トップエッセイ音楽作品アラン経営関連リンク
 
聖書の金銭感覚
 
第6章 個別のサバイバルへ

なぜ偶像をあがめたのか
もう一度、「どうして彼らは偶像を崇めたのか」を考えましょう。イスラエルの民は、せっかく神によってエジプトから救い出され、彼ら固有の国土を取るように指導を受け、すばらしい法律までも与えられたのに、幾度も近隣の異教の誘惑に負け、異教を導入しました。どうしてでしょうか?
それは彼らにとって近隣諸国とのビジネス、文化面での交流が不可避だったからだと私は考えます。近隣諸国との力関係からして、周囲の影響を受けざるを得なかったのです。考慮しなければならないのは経済のクローズド・システムとオープン・システムのせめぎあいです。
かつての日本のように孤立した国では、かろうじて「鎖国」による経済のクローズド・システムが可能でしたが、地続きの中東地方地方では無理です。それに国際的な交流こそが商業的な付加価値の源泉なのですから、近隣諸国と交流せざるを得ません。しかし神は排他的でした。

イスラエルの人々から見た場合、異教徒が経済的に繁栄しているということは不思議です。何しろ彼らは宗教的に野蛮な連中なのですから。ところがその連中が「偶像崇拝」などという愚かなことをやっているにもかかわらず、自分たちよりも繁栄し、強大で、幸福そうに見えます。
この感情を端的に表現しているのが「イザヤ書」における「高ぶる者に対する審判」の一節でしょう。この一節からわかることは、この民族の一部がすでに異教の文化、宗教を受け入れ、その結果として経済的に繁栄しているという事実です。
この経済的発展は、本来の神からすれば、「偽りの繁栄」であり、人々が陥っているのは「金銭崇拝」「物神崇拝」という唾棄すべき現実です。このような偽りの繁栄は長続きしてはならないので、「神はいずれ、おごれる人々をきびしく罰する」といわざるを得ません。

もう一度、「列王記」「歴代誌」を、角度を変えて読んでみます。イスラエル、ユダの両王国において、評判の悪い指導者たちがいます。これらの指導者に共通しているのは、いずれもモーゼの律法にそむいて他民族におもねり、異教の神を導入し、偶像を作り、これを礼拝したという点です。これらの王たちは旧約聖書の中では徹底して「悪者」として描かれています。
実際、これらの王族の幾人かは実際に人徳がなく、手のつけられない暴君でした。たとえばアタリアのような、自己中心的で残忍な人物がいたことはわかっています。彼らの幾人かは実際に民衆を過酷に取り扱い、搾取したのでしょう。あるいは無定見でリーダーとしての資質に欠けていたのでしょう。
しかし別のタイプのリーダーがいたかもしれません。すなわちご利益のない自分たちの神に見切りをつけて、ご利益を与えてくれる神を選択したリーダーが。あるいは自分たちの神に積極的に不敬を働く気はないけれど、国際交流をおしすすめるために、近隣諸国との友好のあかしとして、他国の風習を取り入れたリーダーがいたかもしれません。

もっとさしせまった問題があったとも考えられます。たとえば、力のある隣国に朝貢を出さねばならず、彼らの政策に妥協して、侵略や暴力を免れる必要があったのかもしれません。ユダ王国のヒゼキア王は、アッシリアの武力の前に課金と土地を取られました。彼の時代にエルサレムが危機一髪のところで征服されなかったのは、ほんの偶然のことにすぎません。
人々が、あの地方で生き延びてゆくために、本当はモンロー主義を捨てなければならなかったのかもしれません。げんに民衆レベルでは、異民族との交流があり、姻戚関係が発生していたのです。それにソロモン王自身が他国からの妃、側女を多く持つという、立派な国際化のお手本を示していたではありませんか。

 

自国の文化を捨てれば繁栄する
今日の世界を見てみましょう。経済的に発展している国は、自国の文化や伝統にさほどこだわらず、海外から流入してくる異文化を受け入れ、これを消化しようとしている国です。日本がそのいい例です。日本は、戦後西欧の文化、文明を心から積極的に受け入れることで国際社会の一員として活動できるようになりました。
今後の日本人にとって、経済発展の最大の障害はおおかたの日本人が英語を話せないことだといわれます。これは裏を返せば、日本人が日本語を捨てて英語を公用語として採用すれば、もっと発展することが確実だということなのです。
ちなみに共産圏諸国が、自由主義体制に移行したとき、その国でまっ先にロックを聴き、ディスコで踊ったのは若者たちでした。この若者たちが国の消費経済を引っ張ったのです。こうしてみると、自国の文化と伝統をあくまでも守ろうとする考え方と経済的発展とは、あい入れないと考えていいでしょう。

最近アフガニスタンのタリバンが、仏教遺跡を破壊するという決定を実行し、国際世論の非難にさらされました。彼らは自分たちの宗教的信条に従って行動したのですが、遺跡の価値判断は別として、タリバンはおそらく経済的なツケを払うことになるでしょう。宗教的な純粋性を維持しようとすれば、国際的な交流と経済発展をあきらめなければなりません。
かつてのイスラエル国、ユダ国の指導者たちも、同じような立場に立たされたのではないでしょうか。そこで異民族との交流の必要性を感じた進歩的な指導者が、積極的に、あるいは外交上の必要に迫られて外国の宗教や風習を取り入れました。ところが旧約聖書においては、彼らは徹底した悪人であり、彼らこそが国を滅ぼした原因として描かれています。ちなみにイザヤは次のようにいいます。

「天よ聞け、地よ耳を傾けよ、主が語られる。
私は子らを育てて大きくした
しかし、彼らはわたしに背いた。
牛は飼い主を知り
ろばは主人の飼い葉桶を知っている。
しかし、イスラエルは知らず
わたしの民は見分けない。
災いだ、罪を犯す国、咎の重い民
悪をおこなうものの子孫、堕落した子らは(イザヤ書1-1.2)」。

また預言者エレミヤは次のように嘆きます。

「祭司たちも尋ねなかった。
『主はどこにおられるのか』と。
律法を教える人たちはわたしを理解せず
指導者たちはわたしに背き
預言者たちはバアルによって予言し
助けにならぬものの後を追った。
それゆえ、わたしはお前たちを
あらためて告発し
また、お前たちの子孫と争うと
主は言われる(エレミア書2-8.9)」。

ごらんのような、徹底した排他主義、民族純粋主義、他民族を利用はするが敵視し、取引はするが対等視はしないという宗教の指導理論が、結局地域における孤立と敗北、離散を招いたのではないでしょうか。
もっとも旧約聖書の中には、本来イスラエルとユダだけの神であるはずの神が、自民族に対する見せしめも含めて、近隣の諸国、アッシリアやバビロニアに配慮をしてやったり、彼らの味方をする様子が随所に描かれています。これは、生じてしまったことがらを、「神は過ちをしない」という観点から書こうとするさいに陥らざるを得ない循環論法です。
本来なら、神の決定を人間のつじつまに合わせて理解しようとすることが無理なのですが、聖書の書き手は「何とかつじつまを合わせたい」と努力し、その結果このようなおかしな説明をすることになったのだと理解できます。

経済の問題はいずれにしてもクローズドなものではありえず、民族内経済はいずれ地域経済に関係し、地域経済はいずれ世界経済に関係してゆくことは明らかだったのです。ユダヤの民の悲劇は、古い経済原理に固執した宗教概念が、人々の上にきわめて強く作用したことと無縁ではないでしょう。
宗教概念は、経済原理と調整がつきにくいのです。旧約の神は、「譲れないものは譲れない」としながらも、教義と現実を可能な限り調整してきました。しかしどうしても調整がつかない部分が残りました。結果として宗教は国家政策と分離せざるを得ませんでした。教義は各個人の生活を律するものとして、個々人の心の中に生きることになったのです。
ユダヤの民の宗教が国際的な展望を欠いたものであったとしても、この教義はやがてキリスト教によって一般化されるに及んで、世界中に広まる倫理観のベースになりました。だからこれを古代の一民族の考え方だ、といって片付けるわけには行きません。

それにまた世界各国で活動するユダヤ教徒の影響力、イスラエルという国を動かしているユダヤ教の厳格派、そのイスラエルを支持するアメリカという構造を描いてみれば、今日でもユダヤの教義を無視できないことが分かります。旧約の神は今日でも世界を動かす、しぶとい生命力を持っているといえるかもしれません。 
考えてみれば、世界の人々の精神に影響を与えるに至ったどの宗教も、富を無制限にたたえ金銭的なご利益だけを約束することはありません。むしろ、おごりを戒め、金銭の力に頼ることを禁じている点で共通しています。ですから、古代ユダヤ民族の中に見られた禁欲主義は、かなりドグマ的に見えても、普遍的な思想を内蔵していると考えていいでしょう。

 
 

ダニエルの予言
いましばらく旧約聖書の世界を跋渉しましょう。イスラエル王国が先に滅び、ユダ王国もまたいったん滅ぼされました。そのユダ王国を滅ぼしたバビロニア帝国は、やがてペルシャのキュロス王に滅ぼされました。
旧約聖書の中でもひときわ興味の深い「ダニエル書」は、ダニエルという才能のあるユダヤの預言者が少年時代にバビロニアのネブカドネツァル王ならびにベルシャツァル王に仕え、のちにペルシャのダリウス王のために予言をおこなったことを記しています。ダニエルという人物は紀元前六世紀の半ばから後半にかけて活躍したことが分かります。
あるとき、バビロニア最後の王ベルシャツァル王が千人の賓客を集めて宴会を開きました。彼はそのとき、よせばいいのに「わが王宮には、エルサレムを占領したときに、接収したソロモン王の祭具や金銀の杯がある。あれを皆さんにお見せし、それら金銀の杯で酒を酌み交わしていただこうではないか」といいだしました(ダニエル書5-2)。

彼は部下に命じてエルサレムから持ち出した神殿の金銀の祭具を持ってこさせました。そして、「どうです、美しいではありませんか」などといって、これを使って宴会をはじめました。宴席に連なっていた人も、「いやあ、これはみごとな細工ですな」「なんと立派な器でしょう」などといいながら酒を酌み交わしました。
そのとき異変が起こりました。宴会場に手の指だけがあらわれ、その指が王宮の白い壁に何やら文字を書き始めたのです(ダニエル書5-5)。これには陪席した人々も驚きましたが、ベルシャッテル王がいちばん肝をつぶしました。彼は不気味な手の指を恐れ、ついで壁に書かれた文字を読もうとしましたが、何と書いてあるのか誰にも読めません。
王は「直ちに、この文字を読める預言者や学者たちを呼べ」といって、文字を読めそうな人を呼び集めましたが、誰にも読めません。このときダニエルを推薦した人がいて、急遽ダニエルが召し出されました。彼は部屋に入ると、文字を読み、王にその意味を告げました。ダニエルは次のようにいいました。

「天の主に逆らって、その神殿の祭具を持ち出させ、あなたご自身も、貴族も、後宮の女たちも皆、それで飲みながら、金や銀、青銅、鉄、木や石で造った神々、見ることもできず、聞くこともできず、何も知らないその神々を、ほめたたえておられます。だが、あなたの命と行動の一切を手中に握っておられる神を畏れ敬おうとはなさらない。そのために神は、あの手を遣わして文字を書かせたのです。さて、書かれた文字はこうです。メネ、メネ、テケル、そしてパルシン。意味はこうです。メネは数えるということで、すなわち神はあなたの治世を数えて、それを終わらせられたのです。ケテルは量を計ることで、すなわち、あなたは秤にかけられ、不足と見られました。バルシンは分けるということで、すなわち、あなたの王国は二分されて、メディアとペルシャに与えられるのです(ダニエル書5-23〜28)」。

ベルシャツァル王は、その異変のあった夜に暗殺されました。

この物語が直接的に示しているのは、ユダヤの神を軽んじ、祭具をもてあそぶなどという不敬な行いをすれば、他国の王であろうとも神に罰せられるということです。このことは同時に、故国を離れたユダヤ人を彼らの神が見守っていて、その存在感を十分に示しているということでもあります。
この物語に関して、現在の私たちに参考になるのは、どんなに経済的に満ち足りていても、おごり高ぶって、「権力と経済力があれば、何をしてもいいと考えてはならない」「力をたのんで罰当たりなことをしてはならない」という、常識的な金銭感覚でしょう。
ダニエルは、知力と霊力を持ったユダヤの伝統的な預言者の一人であり、彼自身はどのような境遇に置かれても、ストイックに身を持しています。神はそのような人物の口を借りておごりのきわみにある人物に警告を与えています。このことは、自己をコントロールし、ストイックな立場を貫ける人だけが権力者や金持ちを裁けるというメッセージでもあります。

 
 

勇気づける神
旧約聖書はイスラエルとユダの両国が滅びても、彼らの神が健在であることを立証しなければなりませんでした。そこで聖書はユダヤ人の国以外の、近隣諸国の興亡も、彼らの神々の意志によるものであることを説明し、神がやがては彼らを救い出すことを約束する、という口調に変わります。たとえば「ゼカリヤ書」で、神は預言者ゼカリヤを通して次のように語ります。

ユダの家よ、イスラエルの家よ
あなたたちは、かつて諸国の間で呪いとなったが
今や私が救い出すので
あなたたちは祝福となる
恐れてはならない。勇気を出すがよい(ゼカリヤ書8-13)。

「ティルスは自分の砦を築き、塵のように銀を、野の土くれのように金を集めた。しかし、見よ、主はその町を陥れ、富を海に投げ込まれる。火は町を焼き尽くす。アシュケロンはそれを見て恐れ、ガザは大いにもだえ、エクロンも期待を裏切られられてうろたえる(ゼカリヤ書9-3〜5)」。
ここでは神は離散したユダヤ教徒を勇気づけ、異教徒たちをやっつけることを約束します。ユダヤ人たちが各地に離散し、それぞれの地域で独自の宗教を保持しながら生活するようになった時代、ユダヤ教徒たちがお互いに情報を交換したり、慰め、励ましあった記録が残されています。「知恵の書」「シラ書(集会の書)」「バルク書」「エレミヤの手紙」などが、こうした時代の記述に相当します。
私は、この時代のユダヤ人たちの経済感覚を知る手がかりが一番多く含まれているのは「シラ書」ではないかと考えます。たとえば、ここには次のような記述があります。

1.子よ、貧しい人の生活を脅かすな乞い求めるまなざしの人をじらすな(シラ書4-1)。
2.悩んで助けを求める人を拒むな貧しい人から顔をそむけるな(シラ書4-4)。
3.会堂では、人々から好意を持たれるようにせよ。権威ある者には、頭を低くせよ(シラ書4-7)

この記述の対象者となっている人は、明らかにどこかの国に移住して、その地域社会の一員となり、何とか自分の生活ができるようになったユダヤ教徒の同胞です。この人々は大成功しているわけではないけれど、何とか生活してまともに暮らせるようになっているようです。しかしまだ、生活が成り立たない同胞もおり、貧者の中には同郷人もいたと思われます。
そこで、シラ書は何とかまともな生活ができている人は、貧者に喜んで喜捨し、権力者に逆らわないで、目立たないように生活しなさい、と忠告しているわけです。たとえ商才を生かしてその地域で成功したとしても、財力をこれ見よがしに誇示しては危険です。そこで、次のような忠告が生まれます。

自分の財産を頼みとするな
「わたしは、何でも思いのままだ」と言うな(シラ書5-1)。
権力者と争うな。
彼の手に陥らないともかぎらない。
金持ちとけんかするな
彼は金にものをいわせ、お前に立ち向かわないともかぎらない。
黄金は多くの人を滅ぼし、
王たちの心を迷わせた(シラ書8-1)。

上記の一説は、ユダヤ人の中でも比較的成功した人に対する忠告でしょう。「黄金は多くの人を滅ぼし」とありますが、ここでいう「黄金」とは、げんにいま王の手元にある黄金のことではなく、ユダヤ教徒がかせいで手に入れた黄金のことです。「人を滅ぼす」というのは、ユダヤ教徒自身がその金の使い方を間違って自分の身を滅ぼすというのではなく、金を持っていると権力者に狙われ、滅ぼされるという意味です。だから「黄金は王たちの心を迷わせ」その結果として「多くの人を滅ぼした」となるのです。
栄枯盛衰をへて、ついには民族離散に至ったユダヤ教徒たちには、運命の過酷さがよく実感できます。彼らは次のように運命を分析します。

覇権は、民族から民族へと移り行く。
その原因は、不正と傲慢と富である。
(金銭欲の強い者こそ、もっとも不法な者だ。
彼は、まったく守銭奴になりきってしまう)(シラ書10-8)

おそらく聖書に「守銭奴」という言葉が出てくるのは、「シラ書」のこの部分がはじめてでしょう。やがて、ときとして「ユダヤ人」の代名詞のように用いられるこの概念が、この時代のユダヤ教徒には、富を求めて紛争の原因を作り出す他国の覇権者に向けられた言葉でした。また「シラ書」には、次のような注目すべき一節があります。

貧しい人は、その知恵によって尊ばれ、
金持ちは、その富によって尊ばれる。
貧しくても尊ばれる人は、富を得れば、
どれほど尊ばれるだろうか。
金持ちでも軽蔑される人は、貧しくなれば、
どれほど軽蔑されるだろうか(シラ書10-30.31)。

ここに見られる概念を図式化すると次のようになります。四象限のマトリクスを分割する軸は「金持ち−貧乏」であり、もう一方の軸は「尊敬される−軽蔑される」です。尊敬されるか軽蔑されるかのカギは知恵の有無にあります。この二つの軸で象限を区分すると、「尊敬される金持ち」「軽蔑される金持ち=金に関してだけ尊敬される」「尊敬される貧乏人」「軽蔑される貧乏人」の四種類の人種が可能になります。
ただしこの文脈では、金持ちは一般的にいって金に関してだけしか尊敬されず、真の尊敬は受けがたいものであることが前提されています。「軽蔑される貧乏人」のことは、金持ちが零落した場合についてしか説明されていませんが、貧乏人が軽蔑されるのは当然のこととされているのでしょう。だから、「貧しい人は、その知恵によって尊ばれ」というのは、実際がそうだというのではなく、「そうでなければならない」という意味でしょう。
この文章によると、人は「尊敬される金持ち」となることが可能であり、これが目指す理想であることが示されています。困難ではあるけれども可能であり、その困難を実現すべく努力しなければならないのです。

福音書のイエスは、「金持ちが天国に入ることは、らくだが針の穴を通るよりも難しい」といっていますが、「シラ書」では、それほど難しそうには見えません。「金持ち」と「知恵」との関係を不可能にしてしまってはならないのです。なぜならば、他国に逃げ、その一角で生き延びなければならない人々にとって、不確かではあったとしても、一応財産は身を守るための砦であり、財産を確保するにも、それを維持するにも才覚と知恵が必要だったからです。
だからこそ、「箴言」「知恵の書」「シラ書」が書かれ、結果としての財産よりも、それを生み出し、維持し、かりにそれを失ったときにでも自暴自棄に陥らないでいられるような知恵が奨励され、知恵の価値が繰り返し讃美されているわけです。
たとえば、「トビト記」に登場するトビトは、イスラエルのティスベからアッシリアのニネベの町に連行され、ここで才覚をあらわして金持ちになった商人です。この商人は信仰が厚く、しかも知恵があったので、金持ちになれただけでなく、神の配慮を受けることができました。すなわち彼は信義を重んじるいい友人に恵まれ、息子にはいい嫁をもらうことができました。また彼は持病を治してもらうこともできました。

「トビト記」のトビトは、「シラ書」でいう「貧しくても尊ばれる人は、富を得れば、どれほど尊ばれるだろうか」という理想の実例と考えていいでしょう。これらは異質な環境の中で賢明に生き長らえ、やがて来るはずの救済を待つ人々の思想へと昇華されることになります。
カントは、キリスト教徒がとかく「ユダヤ人=悪徳商人」のような先入観を持っていることを批判し、ユダヤ教徒たちの多くが商才を持っていることを認めてこう書きました。「彼らが宗教と言語において結合を持ちつつ全世界に散っていったことは、決してこの民族に下った呪詛に数えられるべきものではなく、むしろ祝福とみなされなければならない」。

 
   
←第5章へ 目次へ 第7章へ→
 
 
Copyright (C) 2006 Kunihiro Kato All Rights Reserved.