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鈴木航伊知との対談
 
対談第7回(4月1日)<共同社会への憧憬としての「遠景の町」>

加藤――今回はあなたの絵画作品の、最大の特徴ともいえる「建物」についてお話しを伺いたいと思います。なぜ「建物」があなたの絵の最大の特徴なのかといえば、あなたの作品の約4分の3に、何らかの「建物」が描かれているからです。風景を描く画家はたくさんいるでしょうが、これほどの高い割合で、しかも独特の建築物を表現している画家は少ないと思います。あなたがこれほどまでに数多くの、しかも独自の建物像を描いているのは、どうしてでしょうか。まずこの素朴な質問から始めたいと思いますが。

鈴木――なるほど、そんなに建物を描いていましたか。うーん。ぼくは、大好きなヨーロッパの風物を、ぼくなりにアレンジして、ぼくの世界として描きたいのです。実際に、ヨーロッパに旅をしたり、住んでみたりして、ぼくにとっては、いろいろな風物の中で、建物が一番、ヨーロッパらしい風物として、印象深いのだと思います。

加藤――つまりあなたの見るところ、ヨーロッパのヨーロッパらしさは建物にあると思われるのですね。

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縞模様の建物と街

鈴木――そうです。ヨーロッパと日本の違いはたくさんあります。たとえば、人の顔や身体付き、建物、村や町の作り方や景観、そこでの生活、民俗風習、山川の自然や、その管理の仕方など、たしかに違います。でも、よく見ると、人間が笑ったり、怒ったりする時の感情の動きや、顔の表情はまったく同じです。衣食住、労働する生活も本質的には同じです。鳥や家畜、動物、花草や樹はほとんど違わない。

加藤――なるほど、そうかもしれませんね。自然は同じだし、人間だって、同じ自然なのですからね。

鈴木――そこで、ぼくにとって圧倒的に違うと思えるのは、ヨーロッパの建物、村や町の作り方、その景観なんですね。で、違っていて、しかも、ぼくにとってはもっともヨーロッパらしくて、魅力的なのもそこなんです。だから、結果的にたくさん描いているのではないかと思います。

加藤――「建物」という観点から私があなたの絵を観察して最初に受けた印象は、あなたの絵に「遠景の町」がたくさん描かれているということでした。それも教会を中心にした比較的小さな町の遠景ですね。あなたにとって、あの「遠景の町」はどのような意味を持っているのでしょうか。

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花の下のリュート弾き

鈴木――あなたは、「鈴木航伊知の世界」の6章で、「画家は、建物に対して異常な、強い関心を持っており、建物や街を描くことが宿命、あるいは業とでもいうべきもののようだ」と書き、また「しかも、『遠景の町』も多く、ある場合には、画面の端っこに、鑑賞者に見られることを期待もせずに、それでも描き入れていることに気付く時、わたしは、いい知れぬ喜びを感じ、その絵をこの上なく『いとしいもの』に感じる。それは、遠くで『心』のありかを示している。それは画家のサインのようなものであり、目立たぬ合図のようなものなのである」と書いてくれましたね。ぼくはあれを読んで驚き、感動で胸が一杯になりました。

加藤――あれは、まさに私の実感なのですが、それで驚かれたというのは、どうしてでしょうか。

鈴木――自分が意識していないことを、あなたから見通された想いがしたからですよ。私は無意識に何かを感じつつ、建物や町を描いていたのです。あなたが指摘したのは次のような感情でしょう。「ぼくはこの世に生を受けた。どうせ生きるなら、この世に溶け込んで、人びとと連帯し、活き活きと生きたいものだ。ああ、人の住んでいる町がなんといとしく、なつかしいことか」。この隠れた感情が、私にいつの間にか、あの「遠景の町」を描かせていたのだということに思い当たったのです。

加藤――つまり、「遠景の町」は、やはり画家の心のありかを示す、サインであり、合図であったということですね。してみれば、私は画家が描きながら感じていたことを、それほど大きな間違いをせずに受け取っていたことになる。うれしい限りです。

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バグパイプ吹きと丘の城町

鈴木――他人との連帯性を保つ上で、基本となる場所はなんといっても家ですね。建物の中で生きるということは、寒さ、暑さから身を守り、風呂に入って身を清め、それで他人の前に姿を出せるということですからね。そして、家の集合体が村や街です。その中で、時には争いも生じるでしょうが、町は人生そのものの姿、人びとの連帯の形をあらわしていると思います。

加藤――まったくその通りですね。だからあなたの描く町は、決して人間が見失われるような大都会ではない。人間が相互に知り合える、人間的規模の町なのですね。

鈴木――ヨーロッパでは、昔、城壁で囲まれた村、町が多いせいか、まとまって固まっている村や町を望遠できる機会がとても多い。自然環境もきれいだし、大気の透明感も強いので、町を望遠していると、人びとの連帯ぶり、人生、共同社会が、頭の中の観念でなくて、視界の中に収まって見える。すると、特別の感懐がわき上がってきます。「ああ、あそこに街がある。人々が連帯しながら、全力をつくして生きている!」

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狐が見下ろす川と町

加藤――あなたのお話を聞いていると、福音書ヨハネ伝の「わが父の国には、家多し」という一句を思いおこしますね。あなたにとって、遠景に見える町は、心の安息所としての、憧れの象徴なのですね。

鈴木――そうなんです。ぼくが建物、町にひどく執着しているのは、共同社会への、憧憬の感情のあらわれなのでしょう。

加藤――あなたは、かなり長くヨーロッパに住んでおられたし、幾度も旅行されているので、ヨーロッパをすみずみまで歩かれたのでしょうね。

鈴木――えぇ。たしかに、町に誘われ、自然に誘われて私はヨーロッパ中を旅しました。ひとくちにヨーロッパの建物、あるいは街といっても、中味は複雑ですね。ロシアからポルトガル、あるいは北欧から地中海までというように旅して見ると、面的な意味での空間感覚の差違、そして様式の差異を実感します。また、時間軸を考えた場合、中世から近世までの大きな差違を感じます。今でも各地に、ロマネスク、ゴチック、ルネッサンス、バロックなどの様式が残っていますから、この歴史的な差異がはっきりわかります。また、暮らし向きによる差異という点も顕著です。すなわち、庶民の民家と王侯貴族の城館では建築物の目的が違い、表現が異なっています。

加藤――そういう意味では、ヨーロッパ全体が、空間的にも、時間的にも建物の見本市になっている感じですね。これらを作画の中でどう料理するかが、あなたの課題となるわけだ。

鈴木――ぼくは、広いヨーロッパの空間を、自分の半人間、半人形、半天使、半精霊が住む半幻想世界の地理空間として、いわば架空の一国として、まとめて俯瞰しています。
つまり、いろいろの建築様式があるということは、異なった顔付きの人間が集まって、ひとつの国があるのと同じです。魅力的と感じた個々の建物を描くことは、個性ある個人の肖像画を描くようなものです。

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小鳥売りの到着

加藤――ああ、そうですか。あなたにとっては「建物」は「肖像」と同じような意味を持っているのですね。それでおのずからあなたの描く「建物」が有機的、精霊的なキャラクターを持つことになるわけだ。

鈴木――個のキャラクターを表現しつつも、現実の地域性に捕われず、あくまで架空の国の中の建物だということを表わしたいものです。

加藤――建物に関連して、あなたは「広場や通り」に対しても大きなこだわりを持っておられますね。やはり、ヨーロッパの建物、街と広場、通りは切り離せないものなのでしょうか。

鈴木――その通りです。あなたはあのエッセイの「広場とは何か」の部分で、「ヨーロッパの都市の原型は、「囲郭都市」であり、それを家とすれば「広場」はリビングルームのようなものだ。都市が外部に対して閉ざされているからこそ、内部に対して開かれた空間が必要だったに違いない」と明確に喝破されていますね。そして、「広場から、西洋の独特の政治やコミュニティー観、美意識が形成されたのだろう。広場は『劇場』であり、都市の文化的クオリティーの象徴なのだ」ともいっていますね。広場の定義はほぼこれに尽きると思います。

加藤――そうですか。すると「広場観」に関しては、私もあなたと同じところに立てたわけですね。それにしても、わが国に、あの広場がないのはちょっとさびしいですね。

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玉乗りのいる市門

鈴木――まったくですね。ヨーロッパの近世までの広場、街一番の広場は「市場広場」と称され、それ以外に中小の「辻広場」がありますが、ここには、西洋人が共同都市社会を営んでゆく上で安らぎのスポットを造ろうという明確な意志と、そこの景観を美しいものにしようという強固な意志が見られますね。

加藤――なるほどね。こうしてみると、おそらく人々の「市民意識」も「都市計画」の段階で決まってくるのかもしれませんね。さきほどのあなたの感慨に結びつけていえば、「広場」にも「人々の心」があるわけだ。

鈴木――えぇ。だからこそ、私にとって広場は魅力があり、それを絵に描きたいと思わずにいられません。シエナ、ベネチア、アレッツオ、プラハ、ルーマニアのブラショフ、ブリュセル、ポーランドのグダンスクの大通り、ワルシャワ、チェコのチェスキーブデヨビッツェをはじめ、皆さんご存じの景観美にあふれる広場は際限なくありますね。

加藤――私はヨーロッパの町をあまり体験的に知らないので、あなたのように、実際にそこに身を置かれた人がうらやましいです。それにしても、あなたを感激させるそうした広場には何があるのでしょうね。また私たちの今の都市にはいったい何が欠けているのでしょうか。

鈴木――現代は「広場」の時代ではないようです。いわゆる盛り場は、資本主義社会のそれですから、拡散した道を歩きまわり、店に入り、お金を使い合って、はじめてコミュニティーの喜びを見出す仕組みのようです。中世、近世の広場にも市は立ちますが、たとえ人がお金を使わなくとも、そこにたたずみ、空と取り囲む建物を眺め回すだけで、広場自体が、景観美、秩序美、様式美によって、人間にコミュニティーの、精神的な喜びを与えてくれます。コミュニティーの原理が随分違うのでしょう。あれらの広場は、けっして自然発生的に出来たわけではなく、計画的、意志的に出来たものであり、げんに管理されて来たものだったのですね。

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雪降る夜の広場

加藤――なるほど、そういうことでしたか。あなたの描く建物、都市には、画家としてのあなたのそうした思い入れがあったのですね。とかく絵の中の一般的な建物は、無機的な感じがするものですが、あなたの建物、あなたの街、あなたの広場には「美しさといとしさ」があります。それがなぜなのか、今日のお話でよくわかりました。それでは今日はこの辺で。また次回よろしくお願いします。

   
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