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イソップの落ち穂拾い
 
第11章 奴隷としての自己完成をめざす

群をなす奴隷志願者たち
  私の考えでは、現代のサラリーマンはイソップにも似た「奴隷」です。こんなことをいうと、「何をいうんだ」などと叱られてしまうかもしれません。けれどもトップや上司に仕え、多少の無理難題やストレスにも耐え、わずかの収入で生活しなければならないという点では、サラリーマンは往時の奴隷と同じです。なにしろ、サラリーマンの平均生涯賃金と平均生涯生活コストはほとんど変らないのですからね。
  日本の社会では一般市民の子弟を奴隷として教育します。つまり、よきサラリーマンになることを教えるのであって、学校では子供たちに帝王学を教えるわけではありません。だいいち、大学を卒業した連中が先を争って有名会社の門前に押しかけ、サラリーマンとして雇ってもらおうとしてしのぎを削っているではありませんか。つまり彼らは奴隷として採用してもらおうとして先を争っているのです。

 子供たちが試験地獄を耐え、少しでもランクの高い大学を出ようというのも、いい会社に勤めるため、つまり程度のいい奴隷になるためであって、それ以外のものではありません。いわゆるオーナー経営者の「二代目」でない限り、大学を出てみずから一個の王、すなわち創業経営者になるというコースは、社会の仕組みとしてはほとんど予定されていません。
  もちろんむかしの奴隷といまの奴隷との間には、大きな違いがあります。こんにちの市民は、基本的な人権や言論の自由、移動の自由を、参政権を持っています。そしてもっとも大きな違いは、サラリーマンという名の奴隷も、本人がその気になればいつでも自ら王様になることができるということです。つまり、誰でも独立して会社の社長になることができます。
  サラリーマンであることにあき足らず、独立して会社を作り、この会社を立派な王国に発展させて自らリッチな王様になること、これは少しも禁じられていません。だから実例はいくらでもあります。幸いなことに社長になるための資格試験や国家認定があるわけでもありません。しかるに大多数のサラリーマンはこの可能性には挑戦せず、現在の身分に甘んじ、安住しています。

 アランは、「金持になりたいと望むのは結構だ。だが、誰もが王になりたがるわけでもない」といっています。「よし、オレもいつかは独立してやるぞ」などと口ではいっているけれど、たいていの人は定年の日まで実行しません。
  金持になりたいとか、独立したいなどというのも夢としては結構なのですが、リスクが伴ないます。だから口先ではともかくとして、本気になっては考えられないのでしょうね。それに奴隷の待遇もだいぶ改善されましたから、高望みさえしなければ、それなりに居心地がいいということでしょうかねえ。現状に満足し、あまり多くを望みすぎないこと、これが現代のイソップたちが到達した人生の知恵かも知れません。

 

資格取得の夢は間歇的に
  「現状にこそ満足すべきだ」という考えは、イソップ物語の中にも随所に示されています。たとえば、「ゼウスに相談する驢馬たち」という作品があります。
  「驢馬たちが始終荷物を運んで骨折ることを苦にして、或る時ゼウスに使いを遣って、困苦から解放していただきたいと願いました。しかしゼウスはそれは不可能であることを彼らに示そうとお思いになって、彼らが小便をして河を作ったら、その時、彼らはそのひどい境遇から脱がれるだろうとおっしゃいました。彼らはゼウスが本当のことをおっしゃっているのだと解(と)って、その時以来今日まで、お互いの小便を見ると、其処で自分たちもその周りに立って小便をします。この話は、各人の運命はどうすることもできないものだ、ということを明らかにしています」。
  若い人が脱サラを夢見て、しかるべき先輩のところへ相談に行くとします。そのときにものの分かった先輩なら、次のようにいうでしょう。「君はこのような能力を身につけてから独立してはどうか」とか、「すぐにも始めたまえ。応援しよう」などといってくれるでしょう。かりに私が相談を受けた場合、相手が若く積極的な人であれば、原則として賛成します。

 というのも、若いうちなら失敗を取り戻すことができますし、失敗の中から工夫や順応を学ぶことができます。意欲という資源がありさえすれば何とかなるものです。かりに失敗しても、若いうちなら再就職が容易です。
  ところが中高年となると状況はきびしくなります。実力不足、あるいは意欲不足のために、現在いる会社からお荷物扱いされているような人は、次第に会社での居心地が悪くなります。このような人がある日、「脱サラしてみたい」という相談を誰かにもちかけたとします。相談された人がものの分かった人なら、現在の職場で努力するようアドバイスするでしょう。
  中高年の場合、たいてい仕事のやり方の悪いクセを身につけてしまっており、環境の大きな変化や価値観の変化に適応しにくくなっています。もし彼に適応能力があるなら、現在の会社も居心地が悪くないはずなのです。

 「ゼウスに相談する驢馬たち」に登場するゼウスは、ちょうどこのような中高年の人に相談を受けた「ものの分かった人」です。ロバたちは次のようにいいます。「私がお人好しで、何もいわないもんですから、会社では割りの悪い仕事をみんな私に押しつけるんです。そりゃひどいもんですよ。おまけに、若い、要領のいい連中がきて、しばらくするとどんどん私らよりも出世するのですからね。いくら私でも、そうそういつまでも我慢はしていられませんよ。私は会社に辞表を出して、なんか自分で仕事を始めたいと思いますね。どんなもんでしょう」。
  ところがゼウスとしては、この連中では独立しても成功しそうもないことが分かっています。そこで彼は次のようにいいます。「いきなり独立するといっても、そりゃ無理だよ。資本もなけりゃ、これといって技術もないんだろう。そうさな、やはり手に職をつけることが一番だな。たとえば技術士みたいな、いい国家資格を2つ3つ取ってごらんよ。引っ張りだこになるぜ。それができたらまた相談に乗るよ」。

 そこでこの中高年氏は、一念発起して資格取得の勉強を始めます。しかしそこから先が大変です。もともと自分の本来の仕事だって満足にできないのですから、プラスアルファの勉強など長続きするわけがありません。始めのうちはテキストを前にして居眠りをしていますが、そのうちテキストをどこかにしまい忘れてしまったりします。要するに、思い出しては取りかかり、また挫折し、また始め、また中断する、という具合です。
  世の中には沢山の資格取得のためのスクールがあります。これらのスクールはみな上記のような「ロバたち」を対象に形成されている市場です。かりに資格取得を志す人たちが全員計画通りに資格を取っているとしたら、市場の規模は現在の十分の一にもならないでしょう。
  それに、かりに資格を取れたとしても、それでロバの生活が大きく変わるというものでもありません。新しいビジネスとは、資格によって行なうのではなく、新しい顧客と新しい商品によって行なうのです。一生懸命勉強している連中は、「資格さえ取れば何とかなる」なんて思っていますが、資格や能力を獲得することと、それをもとにビジネスをする、というのは別です。

 はっきりした具体的な目的があって、現在の仕事を発展させるために資格を取得する、というなら話は分かりますが、「資格さえ取れば何とかなる」というのはいただけませんねえ。
  イソップの物語ではゼウスは彼らに「小便をして河を作ったら」、なんておかしなことをいっていますね。これはただ「資格を取得したら・・」というぐらいおかしなことです。ここで注意しなければならないのは、ゼウスが「小便をして河を作れ」とはっきり命じているわけではないことです。小便をして川を作るかどうかは、ラクダの自由意志に任せているのです。
  ロバの勉強はやってもやらなくてもいいのです。強制されていません。この場合ロバ自身の意志は次の方法のどれかで実行されることになります。「1.継続的」「2.間歇的」「3.忘れる」という3つの方法です。この物語ではロバは「2」の方法で実行していることになります。

 かりに自分の意志で運命を変えることができる人がいるとすれば、私は「1」の方法で実行する人だと思います。そしてそのような人はこれから始めようとしているのではなく、すでに現在毎日それを実行している人なのです。ロバが現在の職場で何とかつとまっているのは、給料と仕事と習慣との関係によっていわば強制されているからであって、強制されなければ何かを継続でないというような人は自分の運命を変えることはできません。
  このロバの物語りの末尾には「この話は、各人の運命はどうすることもできないものだ、ということを明らかにしています」という教訓がついています。これはイソップ時代の身分制度の名残りを示すと同時に、「平凡なロバたちにとって・・」という但し書きが隠れているようにも思われますね。

 
 

わが家の重い甲羅を背負って
  イソップの思想は、このように怠惰な人物に対してはなかなか手きびしいものです。例のアリとキリギリスの話もキリギリスに対しては過酷ですよね。次の「ゼウスと亀」のような話もあります。
  「ゼウスが結婚をなさって凡ての動物を御招待になりました。しかしただ亀だけが欠席して、そのわけがどうしてもおわかりにならないので、翌日どういうわけでお前一人宴会に来なかったのかと亀にお尋ねになりました。と、亀は『家は気楽です。家が一番よろしゅうございます。』と申し上げましたので、ゼウスは亀に腹をお立てになって、彼を、その後は家を背負って歩きまわるようなものになさいました。人間たちの多くはこういう風に他人のところで贅沢に暮らすよりも、むしろつつましく家で暮らすことを好むものです」。
  集団で行動しようとするとき、一人だけ参加しなかったり、途中から無断で帰ってしまったりというように、逸脱的な行動をする人がいます。本人にはさしたる罪悪感はないのですが、リーダーにとってはこのような人物が気がかりです。ゼウスもカメのことなど放っておいてよさそうなのですが、気になりますから翌日カメをたずねていますね。

 カメは、「家は気楽です。家が一番よろしゅうございます」というのですが、こういうものいい方をする人、いますよね。要するに何やら哲学を持っているのですが、独善的で、周囲との関係、バランスを考えることができないのです。当然周囲にどれだけ迷惑をかけたか、などということはまったく頭にありません。自分自身にだけ話の筋が通っているのです。
  ゼウスは「そんなに家がいいなら、いつも家をしょって歩いたらよかろう」といいます。どうやら大昔、カメは甲羅を脱ぐことができたようですね。このゼウスの処置によってカメは甲羅とともに歩かなければならなくなりましたが、これで果たしてカメが罰されたことになるのか、よく分かりません。私としては、これでよかったような気もします。
  ところで、私たちもかなり甲羅を背負ったカメに似ています。まず私たち日本人には強い住宅願望があります。「たとえ狭くてもいい、遠くてもいい、わが家を持ちたい」、これが庶民の願いです。結婚するとせっせと貯金をして資金をづくりをおこない、頭金ができると住宅ローンと足して「わが家」を手に入れます。そして定年近くまでこのローンの支払いを続けます。どうかするとローンは親子二代にまたがったりします。

 家ができると、メインテナンスが必要となります。通勤が大変になります。家に所定の時間に帰り着くためには、遅くまで都心にいることはできなくなります。人によっては転勤や移転がままならなくなります。住宅のために、人生が決定づけられてしまうのです。
  「住宅ローンを払えなくなったら困るので、いやいやながら今の会社に勤めているんだ」という人に、私は何人もあったことがあります。このような人の場合、家に縛られているために会社に縛られているわけで、彼らは会社と住宅という2人の主人に仕える奴隷となっているのです。私たちの背中には一見甲羅が見えませんが、私たちは「住宅」というかなりの重さの甲羅を背負って、のそのそ歩いているわけです。
  カメは、「家は気楽です。家がいちばんよろしゅうございます」といったのですが、じつは私たちも同じことをいったのです。「ああ、わが家が欲しい」というように。だから住宅ローンに縛られている人は、いつどこにいようとも甲羅を背負っているわけですが、自分がそう望んだ以上、文句をいうわけにはいきません。

 カメはおそらくゼウスの罰を罰とも感じていないのではないでしょうか。なぜって、彼は周囲との比較で自分のポジションを理解できるようなタマではありませんからね。だから、カメは重たい甲羅を背負っていても、きっと満足しているに違いありません。「トレーラーハウスの元祖は私だよ」なんていっているかもしれません。
  私たちにしても住宅ローンに縛られている人生を、どの程度悲惨なことだと考えているかどうか、これは人によります。みなそれなりに満足し、既定の事実として自分の運命を引き受け、わが家のあるくらしを楽しんでいるかもしれません。それに他人が「あなた、そんなに重い甲羅を背負って歩いて、自分を惨めだと思わないんですか」なんていっても始まりませんしね。
  そこでこの物語の末尾にある教訓をもう一度読み直してみます。「人間たちの多くはこういう風に他人のところで贅沢に暮らすよりも、むしろつつましく家で暮らすことを好むものです」。この教訓は、少しピントがはずれているように思えなくもありませんね。まず「他人のところで贅沢に暮らす」というのが妙ではありませんか。

 動物たちがゼウスの結婚式に呼ばれたのは1日、あるいは短時日のことであって、「贅沢に暮らす」というほどの長期間に該当するとは思えません。ついで「むしろつつましく暮らすものです」というのは、「他人のところで贅沢に暮らす」という文章との関連で見ると、カメのライフスタイルを最初から肯定しているような響きがあります。すると、ゼウスがカメに罰を下したという話とつじつまが合わなくなってしまいます。この教訓部分も、のちに誰かが、適当に粗製したものかもしれませんね。
  しかしながら、私たちの「日本人住宅論」をふまえてさらによく考えてみると、この教訓には妙な付合が見つかります。まず「わが家への固執」は、決して贅沢な暮らしを意味するものではないということです。それどころか、ローンのくびきに縛られている人は、程度の差はあってもつつましくストイックな暮らしを強制されるということです。

 「他人のところで贅沢に暮らす」という言葉には、自分のすまいには極力金をかけないで、若いうちから日々を楽しんで暮らす、という意味にもとれます。取り方によっては、成人した女性が親もとから職場に通い、給料を全額お小遣いにして、高級ブランドや海外旅行などを存分楽しんでいる様子を思い浮かべることもできます。彼女は要するに、他人のところで贅沢に暮らしているわけです。
  このように独断と偏見を発展させてみると、この一見ちぐはぐな教訓にも「なるほど」と思えるものがあらわれてきます。いずれにしても「自分の家がいちばんいい」という思想は、かなりの重量感を伴う、といえそうですね。
  このカメの物語は、ゼウスがカメの独善的で怠惰な精神を罰しています。みんなとの協調が必要であり、必要なときには行動しなければならないということを教えている、というのが妥当な解釈ではないかと思います。

 
 

「3本の矢」の祖形
  協調やチームワークが大切だという教訓として、わが国では毛利元就の「三本の矢」のたとえが有名です。もっとも逸話では毛利元就が臨終の床にあったとき、息子たちはすでに成人しており、その中の一人はすでに亡くなっていたそうですから、話の信憑性は当てになりません。
  じつはイソップにも同じパターンの物語があります。「兄弟喧嘩をする百姓の息子たち」というものです。
  「或る百姓の息子たちがよく兄弟喧嘩をやりました。彼はいろいろと言って聞かせましたが、言葉で説いたのでは、彼らをどうしても改めさせることができないので、事実によってこれをやらなければならないとさとりました。そこで彼は息子たちに薪の束を持ってくるように言いつけました。彼らが言われたことをしましたので、まず彼らに薪を束ねたままで渡して、それを折って見よと命じました。彼らがどれほど力を出してみても、折ることができませんでしたから、次に彼は束をほどいて、彼らに一本ずつ与えました。彼らがそれをやすやすと折りましたので、彼は言いました。『いいかね、倅たち、お前たちも、もしも心を合わせていれば、決して敵に負けることはないだろう。しかし喧嘩をしていれば、直ぐにやっつけられるだろう。』この話は、不和は人に打ち負かされ易くするが、一致は逆に力強くするものだ、ということを明らかにしています」。

 この物語はわが国に伝わる毛利元就の「3本の矢」の話に驚くほど似ていますね。明治時代からこのエピソードの類似性に着眼した人が何人もいました。小堀桂一郎著「イソップ寓話」の中では、この経過が詳しく述べられています。
  南方熊楠はこの類似性に着眼した人の一人でした。早稲田文学にのった彼の論文「毛利元就、箙(本当は竹冠に前)を折りて子を誡めし話」を読んでみますと、元就の遺言は子供の年齢から推定してあり得ないことだとしています。熊楠は世界に類似の逸話や伝承があること、また元成の時代にイソップの話が渡来していたことをなどを総合しつつ、毛利元就の武将としてのすぐれた側面を誇張するために誰かが作った話だろうといっています。
  そしてこのようなエピソードの一致が見られることには不思議はない、「時千載を差え、道万里を隔つといえども、人情は兄弟なるを証するに余りあるというべし」と結んでいます。
  中務哲郎著「イソップ寓話の世界」では、「3本の矢」に似た世界中の伝説や寓話が、これでもかというほどたくさん紹介されています。著者は「おそらく紀元前の時代から汎ユーラシア的な広がりを持ち、早い時期に中国にまで達して、イソップ寓話の公式の日本伝来よりも前に漢籍を通じてわが国に知られていたと考えられる」としています。

 たしかにチンギスハンの物語ともいえる「元朝秘史」にも、「アラン=ゴアは五人の子を教えていった。『おまえたち5人の子は5本の矢のようなものだ。1本1本では誰にでもわけなく折られてしまうが、束ねた矢のように団結してことに当たれば、誰にもたやすく負かされることはない』」というくだりが出てきますね。
  しかし、このような研究は専門の先生方におまかせすることにして、私たちはこのエピソードの中から私たちなりの教訓を汲み取ってみたいと思います。
  ここでは兄弟仲の悪い息子たちに手を焼いた百姓が、息子に意見をするのですが、いくら「喧嘩をするな」といって聞かせてもいうことを聞かないのですね。そこで父親は「事実によってこれをやらなければならない」と考えます。

 エピソードは「言葉」に代えて「事実」を示す、という図式になっているのですが、よく考えると、父親がやろうとしているのは一つの実験を通して「たとえ」を示すことです。「たとえ」は言葉ですから、やはり言葉で説得しようとしているのです。それに薪とチームワークは別物ですから、「事実」ではありません。
  たとえば父親は、「薪を1本ずつ折ったとする。すると、簡単に折れるだろう。だが、束にしたら折ることはできなくなる。それと同じで、兄弟仲良くしておれば、外敵に対して強い集団を形成できるのだ」というように、実際に薪を使わなくても原理を説明することができます。彼がここで薪を使って実験しようというのは、息子たちに対する説得をより印象の強いものにしようという演出です。

 
 

父性は重要である
  息子たちにしても「薪をもってこい」という父親の命令に、「いったい何をするんだろう」という興味が湧きます。これが要するにデモンストレーションの効果です。こうしたデモンストレーションに対して、日頃不仲の兄弟も一致した興味を示していることが分かりますね。
  このことから私たちは、およそ説得、プレゼンテーションにさいしてはデモンストレーションの効果を考慮すべきだ、という教訓を得ることができます。ちょっとした小道具、模型、あるいはサンプルが、プレゼンテーションの効果をきわめて大きなものにします。私たちはビジネスの現場で、自分の言葉だけを頼りに相手を説得しようとしています。しかし言葉だけの説得力には限界があります。そのようなとき、ちょっとした実験や演出が思わぬ効果を生みます。大いに見習うべきでしょう。

 ところで、この物語で息子たちが説得されたのか、その後兄弟喧嘩をしなくなったのか、その点については記されていません。もしかしたら父親の説得も無駄になった可能性があります。けれど、私はこの物語における父親の権威ということに注目したいと思います。
  物語によれば、兄弟同士は仲が悪いのですが、父親が「薪をもってこい」といえば、この命令には従っています。ついで「折ってみろ」という命令にも従っています。要するに「喧嘩をするな」という観念的な命令は守れないのですが、「薪を移動する」というような具体的な命令は実行されています。また父親が薪の束をたとえにしてお説教している間、おとなしく話を聞いているらしく思われます。
  ですから父親としての最低限の権威は維持されていると考えていいでしょう。兄弟たちはおそらく年齢が近かったりして、互いに対して遠慮がなく、粗暴になっているだけなのです。

 ところで近ごろの父親の権威の喪失には目をおおうものがありますね。ある調査によると、登校拒否をする子供の家庭には共通して父性の欠落が認められるそうです。つまり、子供は父親から外部世界と戦うに必要な勇気を学ぶことができない、というのです。また父性が欠落すると子供は「恥の観念」や「けじめ」を身につけることができなくなる、といいます。
  最近父親が息子をバットで殴り殺したという事件がありました。この家庭では、日頃子供が家庭の中で父母になぐる、けるの暴行を働き、それを親はじっと我慢していたのだそうです。ついにある日限界に達した父親が、息子を逆襲したというのですが、どうも父性的エネルギーの配分を間違えていたようですね。
  親が子供に必要な注意を与えることができない、という図式は、職場でリーダーが部下に必要な注意を与えることができない、という現象にもつながっています。明確なリーダーシップはプロフェショナルを作るための条件です。家庭においても一家のあるじとしての父親の権威は、一個の人間を作るための重要な条件であることが分かりますね。

 子供の自主性を認めようとするあまり、子供におもね、ご機嫌を取り、判断力もないものに甘えを許してしまえば、結果は高いものにつきます。イソップ物語にも「盗みをした子供と母」という物語があり、ここでは甘やかされて育った子が、盗みを働き、自分をちゃんとしつけてくれなかった母親を怨むという話が出てきます。子育ての責任が示されているのです。
  家庭における子供の教育、なかんずく父親の教育のテーマは、重要な思想や価値観の伝達ということにあります。母親の指示やしつけは細部にわたっていていいのですが、大きな舵取りは父親の責任です。その父親に伝達すべき思想や確たる価値観がないのだとすれば、父親の権威が失われるのは当然のことです。

 この点、乱暴な息子を持ったこの百姓は、なんとか「兄弟仲良く」という重要なコンセプトを伝えることができました。法律や流通や福祉などのしくみが整備されていない当時の社会にあっては、たとえ農業従事者といえども、つねにさまざまな外敵に直面し、自分たちの土地と財産を身をもって守らなければならなかったでしょう。
  だから「兄弟仲良く」というのは、単なるモラルではなく、生きのびるための必須の知恵だったに違いありません。父親は何とかこの知恵を息子たちに教えたかったのです。してみれば、今日のわが国のような、外的危険のない福祉社会は、父親から哲学と権威をともに取り上げつつある、ということなのでしょうか。

 
 

死者が生者を支配する
  息子と父親の世代ギャップは、当時から深刻な問題でした。ここにもう一つ、百姓と息子たちのギャップ、そして父親の息子たちへの思想教育に関する作品があります。「百姓と彼の息子たち」という作品です。
  「或る百姓がまさに生を終ろうとしていましたとき、彼は自分の息子たちが農業に経験を得るようにと思って、彼らを呼び寄せて言いました。『倅たちよ、私はもうこの世を去ろうとしている、お前たちは私が葡萄畑に匿しておいたものを探すがよい、残らず見つかるだろう。』そこで彼らは宝物が何処かそこに埋めてあると思って、父が息を引きとった後で、葡萄畑の地面をすっかり掘り返してみました。宝物は掘り当てませんでしたが、葡萄畑は綺麗に掘り返されましたので、幾層倍もの宝を与えてくれました。この物語は、骨折りが人間には宝物である、ということを明らかにしています」。

 この文脈から判断すると、百姓には少なくとも2人以上の息子があったようです。いまかりに3人の息子がいたものと想像することにしましょう。この息子たちは働き者だったでしょうか?どうやらその反対だったようですね。彼らは怠け者で、父親が働き者であることをいいことにして、ぶらぶら遊んでいました。
  アリストパネスの喜劇「雲」には、父親の意志に逆らって、馬の趣味に夢中になっている道楽息子が出てきます。これは現在でいえばクルマが好きで、次々と新車を買い替えている若者というところでしょう。親のスネねをかじる道楽息子というのは、紀元前からの普遍的な構図のようですね。

 さて、この百姓ですが、長いこと患っているらしく、葡萄畑の手入れができていないのです。百姓は畑の土がカチカチに乾燥して、葡萄の木が弱っていることを案じています。しかし息子たちは働こうとしません。そこで彼は一計を案じ、葡萄畑のどこかに宝を隠したかのような、思わせぶりな遺言を残して死にました。
  息子たちはこれを聞いたとき、さすがにすぐに畠に向って駆け出すようなことはしなかったようですね。彼らの宝さがしは、父親が死んでから始まりました。私は彼らが「見つけたものの勝ちだぞ」などといいながら、勝手に畑をほじくりかえし、葡萄の木をだめにしてしまったのではないかと心配しましたが、そうはならなかったようですね。
  彼らは「見つかったら山分けにしよう」といったのかもしれませんし、「区画を割って担当を決めよう」とか、「葡萄の根をいためては転売のときに値が下がるから注意深くやろうぜ」などといったのかもしれません。

 何日間か畑を掘りかえし、結局何もないと分かったとき、彼らは何を考え、どのように行動したのでしょうか。いずれにしても、彼らの掘り返した土に雨が降り注ぎ、葡萄の葉が生気を取り戻し、枝が茂り、花が実りをもたらすまでにしばらくかかったはずです。息子たちが、父が残してくれた遺言の真の意味に気づくまでに少なくとも二、三ヵ月、あるいはもっとかかったかもしれません。さいわいなことに、それまで彼らは畑の近くにいたのですね。
  ある日、兄弟の誰かが気づいて、「おい、ぶどうの葉っぱが、やけにきれいになってきたな」といいます。「ほんとだ木が生き返ったみたいだ」「こんなところまで蔓が延びてきたぞ」。それから「なにしろさんざんおれたちが掘り返したからな」。それから誰かが「この調子なら、今年はひと稼ぎできるぞ」と叫びます。そして、彼らは「親父め、これが宝だといいたかったんだ!」と気づきます。

 怠惰な息子たちに向って父親は何度もお説教をしたことでしょう。ところが生きている親の忠告など無視されるのが常です。絶望した父親はついに最後の策略を残して死にました。息子たちは幸いにも父のなぞを解き、その瞬間に勤勉の大切さを悟り、農業に生きる決心をしました。なにごとでも自分自身に「腑に落ちる」という経験をしないと、分からないものです。
  アランは、私たちに「死者が生者を支配する」というコントの言葉の意味を考えるように繰り返し語っています。父親は生きている間は息子たちを説得することができませんでしたが、死んだ後で説得することができました。つまり、死者が生者を支配したのです。
  考えてみると私たちは死者によって支配されています。人類の文化、文明はこれみな死者からの贈り物です。私たちは死者の轍の上を歩かざるをえないのであり、先輩、すなわち死者の仕事を受け継いでこそ次の発展を考えることができます。
  ところが若いうちは私たちは親や先輩のいうことを聞きません。身近な年長者には権威がないように思えて、これに従う気にはなれないのです。それに、新しい商品、新しい技術が登場していますので、若者は自分たちこそ新しい時代の主役だという自負を持ちます。年配者が時代に対応できないのをみると、「遅れている」「ダサイ」などといってバカにしてしまいます。これでますます年配者の忠告は無視されることになります。

 アランは「げんに生きている人に感嘆することは、たしかにやさしいことではない。当の本人がわれわれをがっかりさせてしまう」といっています。ところが、その人が死んでしまうと状況は変ります。「ひとたび彼が死んでしまうと、すぐさま選択がなされる。子たるものの敬虔が、感嘆することの幸福のままに彼を立て直す」。
  イソップの道楽息子も、父親が死んだことには何がしの哀惜の念を持っていました。これが救いでした。けれど彼らははじめのうち宝物が見つかればそれで食って生ける、あるいは遊んで暮らせると思ったに違いありません。宝がないと分かると、彼らはこう考えたに違いありません。
  「働き手である親父がいないと、おれたちは干上がってしまう」「親父が働いていたからこそおれたちは気楽に遊んでいられたんだ」。そして「親父は朝から晩まで休みなしに働いていた」と彼らは述懐します。「冴えない父親だったが、えらい親父だったんだ」。

 こうした認識が父親の死に対する哀惜の念とミックスされて、彼らを「子たるものの敬虔が、感嘆することの幸福のままに彼らを立て直し」たわけです。彼らは道楽息子ではありましたが、さすがに父の死を悼む人間らしい精神が残っていたのですね。この精神が残っていたからこそ彼らはぶどうの葉っぱの変化に気づき、宝の意味を悟ったのです。
  それにしても、私たちが親の気持ちを理解できるようになるためには、自分でも子供を持ってみなければならず、親が達した年齢に達してみなければならない、あるいは親を失ってみなければならないというのは、なんとも困ったことですね。このことから私たちは、世代を超えて一つの重要なメッセージを伝えるには、長い迂路を通らねばならないことを知るのです。
  考えてみれば、イソップ物語自身が、私たちに対するすばらしい宝さがしの遺言なのです。私たちはみなイソップのなぞを解き、実感してみる必要があるのです。

 私たち日本のビジネスマンの大半は、奴隷時代のイソップと同じ境遇にいます。いやいや、そういっては間違いです。私たちは彼よりはずっとましな状態にいます。ただし、私たちは、彼の物語に出てくるライオンであったり、オオカミであったり、ロバであったり、キツネであったりします。
  会社の中で行われる会議の席を見てみましょう。中央の席にライオンが座って吠えたけっています。ロバは首をすくめ、キツネはライオンが疲れてくるのを待っています。夜になると私たちがそれぞれの甲羅に戻ります。この甲羅があるために、私たちは人生をもうしばらく頑張らなければならないのです。
  イソップ自身も恐らく、彼の物語の中でキツネやカラスの役割を演じたキャストの一人であったに違いありません。ただ彼は独自の観察力、哲学、表現力によって、一個の考えるイソップであったのです。私たちも、考え方によっては一個のイソップになれるかもしれません。

 コントは「死者は生者を支配する」といいました。アランは「ホメロス崇拝とは何とすばらしい崇拝だろう」といいました。私たちはすぐれた死者たちによって、げんに支配されることを喜びながら、次の世代のために大切なメッセージを残すべきなのですね。またすぐれた先人の残した遺産を尊重し、これを価値あるものとし、先輩から学び続けなければならないということでしょう。
  今回の私のこのささやかな試みも、ある種の「ホメロス崇拝」、すなわち「イソップ讃歌」であることを願っています。この小冊子が人類の偉大な忠告者のための、小さな塚の一つとなれば幸いです。

 
   
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