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落語からのメッセージ
 
第8章 水屋の富――だれが金持ちにふさわしいか

 珍しい古典落語「水屋の富」という落語を聞いてみましょう。なかなか示唆にとんだ、いい落語です。志ん生がやる落語に「富くじ」を取り扱ったものがいくつかあります。中でも「宿屋の富」や「富久」などはとても有名です。
  「宿屋の富」という落語では、大金持を装って泊った文無しの客が宿屋の主人にすすめられ、一枚の富くじを買います。この男は「あたしゃ、金がいくらでもあるんだ。漬物石の代りに千両箱を使っているくらいだ。金が余ってしょうがないので、あちこちの大名に貸しているんだよ」などといいます。
  元禄時代に創業した三井家は、大名に金を貸す「大名貸」、武家に金を貸す「家中貸」をやって稼いだといわれますが、経済的に行き詰まった大名からの返済が滞るようになって、呉服商に業態変革をしたといわれます。だから本当の大金持なら、「大名に貸しているんだよ」ということも実際にあったわけですね。

 この文無し男は、懐に残っていた最後の一分金で富札を買うのですが、これが千両富の当たり札となります。ところが「千両なんて、当たってもしょうがない」とか、「当たったら半分お前さんに上げよう」などと豪語したものですから、喜びを表現することができません。富くじに当たったショックがひどいのに、大金持ちの演技を続けなければならないという苦しさのために、男はすっかり気分が悪くなり、宿に帰って横になります。
  一方、自分の売った札で客に千両が当たったと聞いた宿の主人が、あわててゲタをはいたまま座敷にかけ上がってきました。そして「お祝いをしましょう」と客の布団をはがしてみると、客はゲタをはいたまま寝ていた、というものです。どこかにある他人の金ならばだれも驚きはしませんが、自分の金、それも額が大きくなると平常心を保つのが難しくなるのですね。

 「富久」もいい落語です。たいこもちの久蔵は酒癖が悪く、そのために大切なお得意様に出入り止めを食ってしまいました。そのために収入がなくなり、苦しい年の瀬を迎えなければならない状態でした。
  ところがある晩、出入り止めになったお得意様の近所が火事になりました。そこで久蔵はすぐに見舞いに駆けつけました。旦那は久蔵の忠義ぶりに感心して「出入り止め」は解除する、といってくれます。久蔵はこれでおおいに喜びました。ところが、その夜のうちにもう一件火事が発生します。
  今度は久蔵の家の付近です。久蔵があわてて帰ってみると、自分の家が類焼で丸焼けになっています。例の旦那は気の毒がって「しばらくうちにいろ」などといってくれますが、久蔵はすっかり気落ちし、ふらふら町を歩いています。すると、神社で千両富の発表があるというので行ってみます。久蔵はその富の札を買って番号を覚えています。
  何と久蔵が買った「鶴の千五百番」が千両富の当たり札となります。久蔵が狂喜乱舞して金を受け取ろうとしますが、かんじんの富札がありません。このとき彼は富札を入れておいた神棚があの晩の火事で焼失してしまったことに気づくのです。

 久蔵が狂喜のてっぺんから絶望のどん底へと、一瞬にして移行する部分を志ん生はみごとに演じています。こういうモノローグは落語独特の境地です。
  結論からいえば、その当たり札は無事出てきたのです。近所の人が火事のときに神棚だけを運び出し、預かっていてくれました。めでたし、めでたし。
  人間の金銭に対する夢と執着をみごとに見せてくれるのが「宝くじ」、あるいはギャンブルです。公認されているのものだけでも、人々が宝くじやギャンブルに使うお金はどのくらいになるのでしょうか。
  「どうせ当たらない」とは思っていても、「もしかしたら当たるかもしれない」と思います。「どうせ当たらない」と「当たる」の確率関係についてはだれもが知っています。したがって確率にしたがって行動するなら、だれも宝くじを買いません。つまり宝くじに集中しているお金は「自分に都合のいいように考えたい」という人々の、誤った判断を金額換算したものです。

 アランは「守銭奴は賭けをしない」といいました。守銭奴は冷静に確率を計算できる人です。彼は可能性を自分の都合のいいようには考えません。もちろん彼も投機をしたり、先の分からない事業の将来を考えなければならないことが多々あるでしょう。しかしこのような場合、彼は自分の判断に根拠を持ち、自分の判断に信頼を置いているのです。だから彼の投資は、純粋な確率のゲームにはなりません。
  こうしてみると、宝くじを買う一般の人々は守銭奴ではありません。よかったですね。

 

水屋、千両富に当たる
  さて、江戸時代の話ですが、ここに一人の独身の水屋がいます。彼の仕事は水を売って歩く商売です。水なんて昔はどこでも井戸を掘って、そこから汲めたように思いますが、江戸も都市化が進むにつれて井戸水の汚染がひどくなってきました。
  井戸にぼうふらがわくのでフナや鯉などを入れておきます。それを近所の子供が捕まえようとします。こんなことで井戸水は飲料には適さなくなってきます。それにまた本所、深川などという地域の井戸は、海が近い関係もあって井戸水が塩分を含んでいたようです。
  「つるつる」という落語は、古くなってやや汚染した井戸を根本的に清掃する「井戸替え」という作業をテーマにした落語です。ですから水屋という商売は、今でいえばペットボトル入りのミネラルウオーターを販売しているようなものですね。もっとも当時はペットボトルなんてありませんから、水を桶に入れ、これを天秤棒で担いで商ったようです。

 「水屋てえ商売は、玉川の上流とか、神田川の上流とかいうようなところから、いい水を汲みましてな、えー、河岸についた船から桶に入れて、そいつを担いで売って歩いたもので、みんなそれぞれ自分の持ち場てえものがある」と志ん生は説明しています。
  さて、この水屋は独身の男性です。彼は朝から晩まで水を売って、くたくたになって家に帰ってきて寝てしまいます。翌朝また起きて働きに行きます。規則正しい生活です。水は市民生活のインフラですから、彼の生活のリズムが狂っては人々の生活に影響が出てしまいます。
  ですから彼は休みたいと思っても休むことができません。水を扱っていますから夏のうちはいいとしても、冬になると濡れた手足が凍え、ひびやあかぎれができて、それはつらい。体調が悪いとき、だれかに代わりを頼みたいと思うときもありますが、うっかり他人に頼めば、得意先を取られてしまう可能性があります。
  彼は考えました。「・・休まずにつとめてきたが、わたしは独り者だ。わずらったって世話をしてくれる人はいない。体を無理しないようにって、商売を止めたら、食うことはできない。食うことができないてえのは、息ができないことだから、つまり死んじまうことになる。もう年もとったし、あー、金がほしいな、金さえありゃ、楽もできらぁ」。そこでこの水屋は一枚の富札を買いました。

 
 

八百両を楽しむ
  「・・その時分は、あちこちに富がございまして、湯島天神の千両富というのが一番大きかったんだそうで、『十両盗めば首が飛ぶ』てえことをいわれた時分の千両でございますから、千両ありゃもう分限者(高額所得者)でございます」。
  するとこの水屋の買った富が、千両の当たりくじになります。「そんなに都合よくいくのか」といわれてもこれはお話ですから、そこのところはご勘弁願います。
  水屋が喜んでお金をもらいにいくと、神社がいうことには、来年の二月まで待てば千両、今すぐなら二割引で八百両しか渡せないといいます。おそらくこれは主催者の資金繰りの都合でしょうね。富くじを売るエージェントからの回収が間に合わないのでしょうね。
  「宿屋の富」という落語では、宿屋の亭主が富札のエージェントになっています。このときの富札の値段は一分です。一分といえば四分の一両、結構な金額ですね。かりに当たりくじを、千両、五百両、三百両、二百両というように設定し、合計二千両を払い戻ししたとすると、少なくともくじの胴元の損益分岐点発行札数は八千ということになります。
  しかし富札八千枚では胴元に利益が残りませんから、その倍と見て約一万六千枚の富札を発行する、という計算になります。この一万六千枚分の富札の売上をエージェントを経由して回収するのですから、資金繰りが間に合わなかったかもしれません。

 「あわてる乞食はもらいが少ない」といいますからね。急いでいる人の場合はどうしても多少目減りしても、早く現金を拝みたいという気になるでしょう。くじの主催者としてはその心理をついて緊急割引という制度を作っておいたのかもしれません。
  さて水屋の方ですが、千両などという大金が当たってしまったので、すっかり気が動転しています。神社の係の人が「・・今すぐとなると、きまりによって二割引きますけれどもよろしゅうございますか」というと、「二割ってえと、なくなっちゃう・・」「なくなりゃしませんよ。千両から二割引くてえと、八百両ですよ」「えっ、八百両? 八百両てえと、どういう金なんでございます?」「一両の小判が八百枚なんですが」。
  これを聞いて水屋はすぐに「結構です。さあ、ください!」といいます。「くださいたって、あーた、八百両のお金って、持ってくの大変ですよ」「いえ、持っていきます。大丈夫でございます」というので、彼は小判を腹巻きに入れ、両袖にも入れ、股引を脱いで足の先を結んで両股に小判を入れ、これをかついで長屋に帰ってきました。

 相当重かったでしょうね。彼が持ち帰った小判がいつの時代の小判なのか、これによって重量が違いますし、金の純度も違います。わが国の小判でもっとも品質の高いのは慶長小判と正徳小判、それに享保小判です。これらは一枚の重量が十七・九グラムあり、そのうち純金の量は十五〜十五・五グラムあります。
  これに対して幕末期の安政小判などは一枚の重量が九グラム、純金の量は五・一グラムしかありません。そこでこの水屋が背負って帰ってきた小判がいつごろの、どんな小判かということになりますが、一応理想的な慶長小判を基準にしてみると、八百両で約十四・三キロの重さになります。もし千両なら、入れもの込みで二十キロ近くになったでしょう。
  水屋が持ち帰った十四・三キロを体感するために、わが家の風呂場の体重計に百科事典を乗せてはかってみました。平凡社の百科事典で約七冊弱分の重さになります。これを持って部屋の中を移動するくらいは何とかできますが、十分間外を歩くなど、私には不可能ですね。やはり水屋は日頃重量物を運んで鍛えていますから、平気だったのでしょう。
  さて八百両の小判を自分の部屋の真ん中に積んで、「あー、ありがてえな、これだけありゃもう水屋なんぞやめちゃえばいいんだ、あー、やめちゃおう」と水屋はひとりごとをいいます。おそらく、このときの水屋がもっとも幸福だったのではないでしょうか。

 
 

人がみな泥棒に見えるとき
  ところが水屋ははたと困りました。ひとつはこの金を使って生活を変えることはできるのですが、明日もあさっても、水売りの仕事を放り出すことはできないということです。なぜなら水の供給は人々の生活のインフラをなしているわけですから、彼は代わりの人材を見つけない限り仕事から離れられないのです。
  いずれは仕事から身を引いてこの金を使って楽な暮らしをするとしても、当面二三日、あるいは一週間か、あるいは一カ月間は仕事を続けなければなりません。
  次に困ったのは金の置き場所です。むかしは預金銀行なんてありません。私たちが現在利用しているような銀行ができあがるには、明治時代の到来を待たなければなりません。江戸時代にも両替商があり、預金機能も持っていたとされますが、一般庶民がこんにちの銀行のようにお金を預けるということではなかったようです。そこでむかしの金持ちは自分の資産を、とくに現金資産を自分の力で防衛しなければならなかったのです。

 モリエールの「守銭奴」に登場する守銭奴アルパゴンも、溜め込んだ金を隠すのに苦労しました。彼は庭に金貨を入れたつぼを埋めるという方法を考えつきます。
  われらの水屋も八百両という大金の隠し場所に悩みました。アルパゴンの場合は、おおむね自分の家にいることができますから、自分で見張りをすることができます。ところが水屋の方は独身で、毎日外に出なければならないのですから課題は深刻です。
  ところで、この落語に登場する水屋は五十歳近くかと思われますが、この年になってどうして独身でいたのでしょうか。「いい縁がなかったから」といえばそれまでですが、じつは江戸時代の江戸はひどい女性不足で、人口に占める女性の割合が極端に少なかったのです。ちなみに、1721年の女性比率は35.5パーセント、1798年の女性比率は42.5パーセントです。この比率は次第に高まりますが、男女半々になるのは江戸も末期です。

 これにはいろいろな理由がありますが、一口でいえば江戸はまだ新しい都市であり、いうなれば男たちの出稼ぎの場所だったのですね。ですから水屋のように、多忙で、それこそ年中無休の仕事を十年、二十年と続けているうちに、ひとり身のまま初老になってしまうという人も結構多かったのではないでしょうか。八百両という現金を目の前にして「これでやっと嫁がもらえる」などと喜んだ水屋も、現在の独身状態の不便さを嘆かざるを得ません。
  金の隠し場所を探した彼は、まず押し入れのつづらのボロの下に金を隠すことを考えます。そして自分が泥棒の立場に立って考えてみます。
  「・・(泥棒は)戸棚あけたって、何と汚ねえつづらじゃねえか。あけてみてボロばかりだから、何だ、こんなものしようがねえなって出て行きやがる。・・出て行くかな? 出て行きながら、ことによるとボロの下に何かあるんじゃねえかてんで・・あー、いけねえ、だめだ。こんなところに入れちゃおけねえ」。
  金を神棚に乗せることも考えますが、これもどうもすぐ発見されそうな気がします。さんざん弱った末に「これなら」と思いついたのは、床下に隠す方法です。彼は畳をはがし、ネダをはがし、横に一本通っている丸太に五寸釘を打ち込みました。そのくぎを曲げてこれに二重に包んだ風呂敷きをぶら下げました。

 翌朝縁の下をのぞきましたが、暗くて見えません。そこで天秤棒でかき回してみますと棹の先にこつんと当たります。「あ、あるある」。そこで彼は安心していつものように出かけました。
  ところがいくらも行かないうちに、彼は人とすれ違います。「あれ、なんだい、目つきのよくねえ野郎が来やがった。すれ違った様子が、どうもおかしいぜ。あいつ、家の方に行くんじゃねえかな。どうも行きそうだよ。・・あとをつけてみよう。あー、あっちへ行っちゃった。あー、よかった。・・遅くなっちゃった。さ、早く水売りに行かなくちゃ」。
  「・・あれ、あそこで相談している男がいる。おれの顔、ジロジロ見てやがる。ひょっとするとおれが富に当たって、金を受け取ったのを、知っているやつに違いねえ。・・おーっと、歩き出しやがった。あー、あっちへ行っちゃった。あー、よかった」。

 
 

八百両盗まれる
  という具合でなかなか先に進めません。それでも、どうにかいつものお客さんのところに行くと、「どうしたんだい、おそいじゃないか。米も炊けないし、茶も飲めないじゃないか」なんて方々で苦情をいわれます。
  水屋は方々でペコペコあやまってともかく家に帰ってきます。そして天秤棒で縁の下をつついてみます。すると、「こつん」ときますから、「あー、あった」と一安心。
  「守銭奴」のアルパゴンも金を隠したまではいいのですが、今度は他人が泥棒に見えてしようがありません。「・・それはそうと、きのう返してもらった一万エキュを、庭に埋めたが、あれは大丈夫かな。自分のうちに金貨で一万エキュを置くとなると、これは相当な・・しまった! とんでもないおしゃべりをしたもんだわい! ひとりで考え込むうちに、頭がのぼせて、声を出してしまったらしい」などといいます。

 水屋は「金持ちてなぁ心配なものだ。これを考えるてえと、貧乏人は気楽でいいや、うらやましい・・」なんていいます。きのうまで自分が貧乏だったわけですが、彼はここで失うものを持っているものの悩みをはじめて実感するわけですね。
  さて家に帰ってきた水屋は食事をして横になります。すると彼は夢を見ます。「やい、やい、起きろ」「わあーっ」「てめえんとこは富に当たったんだろう。八百両、出せぃ!」「そ、そんなもの・・」「知らねえとはいわせねえ。・・出さねえてえとてめえの命なんぞねえぞ!」「お助けください!」「野郎、どうしても出さねえな、こん畜生め!」
  彼は自分が切られた夢を見て冷や汗をかいて目を覚まします。あくる晩も同じような夢を見ます。八百両という大金が彼に強い心理的なストレスを与えているのですね。

 彼が住んでいる長屋の向かいに博打ですってんてんにすった男がいて、水屋のしぐさを見ていました。水屋は朝ぼんやり起きると、心配そうに天秤棒を縁の下にいれ、しばらくするとニコニコして出ていきます。
  「縁の下に何かあるな」と踏んだこの男、水屋の留守に家に入ってきて畳をはがしてネダの下を調べてみますと、八百両の大金が出てきます。「しめた」というので、そっくり盗んでどっかに逃げてしまいました。
  一方水屋の方は家に帰ってきて縁の下をつついていますが、その日ばかりは棹の先に何も抵抗がありません。「『おや、ないっ!』。上にあがってみると、畳を上げ、ネダがはがしてあって金の包みは蔭も形もない。そこで水屋は次のようにいいます。『あっ、盗られちゃった。あー、これで苦労がなくなった』」。落語「水屋の富」はここで終わっています。

 
 

金と持ち主の関係距離
  モリエールの守銭奴も庭に隠したつぼを盗まれます。アルパゴンは「どろぼう! どろぼう!人殺し! わあい、助けてくれ! だめだ、やられた! わしは喉首を掻き切られた! わしの金が盗まれた! どこのどいつだ? どこへいったんだ? どこにいるんだ? どこへ隠れやがったんだ? どこへ行ったら見つかるだろう? どこへ駆け出したものか? 駆け出すのはやめにしようか? そちらにいるのか? こちらじゃないか? だれだ? おい、まて!」。
  アルパゴンは自分で自分の腕をつかみます。そして「こいつめ、わしの金を返せ!・・なんじゃい、こりゃわしかい! わしは気がへんになった、自分がだれで、どこにいて、なにをしているのか、わからなくなってしまった。あああ! わしの大事なお金!・・」。このように守銭奴は、じつに、あられもない様子で取り乱します。

 水屋の場合もアルパゴンの場合も、隠した金が盗まれた状況としては同じですが、水屋のあきらめのよさに対して、アルパゴンの見苦しさは際立っています。この違いはどこから来るのでしょうか。「それは日本人と西洋人の気質の違いじゃないか」という人もいるでしょうね。私もその意見にいくぶん賛成です。
  けれど水屋はもともと貧乏でしたので、大金と彼の関係はまだ疎遠です。これに対してアルパゴンのほうは金と自分が一体化していて、金が彼の命であり、血液です。ですから金がなくなったとき「わしは喉首を掻き切られた!」となるのですね。
  水屋の方は持ちつけないものを持ってしまっているので、この金はどうしても自分の体の外側にあります。それでも金に対する執着はあります。そこで金は彼にとって手放せない重荷になっているのです。それが盗難というアクシデントによって消滅してくれたのですから、水屋としてはストレスから開放されてほっとしたのですね。

 金を持つことのストレスと金に対する執着、この二つの関係のどちらをとるか、昔の人はこれを選ばなければなりませんでした。
水屋はこの後なくなった金を追いかけるでしょうか。おそらくあきらめるでしょう。彼はストレスには弱く、逆にあきらめには耐えられる男です。アルパゴンの方は、絶対にあきらめないでしょう。じじつ彼は、劇の中でこの失った金を取り戻すのです。「求めよ、さらば与えられん」です。
  では、この落語が発信しているメッセージはどのようなものでしょうか。「持ちつけない大金を持つものじゃない」ということでしょうか。「お金に執着するよりも、地道な稼ぎの方が大切だ」ということでしょうか。もちろん、このような教訓が含まれていることは明らかです。けれどそれだけではありません。

 まずこの水屋は神社から金を受け取ろうとするときに、「二ヵ月待ってくれ」といわれます。彼としてはこの期間待っていた方がよかったと思われます。つまりこの二ヵ月で自分の代わりの水屋を探し、新しい家を探し、金を預ける先を探す、というように行動すればよかったのです。そうすれば手元に現金を置く危険を回避できた上に、次の生活をきちんと組み立てることができたはずです。
  しかし彼は最悪のシナリオを選びました。急ぐ必要もないのに二百両を損した上に、現金を無防備な手元に置くというリスクを背負ってしまったのです。それはなぜでしょう。小判の輝きを一刻も早く見たい、という情念的な衝動が働いているからですね。彼はこれまで金に縁がない男であっただけに、この情念を抑えることができませんでした。

 
 

アルパゴンにとっての金は金を生む道具
  このとき彼にとって小判は、活用すべき資本ではなく、鑑賞すべき美術品だったのです。この点アルパゴンにとっての金貨は単に鑑賞すべきものではありません。
  アルパゴンは、自分の息子が身につけている「かつらとリボン」に目を留めて次のようにいいます。「おまえのかつらとリボンだけで二十ピストールはかかっとる。わしはそうにらんでるんじゃ。二十ピストールの金がありゃ、かりに安く踏んで十二分の一にまわしたところで、年々十八リーヴル六スー八ドウニェの利息が浮いてくるんだぞ」。
  彼にとっては金は金を生む道具なのであり、金は決して裏切ることのない道具なのであり、それゆえアルパゴンにとっては、いとしくてならない分身なのです。

 これに対して水屋はまじめな働き者ではありますが、貧乏人です。かれが貧乏だったために金銭の本質や効用を知ることがなかったのか、金銭の本質が分からなかったから貧乏だったのか、そのいずれか、あるいは両方です。
  アランは「金というものは、単に必要からだけ金を求める人々を避ける」といっています。
  水屋は八百両の金を手にして、それで思いっきり贅沢をしようなどとはいっていません。彼は現在の惨めな生活から脱却すればよかったので、そのためには八百両でも多すぎたといっていいでしょう。彼にとって金はいずれにしても使うためのものでした。使うために求めている金が身につくということはありません。私が金を溜められないのも、私にとって金が溜めるものであるよりは使うものであるからです。
  ところがアルパゴンの場合はまったく違います。彼にとっては金は使うものではなく、溜めるものです。彼にとって金はつねに元手であり、成果なのです。彼はビジネスにおける再生産の原理を体現している人物です。アルパゴンの姿と見くらべると水屋の金銭に対する無欲、無知、無能が際立ちます。金銭哲学という面から見た場合のこの落語の重要なメッセージは、「本当に金銭の主になるためには、それなりの意欲と、大胆さと知識と技術がなければならない」ということではないでしょうか。

 
 

人は仕事依存症にかかる
  多くの人々が「自分が金持ちになれないのは、巡り合わせが悪かったからだ」とか、「宝くじが当たれば金持ちになれる」などと思っています。けれどその人に本当に大金のオーナーとしての資格があるかどうか、それは分からないということですよ。幸いなことに私たちはそれを試されていないのです。
  次に水屋の「行動」について考えてみなければなりません。彼は八百両当たった翌日にも誠実に仕事に出かけました。「おれは八百両持っているんだ。もう水屋なんかやってられるかい」といって仕事を放り出すこともできたでしょう。たとえ仕事を放り出したからといって、まさか命まで取られるということはなかったでしょう。
  彼の義務はあくまでも道義的なものであり、法律的に縛られるものではなかったはずです。それに、関係者にわけを話して、「今日は休みます」とか「今日から仕事を止めさせてもらう」といい出すことも可能だったに違いありません。人間いつ何どき、何があるか分かりませんから、非常事態宣言を発することもできたのです。

 考えるまでもなく、八百両の当選は彼にとって人生を左右する大事件です。おそらく彼の生涯を通じての最大事件でしょう。なぜなら彼は金を得るために一生涯働くわけですが、それでも生涯賃金が八百両に達することなどあり得ないからです。それなのに、彼はこの大きな事件に対する処理を誤りました。
  初日の判断と対応に失敗しただけでなく、彼はその翌日も翌々日も同じように仕事に出かけています。これはなぜでしょうか。
  「バカ正直者だからだ」「彼は自分の仕事の重要さを知っていたからだ」「義務に対する責任感が強かったからだ」という説明も一部では当たっています。もし彼がちゃらんぽらんな人間だったら、水屋というパンクチュアリティが求められる職業に向かなかったでしょうし、要するに金を手にして水売りを継続することもなかったでしょう。だから水屋の几帳面さや責任感や義務感を指摘するのは当たっています。

 しかし私はそれ以上に、習慣の力の恐ろしさ、習慣を断ち切ることの難しさを指摘したいと思います。仕事はルーチンワークを伴っています。このルーチンの中に入ると、そこから抜け出すことが困難になります。
  定年退職した人がつい習慣で、カバンを持って定刻に家を出てしまったという話を聞きます。また退職当座、家で何もすることがなくて、つらく淋しい思いをしたというのは、だれもがいうことです。仕事の習慣はそれほどまでに強く体に染みつくものであり、ある種の「依存症」的な効力を発揮するにいたるものです。
  たとえば残業の習慣のあるサラリーマンは、残業しないで家に帰るということがつらくなります。残業依存症になっているわけです。

 私の考えでは人間関係においても、同じように依存症が発生するものです。長年親しんだ家族に死に別れたり、生き別れたりすれば大変つらく淋しい、これを多くの人々は「家族愛」と呼んでいます。もちろん愛情が存在することはたしかでしょう。けれども人間関係も日常ルーチンの中では相互に依存症を引き起こすものです。まあ、依存症と愛情との間に線を引くのは困難ではないかと思います。
  残業依存症のサラリーマンも、仕事を愛しているといえばいえるわけですからね。薬物やアルコールに対する依存症ならば、自分でも「これはまずい」という思いがあるでしょう。けれども仕事となると話は別です。仕事は原則として他人のためにするものですから、どんな仕事もそれなりに関係者に役立ちます。本人には、習慣を維持する動機が十分にあることになります。
  このルーチンワークに対する依存症的な習慣は、新しい方法や習慣の導入をいちじるしく困難にします。目の前に、明らかにもっといい方法があるといわれても、それでも古い習慣や方法を棄てられない人が沢山います。このような変化や改革を拒む指向が、時代や環境への不適応となって出てくるわけです。

 
 

私たちは水屋の子孫
  さてわが水屋ですが、彼は世のため人のために仕事をしていると思っています。そして自分が水を持っていかなければ多くの人々が迷惑するという責任感を持っています。この意識がルーチンワークに対する依存症と重なっているわけです。また新しい生活に踏み出すための、変化への恐れがどこかに内在しています。
  彼の仕事は朝早く出かけ、夜になって帰宅するというものです。したがって彼には身近なところに知人友人がいません。彼の自宅は単なる宿泊場所です。彼の顔なじみは、彼が商売をする地区にいるのです。だから彼が人々の間で自己実現を果たすには、彼は商売の只中にいなければなりません。このことが、彼が無意識のうちにも仕事を続けたいと望むもうひとつの理由になっているのです。

 もし彼の八百両が盗まれなかったと仮定してみましょう。彼は毎日天秤棒で縁の下をつつき、八百両の存在を確かめるという習慣を、新たなルーチンとして確立するでしょう。また彼は、幻覚におびえながらの生活を一年でも二年でも続けたことでしょう。彼は精神的テンションによって何かがプッツンするまで、あるいはそのようなテンションへの耐性が身につくまで仕事を続けたでしょう。
  「せっかく千両もの金に当たったのに、やめたいと思っている水屋の仕事にかまけて金を失うとはバカなやつだ」とお思いになるでしょう。それにまた「金を失ったときに、『ああ、これで苦労がなくなった』などというとは、何と小心な、欲のないやつだ」とお思いになるかもしれません。
  けれども私は残念ながらこの水屋の中に、自分の姿をありありと見るのです。というのも、大金に疎遠であるという点では私は彼に共通しています。次に私は習慣依存症、あるいは仕事依存症に陥っていることを認めます。かりに現在の仕事をやめて別の仕事に移ればもっと儲かると分かっていても、まず現在の仕事を止めないでしょう。止めたくないのではなく、習慣的に止められないのです。
  もちろん多くの人々が転職をしたり、脱サラをしたりしています。これらの人々の数は目立ちますが、実際には大多数の人々が現在の職場、現在の仕事に満足しており、その職場への依存関係を崩したくないと思っているのです。

 現代においては職業選択の自由は保障されており、法律や道徳に反しない限りどんな商売を始めようと、どんな投資をしようと自由です。私たちはたとえどんなに大金持になってもいいのですし、どんなに成功してもいいのです。チャンスはいくらでもあります。それどころか、成功すれば多くの人に尊敬され、ちやほやされることが分かっています。それなのに私たちは成功への道を進もうとしません。
  私たちは一生の間に一度も人生を選択する機会がない、などということはありません。私たちはどこかで大成功したり、大金持になる機会に遭遇しているのですが、それを見送ってきているに違いないのです。もちろん現在手にしている「八百両」と、これから手に入るかもしれない成功とでは比較できないかもしれません。
  しかし私たちは、「明らかにこの方が有利だ」という条件だけでは自分の身の振り方を決めたりはしないものです。たいていの場合は、「もっといいことがある」とは分かっていても、惰性的な習慣によって、現在の仕事、現在の環境を選択してしまうのです。
  私たちが別の人生を選択するのは、たいてい追いつめられて、もうどうにもならなくなってからではないでしょうか。たとえば上司と喧嘩して会社を飛び出しちゃった、などというときに別の道を選ぶ可能性があります。けれど中途はんぱに生活が成り立っているときには、生活パターンを切り替えるのがひどく難しいものです。
  こうしてみると、私たち小市民はつくづく「水屋」的なのですね。けれども水屋的なのは何も個人だけではありません。会社経営についても同じことがいえます。

 
 

水屋の賢明さを見習おう
  たとえば新しい商品に切り替えたり、立地を新しくしたり、人を入れ替えたりすれば、さほどリスクをおかさなくても会社がもっとよくなる、と知っている会社のトップはたくさんいます。けれど彼は決断しません。たいていは現状のままずるずると活動を継続しています。だから「会社」と名のつく組織は多くても、たいていは零細で、それも業績がぱっとしないのです。
  これはひとえに新しいことに対する気苦労がいやなのと、現状に対する惰性的依存関係を断ち切ることができないためです。無数の水屋的な個人と、何十万の水屋的な会社、これらの中から例外的に成功する人物や例外的に成功する企業が誕生するのですね。こうなった以上、私たちは成功者たちをうらやむその他大勢として生きてゆくしかありません。

 ところで、水屋は江戸時代を代表する下層庶民の一人でした。彼は千両富の当選者という例外的な存在となりましたが、ふたたび下層庶民の大海の波にまぎれさりました。この話は芥川龍之介の「蜘蛛の糸」に似ています。お釈迦様は地獄に落ちた極悪人のカンダタを救おうとして極楽から一本の蜘蛛の糸を垂らします。カンダタはこの糸をたどって極楽の近くまで這い上がるのですが、あと一歩というところで奈落の底に戻ってしまいます。
  カンダタの場合は他人を排除しようとする性根によって罰せられたわけですが、水屋の場合は天の恵みをしっかりつかみ、活用しなかった「とが」によって罰せられています。しかし私たちも優柔不断であったり、臆病だったり、怠惰だったりして天の恵みを利用していないかもしれません。だから私たちの現在の境遇はこれらに対する罰かも知れないのです。

 さて、ここまで私は水屋の欠点ばかりをあげつらってきましたが、ここで水屋の賢明さにも触れてみたいと思います。
  アランは美女に振られて絶望している男に、次のようにいって自己を取り戻すようにすすめています。「あんな女は、もうみずみずしさのなくなったばかな女さ」。これはあきらかに負け惜しみです。負け惜しみ、いいではないか、くよくよ悩んで仕事が手につかない、というよりははるかに賢明ではないか、とアランはいっているのです。
  この点、水屋は「ああ、これで苦労がなくなった」といいました。これも一種の負け惜しみといえば負け惜しみですが、彼は精神的なストレスを感じた後でしたので、心底からほっとしました。彼のひとことは彼の身体にも反響しました。こうして彼は自分自身を金の問題から開放しました。彼は自分の任務を取り戻し、自分自身を取り戻しました。
  もしも彼がなくなった金についてアルパゴン的な反応を示し、悩み、苦しんだとしたらどうでしょうか。彼はもともとアルパゴンではないのですから、このスタイルは不似合いです。彼は一つの苦しみから他の苦しみに移っただけにすぎなくなってしまいます。しかし賢明にも、彼は金が盗まれたと知った瞬間、一切のわずらいを金もろとも放棄してしまったのです。

 寒い北風の吹きすさぶ江戸の街を、重い荷を担いで歩きながら「ああ、あの金があったらな」と彼はいくども思うことでしょう。しかし同時に、「あの金の件では苦労した」とも思うでしょう。そして自分が果たして八百両の金にふさわしい人間だったのかどうかについて反省し、ついで「これでよかったのだ」と思うことでしょう。「ああ、これで苦労がなくなった」といえた彼なら、賢明な結論を導くことができるでしょう。
  私たちは金と幸福がかなり相関していることを知っています。そこで大金=大きな幸福という図式を描きがちです。しかしそのようなときに、私たちはある条件を忘れてしまっています。それは自分が本当に大金の主にふさわしいかどうかということです。

 ところで、水屋の子孫である私たちは、成功や大金からかくまで遠く離れていながら、しっかり幸福になり得る方法を知っています。なにしろ現状ですっかり満足しているのですからね。そこでアランの方法にならって、私たちもいうことにしましょう。「いやなに、幸福は金では買えませんよ」。
  こうして改めて見直してみると「水屋の富」という作品は、モリエールの「守銭奴」にも匹敵する、すぐれた作品であることが分かるではありませんか。それにもうひとつ。どんな文芸作品も「それが何であるか」よりも、「それから何を読み取るか」ということの方が重要です。
  アランはとくに典籍の古い作品を読む場合には、典籍の真偽を論じるよりも、そこから自分が何を汲み取ろうとするかが大切だ、ということをいっています。私はまったく同じことを示唆に富んだ落語についていいたいと思います。

 
   
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