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鈴木航伊知との対談
 
対談第1回(2006年1月1日)<整合された世界としての鈴木航伊知の世界>

レポーター(加藤邦宏)――ここまで私は鈴木航伊知という画家の一ファンとしてレポート(「鈴木航伊知の世界」)を書かせていただきました。いろいろ勝手なことをいって、さぞかし画家本人にとっては不本意なこともあったのではないかと、思っているのです。

画家(鈴木航伊知)――いやぁ、ぼくが何よりもまず、言いたいのはあなたへの感謝ですよ。だって考えてもご覧なさい、あなたは昨年(2005年)の2月から12月までのまる10ヵ月の間、月に2回のペースをまったく崩すことなく、ぼくの絵の世界の絵画論を展開、発表して下さったのですからね。その文章量はA4版にして、約百枚、これをあなたが過去に出版されたリリック叢書の『詩人 半野史』に当てはめてみると、ほぼ同じ位の分量になります。しかも、この中には、約95点ほどのカラーの作品写真が収められているのですよ。ぼくはあなたに、この10か月で一冊の著作をして頂いたのです。もちろんその前に、あなたは、ぼくの約18年間の全作品群、あなたがコレクションされている多くの現物と作品写真を加え、約380点のすべてに丹念に目を通され、分析されるという前段階があったのです。あなたがこのように、ぼくのために費やして下さった時間とエネルギーにまず、深く感謝を申しあげたい。

レポーター――そういっていただくと、とてもうれしいです。なにしろ、私は鈴木航伊知という画家の作品が好きなものですから。好きなものについて書くということについては、ほとんど苦になりませんでした。特長や考え方、画風を分析してみましたが、全体の記述をごらんになって、率直なところ、どのような印象をもたれましたか。

鈴木航伊知――あなたの今回のお仕事には、何よりもその基礎に、ぼくの絵の世界を<愛好してくれている>というハート、共感の感情が強烈にあります。これが熱っぽく溢れているので、読ませて頂いていて、ぼくは本当に幸せ感一杯になりましたよ。
しかも、あなたの立論の方法論はとても論理的で、全体を、物語性、音楽性、登場人物性、天使性、風景と建築性、時代性という約6つの要素に分割し、それぞれを詳細に語って下さり、最後に見事にそれらのレンガを積み上げて、堂々たる建築をうち建てて下さいました。しかし、その語り口は、あなたの脳細胞を流れる血液や酸素の現場を臨場して拡大して眺めているように、ゆったりとして、生理的な暖かみを感じさせるのです。

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「花咲く平原と馬駆ける二人」

レポーター――いやあ、そこまでおっしゃっていただけるとは、かえって身にあまる光栄ですね。はやり作品に対する「思い入れ」があったということでしょうね。

鈴木航伊知――ぼくにとって今回強く感じたのは、あなたの画論によって、改めて自分の仕事の無意識の領域までにさかのぼり、深く考えることができた、という点です。この点はこれからの仕事にどれほど有益になったかわかりません。また、あなたの画論の公開という援護射撃により、どれだけぼくが励まされ、勇気を得たかをぼくは強く言いたい。本当にありがとう。

レポーター――今回、一連の観察と分析を通じて私が強く感じたのは、鈴木航伊知という画家がある、きわめて「整合された世界」を執拗に描き続けていて、それ以外の対象には、まったく見向きもしないとう印象です。この私の印象は果たして当たっているのかどうか、この点をおたずねしたいのですが。

鈴木航伊知――おっと、いきなり来ましたね、もっとも本質的な、核心部分についてのご発言ですね。これについて喋る前に、あることを前もって確認しておきましょう。それは画家が自分の作品世界について、描画行為以外にどこまで喋るとか、言葉での解説などが許されるかという点ですね。世の中には「いや、絵描きは絵で勝負をすれば良いのであって、言葉による説明など、聞きたくない」という方もおられるかもしれません。これについては、ぼくの態度は二つの選択があります。第一は、いつもぼくがやっている、喋ることを放棄するという態度です。第二には、それは承知で、あえて喋るという態度です。ぼくは、この際、特別に第二の態度を取りたいと思います。その理由は、あなたとの会話が、物凄く楽しいからです。ぼくは、この感覚的な愉悦を放棄するわけには行きません。そういう訳ですから、絵描きは口で喋るなという方には、あらかじめお詫びしておきます。それに、いくら口で説明した積りでも、本人の気持とは別に、公開された絵は一人歩きしますので、画家本人の心配はナンセンスかも知れませんしね。

レポーター――公開された絵が一人歩きするということは事実ですが、せっかく画家本人におたずねする機会があるわけですから、私としてはこの機会を逃したくありません。日ごろはあなたは、めったにご自分の絵の前ではお話しにならないのですから、この機会にご意見を聞ければ、ありがたいと思います。

鈴木航伊知――「整合された世界」とあなたがいっているのは、あなたの文章の10章−1で「画家がそれ以外のものは描かなかった世界であり、画家が考える理想の世界であり、過度に発達した文明は存在せず、おめ(男女)、男女、天使、動物、花などが、対等に、平和に存在する世界であり、優しい音楽が流れ、建物は生命を持ち、自ら装い、自己増殖さえする、アニミズム的ユートピアである」とあなたが定義してくれた世界のことですね。

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「飛び去るタンポポの綿毛」>

レポーター――まさにそうです。

鈴木航伊知――その定義はぼくにとって、完全に当たっていて、完璧な定義です。一言も加
筆訂正不要です。あなたの物事を見通す力、要約する力には心から感心しています。

レポーター――であるとすれば、画家であるあなたはどういう動機、あるいは経過から「この主題」「この世界」に強くこだわっておられるのでしょうか。そこのところをお聞きしたいのです。

鈴木航伊知――いうまでもなく、どの時代であれ、どの社会であれ、画家は、絵を描く個人的動機がそれぞれにあり、そこから出発して、近代以前は権力者である依頼主の意向に添う
べく全力を尽し、現代では自己世界を探究し、深めて行くことだと思います。ぼくの場合、好きなことの対象が、子どもの時は、日本のお話しに加えて、西洋の童話,お話がとても好きでした。その後思春期から、フランス映画、イタリア映画など、ヨーロッパの文芸映画、名画が洪水のように上映されて、ぼくは、なるほどヨーロッパという地域には、ぼくの感性を理屈なしで喜ばせ、痺れさせるものが充満しているんだと感じました。ですから、私の場合、ヨーロッパ的感覚が人生の初期に「刷り込まれた」わけです。はじめて出会った人間の飼育者を母と思い込む雛鳥のように、ぼくの感覚の母はヨーロッパなんだという感覚がぼくの中核になりましたね。このヨーロッパを何とか表現したいというのが、ぼくの動機ですね。

レポーター――なるほど。了解です。この点はあなたと同じ年に生まれた、私の場合もまったく同じで、じつに共感できます。

鈴木航伊知――で、そのあとは、この核の周りに、徐々に、好奇心の領域が付着して、広がって行ったという経過を持つわけです。例えば、ヨーロパの家、村や町、城舘、室内などの建築世界、そこでの暮らしぶりや、衣裳、工芸、民俗伝承といった生活文化世界、そこでの大道音楽師やクラシック音楽といった音楽世界、そこの森、川、湖、野、山、鉱石、花、草、樹といった自然世界、そこの昆虫、鳥、家畜、野獣などといった生物世界、そこの春夏秋冬の季節感の世界、そこの神話の世界、人形・木馬などから生じる空想と幻想の世界、そこを取り巻く太陽、月、星などの天体世界、そして、それらの全てを法則を持って動かしているかのようにぼくには思われる、宇宙の設計と運行の第一意志への考察世界などです。しかし、第一意志は科学的に証明されませんから、いたずらに主張してもはじまりません。ぼくはだから、それについては「神秘」とだけ言っておきましょう。

レポーター――大変よくわかります。

鈴木航伊知――こういうと、自分でも、随分好奇心の範囲が広いな、一寸広過ぎるんじゃな
いかと思います。もう少し絞れれば、また違った絵の世界が展開されるんでしょうが、持って生まれた性分だから、仕方ないですね。そんなわけで、これらの広大な世界を描きたいのですが、方法論を持たなければ纏まりません。これらを、ヨーロッパのナマの姿から、ぼくの感性のフィルターを通して、半幻想世界に変質させることが、ぼくの方法論です。ぼくは、自分が、旅をして、ある半幻想世界を歩いており、描画して記録しているんだと思い込んでいるのです。ある架空の公爵の領地の広大な公国です。電気も自動車もない時代で、24時間以外の時間軸の世界です。あなたが喝破して下さったような、万物が生命を持って平和に共存する世界です。

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「踊り手のいる広場」

レポーター――あなたの心の中に、いつしかある価値観を持った世界像が形成されていったのですね。その世界像は、あなたがヨーロッパを実際に見聞したり、あるいは勉強なさるにつれ、より具体的で、確固不動のものになっていったのですね。

鈴木航伊知――その通りです。それにこだわっているのは、自分が何を描きたいかというテーマがこれだからですし、自分の世界認識が、このような形しかとれないからです。童話のレベルで、万物が「お話しし合う」というのは、子ども向けの幼稚な擬人化のレベルじゃないかという人もいるかもしれませんが、ぼく自身としては、宇宙や地球の有機物も無機物も、すべてが繋がっていて、定まった法則のもとに、リズミカルに生々流転して存在し続けている、という世界認識しか持てないのです。だからぼくの絵もその方向で生まれてくるわけです。


   
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