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聖書の金銭感覚
 
第5章 ヨブ記が意味するもの

王国の崩壊
旧約聖書の初期における人々の金銭感覚は、おしなべて素朴で、おおらかなものでした。人々の間に家柄の優劣や資産額の優劣はありましたが、差は大きなものではありませんでした。たとえば、リーダーが「金の子牛像を作るから、みんな持っている金の指輪や耳輪を供出しなさい」というと、全員がこれに素直に従うという具合でした。
しかし時代が進むにつれて人々の個性が顕著になり、各人の金銭感覚が多様になり、貧富の差が拡大しました。マネジメント力の差は、ますます富の差を広げました。民族の集団はいつしか「国家」となり、王が誕生しました。そしてダビデやソロモンの富に象徴されるように、軍事力と政治力を背景とした資本の集約が進みました。
この当時、富を得るための手段が三つありました。それは農業と商業と戦争です。農業は牧畜や耕作に精を出して生産物、収穫物を増大させる方法です。大部分の人々はこの仕事に従事していました。多くの人々にとっては金銀などの貨幣よりも、牛や羊などの家畜のほうが身近な「富」を意味していました。これは労働と大地によって付加価値を確保する方法でした。

第二の方法は通商、貿易をおこなうことでした。これは各地の生産物を他の地方に船や動物を使って移動し、交換によって付加価値を得る方法です。ソロモン王の時代、シルクロードは開かれ、フェニキア人たちの船が地中海を往来していました。そして各地の市場では生産物が物と物で、あるいは金銀を媒介にして交換されていました。
第三の方法は戦争でした。これは他国に攻め入ってその地を占拠し、あるいはそこにある資源を略奪すること、そして、侵略した国から朝貢を取り立てるという方法です。
現代人から見れば戦争は野蛮ですが、古代人にとって勇気を必要とする付加価値生産の手段でした。世界システム、広域システムという観点から、戦争が付加価値を生み出すことにはならないという事実が昔の人々には知られていませんでした。平和のありがたさは彼らにただ漠然と知られていただけです。

旧約聖書によれば、イスラエルの民が「自分たちにも王様が欲しい」といいだしたとき、預言者は人々に警告を与えました。「王を立てれば、その王は暴君になり、人民はいいようにこき使われるだけだ」というのですが、人々は警告に従いませんでした(サムエル記上8)。というのも、人々は他国の侵略から身を守るため組織とリーダーを必要としたからでした。
イスラエル人は初代の王としてサウルを立てました。ついでダビデが王となり、その息子ソロモン王の時代にもっとも経済的に繁栄しました。ここまでは王制を指向した人々のねらいが的中しました。しかしソロモン王がなくなると国家は次第に瓦解し始めました。
ソロモンが没した紀元前九二二年、王国はユダ王国とイスラエル王国とに分裂してしまいました。そして前七二二年になると、イスラエル王国はサマリア陥落とともに消滅しました。そして前五八六年にはバビロンの王、ネブカドネザル王の攻撃を受けてユダ王国の首都エルサレムも陥落し、ここから「バビロン捕囚」の時代がはじまりました。

「バビロン捕囚」とは、当時エルサレムにいた人々が戦争に負け、とくに上層部の人々が捕虜になり、遠くバビロンまで連れ去られた史実を指しています。彼ら(多くは子孫)は四十年後に開放されてエルサレムに戻り、神殿の再建をおこないますが、昔のような立派な国家の体裁を取り戻すことはできませんでした。
敗戦後エルサレムとその周辺にとどまったユダヤ人たちもいましたが、多くのユダヤ人とその子孫が各地に離散し、先々でユダヤの宗教と文化を守りながら生きてゆくことになります。

 

徳は利益を約束しない
旧約聖書の中でもとくに異彩を放っている章に「ヨブ記」があります。ここで記述されている時代は、おそらく「バビロン捕囚」の前後と考えられます。ヨブ記が書かれた時期について、高輪教会の長津先生は「バビロン捕囚の後である」といっておられます。
ヨブ記は、地方に在住する素封家で信仰厚いヨブという男性が――、この人物は純粋なユダヤ人ではなかったそうですが――いわれなく神の試練にかけられるという話です。
この話は、神とサタンが賭けをして、ヨブの信仰が本物かどうかを試す、というふざけた設定になっています。すなわち、ヨブが極限的な病苦と貧困の中にあっても、神への信仰を捨てないかどうか、テストしてみようということになるのです。神様も、やすやすとサタンの挑発に乗ってこのゲームをはじめるのですから、困ったものです。

ヨブが出会った境遇は、おそらくユダヤ民族が近隣の国々から侵略され、本人に何の罪もないのに、平和な生活が突然の不幸に見舞われる、という一般的な状況の、寓話的な解釈、あるいは象徴でしょう。ヨブは死にはしないものの、財産を奪われ、ひどい病気にかかります。彼の皮膚は膿みただれ、肉はこそげ落ちて、見るも無残な状態になります。
律法によれば、このように体に障害のある人は、神聖な場所に近づくことを許されません。当然仲間からも隔離されます。彼は家族にも見捨てられ、瀕死の状態で生き続けますが、そこへ友人が入れ替わり立ちかわりやってきて、彼にお説教や忠告をします。ヨブ記は大半が友人のお説教と、これに対するヨブの反論という形式でできています。
苦痛のどん底にあるヨブは断固として、自分は神になにひとつ罰を受けるような悪いことをしていないと主張します。彼は次のようにいいます。

「わたしが黄金を頼みとし
純金があれば安心だと思い
財宝の多いことを喜び
自分の力が強大だと思ったことは、決してない(ヨブ記31-24)。
  ・・
わたしの畑がわたしに対して叫び声をあげ、
その畝が泣き
わたしが金を払わずに収穫を奪って食べ
持ち主を死に至らしめたことは、決してない。
もしあるというなら
小麦の代わりに茨が生え
大麦の代わりに雑草が生えてもよい(ヨブ記31-38.39.40)」。

これらのことから、地主だったヨブが、「自分は小作人を収奪したこともなければ、金銭に執着して経済力を誇ったこともない」といっていることが分かります。またこの文脈から、「富は大切なものだが、それに恃みすぎ、執着し、金銭の力を誇ることはよくない」という当時の金銭感覚が読み取れます。
たとえ金持ちでも慈悲深くなければならず、どんな不正もしてはならないということ、たとえまともに稼いだ金でも、これに依存しすぎるのは悪であるという倫理観が、それが日常的に実践されていたかどうかは別として、一つの常識であったことが分かります。
「ヨブ記」では神とサタンは同盟してヨブを苦しめているのですが、その苦痛の一つはヨブから経済力を奪うというやり方によっています。この物語では、神は最終的にはヨブを許し、以前のように金持ちにしてくれるのですから、経済的に潤うことは神に祝福されることだ、という図式が明確です。どんな神様も「ご利益」と関係がありますが、旧約聖書の神も、人間がそれによっておごり高ぶらないという条件つきで、経済力をご利益として与えます。

神が経済力を人間に対するご利益と考えていることは、ダビデやソロモンのケースでも明らかですが、「イザヤ書」でも次のように明確に語られています。

「そのとき、あなたは畏れつつも喜びに輝き
おののきつつも心は晴れやかになる
海からの宝があなたに送られ
国々の富はあなたのもとに集まる。
らくだの大群
ミディアンとエファの若いらくだが
あなたのもとに押し寄せる。
シェバの人々は皆、黄金と乳香を携えて来る(イザヤ書60-5.6)」。

もしも神の考える人間の幸福が、かりに経済的な富とまったく無縁なら、「ヨブ記」は書かれなかったでしょうし、上記のような「イザヤ書」の記述もなかったでしょう。
要するに旧約聖書における神は、彼の民族に徹底して自分に対する忠誠を求め、条件が満たされたとき富を与えることになります。もっとも人間は神の助けなしでも経済力を得ることができます。しかしその場合の経済力は、神の目から見ると不浄、不正であり、いずれは神の庇護を失って散逸するものです。
この時代までの民族にとって経済力は、「知恵」「力」と並んで神の重要な恩寵の一部、あるいは神のご利益の中心部分をなしていたと考えていいでしょう。それにまた「知恵」や「力」も経済力に結びつかなければ意味がないのですから、経済力はご利益のうちでも、もっとも重要なものだったのでしょう。

フランスの哲学者アランはヨブ記について次のように述べました。「アブラハムの犠牲と『ヨブ記』は砂漠の詩篇である」「『ヨブ記』の精神からすれば、試練は専断のものであり、徳はなにごとも約束しない」「けだし、砂漠の神の前では人はみな無であり、チリであるがゆえである」。
アランは旧約聖書に見られる残酷なまでの不条理、とくにヨブ記における不条理を、旧約聖書の舞台である砂漠という自然環境との関係でとらえました。彼は「この物語は、自然は徹底して気まぐれで、過酷であり、たとえ本人がどんなに徳を積んでいたとしても、過酷な自然を前にして救済の保証はないというメッセージである」と解釈したのです。
私はヨブ記における神の概念は、人々の金銭感覚の変化、それもシビアな変化を象徴していると考えます。なるほどアランがいうように、旧約聖書の一つの舞台は砂漠です。しかし彼らは肥沃な三日月型地帯を目指してやってきました。神は、ここを「約束の地」と呼び、「乳と蜜の流れる地」とも形容しました。

けれど人々がここで体験したものは、熾烈な民族間の生存競争でした。なるほど肥えた土地もあったかもしれませんが、この地域は他民族との関係をうまくマネジメントし、同時に軍事力にモノをいわせなければならないという、たいへん剣呑な土地でもあったのです。ダビデとソロモンはすぐれたリーダーでしたから、この点でイスラエルの民は成功しました。
しかしすぐれたリーダーを失って内乱が起こるようになっては、国家の繁栄を維持することはできません。そうでなくても彼らは排他的な宗教と習慣のために、日ごろ周囲の民族の不快感を買っているのですから、イスラエル統一国家が崩壊するのは時間の問題でした。人々の生活は極度に危険なものとなり、不安定なものとなりました。
こうした、安全保証のない生活の中で生まれる金銭感覚とはどのようなものでしょうか。それは「いつ何があってもおかしくない」というものではないでしょうか。そのことは、「たとえ人が正しく、勤勉でも神様はご利益を約束しない」というものではないでしょうか。

神はこれまでご利益を約束しつつ忠誠を誓わせてきたそのやり方を、変えなければならなくなりました。神は方針を転換し、教義をより精神的なものにしました。それは「たとえ本人がどんなに徳を積んでいたとしても現世的な救済は約束しない」「真の救済とは精神の救済であり、金銭的利益ではないはずだ」というものでした。
このコンセプトは、やがてイエスの徹底したストイシズムへと受け継がれるのですが、ヨブの時代にはまだ「金銭的ご利益」と神への忠誠との関係が、まったく途切れてしまったわけではなく、混在状態にあります。本人の心がけが神に賞され、ご利益を得ることもあります。しかし努力しても報いられない場合もあります。どうするかは神の、まったくの自由裁量に属します。

 
 

勤勉の奨励
旧約聖書には「箴言」と呼ばれる独立した章があります。ここには、過去の知恵ある人物の知恵の凝縮ともいえる「語録」が収録されており、旧約聖書における人間的思想が集められています。この中から、金銭にかかわる「箴言」をひろってみます。

「知恵によって得るものは 銀によって得るものにまさり
彼女によって収穫するものは金にまさる
真珠よりも貴く どのような財宝もくらべることはできない
右の手には長寿を 左の手には富と名誉をもっている
彼女の道は喜ばしく 平和のうちにたどって行くことができる(箴言3-14〜17)」

ここでは知恵が讃美されています。「彼女」とあるのは「知恵」のことでしょう。ギリシャ神話における知恵の化身も「アテネ」という女神ですから、同じような感覚でとらえておくことにしましょう。ここでは知恵が「長寿と富と名誉、それに幸福と平和」をもたらす源泉として定義されています。どんな富でも「富」だけでは「知恵」にはかなわないものとされます。
また格言集には次のような一節があります。

「怠け者よ、蟻のところへ行って見よ。
その道を見て、知恵を得よ。
蟻には首領もなく、指揮官も支配者もいないが
夏の間にパンを備え、刈り入れ時に食料を集める
怠け者よ、いつまで横になっているのか
いつ、眠りから起き上がるのか
しばらく眠り、しばらくまどろみ
しばらく手をこまねいて、また横になる
貧乏は盗賊のように
欠乏は盾を持つ者のように襲う(箴言6-6〜11)」

ここではイソップの物語のように、蟻の勤勉さが好ましい行動のあり方として示され、怠け=眠りとして描かれています。「しばらく眠り、しばらくまどろみ しばらく手をこまねいて、また横になる」という表現には、妙なリアリティがありますね。わが国にも「かせぐに追いつく貧乏なし」という格言がありますが、ここでも怠けていると、確実に貧乏が襲ってくると予告されています。
「箴言」の章には、短い文章で成り立っている「格言集」という作品が含まれています。ここにはたとえば、「不正による富は頼りにならない 慈善は死から救う(箴言10-2)」とか「主に従う人を飢えさせられることはない。逆らうものの欲望は退けられる(箴言10-3)」といった短い文章が数多く収録されています。これらの中から当時の人々の金銭感覚を示す格言をひろってみます。

1.「手のひらに欺きがあれば貧乏になる勤勉な人の手は富をもたらす(箴言10-4)」
2.「夏のうちに借り入れるのは成功をもたらす子刈り入れ時に眠るのは恥をもたらす子(箴言10-5)」
3.「金持ちの財産は彼の砦弱い人に貧乏は破滅(箴言10-15)」
4.「富に依存するものは倒れる神に従うものは木の葉のように茂る(箴言11-28)」

 
 

金はなくても心は豊か
上記の1と2は勤勉の奨励ですが、3と4とは互いに矛盾しているようにも見えます。4の「木の葉のように茂る」とは、子孫が発展することでしょうが、当然経済的発展も含まれているはずです。そこで3と4を矛盾なく解釈するなら、「神を忘れて富だけに依存すればいつかは倒れるが、神に従いつつ富を得れば、それは砦となる」ということになるでしょう。また格言には次のような一群があります。

1.「貧しい人の一生は災いが多いが心が朗らかなら、つねに宴会にひとしい(箴言15-15)」。
2.「財宝を多く持って恐怖のうちにあるよりは貧しくても主を畏れる方がよい(箴言15-16)」。
3.「肥えた牛を食べて憎み合うよりは青菜の食事で愛し合うほうがよい(箴言15-17)」。
4.「稼ぎが多くても正義に反するよりは僅かなものでも恵みの業をする方が幸い(箴言16-8)」。

これは「金はなくとも心は豊か」という、今日でも普遍的に通用する常識ですが、旧約聖書でこの概念がはっきり示されるのは、この「格言」が最初です。このことから私たちは、次のような経済的価値観の序列が成立したことを知ります。

1.もっとも好ましいのは、神に祝福され、その結果として富を享受すること。
2.次に好ましいのは、たとえ貧乏でも神の庇護のもとに幸福であること。
3.たとえ富を持っていても、神と無縁であるために未来において破滅する可能性があること。
4.神に見放されて、破滅し、富を失うこと。

このような価値観の序列ができたのは、たとえ神を敬い模範的に生活していたとしても、社会的に富を享受できる可能性が少なくなったことを意味しています。ヨブのケースがその典型でしょう。ちなみに次のような一節があります。

「金持ちと貧乏人が出会う。
神はそのどちらも造られた(箴言22-2)」。

この一句は苦しいところです。なぜならその両者が存在することはたしかなのですから。そしていくら「主を畏れて身を低くすれば 富も名誉もしたがってついてくる(箴言22-4)」とはいっても、必ずしもそうでないことが分かってきました。信仰とご利益との関係が直線的に結びつかないことが誰の目にも明白になってきたのです。そこで人々の信仰を管理する指導者たちは、新しい「幸福の項」を設定しなければならなくなりました。
しかし貧者が救われる道が設定されたとはいっても、貧者が愚かさや怠惰のために貧困であることについては、きびしい批判がおこなわれています。たとえば「財産は友の数を増す。弱者は友から引き離される(箴言19-4)」という格言は、人々にとって何よりも財産の確保が優先することを物語っています。
しかし「仕事に手抜きをするものは それを破壊するものの兄弟だ(箴言18-9)」「怠け者は自分の欲望に殺される。彼の手が働くことを拒むからだ(箴言21-25)」「怠け者は欲望をもっても何も得られず 勤勉な人は望めば豊かに満たされる」というように、勤勉で良質な労働が富の源泉であることが明確にされています。「箴言」中の「賢者の言葉」の中には、さらに複雑な条件があらわれるようになります。

1.手を打って誓うな。負債の保証をするな(箴言22-26)。
2.償うための物があなたになければ
敷いている寝床までも取り上げられるであろう(箴言22-27)。
3.富を得ようとして労するな
分別をもってやめておくがいい(箴言23-4)。

ここに示されているのは、それぞれ「1.保証人となることの危険」「2.担保物件を持つことの必要性」、そして「3.富を得ようとすることに対する警告」です。いずれも経済の側面から考えて防衛的なものであり、リスクマネジメントに属します。こうした考え方は、これまでの教えの中には存在しませんでした。
とくに、「3.富を得ようとして労するな、分別をもってやめておくがいい」に至っては、これまでの主張と明らかに矛盾するように見えます。この格言の真の意味は、「富は神に忠実で勤勉であることの結果として得られるものであって、富の獲得それ自体を目的として働いても、それはむなしいものだ」ということでしょう。しかし字面を見る限りは、「人生における経済的努力を一定の限度のところまでで止めなさい」といっているように受け取れます。そして、この格言はそう受け取られても意に介さないように作られています。
ユダヤの歴史において、自己実現=幸福は神への信仰とその当然の報いとしての富、名誉であったわけですが、次第に信仰と富は分離し、ここにきていたずらに富を求めることは、多くの場合幸福にとって障害である、という一般法則が定立されるに至りました。しかも手元にある多少の富も、人生享受の手段であるよりは、自己防衛の手段としての色彩が濃くなります。社会が次第にすさみ、人々の活動環境がシビアになってきたことが察しられます。

 
 

ニヒリズムへの到達
このような、金銭に関する防衛的で悲観的なものの考え方は、ついには、財産を持ってもそれは所詮むなしいものであり、財を持つことがそれ自体では無価値である、という図式に次第に近づきます。ちなみに「格言」には次のような句があります。

1.財産はとこしえに永らえるものではなく冠も代々に伝わるものではない(箴言27-24)。
2.金持ちは自分を賢いと思い込む弱くても分別のある人は彼を見抜く(箴言28-11)。

また同じく「箴言」の中の「アグルの言葉」の中には次のような神への祈願のフレーズが現れます。

二つのことをあなたにお願いします。
私が死ぬまで、それを拒まないでください。
むなしいもの、偽りの言葉を
わたしから遠ざけてください。
貧しくもせず、金持ちにもせず、
私のために定められたパンで
わたしを養ってください(箴言30-7.8)。

これは、ある意味では現代人の「中庸」の思想に通じるものです。「私のために定められたパンで、わたしを養ってください」という考え方は、何かサラリーマン的です。ここには希望を捨てた人々の憂愁感がただよっています。
「貧しくもせず、金持ちにもせず」という概念は、「ブレーク・イーブン」、すなわち損益分岐点の思想です。少しでも経済活動を主体的におこなった人なら、損益分岐点を維持して活動などけっしてできないことが分かるはずです。ビジネスにおいては、利益はプラスかマイナスかどちらかなのです。したがって、「貧しくもせず、金持ちにもせず」という発想は、ビジネスの主体者であることを放棄した、奴隷の発想です。
この憂愁感、そして絶望感は「箴言」の次に位置する「コヘレトの言葉」の章でその極に達します。この章は何しろ次のように始まっているのです。

エルサレムの王、ダビデの子、コヘレトの言葉。
コヘレトは言う。
なんという空しさ。
なんという空しさ。すべては空しい(コヘレトの言葉1-1.2)。

聖書を文字通りに読むと、コヘレトはダビデの子供の一人として、ありあまる富を享受し、自分の体験と知識からして、「すべては空しい」という悟りを得た人であるように思われます。かりにそうだとすれば、コヘレトの時代はソロモンの時代に重なるはずですから、世の中は最高の経済的発展を享受していたはずです。しかしコヘレトの感受性豊かな心は、早くも次にやってくる憂愁と絶望の時代を先取りしていることになります。
コヘレトがどのような人物だったのかを、専門家にお聞きしてみますと、「コヘレト=コーヘレス」の語源はヘブライ語の「集会」という意味であり、「コヘレトの言葉」は「集会で語られた言葉」いう意味になるそうです。多くの人はソロモンその人が著者だったのではないかと考えたそうです。いずれにしても、著者のプロフィルはナゾに包まれています。
私は勝手に、賢者コヘレトがソロモンの異母兄弟の一人であったという空想を楽しむことにします。さて、「コヘレトの言葉」の中に次のような一節があります。

財産が増せば それを食うものの数も増す
持ち主は眺めているばかりで何の得もない(コヘレトの言葉5-10)

自分が食べる分以上の収入を持っている人は、その富を行使しようとするとき、結局贅沢をすることになります。自分の身の回りに何人もの使用人を置き、金を払い、その使用人にも食べさせます。金持ちのまわりには食客が集まります。どんなにたくさんのご馳走をテーブルの上に並べても、主人ひとりで十人分も食べるわけにはいきません。それらのご馳走を食べるのは他人です。
だとすれば、「金持ちになる」とは一体どういうことでしょうか。自分が自分でできることまで他人まかせにして、その他人を食べさせ、食卓に他人を呼んでその人たちに食べさせることだったのでしょうか。賢者コヘレトは、繁栄のさなかにあってこの原理を鋭く見抜きました。またコヘレトは、富の配分に関する神の気まぐれにも気づきました。
「太陽の下に、次のような不幸があって、人間を大きく支配しているのをわたしは見た。ある人に神は富、財宝、名誉を与え、この人の望むところは何ひとつ欠けていなかった。しかし神は、彼自身がそれを享受することを許されなかったので、他人がそれを得ることになった(コヘレトの言葉6-1.2)」。

この場合、富と名誉を与えられた人物には、何らの欠点がなかったのに、神はこの人物から一切を剥奪したというのです。病気で早死にしたのか、暗殺されたのか、襲撃されたのか分かりませんが、いずれにしても彼が享受するはずであった富は他人の手にわたりました。このケースもヨブのそれに酷似しています。単純な信仰とご利益の関係は崩れ、不条理が支配しています。そこでコヘレトは「人生は空しい、一切が空しい」と結論するに至ったのです。
ソロモン王以降のユダヤ人の歴史は変化と苦難の歴史でした。内紛で国が分裂したことはもちろん、その後も内紛が続きましたし、周囲のシリア、アッシリア、バビロニアなどの国々からの外圧も受けました。そうした時代の暗さを「イザヤ書」「エレミヤ書」が表現しています。
イザヤもエレミヤも記録とともに残る高名な預言者ですが、「イザヤ書」に記されている史実が二〇〇年以上にわたることから、何人かの著者が記述したものが「イザヤ書」のタイトルのもとに集合されたと考えられています。

これに対して「エレミヤ書」のエレミヤは、四十年以上にわたって活躍した一人の預言者です。彼の記述はおもにエルサレムがネブカドネザル王によって侵略され、多くのユダヤ人がバビロンに連行され捕囚となった事件をめぐっての記述が中心となっています。
これらの預言者は、ユダヤ民族に民族の運命を予告し、警告し、人々に行動の指針を与えました。これらの預言者たちの言葉を読んでみましょう。「イザヤ書」の中に「高ぶる者に対する審判」と題する次のような記述があります。

あなたはご自身の民、ヤコブの家を捨てられた。
この民がペリシテ人のように
当方の占い師と魔術師を国に満たし
異国の子らと手を結んだからだ。
この国は銀と金とに満たされ
財宝には限りがない。
この国は軍馬に満たされ
戦車には限りがない。
この国は偶像に満たされ
手の業、指の造った物にひれ伏す。
人間が卑しめられ、人はだれも低くされる。
彼らをお赦しにならぬように(イザヤ書2-7〜9)。

また「御言葉の力」と題する次のような記述があります。

渇きを覚えている者は皆、水のところに来るがよい。
銀を持たない者も来るがよい。
穀物を求めて、食べよ。
来て、銀を払うことなく穀物を求め、
値を払うことなく、ぶどう酒と乳を得よ。
なぜ、糧にならぬもののために銀を量って払い
飢えを満たされぬもののために労するのか。
私に聞き従えば
よいものを食べることができる
あなたたちの魂はその豊かさを楽しむであろう(イザヤ書55-1.2)。

これらの記述に見られるのは、現世的な価値の否定と、純粋な信仰の要求、魂の救済に関する指導理念です。「高ぶる者に対する審判」では、イスラエル人が、彼らの神を捨ててペリシテ人の習慣と信仰を受け入れ、その結果経済的に繁栄していることが非難されています。ここには異教を導入、そしてついには異教にご利益を期待した人々に対する批判です。
こうして国を失った民族は、金銭に関してペシミスティックな現実の中を生きてゆくことになります。私たちは、一見絶対的で不変に見える宗教的な指導理念が、けっして固定的なものではなく、社会の変化と経済変化を敏感に反映しながら変化してゆくことを知りました。宗教的理念は人々の金銭感覚を指導しますが、金銭感覚は社会的変化を反映し、その金銭感覚は宗教的理念さえも変化させていたのです。

 
   
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