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聖書の金銭感覚
 
第7章 イエスの金銭思想

イエスの時代
旧約聖書はイエス以前のユダヤ教徒の歴史を、おおまかに時代を追って記述していますが、新約聖書はキリストの言動を伝えた「福音書」が中心です。ここからは新約聖書の中で、イエスが金銭についてどのように語り、行動したかを追ってみます。
紀元前四世紀から紀元開始ごろまでの間に、地中海沿岸の勢力分布が大きく変化しました。紀元前四世紀はじめ、中東の支配権を握っていたのはペルシャでした。紀元前五世紀のペルシャ戦争ではギリシャ勢の意気軒昂ぶりが示されましたが、それでも中東の覇者は依然としてペルシャでした。けれど前四世紀後半になると、マケドニアが台頭してきました。マケドニアのアレキサンダー大王はペルシャ帝国と戦い、これを滅ぼしました。
アレキサンダー大王はエジプト、パレスチナ地方、チグリス、ユーフラテス流域から西インド地方に至る広大な地域を征服しましたが、この遠征途上エルサレムにも入りました。大王はこのとき、ユダヤ教徒の習慣に関心と理解を示し、ユダヤ人にその習慣を維持することを許したといわれています。

大王が死ぬと、彼の王国は四つに分割されました。パレスチナ地方は、地理的関係からエジプトのプトレミー王朝と、シリアのセレウカス王朝のはざまに置かれ、しばしば争いの戦場になりましたが、最終的にはセレウカス王朝の支配下に入りました。
セレウカス朝はヘレニズムの影響を受け、ギリシャ神を公式の宗教としていましたので、ユダヤ教徒との間には宗教的な軋轢が生じました。マカベアのユダの例のように、ユダヤ教徒たちが武力決起し、まとまった勢力を見せたこともありますが、かつてのような独立国家を形成することはできませんでした。
紀元前六十三年、ローマの将軍ポンペイウスがやってきてエルサレムを占拠し、以後ローマ人たちがこの地域を支配するようになりました。ユダヤ人たちの抵抗と悲劇的な敗北の歴史は、ヨセフスの「ユダヤ戦史」に詳しく述べられています。

イエスが生まれた時代、この地方は、ローマの属州としてのシリア総督の管理下に置かれる一地方となっていました。そしてエルサレムを中心とする地域は、ローマの統治方針に沿って動くヘロデ王が治めていました。
宗主国であるローマ帝国は、ギリシャ起源のユピテルを主神として祀っていましたが、エルサレムの神殿は、依然としてユダヤ教徒たちの祭礼センターとして機能していました。ローマ側の目から見れば、ユダヤ教徒たちは奇妙にもかたくなな、一神教の異教徒集団、そのくせ政治的には内部統一を欠く、まとまりのない民族集団と映りました。ローマはユダヤ教をおおむね容認または放任していましたが、あまりにも敵対的なユダヤ教徒にはきびしく当たりました。
ユダヤ教徒が内部結束を欠いていたのは、優秀な指導者がいなかったせいもあるでしょうが、この民族の一人一人が妥協を知らない、強い個性の持ち主のためだったと思われます。それはある意味では、過酷な民族史の帰結かもしれません。この点について例のイザヤ・ペンダサンは「政治力のない民族」といって、絶望感を表明しています。

ユダヤ教徒の間では、一方に非常に排他的で先鋭的なユダヤ教徒、保守的で形式的なユダヤ教徒、それに現状を受け入れ何とか妥協的に生きようとする人々、あるいはむしろ進んでローマ的に生きようとする人々といった、人々の温度差が見られました。イエスが登場したのはこうした状況下でした。
先鋭的なユダヤ教徒から見れば、進んでローマよりの姿勢を示そうとする人々は許しがたい「変節者」と映りました。そこで一部のユダヤ教徒はしばしば「裏切り者を処刑する」という名目で同族の仲間を襲撃したり、攻撃したり、告発したりしました。
福音書によれば、同じユダヤ教徒の中でも、ファリサイ派に代表される主流派は形式を重んずる保守的な人びとで形成されていました。いうまでもなくイエスはユダヤ教徒、それも「ラビ」の一人でした。しかし彼はファリサイ派の形式主義を徹底的に批判し、宗教の本質を問い直しました。このために彼は同じユダヤ人に敵視され、訴えられ、死刑になりました。しかし彼のコンセプトは従来のユダヤ教の枠組みを超え、結果として「キリスト教」の祖となりました。

ごく客観的に、歴史記述風にイエスという人物を説明するなら、西暦前六年ごろ、ローマ属州のガリラヤ地方に大工の息子として生まれ、自分をダビデの子孫、神の子と称し、多くの病人を治療しながら宗教活動をおこなった人、ということになります。
イエスの言動と事跡は四種類の福音書、すなわち「マタイ」「マルコ」「ルカ」「ヨハネ」による伝記の形式で残されています。イエスは天才的な宗教家であり、この意味では特殊な人物であったかもしれませんが、彼の考えが世に受け入れられたのは、彼が当時の時代の変化をとらえていたからに違いなく、人々の琴線にふれる何かを持っていたからに違いありません。
また彼の思想が全世界に普及したのも、彼の思想の中に、人々に受け入れられる、普遍的な価値観があったからに違いありません。この意味で、彼の思想の一端としての「金銭感覚」を考えてみるのは、今日的な見地からも意味があると思われます。

 

マタイが伝えるイエス
四つの福音書を金銭に関する記述という点から見ると、「マタイ伝」にもっとも多くの豊富な記述があり、内容的にももっともシャープです。それはマタイが金銭に関係のある職業経験を持っていたからではなかったかと私は推察します。マタイはイエスに弟子入りする前、徴税人でした。「イエスは・・通りがかりに、マタイという人が収税所に座っているのを見かけて、『私に従いなさい』と言われた。彼は立ち上がってイエスに従った(マタイ9-9)」。
何しろ当時は源泉徴収も、銀行振込みもありませんでしたので、税金の徴収に当たっては集金人が必要でした。すなわち各地には税金を集める「徴税人」がいて、この人々が税金の集金係を担当していました。この制度は各国でかなり近年に至るまで採用されていましたが、どの国、どの時代においても人々に歓迎される存在ではありませんでした。
ちなみに燃焼理論を発見した天才化学者ラヴォアジェは貧乏だったので、研究費を得るために徴税人のアルバイトをしていました。しかしフランス革命のときに「旧体制下で徴税人をしていた」という理由でギロチンにかけられました。「徴税人」というイメージが悪かったのです。今日の私たちでも、突然「税務署がきた」などと聞いてうれしがる人など、まずいません。

ましてやこの当時のことですから、徴税人の社会的地位はきわめて低く、ごろつきや前科者と同様に扱われていました。「徴税人や罪人も大勢やって来て、イエスや弟子たちと同席していた。ファリサイ派の人々はこれを見て、弟子たちに、『なぜあなたたちの先生は徴税人や罪びとと一緒に食事をするのか』と言った(マタイ9-11)」。
マタイ伝中に次の一節があります。「あなたがたは地上に富を積んではならない。そこでは虫が食ったり、さび付いたりするし、また、盗人が忍び込んで盗み出したりする。富は、天に積みなさい。・・あなたの富のあるところに、あなたの心もあるのだ(マタイ6-19〜21)」。
これはイエスの金銭に対する考え方を端的に示している一節です。なおここで「富」とある言葉は、英語版聖書では「riches」となっていますが、「宝」とする訳もあります。イエスによると「富」には二種類あって、一方は地上の物理的な富であり、これに対して他方に天上の富、すなわち精神的な富が存在します。この精神的な富は「善行」「信仰」によって次第に蓄積されてゆくもので、地上の経済活動の積み重ねによる富と、この点では似ています。

神の視点から見れば、地上の富には価値がありません。それは「永続性」「永遠性」という点で保証がないからです。そしてイエスの観点からすれば、永遠性のない富はまさにその理由によって価値がないのです。彼の本当のメッセージは「現世の富にこだわるのではなく、信仰を持ち、善行を積みなさい」ということにあります。
ところがイエスは「善行」あるいは「信仰」という代わりに、「天上の富(riches in heaven)」という表現を使っています。もちろん彼は話を印象深くするために、「地上の富」と「天上の富」というコントラストを作っているのです。
しかしこの場合彼は自分が否定しようと思う素材を用いて、あるべきものを表現しようとしている、という点に注意しなければなりません。このエピソードを含めてイエスが多くの金銭にからむたとえ話をしているのは、「金銭」「富」が人々にとって切実なものであり、したがって人々の注意を集めやすく、話がわかりやすくなるということを知っていたためでしょう。

ところで「地上の富」「天上の富」という表現に対して、かりに「地上の馬」「天上の馬」という表現を考えてみましょう、この場合、天上の馬はすばらしい理想かもしれないけれど、地上の馬にもそれなりに有用性と存在価値があることは明らかです。かりに誰かが「地上の馬を求めるのではなく、天上の馬を求めなさい」といったとしたら、それは実現不可能な、ムリをいっていることになります。
かりに「地上の馬」「天上の馬」というレトリックがおこなわれた場合、地上の馬は否定されるべき存在ではなく、プラトンがいおうとしたように、それは「個別の馬」にほかならず、「天上の馬」=「イデアとしての馬」と解釈されるのが順当です。
しかるにイエスの指導によると、地上の富は否定されるべきものであり、価値のないものです。「地上の富を積んではならない」とはっきりいっています。これは「地上の馬に乗ってはならない」というのと同じことで、具体的な禁止です。この場合の文脈に沿って考えるなら、イエスがここでいっている「富」は、貨幣と家財の両方です。

イエスの言葉を現実的に解釈し、「積んではならない」という部分に力点をおいて読むと、イエスは日常の流通手段としての貨幣や、必要限度内の家財なら所有しても用いてもいいが、それ以上のものを「蓄積してはならない」といっていることになります。つまり余剰分は貧しい人に寄付しないさい、ということです。これは今日の経済感覚からいって相当のムリをいっていることになります。
 
 

神殿税を納める
ここで、神の国と金銭の問題をいったん保留状態にしておいて、ペトロが徴税人に相対する場面の記述を読んで見ましょう。「一行がカファルナウムに来たとき、神殿税を集める者たちがペトロのところに来て、『あなたたちの先生は神殿税を納めないのか』と言った。ペトロは『収めます』と言った。そして家に入ると、イエスの方から言いだされた。『シモン、あなたはどう思うか。地上の王は、税や貢物をだれから取り立てるのか。自分の子供たちからか。それともほかの人々からか。』ペトロが『ほかの人からです』と答えると、イエスは言われた。『では子供は納めなくてよいわけだ。しかし、彼らをつまづかせないようにしよう。湖に行って釣りをしなさい。最初に釣れた魚を取って口をあけると、銀貨が一枚見つかるはずだ。それを取って、わたしとあなたの分として納めなさい』(マタイ17-24〜27)」。

カファルナウムは、ガリラヤ湖の北側にある町で、湖に接していました。したがって「湖」というのは、ガリラヤ湖のことです。ペトロとシモンは同一人物のことで、ペトロという名はイエスが彼に与えた名前です。「一行が」とありますので、イエスと他の弟子たちが一緒にいたことがわかります。
このとき、徴税人がやってきて「あなたの先生は神殿税を納めないのか」とたずねます。これはおそらく「まともな市民として納めるつもりがあるのか」ということと、「納税負担力があるのか」という二つの意味があったものと思われます。この頃の神殿税は、男子一人について年間二分の一シェケルだったそうです。
まずペトロは徴税人に対して反射的に「納めます」と約束してしまいます。おそらく彼は「おまえらの先生には、負担能力があるのか」というニュアンスで受け取ったのでしょう。しかしペトロは一行には経済的なゆとりがないことを知っていました。かりにあったとしても、メンバーがそれぞれに財布を持っていたのではなく、誰かが一括して管理していたでしょう。したがって醵金に関しては、出納担当者が了解しなければならなかったはずです。

一行はいずれにしても経済的に苦しいのですから、もし出納担当者が先に徴税人に接触していたら、彼は何とかして税を払わずに済まそうと算段したに違いありません。ところがペトロはやすやすと徴税人の挑発に乗り、支払いを約束してしまいました。どうも、この人には直情的な傾向があるようです。
「そして家に入ると、イエスの方から言いだされた」とありますが、イエスはこのとき家の中で、ペトロと徴税人のやり取りを聞いていたわけです。イエスもまた一行における金銭の不足を承知していて、そのことが気にかかっていたことを意味します。またペトロが外部者に約束したことを、内部に伝えにくい心境にあった、このことをイエスが承知していたということを意味します。そこでイエスのほうから話を切り出したのです。
イエスは「地上の王が税金を取り立てるとして、果たして自分の子供から税金を取るだろうか」と聞きます。この場合、「地上の王」をイエスからもっとも近いところで探すと、当時のユダヤ王ヘロデ・アンティパスということになるでしょう。ヘロデの子供に関しては、ヨハネの首の件で有名な連れ子のサロメという女性がいます。

ですから、イエスの質問を具体化すると、「ヘロデ王がたとえばサロメに税を納めさせる、などということがあるだろうか」というおかしな質問なのです。要するに身内、それも子供から税を取り立てる王はいないということですね。そこでペトロは「身内からは税を取ったりしないですよ」と答えるわけです。
これに対してイエスは、「それなら、わたしは神の子なのだから、神殿税は免除されるわけだね」といいます。しかしイエスが徴税人にこの論理を説明したらどうなるでしょうか。徴税人はおそらく惑乱し、からかわれたと思って怒り出すでしょう。そこでイエスは「彼らをつまずかせないようにしよう」といって、結局税金を納めることにするのです。
魚を釣るとその口の中に銀貨が入っている、というのはすごい話ですが、ここでは奇跡には立ち入らないことにしましょう。魚の口に入っていたのは一枚の銀貨ですから、おそらく1シェケルの銀貨でしょう。そこでイエスは「わたしの分とあなたの分」といっています。当時の慣習として二人が共同して一枚の銀貨を納めることが多かったのですね。
さて、イエスのこの免税理論を仔細に検討すると、次のことが明らかになります。

1.原則として為政者による税金の徴収は認める。
2.しかしたとえ為政者といえども、自分の身内や子供からは徴税しないものだ。
3.原則として一般人には神殿税を納める義務がある。
4.神殿税は神の所有に帰する。
5.しかし自分は神の子であるから、神との関係でいえば納税義務はない。
6.とはいっても事態を混乱させないためにも、世俗的な掟は一応守ろう。

この場合、今日の私たちの常識とのあいだに、微妙なズレがあるのは徴税主体に関してでしょう。今日の私たちにとっては、徴税は国家という主体者であり、税金は「公金」です。ですから政治家や役人がこれを「わたくし」することは、どんな事情があろうとも許されません。
けれどもこの当時は徴税主体はイエスの認識においても、「権力者」「権力者一族」であり、そのアナロジーは「神」にまでも適用されているのです。というのも、権力者は自分と一族のもののために税を取り立てているのだ、という前提があるからこそ「自分の子供からは税を取らない」というロジックが成立しているのですから。

 
 

金貨は皇帝のものか
税金問題に関しては、マルコ伝でも、ルカ伝でも取り上げられているもう一つ有名な話があります。これはファリサイ派の人がイエスの言葉尻を取って罠にかけようとするエピソードです。このとき代表質問に立ったファリサイ派の人物は、前置きでイエスにお世辞をいったあと次のようにたずねます。「ところで、どうお思いでしょうか。お教えください。皇帝に税金を納めるのは、律法に適っているでしょうか。適っていないでしょうか(マタイ22-17)」。
これは当時の為政者であるローマ皇帝に対する納税義務の質問です。「律法に適っている」といえば、イエスはその根拠を示さなければなりませんが、律法が作られた時代にローマ帝国は存在しなかったのですから、根拠を示すことはできません。それにローマ帝国は異教を主宰しているのですから、「律法に適っている」といえば、異教の神を認めたことになってしまいます。
これに対してイエスが「律法に適っていない」といえば、ローマへの納税を拒否したことになりますから、公然とローマ支配に敵対したことになります。イエスが反ローマ的姿勢を明確にすれば、連中は彼を告訴できます。この質問を考えついたファリサイ人たちはなかなかの知恵者だったといわねばなりません。これに対するイエスの回答は次のようなものでした。

「『偽善者たち、なぜ、わたしを試そうとするのか。税金を納める金を見せなさい。』彼らがデナリオン銀貨を持ってくると、イエスは『これはだれの肖像と銘か』といわれた。彼らは、『皇帝のものです』と言った。すると、イエスは言われた。『では、皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。』彼らはこれを聞いて驚き、イエスをその場に残して立ち去った(マタイ22-18〜22)」。
イエスはファリサイ人が、その日だけバカ丁寧にあいさつしたのを見、しかも質問者の罠に気づきましたから「偽善者たち」と、呼んでいます。彼は銀貨を持ってこさせ、その銘と肖像に人々の注意を促しました。この場合、イエスは銘と肖像のことをいいたいのですから、当時流通していた他の貨幣ではいけません。そこで彼は「税金支払い用の金」と指定しています。
ここで出てくる「デナリオン銀貨」は、長期間にわたって流通した銀貨で、当時のギリシャの通貨一ドラクメと等価であったとされています。一ドラクメは銀の重量にして四.三七グラム、当時の一日の賃金分に相当したといわれます。デナリオン銀貨も時代によってさまざまのデザインがおこなわれていますから、ここで持ち出された銀貨に誰の肖像が描かれていたか、それはわかりません。

時代から考えると、そのとき提示されたコインは、アウグストス・コインである可能性があります。ちなみにアウグストス・コインには、アウグストスとシーザーの二人が向き合っているデザインのデナリオン銀貨があります。このコインには「神カエサル(シーザー)」「神の息子(アウグストス)」と記されています。
ユダヤ教徒にとって、「神カエサル」と「神の子」という表現は受け入れにくいものだったに違いありません。かりにそのとき持ち出されたのがこの銀貨だったとすれば、イエスの言葉には一段と重みが加わったはずです。「皇帝への納税用の金」とイエスがいった背景には、「ローマに対する納税はデナリオン銀貨による」という指定があったのかもしれません。
以上を踏まえて「皇帝のもの(what belongs to the Emperor)は皇帝に」「神のもの(what belongs to God)は神に」というイエスの言葉を再度吟味してみましょう。言葉通りに取れば皇帝のコインを皇帝に返すということは、結局納税を容認する、ということになります。社会制度としての納税義務に逆らうことはできないとイエスが認めたことになります。

もちろん彼は「神のものは神に」といっていますから、「信仰を捧げるべき真の権威者は神であり、皇帝ではない」とただし書きをつけていることになります。つまり、その意味するところは、納税に関するかぎり地上における権威に従ったところで、神との精神的契約に違反したことにはならない、ということでしょう。
このイエスの回答は現物のコインという説得力ある素材を用いながら、なお言葉でも対句を用いたもので、たいへんみごとです。しかも「税金」という直接的ないい回しを用いず、「皇帝のもの」というように、暗喩を用いていますので、彼が故意に「税金」と「神への捧げ物」を混同していることが、気になりません。すなわち、この回答はレトリックの勝利であり、イエスが日ごろいかに説得力があったかを示しています。
ファリサイ人たちは予想もしないイエスの答えに、反論のタイミングを逸しました。「彼らはこれを聞いて驚き、イエスをその場に残して立ち去った」とありますから、ファリサイ派の人々はまたしてもイエスに一本取られたことになります。

しかしよく考えると、イエスの回答にはいくつかおかしな面があります。その第一は、「肖像」=「持ち主」という論理であり、第二に「納税」=「持ち主への返却」であり、第三に「神と金銭は関係がない」というロジックです。
イエスは先に肖像を確認し、それによって「皇帝のもの」という定義をおこなっています。しかしコインに彫られた肖像は、一般的に見てかならずしも所属主を意味するとは限りません。今日の日本のお札には夏目漱石や聖徳太子の肖像が刷られていますが、すべての千円札や一万円札が夏目漱石に属する、あるいは聖徳太子に属する、などといったらおかしなことになるでしょう。だから、肖像を示して「皇帝のもの(皇帝に属する)」というロジックを導き出すのは間違いなのです。
つぎに貨幣は、誰かから借りている場合もありますが、原則として正当に稼いだものである限り、持ち主に帰属します。この意味で貨幣ほど所有が問題になる財貨はありません。貨幣はニュートラルなもので、それが誰のものにでもなり得るだけ、「誰のものか」「自分のものか他人のものか」が厳密に問題になるのです。

かりに「日本国の円は日本に帰属し、マルクはドイツに、フランはフランスに帰属する」という意見があるとしましょう。つまり「皇帝」が意味しているものは「国家」、あるいは通貨の「発行元」であると考える意見です。
今日の経済はグローバル化しています。この「発行元が貨幣の価値を保証する」というなら分かりますが、「貨幣は国家に帰属する」という考え方はいただけません。当時のパレスチナ地方も、この意味でとても国際的でした。つまり、ギリシャやローマの通貨のほかに、エジプトやインドの貨幣などが流れ込んできていたふしがあります。
アランは「貨幣のうえのシーザーの顔は多くの意味をもっている。シーザーはそこにその誠実を保証する。彼は王位をおりてきて、人手から人手へとわたるこの金属の中に宿る。王の署名は目方を保証する」と書きました。アランは明らかにこの福音書のエピソードを語っているわけですが、この場合、彼はコインに記された皇帝の肖像の機能は「保証」であるとしています。

アダム・スミスは、銀行が紙幣を発行するとき、それの裏づけとなる金銀の備蓄量を超えてはならないと警告しました。しかしながら、当時流通していたのは金貨、銀貨ですから、それは発行元や国の保証なしでも価値を持っていたのです。この点金貨銀貨は、当初よりその機能において無国籍であったといえるでしょう。
かりに貨幣がある国家に帰属していると考えましょう。国民は納税という手段を通して国家に何かを返済しているのでしょうか? もちろん違います。税はどんな時代にあっても国家サービス、あるいは行政サービス、安全保障サービスに対する支払い、要するに共通固定費の各人負担分なのです。ユダヤ教徒にとって伝統的な十分の一税を考えればよく分かります。たしかに期限が来た納税義務額は、個々人にとっては負債勘定になります。しかしその場合でも税金は「支払うもの」であって「返済するもの」ではありません。
イエスはすでに「王の子供は納税を免れる」というところで、おかしな議論を展開していますが、ここでも貨幣の発行者と所有者に関しておかしな認識を示しています。もっともこのことで、私たちはイエスの税思想が間違っていたといって文句をいうことはできません。彼が取り扱っているのは税制ではなく、宗教ですし、彼の言葉はあくまでも「たとえ」だからです。

しかし彼の考えていたこと、またこれによって説得された人々の税認識が、どの程度のものであったかはわかりますし、ローマに対する人々の感情、そして人々の金銭思想の一端はわかります。すなわち、この時代の人々はイエスを含めて「税」が何であるか、明確に表現することができなかったのです。このことはイエスの回答の底辺にある第三のポイント、「神と金銭は関係がない」という思想にも関係があります。
先にも述べたように、イエスは「地上のもの」と「天のもの」を明確に区分しました。彼によれば「天に関係するもの」には値打ちがありますが、「地上のもの」には価値がありません。そして「金銭」はもっとも地上的なものであり、いうなれば穢れたものです。
そうであるとすれば、神と納税または献金との間には本来は何の関係もないはずです。しかるにイエスは神殿税のところで神への納税を認めています。にもかかわらず、ローマ皇帝への納税に関しては、「宗教とは別だ」といっているわけです。このように、イエスは抽象的なたとえとしての「天の富」と「地上の富」に関して、明確な概念を持ちながらも、神への奉納物としての金銭を完全に否定することはできませんでした。

旧約聖書においても、初期のころには金銭や財産保全に関する素朴な肯定的な思想がありましたが、時代が次第に下がり、環境がきびしさを増すにつれて金銭とは別の「知恵」や「徳」が尊ばれるようになりました。
そしてついにユダヤ教が民族としても国家としても実質を持たなくなったイエスの時代に、ついに金銭に対するニヒリズム、あるいは金銭に対する強いストイシズムが、明確にその形をとりました。しかし、この金銭否定は矛盾を内蔵していました。矛盾を持った金銭否定思想は、次のエピソードに強くあらわれます。

 
 

永遠の命の値段
ある日イエスが旅に出ようとしていたとき、一人の金持ちの男がやってきてひざまずいてたずねました。「永遠の命を受け継ぐには、何をすればよいでしょうか(マルコ10-17)」。この話は、マタイ伝でもルカ伝でも紹介されています。イエスの回答ぶりは次のようなものでした。
「イエスは彼を見つめ、慈しんでいわれた。『あなたに欠けているものが一つある。行って持っている物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、私に従いなさい。』その人はこの言葉に気を落とし、悲しみながら立ち去った。たくさんの財産をもっていたからである(マルコ10-21.22)」。
マルコ伝では、ここに登場する人は「金持ちの男」となっているだけですが、マタイ伝では「青年」、ルカ伝では「議員」となっています。この場合、金持ちの男性の質問は「永遠の命を受け継ぐには」というたいそう難しいことがらです。だからイエスの回答も当然難しいものとなっています。それは、「一切を投げ捨てて、自分の弟子になるしかない」というものでした。文脈から判断すると「永遠の命を受け継ぐ」ということと「天に富を積む」とは同じです。

福音書は「イエスは彼を見つめ、慈しんでいわれた」とありますが、このときイエスは微笑していたのでしょう。「慈しんで」とありますが、私の考えでは、彼の微笑には多少皮肉がこもっていたように思われます。つまりこの人は少々欲張っているのです。なにしろ、金があり、しかもその金を失わずに永遠の命までほしいといっているからです。
イエスはこの男が、「永遠の命」をどのように解釈しているか、すでに分かってはいましたが一応試してみました。すると彼の希望が明らかになりました。彼が欲しかった「永遠の命」とは、「保険」のようなものでした。察するにこの男にとって、イエスのつけた保険の値段は高すぎるものでした。文脈から判断する限り、彼が自分の財産を確保し、「永遠の命」の方をあきらめたことは確実です。
私は財産保全を選んだこの男の選択は、結果として正しかったと思います。というのも、まるで保険商品の販売窓口を探すように、イエスに「永遠の命」の入手方法を尋ねたこの男は、おそらくイエスの弟子になっても、いつまでも「永遠の命」に関する実感を得られなかった可能性が高いのですから。

男が立ち去るとイエスは弟子たちにいいました。「子たちよ。神の国に入るのは、なんと難しいことか。金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通るほうがまだ易しい」。これを聞いて弟子たちはたいそう驚き、顔を見合わせて「それでは、誰が救われるのだろうか」といい合ったとマルコ伝は伝えています。
この情景は、当時の人々の金銭感覚を如実に伝えるとともに、イエスの禁欲的な、金銭否定の哲学を説明しています。例の金持ちの男は、「永遠の命」は、ある程度の金銭的な犠牲を払いさえすれば入手可能だと考えていました。彼の関心は「その値段はいくらか」でした。これは今日でもお金持ちに共通するものの考え方です。
ところで、いわゆる金持ちは、いまも昔も「それはいくらか」を尋ねますが、めったなことでは投資をしません。彼の幸福は欲しいものを手に入れた瞬間に失われてしまうかのようです。彼にとっては、欲しいものを自覚し、それがどれほどの価格であるかを知り、「そんなに高いものを、とんでもない」といって自己を抑制することに値打ちがあります。というのも、このやり方によって彼は金持ちになり、あるいは金持ちでいられるのですから。

例の男は「気を落として、悲しみながら立ち去った」とありますが、彼の心理は、欲しいものをあきらめなければならなかった悲しみと、バカな投資を踏みとどまった自分に対する満足感の両方が入り混じっていたはずです。彼はイエスのいう「永遠の命」は入手できませんでしたが、財産を保全する幸福だけは手放しませんでした。
弟子たちはイエスの「金持ちが神の国に入ることはなんと難しいことか」というコメントを聞いて驚くのですが、その理由は、彼らが「金持ちでも、心がけがよければ救済される」と信じていたからです。イエスと弟子たちは働く手段をもっていません。彼らが毎日何とか糧にありついていられるのは、町々の金持ちや信者からの寄進があるからです。
貧しい人からの献金は身にしみてありがたいでしょうが、寄付金額が大きいのは当然金持ちからのものになります。弟子たちはこのことを知っていますから、「金持ちは救済されない」というイエスの断定に驚くわけです。

彼らは金持ちである限り、どんなに行いを正そうとも救済されない、という教義のきびしさが、人々に対する布教活動の自己否定であるかのように感じます。というのも、一般の人々が財産を増やそうとして働くことを否定するなら、布教対象はいなくなってしまうのですから。私はこのときの弟子たちの金銭感覚は、イエスよりの立場に立ちながらも、一般社会との調和をはかろうとする、ごく穏健で、常識的なものであったと考えます。
これに対してイエスのいう「金持ちは救済されない」とは、どのような意味だったのでしょうか。イエスのいう「金持ち」とは、財産が定額以上の人という意味ではなく、「金銭の力を信じている人」、あるいは「神を頼まず、金銭による問題解決力を信じている人」だったにちがいありません。
かりにこのような人々を「金銭主義者」と名づけるとしたら、イエスはこういいたかったに違いありません。「人はある程度の財産を持ってしまうと、不可避的に金銭主義者になる」「金銭主義者は自分では意識しないかもしれないが、別の神をあがめている」「同時に二つの神に仕えることはできないはずだ」。金銭主義者の程度がさらにエスカレートすると、「拝金主義者」となります。なにぶんにも私たちは、多少とも金銭主義者ですから、財産はごくわずかであるにしても天国における救済をあきらめなければなりません。

 
 

神殿における狼藉
イエスはエルサレムにやってきました。彼は、神殿の境内に入るやいなや、突然乱暴を働き始ました。この話は四つの福音書のどれにも共通して語られているエピソードです。
「それから、一行はエルサレムに来た。イエスは神殿の境内に入り、そこで売り買いしていた人々を追い出し始め、両替人の台や鳩を売る者の腰掛をひっくり返された。また、境内を通って物を運ぶことをお許しにならなかった。そして人々に教えて言われた。『こう書いてあるではないか。“私の家は、すべての国の人の/祈りの家と呼ばれるべきである/ところが、あなたたちは/それを強盗の巣にしてしまった”』(マルコ11-15〜17)」。
ここでのイエスは、神殿の境内を商売の場所にしている人々に対して、かなり暴力的な怒りを示しています。今日でも有名な自社仏閣のあるところは、たいていは観光地ですから、たえず人が集まります。当然のこととして屋台やみやげ物店が軒を並べます。

文中に「両替人」「鳩を売る者」という言葉が出てきます。この当時、エルサレムではさまざまな国の、種種雑多な通貨が使われていました。新約聖書にあらわれる通貨だけでも、ギリシャの通貨単位としてタラントン、ドラクメ、ムナなどの名があり、ローマの通貨としてはデナリオン、アサリオン、クアドランス、レプトンなどの名があります。
もちろんこれらのほかにも、さらに異国からの通貨や発行年代が古い通貨、あるいは地金などが持ち込まれたと思われます。これらの交換レートや価値はきわめて複雑で、一般の人々が全貌を知ることはできません。そこで通貨レートのプロフェショナルとして両替人たちが大活躍したのです。もちろん、両替をするさいに相手の顔を見ながら手数料を取ったり、無知な相手をだましたこともあったでしょう。
「鳩を売る者」とは、いけにえの供物としての「生きた鳩」を販売している人ということでしょう。旧約聖書にも、「羊をそなえることができない者は鳩でもいい」と定められていますから、これは低所得者層のための安直な奉納物だったのかもしれません。いずれにしてもエルサレムの神殿境内は、こうした売り買いの人々でにぎわっていました。

イエスはここにやってきて、商売人たちの屋台を次々とひっくり返し始めたのですから、むちゃくちゃです。よっぽど腹に据えかねたか、虫の居所が悪かったに違いありません。今日こんな乱暴者があらわれたら、たちまちお巡りさんが飛んできますが、イエスが誰かに制止されたとか、捕まえられたという記述はありません。それどころか、「また、境内を通って物を運ぶことをお許しにならなかった」とあります。
イエスはこのとき、いく人かの弟子を従えていましたから、境内の交通規制が可能だったのかもしれません。いずれにしても、イエスのこのときの思い切ったプレゼンスは人々の注目を集め、彼の周りに人垣ができました。そこで彼はスピーチを始めました。イエスのこのときの行動が、人々の耳目を集めるための演出だったとしたら、なかなか効果的でした。
イエスの金銭否定思想は、「金持ちと天国の関係」のエピソードでも明らかですが、神殿における彼のメッセージも、金銭と信仰の関係を明確に表明しています。彼がここでいいたかったことは、エルサレムは聖所なのだから、お互いにもっと聖所に対する「畏れ」「敬い」の念を持とうではないかということでしょう。

「お賽銭やお供物はたしかに重要かも知れないし、それを売る店が神殿の近くにあるのは便利かもしれない。しかし重要なのは神に対する純粋な信仰である。本来の信仰を忘れて、形式や利便を優先させはならない」。イエスの言動は、形式主義に陥っていた当時のユダヤ教を批判するという点で首尾一貫しています。
イエスのこのときの狼藉は、形式と無反省な慣習に対する強烈な反論です。だからこの逸話のすぐ直後に、次のような記述がある理由がわかります。「祭司長たちや律法学者たちはこれを聞いて、イエスをどのようにして殺そうかと謀った。群集が皆その教えに打たれていたので、彼らはイエスを恐れたからである(マルコ11-18)」。

 
   
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