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第7章 マルス――暴力の否定

ともかく名誉の負傷
  アランたちの一行は、馬車に荷物を満載して移動していました。そのとき突然馬が暴れ出し、アランも含めて荷台に乗っていた何人かが乾草の上に投げ出されました。彼の脚が車輪の間にはさまりました。馬はおかまいなしに引きました。車輪は回り、アランの膝は折れました。
  アランと馬は親しい関係にありました。けれどこのときの馬は、アランとの古いなじみ関係を無視しました。アランのほうでも「私はこの素直な獣に高慢であった」などと書いています。脚を挽かれたときの印象。「半ば蒼ざめ仰向いたとき苦痛の思いと一緒にひらめいた想念――私には戦争がおしまいだ。――を覚えている。そのために嘘のように嬉しかった。この歓喜ははなはだ虚偽に満ちている。なぜならこれは癒し得るものをすべて癒すからだ」。

 アランは脚に激痛を感じましたが、同時に、「休息できる」という思いのために嬉しくなりました。兵士たちはつらい日々を過ごしています。恐怖に長時間にさらされたり、睡眠不足や疲労の極に達すると、「ゆっくり休みたい」という願望が強くなります。ところが負傷でもしないかぎり戦線を離脱することはできません。 
  だから命に別状のない怪我や病気は、兵士たちの心の中でひそかに待ち望まれているのです。「幸福論」の中に病気になった兵士の話が出てきます。ある伍長がアランの塹壕にやってきてこういいます。「こんどこそ、おれは病気だ。熱があるんだ。・・とうとう病院行きだよ。二年半も泥んなかにいて、やっと、このチャンスを授かる資格ができたというわけさ」。

 しかし、この兵士はあまりにも喜びすぎていました。「私には、喜びが彼の病気をなおしつつあるのがよくわかった。翌日には熱なんかもう問題ではなかった。それどころか、彼はフリレーの気持ちのよい廃虚を横切って、もっと悪い戦地におもむいたのだった」。
  アランは、喜びの感情が病気に対して強い免疫力を持っている、と考えました。そして「これ(喜び)は癒し得るものはすべて癒す」といい、さらに「されば、希望というものは時折すかされているのだ」とも書いています。
  兵士が「ああ、病気にでもなったらいいのになあ」と思うようなとき、病気になりません。たとえ病気になっても、「しめた!」という思いが喜びに変わり、病気はたちまちどこかへ行ってしまいます。こうして兵士たちは健康であることの代償に限界的な状況で働き、またいつまでもその状態にとどまらざるを得ないわけです。

 「名誉の負傷」という言葉がありますが、兵隊たちにとっては適度の負傷は恩寵のようなものです。アランの場合も、どの程度名誉かは別として、負傷しました。「私にとっては遊びではないこんな思いがけないしあわせのために、歩兵たちの羨望する、賞むべきかなの骨折の苦痛を私は味わった」。さすがに志願して戦場に出てきたアランも、このときには足の痛さに苦しみながら、「自分はやるだけはやった」という気持ちと、「ああ、これでしばらく休める」という正直な感慨を味わいました。
  彼は野戦病院に入りました。彼はここで看護婦たちに尊敬されることになりました。彼の荷物の中から、バルザックの「谷間の百合」と、スタンダールの「パルムの僧院」が出てきたからです。ガラの悪い若者たちばかりを取り扱ってきた看護婦たちにとって、アランは戦場にはまれな知的紳士でした。アランはここで治療を受けながら、「精神と情熱に関する八十一章」を書きました。これはアランが戦場で書いた3冊のうちの1冊です。残りの二冊は「諸芸術の体系」「マルス―裁かれた戦争」です。

 

食べかけの羊肉を守る
  数カ月してアランの足が治りかけると、彼はただちに戦場に復帰させられ、五人ばかりの兵卒のリーダー、すなわち伍長になりました。アランは例の芸術論を語り合ったT大尉に再会し、またもや彼と芸術論に花を咲かせました。
  戦場は以前にも増して過酷でした。「読者は馬の腹まで届く深い泥濘を想像できるだろうか。動かされ続けて苔のようになった泥濘だ。棒で叩きのめしたクリームを想像してもらえばこの泥濘のありさまが目に浮かぶだろう」。
  アランは、砲弾が飛んできていつ当たるか分からないような状態の中を、弾薬の箱を馬車に積んで何度も基地と前線の間を往復しました。「T中隊長は、よく私にこの弾薬補充の勤務を非常に感心しているといった。・・なぜならば、彼はこの弾薬補充の仕事を全く不可能と断じていたからである」。

 「大胆不敵の称のある一人の若い中尉が、私の前に元気のない様子で現われ、私の豪胆な態度が評判になっていて羨ましいとさえ洩らした。この賛辞は私を戦慄させた。私はその頃、想像から来るもっとも卑しむべき恐怖心をも抱いていたのだ。それはたしかに足の凍傷が私に痛切を加えたからではない」。病院でつかの間の安らぎを見出したアランが、再び前線に戻って、あらためて死の恐怖に直面し、その恐怖心とどのように戦おうとしていたか、分かりますね。
  けれどアランはしばらくするうちに、以前の感覚を取り戻しました。ある朝のことです。その日は朝からご馳走にありつくことができ、アランたちはオーストラリア風の羊肉料理を食べていました。すると、いきなり敵弾が雨のように飛んできました。
  「せっかく食べかけていた料理をそのままにしてわれわれはいったん逃げ、また戻ってきたがさらに再び穴のなかに飛び込んだ。そしてじっと待った。耳をそばだて、装填したかと思うとまた逃げ走り、焼肉のそばに這いつくばって、ついに料理も自分も助け得たのだ」。食べかけの焼肉をかばいながら、敵の砲撃に頭をすくめている兵士たちを想像してください。

 危険と滑稽さが隣り合わせたこの瞬間を回想して、アランはほとんど笑いながら次のように書いています。「あまり高尚なことではない。思っても不体裁なことであった。ちょうど初夏緑陰の頃であった。ズボン一つ満足にはいて逃げるものはなかった。なんともいえぬ惨めさであり、はなはだ見下げはてた次第であった」。
  ある朝、アランは炊事場で朝食後の皿洗いをしていました。朝の八時頃でした。ヴェルダンの方角にはげしい砲撃が見えました。
  「爆発というよりは、幾千という砲の大さわぎな噴火といったほうが適切であろう。そして、銅色をした巨大な雲のなかを無数の砲弾が炸裂していたのである。それがすべて白日の太陽の下で行われたのだ。かかる恐るべき事実の前では、いかなる思索もその根を絶ってしまう。・・それからほどなくしてタバンヌのトンネルがはね飛ばされ、そこで数千人の人が死んだのである」
ヴェルダンでは仏独両軍の戦死者は70万人に及んだといわれています。
  アランはこうした現場を見、同じ頃起こった事件のニュースを仲間から聞いて、戦争史にはかならずしも語られていない幾多の惨劇が発生していることを確信しました。たとえば英国の港で猛火薬メニエットを満載したまま爆発しましたが、数千人がこの衝撃で犠牲になりました。ドイツのある町では毒ガス爆発で一万人の町がそっくり消えました。

 
 

「死んでください」といえるか
  私たちは今世紀二つの世界大戦を経験しました。第二次大戦では日本に原子爆弾が落とされ、二つの大戦間に生じた武器性能の恐ろしいまでの発達ぶりが実感されました。アランが今日の世界の核兵器の性能や保有量を知ったら、どんなにか驚いたことでしょう。今から見れば、第一次大戦に用いられた武器や弾薬の性能など、まるでおもちゃのようなものです。それでも第一次大戦は、人類が武器の破壊力によって大量殺戮を経験した最初の戦争でした。
  人類はこれまで「対人戦闘」という力学でしか戦争をしたことがありませんでした。しかし科学の発達によって、「戦争」の意味は変わろうとしていたのです。アランはいいました。「エネルギーの集積というものをつくづくと考察する機会を与えられたようなものだ。すなわち仕事の集積というものは、永久に際限のないものだということである。それは人間の仕事以外のものではない。自然のままに放置されたガスでも爆発でもないのだ」
  地震や火山の爆発や津波などの自然災害も、私たちに大きな危険をもたらします。また台風や竜巻などのエネルギーもすさまじいものです。自然も人間には及ばないエネルギーの集積を行ない、ときとして人間を襲います。

 しかし自然のエネルギーは特定の人間に向けられるものではなく、善意もなければ悪意もありません。また、台風が自分でエネルギーの効率改善を行なうなどということもありません。これに対して人間の仕事は特定の意図を持ち、際限なしに発達します。そしてこれらの武器の使用はすべて特定の人物の意思決定にかかっており、彼自身と彼をとりまく人々の情念にかかわっています。アランはこうして戦争の真の原因とその結果を理解しました。
  アランが従軍中に書いた本の一冊、「マルス―裁かれた戦争」を開いてみましょう。これは戦時中に書かれ、手を加えられ、1936年に出版されました。この第1章は「愛国心」となっています。彼は序文に相当するこのプロポの冒頭で、次のように書きました。
  「我々は正確に詳しく検討しなければならない。遠慮は全く無用である。といって、戦争という大事件において種々の感情が果たす役割をいたずらに否定すればよいのではなく、これを正しく見定めることが大切なのだ。私は今他人の生命をあずかっているのだ」。
  アランは一人の知識人として自分の発言の意味を考えています。「私は今他人の生命をあずかっているのだ」という言葉には、学校教師としての責任の、ずっしりとした重みがあります。学校の先生がどう戦争を説明するかで生徒たちの意識は変わります。同じことで、政府の要人や企業の指導者や知識人やマスコミが何をいうかによっても民衆の意見は変わります。私たち自身もこと戦争については「他人の生命に責任がある」といっていいでしょう。

 そしてアランはこう続けます。「彼らが私の考えのために死ぬのを、どんな理由があればどんな状況下でなら、やむを得ずみとめるのか、あるいはみとめないのか、この点をはっきりさせなければならない」。
  誰かが「もう戦争するしかない」というとき、それは誰かの命を犠牲にすることをやむを得ないとすることです。私たちはどんな状況下でなら、あるいはどんな理由でなら誰かの命が失われてもいいと考えるのでしょうか。ある国で戦争が避けられなくなっているとき、誰かが誰かを指名して「死んでください」といわねばなりません。それはそもそも正常なのでしょうか。

 
 

金と命の関係
  アランはここでいきなり金の話に移ります。戦争には資金が必要です。そこで「戦時国債」が発行されます。このとき政府は元金が保証されないなどとは決していいません。その金がどこにいくかといえば、軍事産業の企業主、そしてある階級以上の軍人の懐に入ります。なにしろ彼らが戦争の主役になるのですから当然といえば当然です。こうして戦争が四五年続くと高級軍人の手元には何がしの金がたまります。
  「ところで身命を捧げる彼ら軍人のうちに自分たちの支出を計算し『祖国が破産に瀕している以上金持になろうとは思わない』といって、余分に国庫に返す人物がひとりでもいるだろうか。国民が金よりも命を喜んで差しだすという事実はかなりショッキングな逆説である」。

 軍需のおかげで金もうけできる産業人も少なくありません。しかし次のようにいう産業人は一人もいないとアランはいいます。「『私が蓄えたものはすべて祖国のものだ。何百万寄付したところで、一介の兵卒の足下にも及ばないことを私はわかっている。』だがこんなふうにいった市民はひとりもいなかった。成金連が集まって国家に2億、3億と献金したこともいちどもなかった。もし本当に自分の命より祖国を愛しているなら、この種のヒロイズムがあってもよかろう。それでも金庫の英雄たちは、だし前を十分にだしたことにはなるまい。なぜなら、命を差し出すものは強制されて身命丸ごと差し出したのだから」。
  かりにある実業家の一人息子が誘拐されたとしましょう。途方もない身代金を請求されたとします。この実業家は「息子の命は金には代えられない」といって、その金を出すに違いありません。この場合、人命は金銭よりも重いとされるわけです。ところがその息子が戦争に狩り出されるとなった場合、親は身代金で解決しようとはしないでしょう。
  もちろん徴兵制度や志願制度は、身代金などという概念が入り込む余地のないものです。かりにできたとしても、「徴兵を金の力で忌避した」というような評判は好ましいものではありません。それにまた誘拐犯人に金を渡すことは、これを拒否するよりも容易です。社会的な視線の圧力がこれを容易にしています。

 ホメロスの「イリアス」の中には、アキレウスの膝にすがって命乞いする兵士の話が出てきます。「私を助けてくれれば、私の親はいくらでも身代金を出すでしょう。どうぞそれを受け取って私の命を助けてください」と若い兵士がいいます。またプリアモス王は莫大な身代金をたずさえて、息子ヘクトールの遺骸をもらい受けにいきます。ヘクトールのケースはすでに死んでしまっていますが、それでも、父はまだ息子の形をとどめているものを金で買い戻そうとしました。
  つまり、人間と金をくらべた場合、人間のほうが大切だという概念は古代からの常識です。もちろん金のない人間には選択肢はありません。しかし金のある人間は、金か、命かを選択することができます。

 ところがひとたび戦争になると、この健全な感覚が失われてしまいます。金のある人間が人間の命よりも金のほうを惜しむようになり、自分の息子の命も、他人の息子の命も、金ほどには大切に思えなくなってしまいます。アランはまさにこの点を突いているのです。
  アランは、戦時には「国のために命を捨てることがいいことだ」と思わせるような、一種のまやかしの、集団的な感情や価値観が働くことを看取しました。そしてこういいました。「戦闘にさいして発揮される愛国心は、明らかにほかのさまざまな感情によって支えられているように思われる。もちろんそれらの感情もたしかに人間に自然なものではあるが、しかし、あらゆる感情のうちで最も古く、最も巧妙な操兵術によって育まれた感情なのである」。

 たとえば軍楽隊を先頭に兵士の一群が街をさっそうと行進する、これはかっこいいものです。子供たちはこれについていきたいという感情を抑えられません。オペラ「カルメン」の中で、子供たちは兵士の真似をして行進します。彼らはみな立派な兵士の予備軍です。子供たちは兵士に憧れているのではなく、すでに兵士を先取りしているのです。
  アランは、「軍隊というものは本質的に美的なものだ」といい、その「美は人の心を躍動させる」といいました。また「人間は他人とともにいると、自分を無敵の不死の存在と感じ、そのように意識するものだ」といいました。
  私たちがアクション映画のヒーローたちをかっこいい、と思うとき、悪者をやっつける暴力を承認し、促し、礼賛する精神を育んでいます。そして私たち自身があたかもヒーローになったかのような、「無敵感」を感じてしまいます。
  人間にはまた、困難の克服を求めるという不思議な性質が備わっています。「人間の本性は小さな不幸よりも大きな不幸に耐えられるようにできている」「この動物(人間)は不安におののいているよりも、むしろ、断固として不幸を選びとるのが普通である」。

 
 

ヒロイズムを生む情念
  「プライド」という名の情念も戦争に対して大きな力を発揮します。「不名誉な真似はすまいという覚悟のまえでは、勝利への意思や希望でさえも影が薄くなる」「怒りは人を興奮させ、歩みだしたら止まらない。他所を探しても無駄だ。軍神マルスは腹部にではなく胸部に住みついている」。
  戦争には、けしかけるものとけしかけられるものとの関係があります。戦場には行かず、「いけ、いけ、やっつけろ!」などと叫んでいる観客がどこかにいるのです。アランはこの点で、政治家や、高級官僚や、参謀本部や、年配者や、女性たちが作り出す社会的な気分を警戒していいました。
  「だれにせよ見物人には余り感心できなかった。もちろん、内心に秘められた苦悩には敬意を表しよう。だが戦闘には参加していないくせに自己満足し、遠方から命令を下して喜び、勝利に酔っている連中の姿を目にすると、私はいつも軽蔑の念を禁じ得なかった。他人の死の上に花咲く快楽はすべて卑劣なものである」。

 アランの批判は銃後の女性たちにも向けられました。「女性は弱虫ではないが、また異なった存在なのである。たぶん女性の欠点は、弱虫な男性と同じように振舞い、人を脅迫しておきながら、殴るのは他人にまかせる点にあるのだろう」。
  私たちは利害関係のもつれから人間関係を悪くします。戦争の原因にも当然国益が絡みます。したがって各国間の利害の対立が戦争に結びつく、と誰でも考えます。しかしアランはこの点にも疑問を持ちました。「私は経済の本質は戦争にはないと考えている」。
  たとえば裁判で争っている人が、裁判に勝って得られる利益よりももっと多くの裁判費用をつぎ込むことはざらです。このような場合、利害だけを考えれば裁判での勝利など問題にならないということがあるはずです。しかし裁判にかける情念が利害の問題を度外視させてしまいます。

 アランはまた追いはぎと兵士の例をあげて説明しました。「追いはぎは兵隊ではない。彼は自己保存のために他人を傷つけるのだ」。追いはぎは生活上やむにやまれずに他人を傷つけます。忠臣蔵に出てくる斧定九郎は、家老の息子です。彼は山崎街道で追いはぎをやりますが、もしも浅野家が没落しなければ、金を目当てに人を殺めたりしなかったでしょう。
  これに対して四七士の面々は兵士です。彼らは吉良の家に押し入っても金品を取ろうとはしません。彼らの目的は仇討ちであって、もの盗りではありません。ですからアランは「戦士とは尻込みするよりもむしろ死を決心する人間である」というのです。
  商人の狙いは金を稼ぎ、これを享受できるようにすることであって、彼らのリスクとは生命のリスクではありません。だから、もし「国益」を「経済的な利益」と解釈するなら、戦争と経済との間には直接のつながりはないことになります。「けちんぼうの戦いなら血が流れることはほとんどあるまい」。要するに戦争を育むのは経済ではなく、情念であり、国家の威信、すなわちプライドです。

 
 

高利貸のように冷静に
  アランは次のようにいいました。「自分の下す判断については、死者にも生者にも責任を持つべきである」「他人の命がかかっているときは、今後高利貸のように冷静になろうではないか」
  戦争はどう考えても経済の理屈に合いません。そして人命を金銭以上に貴重なものとするなら殺し合いはどう見ても理屈に合いません。冷静に考えれば誰にでも分かることが、戦争の興奮状態ではどこかへ飛んでいってしまいます。アランはプラトンにならって人間を理性が支配する頭部、情念が支配する胸部、欲望が支配する腹部という三部位説を支持しました。そして彼は「胸部には戦争の神マルスが住んでいる」といいました。
  マルスはギリシャ神話に登場する戦争の神です。彼は物騒な神様で、戦争へ出かけていっては人々をけしかけ、自分も大暴れします。アランの考えでは、私たち各人の中にこのマルスが住んでいます。多くの場合、理性が手綱をとっておさえています。ところが何かの拍子で抑制がきかなくなります。その小さなものが係争であり、私闘であり、大きなものが騒乱、そして戦争へと拡大するのですね。私たちは大勢なら賢明になる、などということはありません。むしろ反対です。

 「他人の命がかかっているときは、今後、高利貸のように冷静になろうではないか」。これが例のドレフュス事件以来、政治と政治家たちの動きを観察し、四六歳で出征し、泥んこの中を這いずり回ってきたアランの結論でした。
  彼が戦場で見たものは「勇敢な兵士」と「卑劣な将校」、この二つでした。彼は現場の中で身を挺して働く兵士を見ました。ここで見た兵士の姿は、遭難救助者に共通するものでした。
  「彼らが危険のただなかにはせつける迅速さ、一種の洞察力、周到な用意、ぎりぎりの境位、憶さずしかも命は落とさぬ固い決意、最後にまた、彼らのあいだに確立されている規律、こういったものを考えればそれで十分である」。このような勇敢で自信に満ちた行動は、個々の現場に特有のものであり、ものごとにはこだわらない人々、なぜ戦争をしているのかも知らないほど素朴な人々に固有のものでした。
  戦争は災害の救助活動よりずっと過酷です。兵士を狙って敵弾が飛んでくるからです。「だが私はまた、彼らの倒れる姿をいやというほど眼にした。・・あれほどの天分、決断力、忍耐心、赤裸の美徳、これらはすべて確実に打ち倒されてしまう。戦場では勇者ほど先に倒れると予言してもよい。忘れ去るには余りにも深刻すぎる」。

 これに対してアランが見た将校はひどいものでした。彼は戦場の将校にとって、兵卒の命などほとんどものの数に入っていない、という事実を目の当たりにしました。それだけではありません。将校は自分のことだけしか考えていないのです。「将校は平然と身を避けて寒気や泥濘すら防ぎながら冷酷な意思を大切に保持しようとする」。
  これらの将校は、部下に命令し、威嚇し、あまつさえ部下の手柄を横取りしたりします。「またそこに見られるのは、威嚇がまったくあからさまなのだから、名誉はなんの役割も演じないということである。むしろ威嚇は英雄的行為の名誉を汚して喜ぶものだということだとさえいわれるであろう」。
  アランは将校たちのやり口を容赦しませんでした。「私はいまや上官の急所、大事なその急所をつく。私は敵が殺すことにあきるまで最上の人々を敵に殺戮させることが、滑稽千万であることを示したい」。

 アランは戦場で自分と仲良くなり、泥の中を一緒に這いつくばり、アランを「おやじさん」と呼んだ若い仲間のことを思い出しています。将校の横柄な合図にしたがって塹壕から飛び出し、次々と命を落としていった連中です。アランには同胞を殺しているのが本当に敵なのか、それとも上官なのか疑わしくなりました。
  「死骸で堤防をきずいたり、火を消したりするつもりで遭難救助者をくり出すことは、決してみとめられないだろう」。アランは力をこめて書きました。「それはゆるされぬことである。たしかに、それはゆるされぬことである」。死地に兵士を送り込むことは上官の仕事です。上官の仕事はさらにその上官の仕事です。だから戦争の意思決定にかかわる人、戦争を指導する人にすべての責任があるのです。
  アランは戦争指導者としての「上官」の本質と構造を、前線の一兵士としての体験から喝破しこういったのです。「遺憾ながら私は、私が見てきたような将校たちからは、服装といわず口調といわず、なにひとつのこすべきものがないことを主張する」。

 
 

死んだ戦友たちをして語らせよ
  ナポレオンやシーザーやアレキサンダー大王に見られるように、戦争指導者は典型的な英雄です。しかし英雄の力は権力とイコールです。男の子はみなこの種の英雄に憧れます。アラン自身もこれら英雄の戦記を何度も読んで、シーザーやアレキサンダーを崇拝しました。また彼は戦場で自分の撃った砲弾が敵陣に命中するのを見て、快哉を叫ぶ暴力的興奮さえ体験しました。しかしアランはそのレベルにとどまることを自分に許しませんでした。
  「しかし私は、権力がまさにその本性上、陶酔と無知にみちていることをよく知っていたから食い意地の快楽と同様に讃美の快楽をつつしんだ」。
  アランは権力指向、出世指向の人ではありませんでした。だからこそ一兵士として出征し、そのことにこだわり続けました。アランにとっては、権力や地位に拘泥しないことが思考の自由を確保する重要な要件でした。しかし今回の戦争体験は、彼に権力というもののおぞましさをあらためて見せつけました。彼はますます権力嫌いになりました。
  「良識はいたるところにある。ただしてっぺんにはない」「この人間の毛布だけが暖かくしてくれるものであるのに、暴君の富はこれをあがなうには足りない」「人に命じて仕事をやらせるものは、それをやらせる程度に応じて愚かになる」。こうしたアランの「暴君」に関する名言がひときわ冴えわたっているのは、彼の戦争体験からの教訓によるものです。

 詩人鮎川信夫に「戦友」という作品があります。この詩の中で、ある日戦場で死んだはずの戦友が現代に生きている「私」をたずねてきます。彼は「私」の手をとってこういいます。「生きているにしちゃ、冷たい手だね」。その戦友は昔の話を懐かしそうに話します。
  しばらくすると彼は私を批判していいます。「お前は今朝も蛇口の前で/緑色の歯ミガキに少し血のまじった唾を吐いた/薄いネクタイでうやうやしく喉首をしめ/寝床のぬくもりでほてった身体を 詰まった路面電車に積みこんで/いやいや働きにいった/・・答えられるものなら答えてくれ/真っ白な花嫁の胸をした戦友よ/おれたちがどんなに大きく破れ お前たちがどんなに小さく勝利したか・・」。
  この戦友には私が見えています。しかし私には彼が見えません。彼はいいます。「なあ、戦友なぜ黙っている/まっすぐこちらを見ながらお前は何も見ていない・・」。彼は戦地から生きて帰ってきて、平和になった社会の中で、あたかも戦争などなかったかのように、家庭を守って小市民的な生活をしている私を非難します。「安全への愛 怠惰への退却/妥協の無限の可能性をたよりに/それがお前の獲得した一切なのか・・」。
  かつての戦友は、ついにこういい捨てて私のもとを立ち去ります。「嵐は数えることをしないが/運命は一瞬の光でお前たちを数える/待ちどおしいぞ 世界の終わりが/さらばだ 戦友/おれたちが本当に別れるのはこれがはじめてだが ユダの接吻はいらない/あばよ」。

 死んだ戦友を戦場に残して帰ってくること、そのことがすでに裏切りです。亡霊となって私をたずねてくれた戦友は、はじめのうちは、たとえ生死の境を別にしても、まだお互いに別れたとは思っていませんでした。ところが彼は、生き残った友達の日常生活を見るに及んで「こんな奴はおれの戦友じゃない!」と気づきます。そして吐き捨てるような「あばよ」とともに、十万億土のかなたに飛び去っていったのです。
  アランは生き残って帰ってきましたが、決して裏切り者にはなりませんでした。彼らを裏切るには、あまりにも戦争の本質を知りすぎました。彼は「死者にも発言権がある」と考え、コントの思想を下敷きにしてこういいました。「あらゆる国、あらゆる時代の死者たちが我々を支配している。不滅の死者たちだ」。
  彼はかつての戦友を眼前に思い浮かべながら書きました。「君たちは運命に先駆けて走り、力のかぎりを尽くし、無実の罪で刑を宣告された人のすがすがしい顔付きをし、従容と刑についたのだ。だが、なぜこの私を慰めようとするのか。なぜ、自分たちは人生を愛していた。命を投げ出すのは辛かったと、最後に私にいってくれなかったのか」。

 
 

弱者が恐ろしい
  アランは戦争体験を通じて、戦争の真の原因が私たち各自の中にあるマルス的な部分、すなわち争いの情念、自尊心の情念、恐怖の情念であることを知りました。だから、戦争によって平和を作ることはできないのです。「戦争は決して平和を確立しない」「戦争状態を平和と呼んではならない」。
  戦争を作り出すのは私たちの内部にあるマルス神です。この神は一見強そうにみえますが、少しも強い神ではありません。ホメロスの「イリアス」によれば、この神はトロイ戦争のときに戦場に出かけていってトロイ軍の先頭に立ち、大暴れしました。騒乱がうれしくて戦場でおおいにはしゃいでいたのです。
  この様子を見ていたギリシャびいきの母親ヘラが父神ゼウスにいいました。「あれ、あの子はあんなふうに人間たちのところで大暴れして、あんなに人間たちを殺していいものでしょうか」するとゼウスは「娘のアテネをやって止めさせたらいいだろう」といいました。アテネ神は地上に降りてくると、ギリシャ軍の勇者ディオメデスをけしかけてマルスに立ち向かわせました。ディオメデスは、マルスに突きかかってこの神に手傷を負わせました。マルスは神様ですから死にはしませんが、このときは痛さにたまりかねて大声で叫び、あわてて天上に逃げ帰り、傷をおさえてべそをかき、ゼウスに叱られました。

 紀元前の詩人ホメロスは「戦の神」といって恐れられている神も、そのじつ案外いくじがないということを物語の中で示しているわけです。日頃強がりをいったり、何かというと喧嘩腰になるような人々が、実際にはいくじのない臆病者だったり、弱虫だったりする、ということです。 アランは時中の「強がりをいう弱虫」の存在を見逃しませんでした。「私は弱虫を恐れる」とアランはいいました。この「弱虫」を私は二種類に分けて考えます。その一つは文字通りいくじのない臆病者のことです。もう一つは社会的な弱者です。
  意気地のない人は、いつもびくびくしています。なにかと虚勢を張ります。限界的な状況がやってきたり、パニックが生じると平常心を保てなくなります。そしてついには「戦争だ!」と叫び出してしまうのです。アランがいっている弱虫は、自分自身を制御できなくなり、パニックに向かって、無責任に世論を動かすような人、しかもそれなりの発言力を持った弱虫のことをいっているのです。

 アランは特権的な弱虫を指弾しました。たとえばアカデミー会員の学者たちや芸術家たち、聖職たち・・。「アカデミー会員たちよ。兵士が崇高な戦死を遂げたからといって、諸君たちと手を取り合って喜べというのか。否。私は倒れる兵士と拍手喝采する弱虫を区別するだけの判断力は断固として守ってきた」。 
  「西部戦線異常なし」の中では、主人公パウルが短い休暇で故郷に帰ってくると、故郷にいる学校の先生や会社の社長連が、カフェでパウルを囲んで戦争談義をはじめます。「・・それから今度はフランスのどの辺をぶち破るべきか、ということを説明しはじめて、その話のあいだに僕の方をむいて、『君らももちっと、いつまでも持久戦ばっかりやっていないで、少しは前へ進むことだ。そうして敵の奴らをさっさと薙ぎ倒してくれたまえ。そうすゃ、すぐ平和だ』」。
  アランがもし一兵士として従軍しなかったら、こんな戦争論議を交わす人々の群の中に自分を見出していたかもしれません。もちろんアランのことですから好戦的な発言などしなかったでしょうが、しかし傍観者としての評論、戦場を知らない人に特有の、無責任な発言をすることになったでしょう。だからアランはこういったのです。「老婆が若い娘の踊りに合わせるように、彼らをいっそう興奮させるためにシンバルを叩くのはよろしくない」。

 アランの結論は次の通りでした。「ただ、人間のみ。これ以上偉大なものは他に存在しない」「一個の人間を祖国の枠のなかに閉じこめてしまうことは、事実を否定することである。我々は人類によって人間となるのであり、それまでは動物なのである」。私たちはどこかの国の国民である前に、「人類」という種族の一人なのだ、人間の中にはあらゆる可能性が秘められている、人間以上に大切なものはないのだ、これがアランの主張でした。
  しかし各人の中には、戦争好きのマルスが巣食っています。だからこそ各人の自分自身に対する監督責任、情念の統御責任が問われるのです。「正義、文明、祖国、試練、犠牲などという彼らの思想は、すべてその根源までさかのぼると、ただひとつ、意志する決意に帰着する」とアランはいいます。
  その意思、決意が目指さなければならないのは、自己統御、これに尽きます。私たちは良識を持って自己統御できるかぎり平和を保持でき、自己統御できなければ争いを起こします。争いはまず自分の内部で発生する、とアランは考えているのです。「他人と平和を結ぶとは、プラトンの願ったように、まず自分自身と平和を結ぶことである」。

 
   
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