえか」「あれは倅だよ。いまの(女性)は親父のだよ」「親父の? へーえ、あれがねぇ・・あの爺ぃいくつだい。いい年しやがって、歯もなにもありゃしねえじゃねえか」「歯がなくたって銭(ぜに)があらぁね。おまえなんぞ、歯があったって、銭がねえじゃねえか」「あ、なるほど・・」。
  また伊勢勘が次のようにいう場面があります。「おれがこの裏を通ってくるとナ、大勢で二階からおれの頭ぁ指しやがって『ヤカンが通る、ヤカンが通る』ってやがる」。

 つまりここで描かれている伊勢勘はハゲ頭で、歯がなくなっている程度の老人ということになります。彼は倅に経営権を譲りましたが、老後の残された人生を楽しみたいと思いました。経営を譲ったとはいっても、家の方にもある程度ニラミをきかせたい、同時に残りの人生を楽しみたいというのですから、ロケーションが難しくなります。
  たとえば伊勢勘老人は、「この長屋は家質にとってあるんだ。この三軒を一軒にして住まってしまう」といいます。この発言から、彼がまだ経営の実権を握っていることがうかがわれます。
  しかしながら、二号さんのための家探しのイージーさが、伊勢勘には高いものにつきました。お妾さんを手に入れるということはある種の贅沢です。伊勢勘は百両という慮外の出費をしたわけですが、百両あればもっといい家をお妾さんのために準備してやれたのではないでしょうか。

 
 

原作を超えるパロディ
  伊勢勘にしてみれば、百両などという金はたいしたことはないでしょうし、入れ替わったかしらも楠先生も、結果的に追い出すことができるでしょうが、無駄な金を使わないことを身上としているはずの伊勢勘が、女のために金をむざむざ出さざるを得ないはめに陥るところが、この落語の痛快なところですね。
  伊勢勘は楠木先生が五十両を受け取って帰った後、二号さんにこういいます。「五十両出しゃあ、『武士に対して無礼なやつだ』というかと思ったら、向こうがそいつを持ってくところを見りゃ、やっぱり金にはかなわねえんだ」。ここに金銭万能主義の伊勢勘の哲学がちらりとのぞいています。
  「金で解決する」という言葉にはいろんな意味がありますが、妙にケチであったり、反対にすぐに金で解決しよう、と考えると、実際のコスト以上のコストがかかるということをこの落語は教えてくれます。伊勢勘は本当に余生を楽しみ、本当に贅沢をしようと思うなら、お妾さんの住まいに最初からドンとコストをかけた方がよかったのです。

 さて、この落語が伝える第二のメッセージは、この落語が歌舞伎の「め組の喧嘩」に対するパロディを越えて、「め組の喧嘩」を超えるすばらしいストーリーになっているということです。
  「め組の喧嘩」という芝居は名前だけは有名ですが、内容はごくつまらないものです。要するに鳶職連合の「め組」と相撲取りの連合が対立し、喧嘩になるが、町方の仲裁でけんかが不発に終わるという、ただそれだけのものです。この芝居には何のコンセプトもなく、人生の真実を暗示するようないい場面も、台詞もありません。歌舞伎作品にもいろいろあるでしょうが、私にいわせれば、これは三流の駄作ですね。
  ただ見所といえば、め組という鳶職の誇り高い気性と、相手が強いからといって恐れないという彼らの喧嘩の美学が描かれているところでしょうね。

 「三軒長屋」が、この有名な「め組の喧嘩」をベースにしていることはすでに述べましたが、こちらの政五郎は辰五郎にくらべてずっとチエがあり、策があります。彼にとっての敵は、場違いなところに妾を囲っておくケチな伊勢勘という金銭万能主義者です。彼は一軒おいてお隣の楠先生と連合します。そして楠先生を説得します。
  楠先生は武士ですから、伊勢勘が「へっぽこ剣術」といったというのを聞いていきり立ち「無礼者め、武士がこうやって住まっておれば、城郭も同然である。それを店立てということは城攻めにも等しいな、ウン、・・表戸を大手となし、裏口をからめ手といたし前なるドブを堀といたし、引き窓を櫓といたし、・・やあ、やあ、硝煙の用意をいたし、隣の家に地雷火を・・」という騒ぎです。

 
 

力による解決は解決でない
  政五郎はこれを押しとどめてこういいます。「先生のいうことは大袈裟でいけねえ、地雷火なんざいけませんよ。なあにね、隣の家をたたっ壊すのはわけはないんだ。うちの若い奴等に、ひょいとアゴで合図すりゃ、たばこ二三服のうちに・・」というように、職業がら暴力的に物事を解決する方法は自分の方にもあるのだ、ということを示した上で、「まあ、時節柄、そういうこともしたくねえんだ。そこで先生、ご相談があるんですがね」と持ちかけます。
  アランは「力にものをいわす、という考えがまず浮かぶ」といっています。そしてさらに「勇気というものさえ、暴力を先にのばすことにある。暴力を先にのばすとは、暴力をうまく導くことであって、これに身をまかすことではない」といっています。またさらにアランは「もし乱暴者が知性的でありうるとすれば、すべてはその人のものになり、すべてがその人には可能となろう」ともいっています。

 鳶の政五郎はアランがここでいう「知性的な乱暴者」なのです。このような観点から「め組の喧嘩」を見直してみると、芝居の方には何ら参考や、教訓になるものがありません。それでいて喧嘩の興奮もスリルもカタルシスもありません。
  芝居の辰五郎のキャラクターは平板です。ところが三軒長屋の政五郎の方がはるかに知的で奥行きがあります。彼が楠先生と連合するくだりは、落語では二人の耳打ちによるひそひそ話となり、観客には知らされません。このような演出も行き届いています。鳶職と浪人の連合であるこの耳打ちの場面には、「カルメン」における闘牛士と兵士が、相互の類似性を認め合うあの歌のような、気持ちのいい無言の歌が流れます。
  かくして片や楠先生からの、続いて政五郎からの、伊勢勘に対するシンメトリーな、平和的な攻撃が行われます。そして、伊勢勘は自分が、自分の信じる金の力で勝利をつかんだと思った瞬間、自分が出し抜かれたことに気づくのですね。

 伊勢勘は金を出すことで、問題を解決しようと思いました。これはアラン流にいうと、やはり「力にものをいわせる」ということなのです。だから「力にものをいわすとなれば、彼は人の心をつらぬくことを忘れることになってしまう」という結果になったのです。
  もしも伊勢勘の方が知性的であれば、共同生活を営む三者は日ごろから親しく接触し、コミュニケーションを円滑にし、不都合があれば互いに協議をし、妥協しつつ仲良く暮らす方法を考えるか、伊勢勘がどこかに引っ越すという方法に至ったことでしょう。しかしそうはいかないところが「気が合わない」ゆえんです。
  どうやらこの場合の「気」とは、状況の、とっさの総合判断であり、成り行きに対する瞬間的な先取りであり、これにもとづく態度決定をさしているようですね。「三軒長屋」はこの「気」の問題に正面から取組み、ことを荒立てることなく本質をえぐりだし、解明し、痛快なストーリーを組み立てました。

 ジャンルの違う作品を比較してはいけないかもしれませんが、私は「め組の喧嘩」と「三軒長屋」を比較してみて、「三軒長屋」に軍配をあげます。これはパロディが対象となる作品の質をしのいだ、みごとな実例です。
  志ん生の演技もすばらしいものです。喧嘩っ早い鳶の若い衆が次々とたちあらわれ、鉄火な姐御があらわれ、憎めない楠先生があらわれます。そして政五郎はいなせで沈着であり、そして伊勢屋勘兵衛は世故に長けた、暴力に弱い強者です。
  私はこの落語に登場する政五郎を、ボーマルシェの「フィガロの結婚」のフィガロに対比させたいと思います。フィガロは幕切れに次のように歌います。「・・知恵才覚があればこそ、王侯貴人の鼻づらを、自由自在に引き回す」。

 
   
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