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美しいメロディ
 
第3章 「美しいメロディ」のコレクションより−1

コスト安な「美しいメロディ」のコレクション
  今日私たちは、数々の考古学的な、あるいは美術的な遺産と同時に、巨大なクラシック音楽という遺産を受け継いでいます。ところで、もし私が美術愛好家で、自分が美しいと思う絵画をコレクションしようと思ったら大変な費用をかけなければなりませんね。
  世の中には私設の美術館を持っている人などもいて、これなど私にとっては驚きであり、羨ましいような、ときには腹の立つようなことです。この人々に対抗しようというわけではありませんが、私もいささか自慢できるコレクションを持っています。すなわち「美しいメロディ」のコレクションです。
  このコレクションはあまり費用はかかっていません。というのも、持っているのはCD、LPそれに楽譜といったところで、これら全部あわせてもいくらにもなりません。しかし私が選定した音楽は、私の基準では最高の「音楽美」をもった世界遺産ではないかと自慢に思っています。

 ほんのお小遣い程度の予算で世界遺産をコレクションできる、これが音楽文化の有難いところです。骨董品や美術の世界ではお金をかければいい作品を集めることができるかもしれません。けれども、音楽のコレクションに関しては費用をかけても、いいコレクションができるとは限りません。それどころかもっと費用をかけて、自分がくだらない趣味の持ち主だということを証明しないとも限りません。
  美術のコレクションについても、おそらくお金があるだけではだめで「お金プラスセンス」が必要になるでしょう。音楽のコレクションはもっぱら「センス」だけで勝負できます。
  第1のアンケートでおたずねしたのは、それぞれの回答者が大切にしておられる「名曲コレクション」の中から、何曲かを選んでご推薦をいただいたのでしたね。あのアンケートを拝見すると、持ち主の趣味がいいことが分かりますね。音楽のCDなどいくら枚数を持っていても仕方がありません。日頃どのような音楽に親しんでいるかが問題です。

 ではこれから、私の「世界遺産音楽コレクション」から、私が考える「美しいメロディ」を何曲かご紹介しようと思います。第1のアンケートの結果と見くらべていただければ分かりますが私がご推奨する音楽とアンケートによせられた楽曲との間には多少の違いがあります。
  他の人が「美しい」とするものを、私が「そうかなあ?」というのと同様に、私が推奨する音楽を「美しいと思わない」と思う人がいるのは当然のことです。すでに賢者たちも指摘しているように、音楽の美しさは時代によっても、演奏によっても、聴き手によっても、さらには聴き手の心理状態によっても変わります。
  ですから、私にとって自慢のコレクションも、もしかしたら皆さんのお気に召さないかもしれません。そのときには、どうぞご自分のコレクションにお戻りください。
  しかし「他人と一致する喜びは捨てたものではない」とアランはいっています。「これ、いいじゃありませんか」とか「ね、きれいでしょう」と一方の人がいって、誰かが「まったくです」とか「なるほど、美しいですね」「ほんとうだ。いいですね」というような会話が交わされるとき、私たちは限りない幸福を感じます。

 それは美しさを確認した喜びと、それを共有した喜びが重なるからに違いありません。私たちは自分がいいと思ったものを親しい人に推薦したり、押し付けたりするという衝動を禁じ得ません。「この本、よかったよ。君も読んで見たまえ」とか「ゴルフって楽しいものさ。君も始めたら」「え、あなた、あの映画まだ見てないの、いいわよー」など、みなこの衝動にもとづくものです。
  私はこの原始的衝動に忠実に、私の考える「音楽のおいしい部分」をご紹介し、読者の皆さんのあいづちを得たいと思います。すでに幾度も申し上げたとおり、私は音楽好きのアマチュアにすぎませんから、記述に楽理的な誤りがありましたらどうぞご勘弁を願います。

 なおこれからご紹介するのは、楽曲の一部分です。私の考えでは音楽の美しさは、もちろんその曲全体で語るべきものなのですが、「もっともおいしい部分」は、何といってもメロディの動機がはっきり現れる部分です。それがわずか二小節のこともあれば、一〇数小節、あるいはもっと続くこともあり、一曲まるごとということもあります。
  ですから、その部分のメロディを「ここ!」というように特定して共有することが重要だと思います。本当はこの本がCD―ROMならいいのですが、本ではメロディを再現することができませんので、私はご紹介するメロディの部分の楽譜をお見せします。
  私の考えるメロディは、メロディそれ自体でも美しいのですが、その曲に固有の伴奏、すなわち和音とリズムから切り離すことができません。メロディと伴奏は一体です。一見つまらないメロディのように思えても、和音と伴奏のリズムが良ければ、にわかに美しいメロディに早変わりする可能性もあります。

 たとえば、ここにあげたのは小学唱歌の「春の小川」の二種類の楽譜です。

Aの楽譜ではありふれた和音と伴奏です。これでは「春の小川」もごく退屈なメロディにすぎません。しかしBの楽譜に示したような伴奏を使えば、春の小川は突然モダンで、刺激に富んだ美しいメロディに聴こえます。
  もちろん趣味判断は、カントがいうように各人に属するものです。しかし伴奏がメロディの固有の一部だということをお分かりいただけると思います。この意味でいわゆる「編曲」は新しい音楽の創作に劣らず重要なものではないかと思われます。
  何度も申し上げますが、音楽の一部分だけを取り出したり、そのメロディだけを取り出して聴くというのは、音楽鑑賞のあり方としてはまったく邪道です。けれども何にでも「さわり」部分があり、「もっともおいしい部分」があることはたしかです。

 歌舞伎にも「一幕物」があり、たびたび引用される名ぜりふがあり、オペラのアリアだけを集めたコンサートがあります。私はその中の選りぬきの部分、音楽のおいしい部分、美の秘密の部分だけを取り出そうとしているのです。それを取り出してはいけない、という人はこの本を捨ててください。
  楽譜は市販されているピアノ・スコア、室内楽曲についてはオリジナル・スコアを原則としましたが、総譜のように大幅に紙面を取るもの、しかもピアノのスコアが見つからないもの、説明上必要があると思われるものについては、私が勝手にピアノ譜、またはこれに近い譜面に直させていただきましたのでご了承ください。また説明の中に用いる音名、和音名表示は英語読みとしました。したがってH=B、B=B♭となります。

 

バッハ「平均律クラヴィア曲集第1集・前奏曲ロ短調」
  バッハは平均律曲集を2つ作りました。第1集は彼が37歳のとき、ケーテン公に楽長として仕えていた時代に作られたものです。
  すでに前章で申し上げたとおり、バッハの時代、楽器の調性に関して大きなイノベーション、すなわち「平均律」の普及が始まっていました。彼はこの新しい流れに即して、この楽譜の表紙に次のように書きました。「すべての全音と半音を長3度に関しても、短3度に関しても用いて作られたプレリュードとフーガ・・」。
  つまり平均律を用いてすべての音を主音にして書いた音楽です。12あるクラヴィアのキーのすべてが長調と短調の主音になりますので、プレリュードとフーガのセットで24曲できることになります。バッハはこれをハ長調を第1曲にして半音ずつ上に進みましたので、ロ短調は24番目の「トリ」にあたります。

 大作曲家はいろいろな調性を用いて音楽を書きますが、その作曲家に固有の運命的な調性というものがあるように思えます。たとえばモーツァルトの「ト短調」、ベートーベンの「ハ短調」という具合です。つまり、その調性にその作曲家特有の「何か」が 現れ、しかもその調性による代表的な名曲がある、ということです。
  私はバッハの場合は「ロ短調」ではないかと思います。管弦楽組曲ロ短調も、フランス組曲のロ短調も、ミサ曲ロ短調もいずれも胸を打つ名曲です。この曲集でもロ短調のフーガとプレリュードには、他の曲にはない、独特の深みと美しさがあると思われます。
  このロ短調のフーガのテーマは半音階的で、きわめてミステリアスです。こんな不思議なテーマがどうしてあれほど美しいフーガに展開できるのだろうと思えるほどです。けれどもこの大曲のフーガにもまして私がご推奨するのは、ロ短調のプレリュードです(譜例3)。これは格別です。

 この曲は左手のベースが八分音符で間断なく歩む中を、右手が2声でからまりあいながらゆったりと進むもので、独立した3つのメロディが渾然一体となってひとつの音楽を作り上げています。したがって「これが美しいメロディである」と、ひとつの声部だけを指し示すことができません。
  右手はアルトのメロディが先に始まり、2拍待ってからソプラノが5度上のメロディを歌い出します。メロディのパターンはよく似ていますが、同じではありません。和声的には最初の2小節はBmですが、3小節目のところで早くもF#mに入り、2小節目の第1拍はC#、二拍目でF#と移り、3拍目でようやくBmに戻ってきます。
  この間にアルトとソプラノの声部が繋留によって2度のぶつかりを生じます。1小節目ではBとC#の長2度、2小節目ではC#とDの短2度がぶつかります。この上部2つのメロディの動きは、象徴的でゆるやかな舞いを舞う2人の踊り手のからまり合いと分離にもたとえることができます。
  それが次々と、予想外に和声展開するバスの動きの上に乗っかっていますので、なんともいえぬエロチックで、割り切れない、切ない感情を引き起こします。

 このプレリュードは全部で四七小節でできており、それほど長いものではありません。しかし全体がこの書き方で書かれており、どの部分をとっても同じように美しいのです。ここでは譜例としては冒頭の部分を出しておきますが、曲全体は、盛り上がっては静まり、また盛り上がっては少し静まるというように、いくつものうねりを持っています。
  R・シュトラウスは「バラの騎士」の序曲でセックス・シーンの音楽を書きました。不謹慎かもしれませんが、私の考えでは、このロ短調のプレリュードこそバッハ風の、もっとも甘美なセックス・シーンの音楽かもしれないと思っています。

 
 

ラモー「ガヴォット・ホ短調」
  すでにディドロの「ラモーの甥」のところで出てきましたが、ラモーは1683年にオルガン奏者の11人の子供の7番目として生まれました。裁判官になるための勉強をしていましたが、音楽に熱中しすぎて学校を退学になってしまいました。
  ラモーははじめ教会のオルガンを弾いていたといわれますが、やがてパリに出て音楽家として有名になりました。彼は「和声学」の本を書きましたが、これは今日のクラシック音楽の和声学のいわば理論的原点に相当します。やがて彼はオペラ作曲家としてもクラヴサンの名手としても高名となり、ルイ15世の宮廷でも大活躍しました。彼は音楽家としての功績により、亡くなる直前には貴族に列せられています。

 ジャン・ジャック・ルソーが音楽家としても活躍したことはお話しましたが、彼が本格的に音楽の理論を勉強したのはラモーの「和声学」によってです。やがて恐いもの知らずのルソーは大胆にもオペラの作曲を始め、ラモーに私淑した弟子の一人として、自分の作品を評価してもらおうとしてやってきます。
  ルソーの「告白」によると、ラモーはルソーに対して好意的ではありませんでした。作品が演奏されると、曲のいい部分は誰かの作品の「剽窃」だといい、だめな部分は「素人だからやっぱり稚拙だ」といってこき下ろしたとあります。ルソーはラモーがかたくなで、自分の才能を認めようとしなかったといっています。
  ラモーはクープランとともに、フランスにおけるバロック音楽の頂点をきわめた人といっていいでしょう。ラモーとクープランは、やがてフランス近代音楽を代表するドビュッシーとラヴェルによって高く再評価されます。ドビュッシーのピアノ曲に「ラモーをたたえて」という小名曲がありますね。

 前置きが長くなってしまいましたが、ラモーの作品で私が「美しいメロディ」と考えるのは「ガヴォット・ホ短調」です(譜例4)。この曲がどの曲集のどこに含まれているのか、どんな来歴を持っているのかは分かりません。この曲はじつは私の小学校の「下校時の音楽」でした。
  メロディはオーボエで演奏されていましたから、いわゆるトリオソナタの中の一楽章としてのガヴォットでしょう。冬の日の夕方、この音楽を背にしながら校門を出ると、澄んだ空に冴え冴えと星が出ていました。オーボエのスタッカートが、星たちのきらめきのように思えたこと、このメロディが家につくまでの間、私の耳に鳴り続けていたことを忘れられません。

 このメロディはEmで始まりますが、四小節目からGになり、繰り返しが終わるとAからDに転調し、ベースの音階的な下降をたどりながら八小節後にはBの和音に入ります。そしてここからふたたび最初の動機に戻るわけですが、この間の転調がとても鮮やかで、子供の頃の私には、あれほど別の世界にさまよい出てしまった、メロディがどうして自然に元の音に戻ってくることができるのか、不思議でなりませんでした。
  メロディは流麗で、澄み切った透明さをたたえています。とくに繰り返しの後、メロディが次第に盛り上がりながら上のBの頂点に登りつめるところには、えもいわれぬ恍惚感が感じられます。しかし同時にこのメロディには、美の頂点をきわめた人間だけが知る孤高のきびしさとさびしさがあるように思えます。
  大人になってからラモーの音楽に接する機会があり、あらためてラモーの偉大さを知ることができました。けれど、幼い体験がインプットされているせいでしょうか、私はこのガヴォットにまさる美しいメロディをまだ彼の他の作品の中に発見していません。

 
 

モーツァルト「弦楽五重奏曲・作品516・ト短調」
  この作品はモーツァルトが31歳のとき、1787年に作曲されています。この年の始め、モーツァルトはプラハに旅をし、そこで「フィガロ」を上演しました。また、「交響曲ニ長調プラハ」を作曲しました。5月28日には父レオポルトがなくなっていますが、この弦楽五重奏曲も同じ5月に完成したことになっています。この年、モーツァルトはふたたびプラハを訪れて「ドン・ジョヴァンニ」を初演しています。
  モーツァルトの「ト短調」作品には、どれにも共通のフィーリングがあります。「交響曲第25番」「ピアノ四重奏曲」「交響曲40番」「ヴァイオリンソナタ」など、数えてみるとモーツァルトのト短調作品は数多くありませんが、どの曲にも追いつめられた心の鼓動が響いており、せかされた憂愁といったものを感じさせます。この曲はどの部分をとっても美しいのですが、第1楽章の冒頭が、私の推薦するもっとも美しいメロディです。

 この五重奏曲は、ヴィオラ2本の弦楽五重奏で書かれており、ヴィオラのパートにとくに工夫がこらされているように思います。たとえば、冒頭は第1と第2ヴァイオリンと第1ヴィオラの3人で弾きはじめます。ピアノでいえば右手だけの音域です。
  ところが第1ヴァイオリンによる8小節のメロディの断片が終わると、今度は最低音部を弾いていた第1ヴィオラが1オクターブ下でメロディを弾きはじめます。このとき楽器の編成は第1ヴィオラ、第2ヴィオラ、チェロの3台です。ピアノの音域でいえば左手だけで演奏しているという感じです。
  このように第1ヴィオラが、右手側についたり、左手側についたり、主旋律をオクターブ下で補強したり、というようにダイナミックに用いられている様子を見ると、なぜこの曲が弦楽四重奏ではなく、ヴィオラ奏者2人を必要としているかということがよく分かります。

 メロディの冒頭部分は弱起で始まるGmの上昇型分散和音で、これをもっと上の方に拡大すると交響曲40番の4楽章の冒頭メロディに近づきます。3小節目に入ると、メロディは半音下降をし始めますが、これにつれて和音がほとんど半拍ずつ下方にずれるように変化します。この和音の微妙な変化が、落ち着きのない揺れ動く心の動きを示します。 
  このメロディと和音は最小限の音数の、ごく弱い音で、軽やかに演奏されるのですから、私たちがこの曲を聞くと、たちまち胸をしめつけられるような、いたたまれない気持ちに襲われてしまうのです。

 この曲について小林秀雄は「モーツァルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない。」と書きましたが、これ以上にうまくいうことはできません。もっとも大切な事柄をもっとも節約した音で表現する、これがモーツァルトのやり方です。
  小林秀雄はまた「併し、そのモーツァルトの歌うような主題が、実はどんなに短いものであるかという事にはあまり人々は注意したがらぬ。誰でもモーツァルトの美しいメロディを言うが、じつはメロディイは一息で終わるほど短いのである」といっています。
  もっとも大切な事は節約して、ひそやかに、・・この考え方がト短調という調性の選択にも用いられたと私は考えます。彼が生涯を通じてみだりにト短調を使わなかったのはこのためではないでしょうか。そしてモーツァルトのト短調楽曲の中のエッセンスといえば、この緊張に満ちた五重奏曲のメロディ、これにとどめをさすと私は考えます。

 
 

ベートーベン「ヴァイオリンソナタ第5番・春」
  ベートーベンの作品には美しいメロディがたくさんありますが、私は「ロマンスヘ長調」の最初の主題と、「スプリング・ソナタ」の主題を最後に残しました。さんざん迷った末、「スプリング・ソナタ」のほうを残すことにしました。

 私の考えでは、そのスプリング・ソナタの中に飛びぬけて美しい主題が2つあらわれます。それは第1楽章の第1主題と第4楽章の最初の主題です。どちらといわれるとスタンダール的に悩んでしまいますが、最終的には第1楽章の第1主題ということにしました。
  この作品はベートーベンが30歳のときに作った作品です。彼はウイーンの音楽愛好家の中で若いマイスターとして人気が高まりつつありました。また風変わりな、情熱的な演奏ぶりでピアニストとしても高い評価を得ていました。この時代の彼の作品としては「第1交響曲」や「ピアノソナタ・月光」などがあります。
  この時期は、ベートーベンとして生涯でもっとも幸福な時代ではなかったでしょうか。「春」というこのソナタの呼び名は、ベートーベンがつけたものではありませんが、いかにも春ののどかさや幸福感をあますところなく表現しているように思えますね。

 アランの著作に「音楽家訪問」という音楽評論があります。これは、ベートーベンの10曲のヴァイオリンソナタを1曲ずつ取り上げて解説したもので、プラトンの「対話編」にならってヴァイオリニスト、ピアニスト、そして著者であるアランとの対話の形式で書かれています。
  この中でアランは「この有名な第5ソナタの冒頭の楽句には、俗受けのするきまった弾き方がある。ミッシエルは音色などどうでもいいことだというあの軽蔑を、孤独のうちにおのずと身につけていたから、そうした弾き方をごく自然に警戒していた。それにもかかわらず、彼はいつもよりもふくらみのあるきれいな音といっていいほどの音色で、この冒頭のAの音を弾かずにはいられなかった。それが私にはおもしろかった。相手の気に入りたいという欲望は、そんなにまで恋愛初期の心の動揺と不可分なのだ」。
  ここでアランが指摘しているように、このソナタの冒頭はとくに誰にとっても分かりやすく、快く、要するに大衆受けのするメロディの代表格といっていいでしょう。ありていにいえば「美しいメロディ」は、原則として俗受けのするメロディなのです。

 真の音楽家は、そのようなメロディを俗受けのする弾き方で弾いてはならない、また、そういう誘惑には抵抗しなければならない、という考え方がアランの文章の中で示されています。にもかかわらず、このメロディを弾くとき、ミッシエルというヴァイオリニストは、ついつい必要以上に「きれいな音色」で弾いてしまったというのですね。私はそれこそが「美しいメロディ」の魔力なのだといいたいと思います。
  ベートーベンにとって「へ長調」という調性はある種の穏和な幸福感、優雅な美しさを表現するための重要なカギになっているように思われます。アランはこのへ長調について「まだ、対象が決まっていない愛する能力」と説明しました。
  ピアノがおだやかに、ごく平凡に8分音符で伴奏する中を、ヴァイオリンはまず、ヴァイオリンの第1ポジションの中でもっとも美しい音であるAの2分音符から出発し、すべるように音階を下降してきます。そして3小節目のことで旋律を下げ止めると、すくい上げるように8度上に跳躍します。
  この部分が聴いていて快感となる部分ですね。このパターンはいかにもヴァイオリン的な語法で、さらに5小節目でも、7小節目でも繰り返され、盛り上がりながら10小節目の、メロディ自身への解決へと向います。すると同じメロディは今度はピアノが担当しますが、単なる模倣ではなく、ピアノはピアノの語法で語っている点にも注意すべきでしょう。

 この曲で「おや」と思うのは、ピアノの左手がやけに単純に書かれていることです。どちらかというと両手に和音をいっぱいつかんで、がんがん鳴らすのが好きなベートーベンが、抑えに抑え、必要最小限の根音だけしか書かなかったということは、メロディの美しさに聴き手の気持ちを集中させたかったからに違いありません。
  このことは、ベートーベン自身がこの美しい主題によって規定され、彼は演奏家にとってもいやおうなしに美しく弾かざるを得ないような、そんな音楽を作ったということです。メニューインは、「ベートーベンの音楽は音符通りに弾けば、誰が弾いてもベートーベンになる」といいましたが、まさにその通りです。
  アランはこの作品を論じた章で、「およそ芸術作品ならいつでも、思想はかならず作品から出てくるので、なにかある思想から作品が出てくるなどということは、決してないものだ」といいました。このメロディは、あらゆる時代の演奏家を支配するような「思想」と「美の仕組み」を持っているのです。

 
 

シューベルト「ピアノ五重奏曲・鱒」
  シューベルトは美しいメロディの生産工場のような人で、これまた作品の選択に迷います。私は有名な「鱒」の名で知られる五重奏曲の第1楽章の第1主題としました(譜例7)。
  この作品はシューベルト22歳のときの作品といわれています。彼はこの年、彼の作品の紹介者であった名歌手フォーグルと北オーストリアを旅行しましたが、このとき、シュタイルの鉱山業者シルヴェスター・バウムガルトナーの家に泊りました。バウムガルトナーはチェロをたしなんでいたそうです。彼がシューベルトに作曲を依頼し、できあがったのがこの名曲です。
  この作品は、ピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、それにコントラバスという、ちょっと変わった編成で書かれています。後ほどご紹介するシューマンのピアノ五重奏曲はごくノーマルなもので、コントラバスなしのヴァイオリン2台です。恐らく、演奏仲間にコントラバスを弾く人がいたのでしょうかね。

 シューベルトの作品は良し悪しがはっきりしていて、駄作はどこまでいっても駄作ですが、いい作品はどんな細部もよくできています。この作品は五楽章でできています。どの楽章のどの部分をとっても美しく、全編美しいメロディの宝庫といってもいいでしょう。
  私は第1楽章の第1主題を推薦しますが、人によっては第2楽章、あるいは「鱒」のメロディが入っている第4楽章という方もいるでしょうね。
  曲は全楽器がフォルテで鳴らすAの和音で始まりますが、私はいつもこのフォルテにはびっくりさせられます。続いて第1ヴァイオリンが第1主題をピアニッシモで演奏します。このメロディはここではあまり「美しく」聞こえません。なぜなら、コントラバスが曲の始まり以来ずっとAの音でうなりつづけているからです。
  このメロディが本当に美しい全貌をあらわすのは27小節目からです。ここまでの音楽はいわば指ならしの練習、あるいは前戯のようなものといっていいでしょう。ヴィオラとチェロが小刻みに和音をきざむ背景にコントラバスのピッチカートが響き、そこで第1ヴァイオリンが改めてメロディを弾きはじめます。するとピアノが小気味よく伴奏します。

 このメロディに入って八小節目、メロディは3拍目でC#から下降する音形のメロディに変わり、これを2度繰り返しますが、このとき伴奏の和音は増3からDというパターンを取ります。この部分はピアノの鮮やかなオクターブの伴奏音色とあいまって、たまらない快感を作り出しています。
  この第1楽章は、ご存知のようにきびきびした生命力がみなぎっており、遅滞を許さぬスピード感があります。上昇するピアノの分散和音には、はじけるような若々しさと清冽さが感じられます。「スピード感のある美しいメロディ」という点では、希有の逸品といえるでしょう。この曲に「鱒」の名が与えられているのは第4楽章のメロディによりますが、私には第1楽章のほうが、鱒の住む清流の環境をうまく表現しているように思えてなりません。

 
 

シューベルト「交響曲第8番・ロ短調・未完成」
  あまりにも有名なシューベルトの未完成交響曲は、1822年、シューベルトが25歳のときに書き始められましたが、いつ、どのように中断され、未完成となったか明らかでありません。それはそうでしょう。始めた日付は分かっても何となくやめてしまった日付は定義そのものがあいまいです。もしかしたらまた続けるかもしれませんからね。
  ただシューベルトはこの曲を2年後の1824年に、シュタイエルマルク音楽協会の役員アンセルム・ヒュッテンブレンナー宛てに送り届けたことが分かっています。このときシューベルトはこの協会の名誉会員に推薦され、すでに会員になっていました。会員になると、お礼に交響曲を作って協会に寄贈するのがならわしだったので、彼はその習慣にしたがいました。
  ところが、この楽譜を受け取ったヒュッテンブレンナーは、この作品が2楽章までしかできていないので未完成とみなし、協会に引き渡しませんでした。シューベルト自身も楽章の続きを後から送るつもりだったのかどうか、はっきりしません。やりかけの仕事が中断され、本人にも関係者にも忘れられてしまうということって、ときどきありますよね。

 この交響曲の楽譜が発見されたのは、シューベルトが亡くなってから37年たった1865年です。私たちは、「未完成」をすでに完成品として鑑賞することに違和感を感じませんが、どこかで「交響曲としての形式的完成を取るか」、あるいは「美しい作品であればいいか」という選択が行なわれたことになりますね。この交響曲は大きな断片ともいえるわけですが、美しさに対する判定が形式主義を超えた実例ともいえるでしょう。
  私が推薦する美しいメロディは、この交響曲の13小節目から登場するオーボエによるメロディです(譜例8)。冒頭に登場するコントラバスの低いメロディと、このオーボエのメロディはともに同じロ短調です。かりに低いほうの第1のメロディ、オーボエのほうを第2のメロディとしておきましょう。私は第2のメロディのことをいっているのです。
  第1のメロディが、地面の奥底のほうから押し殺したようなうめき声を発するのを受けて、ヴァイオリンがさざなみのような伴奏を始め、まるで天上からの響きのように第2のメロディが鳴り出すという立体三重構造がみごとですね。

 このメロディは、最初の4小節でBmのまま2度同じパターンを繰り返しますが、その間さざなみの伴奏にも第3のメロディが入っており、微妙な和音の変化を伴なっています。そして5小節目にはDに入り、さらに六小節目にはG、そして間もなくDに向けて解決するのですが、すぐさまホルンを伴なったF#のスフォルツアンドによって否定され、またBmに戻ります。
  このメロディはほの暗い情緒が次第に明るさを帯び、次第に気分的に高揚し、いったんは否定されるけれど、2度目には自分自身の力で高揚していって結論を得る、というストーリー構造になっています。甘くなつかしいメロディですが、何かに急き立てられ、追われている、という感じで、悲しみと希望がないまぜになった、独特の「美しいメロディ」です。

 
 

ショパン「バラード第1番・ト短調」
  ショパンはポーランドで天才ピアニストの評価を得ましたが、さらに国際的な芸術家としての修行をすべく、カバンに自作の楽譜を詰め、駅馬車で故郷を後にしました。1830年、ショパン20歳のときです。彼が国を出ると間もなく、ポーランドでは革命が勃発しました。彼はこの知らせをウイーンで聞き、国元にいる両親や友人のことを思ってやきもきしました。
  この曲は翌年の1831年、ウイーンで書かれたものです。「バラード」というのは、物語を扱った音楽という意味ですが、ショパンが特定の物語を念頭において作曲したと考える必要はないと思います。むしろこれは言語に翻訳する必要のない、音楽語による冒険物語、と考えたほうがいいと思います。
  ショパンのバラードはこの曲を始めとして4曲ありますが、私がおすすめするのはこのト短調の第2主題です(譜例9)。この曲についてはシューマンとショパンが出会ったときの話が有名です。

 シューマンは、ショパンを早くから高く評価し、「諸君、脱帽したまえ、天才だ!」と激賞していましたが、この2人は1835年にドレスデンで出会いました。このときにシューマンは、この「ト短調のバラード」をショパンの全作品中でいちばん好きだ、といいました。するとショパンもしばらく考えた末「それはうれしい、私もです」と答えたといいます。
  右の会話はショパンが単に儀礼的に相づちを打ったとも見えますが、私はショパンがこのとき頭のコンピュータを使って自分の作品の「美的検索」を行ない、その結論として「ト短調のバラード」を筆頭にあげたのだと思います。
  もちろん2人は曲全体のことを話し合ったわけですし、ショパンはこの後もたくさんの美しい曲を書くわけですから、10年後、2人が同じことを話し合ったらまた違った結論となったかもしれません。しかし私は、「やっぱりそうか」と思うことにします。
  このバラードは冒頭の思わせぶりな、期待感をそそる低音のメロディもカッコいいですし、もちろん第1主題もメランコリックでとてもすてきです。けれど、しばらくあとから変ホ調で静かに弾き出される第2主題の美しさは抜群です。
  このメロディはFとCの5度と4度が交代して作り出す空虚なハーモニーの伴奏の上に、待ちかねたように出現します。「待ちかねたように」というのは、この旋律の冒頭がアウフタクトで始まってタイで次の小節に続いているからです。ショパンはしばしばこの手を使いました。たとえばへ短調のワルツ作品70−2の冒頭の旋律なども、まさに同工異曲ですね。
  このようにして作り出されるシンコペーションは、ジャズなどにも通じる演奏家のある種の自由度を表現するもので、いかにも即興的な感じを与えますね。ショパンのメロディはどれもめろめろに美しいもので、通俗に堕する危険と隣り合わせにあります。ショパンはこの点を自覚していたのではないかと思います。

 ご推薦する「美しいメロディ」の部分で、ショパンは冒頭では右手を二声部、左手を一声部のみに制限しています。ところが先に進むと右手も左手も一声部ずつになってしまいます。もっと和音をつかめばつかめるのに、これ以上できないほど音を節約して使っているのです。この禁欲的な態度が、美が通俗に堕することを救っているといっていいかもしれません。
  メロディは美しさの中にも格調と気品を保っていますね。そして左手で音を1つずつしかつかんでいないのに、ペダルの効果によってあたかもフルオーケストラで伴奏しているような、朗々たる響きが作り出されています。
  これは冒険者が海や空の景色に感動しながら航海しているようなひとときであり、内面の情熱を自ら抑制しながら次の冒険に備えているといった風情でもあります。
  メロディの一小節目の和音は分散されてはいますが、B♭の9度のハーモニーですね。この形は3小節目のところで5度上ですなわちFの9度のハーモニーとして反復されます。この響きが何ともいえずモダンで、しゃれているのですね。ショパンの音楽が今日でも少しも古くささを感じさせないのは、時代を先取りした、こうしたさりげないハーモニーの工夫にもあるのではないでしょうか。
  この美しい第2主題は、後半では両手いっぱいの和音を伴なって、荒々しい相貌でロ長調で取り扱われ、ほとんど狂暴なクライマックスへとつながっていきます。この曲が何かの冒険をつづった物語=バラードなんだ、ということがよく分かりますね。
  ショパンは39歳の若さで、肺結核のために亡くなりますが、健康が衰え、気力が衰えたときには、このような曲を書くことはできませんでした。これは生涯虚弱だったショパンとしてはもっとも体力、気力にあふれた21歳、自分でもブレーキをかけなければならないほどの美的衝動が盛り上がっていた時期の「美しいメロディ」です。

 
 

シューマン「ピアノ五重奏曲・変ホ長調」
  この作品は1842年、シューマン32歳のときの作品です。この年はシューマンの「室内楽の年」と呼ばれ、弦楽四重奏曲など、室内楽曲ばかりを集中的に作曲しました。シューマンはやがて発狂するのですが、この頃にはすでに予兆があらわれはじめており、たびたび不定愁訴を示しています。
  シューマンは作曲にかかると寝食を忘れて没頭し、一仕事終わると虚脱状態に陥るということを繰り返していたようです。もっとも誰でも夢中になって仕事をしているときには、体調のことや空腹まで忘れて、一段落するとどっと疲れを感じるというのはよくあることです。シューマンの場合、このような体調や気分の振幅がひどく大きかったのでしょうね。
  この五重奏曲第1楽章の冒頭、第1主題は、驚くほどの生気と自信を感じさせる力強さを持っています。私はこのはじけるような輝かしさが大好きです。これは、シューマンにおける「躁」の側面をあらわしています。しかしこの作品の中で私が推薦する「美しいメロディ」は第1楽章の第2主題の変形として現れます。

 この第1楽章には、特長のある美しいメロディが4種類現れます。シューマンはこの4種類のメロディを使って楽曲を組み立てました。はじめはご紹介した第1主題。これを演奏する人はさぞかし爽快だろうと私は想像します。しばらくすると第1主題に似たメロディがG♭で出現します。これもなかなか美しく、こぶし風の装飾音符が魅力的です。
  またしばらくすると第2主題が現れます。これはまずピアノで演奏されるのですが、これのメロディを支える和音は9度を用いたモダンなもので、若干割り切れないニュアンスを残しています。シューマンにおける「未解決」な何かを暗示しているようにも思えます。第2主題は、後に登場する「美しいメロディ」の先触れです。この部分の割り切れなさが、後に現れるメロディの美しさをことさら引き立てる効果を作り出しています。
  ピアノが6小節のテーマを弾き終わって伴奏に回ると、チェロがメロディを歌い出します。CDなどで聴いていると、このメロディはひとつの楽器が演奏しているように聴こえますが、実際にはチェロとヴィオラのかけあいです。このメロディは本当に美しいですね。

 このメロディはリズムも旋律パターンも第2主題を変奏しているわけですが、流れるような優雅さ、気品、ゆとりを感じさせます。和音はB♭、Gm、Cmの7度、Cmの6度、Dm、Gの7度、F、C7度をへてFにたどり着くという息の長い小旅行をします。
  この流れを和音をつかみながら追っていけば分かりますが、シューマンが作ったメロディを想定せずには聴けないほどメロディとぴったり溶け合っています。けれどもこのメロディはクララが弾くはずのピアノパートには出現しません。ピアノは2度ともやさしい伴奏をしているだけです。このメロディの主語はピアノではなく、あくまでも弦なのですね。
  シューマンはこのとき狂気の国の入り口に立っていました。しかしまだ健全でした。彼はこのときすでに天国を見たのだ、と私は思います。このメロディの中には忘我的なもの、人を恍惚とさせるもの、要するに「至福」を感じさせる麻薬のようなものが含まれています。

 
 

シューマン「ヴァイオリンソナタ・イ短調」
  シューマンはヴァイオリンソナタを2曲書いていますが、私がご推薦する美しいメロディは第1番イ短調、第1楽章の第1主題です。この曲が作曲されたのは1851年、シューマンはすでに41歳になっていました。数年前にくらべるとシューマンの精神障害はいっそう悪化し、体調も悪くなっていました。
  けれどもっと顕著になっている不幸がありました。シューマンは、自分の気質や病気のせいもあってのことでしょうが、まわりの人々とうまくやることができなくなっていたのです。たとえば、彼は立場上オーケストラを指揮しなければならないのですが、この指揮が総合的な意味でうまくなかったらしいのです。
  たとえば楽団員に分かるように説明したり、メンバーの気持ちを自分に引きつけたり、好意を感じさせたり、意欲を持たせたりするということが下手だったのですね。たとえばこのヴァイオリンソナタを書いた年、彼は合唱団を設立しているのですが、メンバーとしっくりいかず、たちまち解散してしまいます。
  メンバーが練習に遅刻してきたり、練習中におしゃべりしたりすると、たちまちシューマンの怒りが爆発します。この頃には体調のほうも悪化し、ときどきは失神してしまうような発作も起こしたそうです。

 このイ短調のヴァイオリンソナタは、全曲どの部分も美しくみごとなものですが、第1楽章の冒頭には「荒々しい美しさ」があります。シューマンの内面に巣食っている、やり場のない苛立ちを雄弁に物語っているかのようです(譜例11)。
  この曲は8分の6拍子、ヴァイオリンはCの音から始まり、中音域のまま20小節も推移します。この音域はアルトまたはバリトンの歌の音域で、ヴァイオリンの音の使い方としてはとても地味なやりかたといっていいでしょう。なにしろここは音楽の手順からいって主旋律をもっとも美しく聴かせるべき部分ですからね。
  メロディも最初の3小節はCとFの間、わずか4度の間を行ったり来たりするだけですから感情が極端に抑制されている、という印象を受けます。いいたいことがあるのに、それを口に出さずにいる。言葉にすれば爆発してしまうから。しかし感情が高ぶるので、口を小さく開いて、言葉のかわりに呼吸で語っている、そんな感じがする美しいメロディです。

 ピアノは内面の葛藤を暗示するかのように、16分音符で荒々しく伴奏しています。ちょうど歌曲の伴奏のように、メロディをなぞりながら進み、6小節目からは最初にヴァイオリンがぶつぶついっていたことを、別の表現でいい直すようにAの音から弾いて投げかえします。
  するとヴァイオリンはふたたび主導権をとって、同じメロディ・パターンを一度下のGの音から弾きなおし、次第に高揚していって、激しくぶつかるようなB♭の和音に達します。
  私はこの最初のうめくようなヴァイオリンのメロディ、そしてピアノが投げかえすメロディ、これをたまらなく美しいと感じます。先のピアノ五重奏の中間のメロディを至福の美しいメロディと呼ぶとすれば、こちらを苦悩の美しいメロディと呼ぶことができるでしょう。

 
   
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