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イソップの落ち穂拾い
 
第4章 統計的にイソップ物語を読む

イソップが書いていないイソップ物語
  岩波文庫の「イソップ寓話集」のもとになっているシャンブリ版では、イソップ物語は全部で358編あります。この中には明らかに、イソップ自身が書いたとは考えにくい作品がいくつか混じっています。
  たとえば「造船所のイソップ」などという作品があります。これはイソップ自身が船大工にからかわれて、逆にやり返すというエピソードです。
  「寓話作家のイソップは閑な折に或る造船所へはいって行きました。船大工たちが彼をからかって何とか返答しろと迫りましたので、イソップは言いました。『昔々カオス[混沌]と水とがあった、ゼウス神は土の元素をも出現させようとお思いになって、三度で海を呑みほすように土にお勧めになった。土はそれにとりかかると、先ず最初に山を現わした。二度目に呑みこむと、平原さえも顕にした。そしてもし土がまた三度目に水を呑みこもうと決意したなら、諸君の技術は役に立たぬものとなるだろう。』この話は、自分よりも優れた人々をからかうものは、自分では気づかないで、その人々から自分のもとへもっと大きな悲哀を引き寄せるものだ、ということを明らかにしています」。

 これはイソップの論争上の手柄話にすぎないものです。この程度の手柄を、自分の名前を出してわざわざ残すというのは、どう見てもイソップらしくありません。また「船大工たちがからかって返答しろと迫った」というところも、どんなことでからかったのかはっきりしません。
  また「土の元素をも出現させようとお思いになって」という記述と、「土にお勧めになった」という記述はどうもうまくつながりません。つまりお話としてあまりいい出来ではないのです。これはおそらく、イソップの言行録として誰かが残したものでしょう。
  またイソップ物語には、何人かの歴史上の人物の名が登場します。それがいずれもイソップがかりに紀元前560年頃に没したとすれば出会うはずのない、後代の人々なのです。
  たとえば、皮肉屋として有名な(シノペの)ディオゲネスという哲学者が2度登場します。この人はアレキサンダー大王がやってきて、「何か望みのものはないか」といったとき、「ひなたぼっこの邪魔をしないでもらいたい」、といったことで知られるツワモノですが、イソップの時代から数えて200年も後の人です。
  ディオゲネスという哲学者は五人もいたといわれますが、イソップ物語の中で「キュニコス派の哲学者ディオゲネス」、「犬といわれたディオゲネス」とわざわざ特定していますので、シノペのディオゲネスであることは間違いありません。彼の学派はわが国では「犬儒派」といわれています。まるで犬のように、社会的な体裁をかまわずに生活していたストア主義者です。このようにディオゲネスとイソップはまるで時代が違いますね。

 もう一つ、「弁論家デマデス」という話があります。このデマデスはデモステネスの論敵とされた人ですから、やはり時代が違います。この作品の中ではデマデスが演説しようとしたとき、民衆がちっとも話を聞こうとしないので、「これからイソップの寓話を話する・・」といったところ、民衆が注意を向けた、とありますので、これはどう考えてもイソップ自身の作品ではありません。
  アリストテレスの「弁論術」という著作の中に、ステシコロスの作という次のような寓話が紹介されています。「馬が自分一人で牧場を占領していたが、しかし鹿がやってきて、牧草を台なしにしたので、鹿に復讐しようと欲し、一人の人間に尋ねて、彼と組めば鹿に復讐することができるかどうかと言った。しかしその人間はできる、ただしそれには君が馬銜(はみ)を受け入れ、そして自分が槍を手にして君の背中に乗ることが条件だ、と答えた。馬は同意して、人間が背中に乗った時、馬は復讐することの代りに自分自身が人間の奴隷になった」。

 これと同じ話がイソップ物語の中に出てきます。「猪と馬と猟師」という題です。「猪と馬とが同じ場所で草を食べていました。猪が絶えず草を荒し水を濁すので、馬は彼に復讐しようと思って、猟師を助太刀に頼みました。すると猟師は、もし我慢して手綱をつけ自分をその背にのっけてくれなけりゃ、ほかじゃ、彼を救けてやれないと言いましたので、馬は万事承知しました。そこで猟師は彼に騎って猪を負かし、それから馬を連れて秣架(まぐさだな)に繋ぎました。こういう風に、無茶な怒りのために、敵に復讐しようと思っている間に、自分の身を他の人々の軛の下におく人々がたくさんいます」。
  ステシコロスという人は、紀元前600年頃に活躍したといわれる抒情詩人です。年代的にはイソップと重なりますね。ステシコロスの作品では、イノシシが鹿になっていますが、話のコンセプトはまったく同じものです。
  もしアリストテレスが正しいとすると、これはイソップの作品ではなく、ステシコロスが原典ということになります。アリストテレスは、ステシコロスの作品を紹介した直後に、あらためて別なイソップの作品を別に紹介していますから、ステシコロスの作品がどこかで、シカからイノシシに変わりながらイソップ物語の中にまぎれこんだことになります。

 

旧約聖書からのまぎれこみ
  また旧約聖書の「士師記」に、次のような物語が登場します。
  「木々が自分たちの王を選ぼうとしてまずオリーブの木に頼んだ。するとオリーブの木は『神と人に誉れを与えるわたしの油を捨てて、木々に向って手を振りに行ったりするものですか』と断った。そこで木々はいちじくの木に頼んだ。するといちじくの木は『私の甘くて味のよい実を捨てて、木々に向って手を振りに行ったりするものですか』と断った。そこで木々はぶどうの木に頼んだ。するとぶどうの木は『神と人を喜ばせるわたしのぶどう酒を捨てて、木々に向って手を振りに行ったりするものですか』といった。そこで木々は茨に頼んだ。すると茨は『もしあなたたちが誠意のある者で私に油を注いで王とするなら、来て、私の陰に身を寄せなさい。そうでないなら、この茨から火が出て、レバノンの杉を焼き尽くします』といった」。
  これは本当に有益な者は、王様になりたがったりはしない、という意味ですね。そしてリーダー役を引き受けたイバラは、始末におえない暴君である、ということが示されています。とかくリーダーになりたがる連中は、人間的には粗暴であることが多い、という寓話ですね。

 ところでイソップ物語には、次のような、「木どもとオリーブ」という作品があるのです。
  「或るとき木どもが自分たちの上に戴く王を選びに出かけて、オリーブに『われわれの王様になって下さい』と言いました。するとオリーブは彼らに『神様や人間様が私について褒めて下さる私の脂っこさを見捨てて、木どもを支配しに行ったものでしょうか』と言いました。そこで木どもは無花果の樹に向かって『お出で下さい、われわれの王様になって下さい』と言いました。と、その無花果の樹も言いました。『私の甘さと私の立派な実とを見捨てて木どもを支配しに行ったものでしょうか』そこで木どもは茨に向かって『お出で下さい。われわれの王様になって下さい』と言いました。すると茨は木どもに向かって『もし本当に諸君が僕に油を塗って諸君の王様とするならば、さあ、来て私の庇護の下に立ち給え、そしてもし諸君がそうしないならば、火が茨の薮から出てリバノス山のシーダーを焼きつくしてくれるように!』と言いました」。

 ごらんになってお分かりのように、この作品は旧約聖書の士師記の方がオリジナルであることがはっきりしていますね。士師記が扱っている時代は紀元前1000年ごろのものですから、イソップはどこかでこのユダヤ人の寓話を聞いて、レパートリーの中に取り入れたのか、それとも誰かがイソップの話として勝手に収録してしまったものと思われます。
  私としてはこの話の場合、イソップ物語がオリジナルに対して少々未消化ではないかと思います。たとえば「油を塗って王様とする」とか、「リバノス山のシーダーを焼きつくす」などというのは、当時のギリシャ人にはあまりピンとこなかったのではないかと思います。
  だから、これは誰かが勝手にイソップの話として編集してしまったに違いありません。もしイソップ自身がアレンジするとしたら、もっと手際よくやったのではないかと思われます。いずれにしても、こうした実例は「イソップ物語」と銘打たれた作品群が、かならずしもイソップ自身のオリジナルではないということを示しています。

 
 

イソップ物語に登場する主人公たち
  しかしどれが本来のイソップの作品なのか、そうでないのか、という研究は専門の学者たちにおまかせすることにして、私はここで岩波文庫の「イソップ寓話集」全体をイソップの作品と考えて、いささか統計的な読み方をしてみたいと思います。私の目の前にあるのは、翻訳されたものですが、あくまでこれを「原典」と考えることにしました。なおこの分析に当たっては、パソコンの「EXCEL」を使いました。
  読者の中には、「そんなことをするのは古典作品に対して冒涜的だ」「文学にとって本質的でない」「翻訳文では意味がない」などといって私を非難する人がいるかもしれませんが、このさい、いっさい無視させていただくことにします。

 まずイソップ物語にどのような動物や人物が登場するのか、その種類と数をカウントしてみました。ここで数の数え方が問題になります。たとえば、ある物語では「人間が・・」という風に書かれているものが、片方では「或る人が・・」となっていたり、それが別のところでは「旅人」や「父親」であったり、「百姓」であったりします。
  これを全部「人間」とカウントすることもできますし、それぞれ違う登場人物として扱うこともできます。なお、このさい、便宜上人間、動物、昆虫、植物など、要するにエピソードの主人公をすべて「登場人物」と呼ぶことにします。
  はじめに、言葉の表現の違うものはすべて別種の登場人物としてカウントします。すると、種類にして268種の登場人物が出現します。主人公たちがずいぶん多彩であることがわかりますね。このうち、明らかに動物(昆虫を含む)として認識できるものは80種、人間は117種、神々が22種、その他が49種となります。

 登場人物の中には、「胃袋」と「手足」とか「善いもの」と「悪いもの」などというようにわけのわからないものがあります。どんなものでも人格を持ち得る、というのが寓話の特色ですから文句はいえません。
  全体を通してもっとも数多くあらわれる登場人物は、キツネです。続いてイヌ、ライオン、オオカミ、或る人、ゼウス、カラス、ロバという順になります。私ははじめイソップ物語に出現する動物、植物の頻度により、当時の生態系の一端を知ることができるのではないかと考えていましたが、この予想はみごとにはずれました。

 もちろん、登場する動物たちは、当時の人々にとって身近で親しいものだったと思われますが、集計結果を見ると、もっとも明確なキャラクターを持った動物たちが上位を占めています。つまり寓話の主人公として、典型的で説明しやすいことの方が基準になっているようです。

 このことから、動物たちが主役であるにもかかわらず、イソップ物語は人間を描いた物語であることが明らかです。この書物に博物学的な成果を期待した私が間違っていたようです。
  ところで、人間について、職業分布を調べてみました。すると「百姓」がトップ、ついで「羊飼」「猟師」「漁師」「きこり」の順となります。上位は、第一次産業で占められています。
「馬子」「医者」「職人」「航海者」などのサービス系の職業もあらわれますが、出現頻度はずっと少なくなります。おそらくイソップの目から見た当時の職業が、このように分布していたものと推察されます。

 神々の中でダントツに多いのはゼウスです。2位はヘルメス神ですが、ゼウスの26回登場に対して、ヘルメスは11回にすぎません。古代ギリシャは多神教です。主要な神であるオリュンポスの12神はそれぞれに個性があり、得意分野を持っていますから、もっといろいろな神様があらわれてもよさそうですが、集計してみるとゼウスに偏った結果となりました。
  おそらくゼウスはオリュンポスの神々の中心であり「全能の神」ですから、要するにゼウスを引き合いに出しておけばいっさいの説明がつく、ということで、便利だったのでしょう。これも寓話特有の単純化、図式化の結果と思われます。

 
 

シテ型動物とワキ型動物
  さて、私はこれらの登場人物を、話の中に出現する順番にしたがって「登場人物A」「登場人物B」「登場人物C」・・というように分けてみました。なお、「動物たち」というような群概念も、登場人物1種類としてカウントします。
  まず分かることは、一つのエピソードの中に登場する「人物」は、多くても5種類までだということです。たいていは2種類ないしは3種類です。
  複数の主人公が登場する場合、登場人物A、これをあえていえば能の「シテ」に相当します。登場人物Bは、「ワキ」ということになります。このようにカウントしてみると、シテ型の登場人物はライオン、オオカミ、ロバなどの動物です。ヘビ、サル、ネズミ、ツバメなどもどちらかというとシテ型の主人公です。
  これに対してキツネ、ヒツジ、カラスなどの動物はワキ型での登場比率が多くなります。オオカミとイヌはシテもワキもこなす万能型です。カエル、ウマ、ラバ、カブトムシなどはどちらかというとワキ型です。人間でいえば或る人、旅人、百姓、羊飼いなどはシテ型であり、ただの人間はワキ型です。

 ライオンがシテ型であることは理解できますね。またロバもその愚かさで、物語の主役をつとめます。落語における与太郎の役割に近いものがありますね。これに対してキツネやカラスは典型的なワキ型の主人公です。彼らはシテの言動に批判や反論を加える役割を担うことが多いようです。つまり批判精神を持った知的動物ということでしょうか。
  考えてみれば私たち人間はそれぞれの局面でシテ型を演じたり、ワキ型を演じたりします。イソップによるとシテ型には「ライオン的シテ」と、「ロバ的シテ」があるわけですが、さて、あなたはライオン的なシテでしょうか、それともロバ的なシテでしょうか。それともキツネ的なワキでしょうか。あるいはまた、オオカミのようにシテもワキもこなすタイプでしょうか。

 さて、次に私はイソップ物語の1編のボリュームを調べてみることにしました。これは岩波文庫の文章の行数をカウントすることにしました。ギリシャ語、ラテン語、フランス語などをへて日本語に訳された文章の行数を調べても意味がないようにも思えますが、相対的な文章のボリュームをつかむことができるでしょう。なお、岩波文庫の1行は、43文字あります。
  作品単位の行数でもっとも多いのは5行から8行までの間で、これは文字数にすると約200字から300字というところです。作品がいかに簡潔に綴られているかが分かります。一番短い作品はわずか3行でできています。9行以上の作品は全体で86編、10行を超える作品は全体の1割にもなりません。

 例外的に40行にもなる作品が1編あります。これは「獅子と狐と象」という作品です。この物語は、病気になったライオンが友達の狐に頼んで、ゾウをだまして洞穴まで連れてくるように頼むものです。キツネがゾウをだまして連れてくると、ライオンが襲いかかりますが、ゾウはからくも逃げます。キツネは再度ゾウをだまして連れてきます。そこでライオンは首尾よくゾウをしとめます。キツネはどさくさにまぎれてゾウの心臓を食べてしまいます。ライオンがゾウの心臓がないといって探していると、キツネは「2度もだまされるような者に『心』がないのは当たり前ですよ」といいます。
  ここではいかにも古代の話らしく、心臓=心=判断力となっていますね。しかしこの話はこみいっていて、描写もかなりリアルです。作品の中では珍しく「血」が流れますが、これもきわめて例外的です。これは本来のイソップの話ではないのかもしれません。あるいは後代の編者が読者に対するサービスのつもりで、リアルな表現を書き加えたのかもしれません。
  いずれにしてもこのような例外を除いて、簡潔で、要を得ているのがイソップ物語の特長であることがわかりますね。ペンギン・クラシックの「イソップ物語」は、英文の書物としては異例に大きな活字で組まれています。1ページに28行しかありませんが、これを見ても大半の話は10行程度で終わっており、余白の部分にきれいな挿し絵が収まっています。

 
 

「後悔のひとりごと」から「もののいわれ」まで
  次にエピソードの記述方法に着眼して調べてみることにします。イソップ物語を読んですぐに気づくのは、登場人物Aと登場人物Bが会話をする対話形式の記述法が多いことです。またひとりごとの形式も少なくありません。もちろん淡々と事件を説明する「物語り風」の書き方もあります。
  そこで私はエピソードの記述形式を「ひとりごとの内容」「対話の内容」「物語りの内容」という点に着眼しながら、次の9種類に分類してみました。
1.後悔型:主人公が死に際に後悔のひとりごとをいう。
2.述懐型:主人公がひとりごとをいう。
3.説明型:登場人物の一方が他方に説明する。
4.忠告型:登場人物の一方が他方に忠告を与える。
5.反論型:登場人物の一方が他方のいったことに反論する。
6.批判型:登場人物の一方が他方の言動を批判する。
7.皮肉型:登場人物の一方が他方の言動に対して皮肉をいう。
8.物語型:事件が生起順に叙述される。
9.縁起型:「もののいわれ」を説明している。

 「逃げ出したカラス」という作品は「後悔型」です。人間に飼われていたカラスが逃げ出しますが、紐が枝にからまって死にそうになりながらいいます。「ああ、私は情けない。辛抱して人間たちに仕えていなかったので、識らず知らず命まで奪われた」というのです。
  これに似ていますが、主人公が何か悟るところがあり、これを述べているようなものを「述懐型」とします。たとえば「弓で射られた鷲」という作品では、一羽のワシがいきなり矢で射抜かれました。このワシが自分を貫いている矢筈にワシの羽が使われていることに気づきます。そこでワシは「これはまた別な苦しみだ。自分の羽で殺されるとは!」といいます。これが述懐型。
  「説明型」の作品例としては「盲目」というのがあります。ここでは人々が盲人にオオカミの子をさわらせて、それが何であるかを当てさせました。盲人は「とにかくこの動物が羊の群と一緒に行くのには適しないものだということは、はっきり分かっています」と答えます。これは単純な説明ですね。

 一方が他方に忠告を与える「忠告型」の例としては、「難破した人」の例があります。嵐で船が難破し、乗客がみな海に投げ出されます。その中に一人の金持のアテナイ人がいて、彼は何もせずにしきりに女神アテナに祈っていました。そこでそばにいた人が「アテナの助けを受けて、あなたも手を動かしなさい」といいました。これは忠告型です。
  対話の内容が単なる忠告を超えて反論する形式になっている「反論型」の例としては、「鶯と鷹」があります。ウグイスがタカに向って、「私なんて食べても腹の足しにはなりませんよ。もっと大きな鳥をお取りになってはどうですか」といいます。これに対してタカは、「手の中の食べるばかりの御馳走を放って、まだ目に見ないものを追っかけるなら、僕というものは間抜けだろうよ」といいます。これが「反論型」です。
  反論に似ていますが、一方が他方を非難したり、批判するパターンがあります。これを「批判型」と名づけます。たとえば「猫と鼠たち」という作品では、ネコがネズミを捕らえて食ってしまうので、ネズミたちは隠れて出てこなくなります。そこでネコは木釘にぶら下がって死んだふりをしました。けれどネズミは遠くからこれを見て、「お前がたとえ革袋になっても近寄りはしないぞ」といいました。これは「批判型」です。

 同じ批判でも、皮肉というスパイスがきいているものを「皮肉型」と名づけます。「薮医者」という作品では、薮医者がある病人に「もう長いことはない」といい渡します。ところが病人がぴんぴんして街を歩いているのに出会います。具合が悪くなった医者は「あの世の人々はどんな具合ですか」などと話しかけると、病人だった人は、次のようにいいます。
  「あの世では、地獄の王たちが死者をこの世に引き止めておく医者のことをひどく怒っていました。そして医者たちを罰するといっていました。その中にはあなたの名もありました。しかし私は彼らのまえにひれ伏して嘆願し、あなたは本当の医者ではないのだから罰しないでくださいと頼んできました」。これなど皮肉のスパイスがきいていますね。
  順を追って物語を記述しているだけのものは「物語型」です。「二羽の雄鶏と鷲」はこのジャンルの例です。二羽のオンドリがメンドリのことで喧嘩をして一方が勝ちました。勝者が塀の上でかちどきを上げていると、そこへワシが飛んできて勝った方をさらっていきました。このような記述が「物語型」です。
  「縁起型」は今日でも見られるような事物の「いわれ」を説明するものです。たとえば「裁判官のゼウス」という作品では、ゼウスが、人間どもの罪を裁くために、木箱に人間の罪を書いた貝殻をいれて管理するように、ヘルメスに命じます。
  ところが、木箱の中で貝殻が入り混じり、順番がごちゃごちゃになってしまいました。そのために、悪人が裁きを受けるとしても、順番通りとは限らない、というのです。世の中で、まだ悪人が大手を振ってまかり通っているのは、貝殻の順番が狂ってしまったからだ、というのですね。これが「縁起型」のエピソードの例です。

 このように分類してみますと、多少分類に迷うような作品もあることはありますが、イソップ物語の作品は、上記の9つのパターンのいずれかに分類できることが分かります。
  この中で、もっとも数が多いのは「物語型」で、全体の24%を占めます。その次は「反論型」で、これは約20%、これに「批判型」が続きます。「反論型」「説明型」「忠告型」「皮肉型」はいずれも対話形式のもので、この形式の話は合計で60%弱になります。要するにイソップ物語は何らかの形で「せりふ」が出てくるものが多いのです。まったくせりふが登場しないエピソードは23%にとどまります。

 
 

原理訓と処世訓
  こうして見ると、イソップの寓話は問答形式が主であり、これが寓話をいきいきとした、身近なものにしているわけですね。この形式が、やがてギリシャ悲劇や喜劇の伝統、そしてプラトンの「対話編」の記述法などに受け継がれてゆくのでしょう。
  寓話には何らかの暗示や教訓が含まれているものです。イソップ物語は、文末に「この話は、人は実際には果たすつもりのない約束を、たやすくするものだ、ということを明らかにしています」とあったり、「この物語は非常に臆病な人々について語っています」などと、はっきり教訓や対象物を解説しているものが大半です。けれどもまったく文末の解説がついていない、エピソードだけの作品もあります。
  たとえばもっとも短い作品である「壁と楔」は次のようになっています。「壁が楔から無理にくだかれ『なんだって悪いこともしないのに私をくだくのだ。』と叫びました。そこで楔は『私じゃないですよ。その原因は。後ろからひどく私を打つ人ですよ。』と言いました」。
  この作品には、末尾に教訓の文章がありません。ですから私たちが自分で解釈しなければなりません。この場合「ものごとにはかならず真の原因がある」と解釈してもいいし、「人に迷惑をかける人間は、かならず誰かのせいにする」と解釈してもいいでしょう。

 この作品を読むと、満員電車でいい合っているような光景、あるいは玉突き状態で追突された車同士のいさかいをほうふつとさせますね。あるいは、「どうしてこんなことをしなければならないんですか」などと文句をいう現場の社員に対して、課長が「これは会社の命令なんだから仕方がない」などといっている光景を思い浮かべます。
  私は、イソップは自分自身ではかならずしも教訓や暗示の解説をしなかったのではないかと思っています。寓話は応用範囲が広いので、解釈はそのときどきで違ってきますからね。大半の作品の末尾についている教訓の多くは、筆者と編集のプロセスでつけ加えられていったものではないかと思います。
  一応調べて見ますと、末尾に教訓または解説、あるいはヒントがついている作品は全作品中96%、ついていない作品は4%となります。
  ところで、末尾の解説、または教訓の内容ですが、よく読むと大きく2種類に大別できることが分かります。一つは、その教訓を知って読者がわが身のありかたを直す、というように、自分の行動の直接の指針になるような教訓です。たとえば、のちに「蟻とキリギリス」として有名になった作品の原形の一つである「蝉と蟻たち」では、冬になりセミがアリに食料を乞いますが、アリに「夏の季節に笛を吹いていたのなら、冬には踊りなさい」といって拒絶されます。
  そしてこの作品の末尾には「苦痛や危険に合わぬためには、人はあらゆることにおいて不用意であってはならない、ということを明らかにしています」という教訓がついています。この教訓は私たちが直接的に服用することができるものです。
  すなわち「突然の病気、災害、老後などにそなえて貯蓄をしておかなければならない、困ったときになって他人に援助を求めても、思うようにはいかない」というように、応用することができます。これを「処世訓」と呼ぶことにします。

 ところが、これに対して「黄蜂と蛇」という作品があります。「黄蜂が蛇の頭にとまって、ひっきりなしに針で刺しては苦しめました。蛇は苦しくなったが、敵に復讐することができないので、車輪の下にあたまをつっ込みました。そしてこうして黄蜂と共に死にました。この話は、敵と共に死ぬことを選ぶ人々がある、ということを明らかにしています」。
  この作品の教訓は、「万策尽きて絶望した人は、相手を道連れにすることがある」という原理を示しているもので、幅広い人間心理の理解という点では役立ちますが、直接私たちの日常的な行動原理としては応用できません。
  もっともこれを少々深読みして、「他人を自暴自棄になるまで追いつめてはいけない」、と解釈することもできますが、まずは一般的な人間心理の原則を述べているものと解釈するのが妥当でしょう。そこで、このような作品を「原理訓」と呼ぶことにします。先ほどの「壁と楔」のような作品も上記の分類を使って考えると「原理訓」に属しますね。

 上記の観点からイソップ物語をカウントすると、処世訓と解釈できるものが254作品で71%、原理訓が百四で29%となります。もちろんどちらにも解釈できる微妙な作品もありますが、ここは私の独断と偏見で処理させていただきました。
  このように、イソップ物語は約7割は処世訓としての寓話を収録しているのですが、残りの3割は人間世界の真理を収録した「哲学的断片」、あるいは「心理学的断片」という特質を持っていることが分かります。この哲学的断片の方が、やがてモンテーニュの「エセー」や、パスカルの「パンセ」、あるいはラ・ロシュフコーの「箴言集」に発展する作品の原形ではないかと考えるのは楽しいことではありませんか。

 
   
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