トップエッセイ音楽作品アラン経営関連リンク
 
リーダーのためのアラン哲学
 
まえがき

―――より肩幅広いリーダーとなるために

この本は、会社の社長や部長、課長、それに各種の組織で部下をお持ちになる方々のために、フランスの哲学者アランの言葉をご紹介するためのものです。アランのリーダー学、あるいは「帝王学」です。
  アランは「将軍には兵卒を見抜けないが、兵卒は将軍を見抜くことができる」といいました。リーダーには部下の心を見抜けないけれど、部下の方はリーダーを観察し、リーダーの心理状況や実体を見抜いているというのです。さらにアランはいいました。「人は誰でも王である限り愚者となろう。自分の代わりに人に仕事をさせれば、その度合いに応じて人は愚者となる」。要するに人に命令して仕事をさせている限り、あなたはバカモノになるといっているのです。

 ずいぶん率直ないい方ですね。リーダーであるあなたとしては面白くないかもしれません。けれどあなたに何かを感じ取るセンスがあれば、このアランの言葉の中にある真実の響きが分かるはずです。
  リーダーが愚かであれば、組織は弱体化します。今はそうでなくてもいずれそうなります。リーダーの人間理解と教養の限界が、その企業の限界となるからです。環境要因が良いというだけで企業が発展したり、利益を得られる時代はもう終わりました。リーダーが技術的にプロでなければならないことは当然ですが、リーダーの人間的なスケール、人間理解の程度が活動に結びつくことは明らかです。

 リーダーたちは「優秀な社員がほしい」とか、「創造的な社員がいない」といいます。けれど優秀な人材がいないのではありません。創造的な人材がいないのでもありません。本当はたくさんいるのです。けれどリーダーが人を調達できず、人を育てられないのです。リーダー自身が自身をスケールアップさせ、知恵を磨かねばならないのです。
  さいきん「モノの時代は終わった。これからはココロの時代だ」などという言葉を聞きます。リーダーたちもこのフレーズがお気に入りです。さかんに「ココロの時代」を唱えています。ではおたずねしましょう。「ココロとは何ですか?」。
  すると凡庸なリーダーたちはたちまち無口になってしまいます。それは彼らが本質的な課題をしっかり掘り下げておらず、すぐれた先人の言葉に耳を傾けていないからです。要するに教養が不足しているからです。自分が分かりもしないことを口にして部下に訓戒を垂れるなど滑稽ではありませんか。そして一番滑稽なのは、自分が滑稽で無教養だということに気づかずにいるリーダーです。もちろん世のリーダーの中には、素質にも恵まれ、勉強し、豊かな人間性を形成している本物のリーダーが数多くいることでしょう。しかし、なりゆきでリーダーの立場についている修行不足のリーダーも少なくありません。

 いま、本物のビジネス・リーダーが求められています。本物のリーダーとなるための考え方が求められているのです。これは「人のほめ方、叱り方」などという単純なノウハウではありません。あなた自身の精神、あなた自身の哲学的な教養と信念をどのように形成するかが問題になっているのです。
  人間集団の上に立つリーダーには多くの責任があります。リーダーのあり方が集団のあり方をきめ、メンバーの幸不幸をきめ、業界や地域社会や環境のあり方をきめるからです。だからリーダーは人間的に豊かで、見識にすぐれていなければなりません。それが口を開けば売上とゴルフの話で、あとは逆さに振っても何も出てこないというのではあまりにさびしいではありませんか。

 アリストテレスは彼の弟子アレキサンダー大王のために、弁論術に関する指南書を書いてこういいました。「美服をまとった自分の肉体に見とれるよりも英知に充ちた魂を所有する方が、はるかに美しく、また王者にふさわしいのであります」。
  21世紀は新しい技術革新の時代であると同時に、技術の担い手である人間が真の人間性にめ覚める時代です。リーダーにも質と奥行きが求められます。国際化が進む中で、日本のビジネス・リーダーだけが三流というのでは困ります。日本のリーダーたちにもっと肩幅の広い人間、内面にサムシングを持っている国際人、人間の分かる人になってもらいたいと思います。

 アランは1868年に生まれ、1951年に亡くなったフランスの思想家です。彼の著作としては「幸福論」がもっとも広く読まれています。アランはすぐれた人間洞察にもとづいて、人間の知恵のありどころを示した実践的な思想家です。
  アランはフランスのモルターニュ地方に生まれました。本名をエミール・シャルチェといいます。彼は学校を卒業してすぐに高校の先生になり、46才のとき第一次世界大戦に一兵士として出征しました。除隊後ふたたび教壇に立ち、65才で定年を迎えました。その後執筆活動を続け、83才で亡くなりました。アランはまず学校教育者であり、見識豊かな哲学教授でした。彼の教えを受けた人の中からは多くの人材が輩出しています。
  アランは思想史に残るすぐれた思想家の一人であり、思想の実践者でもありました。彼は古代の賢者を称揚しましたが、彼自身も一個の賢者として生きることを目指し、自分が考える通りに生きました。アランの思想の魅力を要約すると次の3点になります。 
1.核心をついている。
2.暖かい。
3.偏見を持たない。

 本書ではアランが書いたたくさんのプロポや著作の中から、現代のビジネス・リーダーに参考になりそうな部分を抜き出してご紹介し、解説を加えます。わが国の指導者格の人々の中にも、隠れたアランのファンがいます。スピーチのときなどに、「アランが・・といっている」などという言葉を聞くと、「ああ、この人は分かっているな」と、うれしくなります。
  アランの言葉には短いながら含蓄が深く、人の琴線に触れるような美しい言葉の響きと、奥行きがあります。アランのいいまわしの妙と、その真実にぜひ耳を傾けてください。
  本書は最初から最後まで「アランはこういっています」という形でできあがっています。本書をお読みいただいた方が、これをきっかけにアランの著書に直接接していただくことがあれば、なお幸いです。賢者アランの哲学と知恵が、あなたのビジネス・リーダーとしての精神の幅をいっそう広げ、さらに磨きをかけるために役立つことを願っています。

                   1998年 著者

   
  目次へ 第1章へ→
 
 
Copyright (C) 2006 Kunihiro Kato All Rights Reserved.