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ソクラテスのクリスマス
 
あとがき

 アランは「人智の最近の状態しか知らぬものは、自己に対して無知なこと、誤りない本能を持つ動物と異ならない」といいました。
  「人智の最新の状態」をビジネスマン風にいうと「情報」という言葉がぴったりです。最新のブランド情報、コンピュータ情報、環境情報、それにタレントや人気スポーツ選手の名前など、現代人はいろいろなことを知らなければならないので、なかなか多忙です。最近はインターネットばやりで、今日では通信手段を駆使してどんな情報でも手に入り、これを有効活用すれば何でもできるたぐいの議論がさかんです。
  これら人類が誇る情報化社会のすばらしい果実に対して、アランは冷淡です。アランにいわせると、現代人として「情報通」であることは、「誤りない本能を持つ動物と異ならない」ということになります。

 猫は各自のナワバリを持っています。彼らは毎朝自分のテリトリーを一周してきます。あの猫たちも彼らなりの最新の情報を持っているわけです。散歩に連れ出される犬も同じことです。犬も状況を観察し、判断しています。
  ということは私たちもテレビを見たり、新聞を読んだり、中吊り広告に目を通して世の中の変化を自分なりに判断したとしても、それだけでは猫や犬よりも自分を磨いたことにはならない、ということです。それどころかアランは「転がるものを追いかけるやり方は、犬にまかせておこうではないか」といっています。つまり新しい物好きを痛烈に批判しているわけです。
  結局アランがいいたいのは「自己に対して無知であってはならない」ということです。猫や犬に欠けているものは自己についての反省であり、与え得られている状況に反してでも自分固有の思想を結ぶということだからです。そこが動物と人間のちがいです。

 ではどうしたら自分を磨き、自分固有の思想を持つことができるのでしょうか。これについてもアランは明快です。もっと古典的な作品に親しみなさいというのです。彼は「古典作品以外のもので教養を高めることはできない」ともいい切っています。
  またアランは「すべて有名な著作、わけても詩編は、だから、魂の鏡である。私たちは不変の言葉の前でのみ思考するのであり、そこに自分のものを付け加えるのであるが、しかも、何一つ付け加えないことを直ぐに発見する」ともいっています。

 私はこの本で、アランが推薦している古典作品の断片を、いくつか取り上げてみました。とりわけアランがある種の感動をこめて語っている文学作品の中から、「妥協しない」という特性を持っている幾人かの作中人物、そして作家自身を取り上げてみました。なおソクラテスをプラトンの作中人物とみなすべきか、歴史上の人物とみなすべきか、作家とみなすべきか、これについては読者の判断におまかせすることにします。
  改めてこれらの典型的な人物を観察してみると、現代人である私たちと彼らの間には驚くほど距離があることに気づきます。この距離は好ましい距離なのか、好ましくない距離なのか、時代が作り出した距離なのか、私たちの日頃の生活態度が作り出した距離なのか、私にはよく分かりません。このところを考えてみたいのです。
  ただ、アランがコメントしているこれらの人物は、「妥協しない」という面でどこまでも美しく、魅力的な人間としてのモデルを提供しています。たしかにこれらの人物はアランがいうように「魂の鏡」ではないでしょうか。そして彼らは時空を超えて、私たちに何ごとかを発信しているのです。
 
  私はアランが推薦するような古典的な作品が、日ましに私たちから遠ざかっているように思えてなりません。そしてその距離に比例するように、これら古典的な作品の価値の重みを増しているようにも思います。おそらく私たちの方が、古典的作品が描く人間の基準に耐えられなくなっているのでしょう。要するに小心な人間、小悪党にとって高潔な人が目障りであるように、私たちにとってこれらの作品が提示するモデルたちを考えると、どうも居心地が悪いのです。
  ところが私たちがつとめて忘れよう、無視しようと努力しているにもかかわらず、これらのモデルたちは、「人間とは、本来どんなものだったのか?」「それほど安易に妥協していいのか」「君たちのやり方でいいのか」といっているようにも思えます。
 
  私はアランの愛好者として、アランの言葉を考え、そこで指摘されている作品にしたがって考える習慣を守ってきました。今回はこの小論の試みを通して、「人間ってこんなにもカッコいいものだったのか」という驚きに満たされるのと同時に、アランが推奨する「妥協しない人々」に対する畏怖と、彼らとの無限の距離を感じることになりました。
  私の無謀な試みを契機に、読者がこれらの人物にいくぶんでも思いをはせていただければ幸いなことです。

                   1997年2月   著者

   
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