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鈴木航伊知の世界
 
第2章 音楽

2−1.画家と音楽
 ここで、鈴木航伊知がどのような経歴を持つ画家なのかを簡単にご紹介しておきたい。彼は1937年福島県、福島市に生まれた。東京の大学を卒業すると彼は有名な広告スタジオのカメラマンになった。彼は広告、編集系の仕事をしながら絵を描き続け、1964年に日本橋で最初の個展を開いている。また1968年には、現代日本美術展で入賞している。
 彼の現在の絵画語法、すなわち現在の画風が示されたのは、1984年東京のギャラリー・タカノで開催された個展のときで、以来、彼はこの語法を用いて描き続けている。84年に続いて、87年、91年と個展を開催している。1991年、54歳のとき、彼はフランスに渡った。彼はパリ国立美術大学に一年在学し、その間も作品を発表し続けた。この年、彼はサロンドートンヌ展に出品して入賞、サロン・アンデパンダン展に出品、さらにはル・サロンにも出品して入賞を果たしている。このあとの展覧会では「優賞」を受賞している。hanato左の作品「花と羊」はそのときの受賞作品である。一頭のサフォーク種と思われる子羊が花園の小道に立っている。まわりの花々は羊にくらべてかなり大きい。花たちの中で、この子羊は大地から生じたもう一種の「花」、すなわち「羊という名の花」となってそこに立っている。画家の、羊の美に対する感動が伝わってくるではないか。
 1992年、彼はふたたび彼の語法によってサロンドートンヌで入選し、会員推挙を受けて同会員の会員となった。彼のヨーロッパにおける活躍、各地の展覧会における入賞、受賞歴は枚挙にいとまがないほどだ。滞欧中彼は毎年、複数のコンクールで入賞、受賞を果たしている。なかでも93年の国際現代プリミティブ絵画展(スイス)では「特別賞」を連続して2回、それにフランス・アルルでおこなわれた国際美術展では「金賞」を受賞している。
 1997年、彼はロンドンに渡った。ロンドンでも欧州現代美術展に出品して入賞を果たした。この年、彼は日本に帰国している。帰国後、彼は2000年、2002年にそれぞれ東京で個展を開催している。彼はいわゆるわが国の「美大」出身者ではないし、渡欧するまでは絵画だけで身を立てていたわけではないから、要するに「日曜画家」だった。しかし彼は1984年ごろから、次第に現在見られるような、独自の画風を確立していった。そして満を持してヨーロッパに渡り、国際的に高い評価を受けて帰国したのである。客観的に見ると、彼はわが国においてよりもヨーロッパ画壇で高い評価を受けた画家である。
 彼は自分自身で過去の活動時期を6つに区分している。彼自身の区分を一部修正しながら、ご紹介しておこう。彼は第5期を2000年〜2002年まで、第6期を2002年以降としているのであるが、私はこの時期を一つにまとめて「第5期」とした。
第1期:鈴木航伊知が画家を志してから1984年までの時期。彼はこの期間に沢山の作品を制作したが、すべてを破棄したという。したがって、私としてもこの時期の作品として皆さんにお伝えできる情報は何もない。
第2期:1984年〜1991年、彼が渡仏するまでの期間。この時期に彼は現在の独特の画風を確立した。
第3期:1991年〜1994年。フランス滞在中の期間。
第4期:1995年〜2000年まで。パリ、ロンドン時代の作品が含まれている。
第5期:2000年以降。ギャラリーパレスでおこなった帰国展以後。
 なおご参考までに画家の近況をご報告しておこう。2004年、彼は長編小説を書き出した。そして「中世の少年ヤン」と題する900枚あまりの小説を一気に書き上げてしまった。ポール・ヴァレリーはドガの思い出について書いた文章の中で、「彼の性格には文人気質の一面があった」といいい、彼がいくつかのソネットを創作した話をしている。ところでわれらの画家は、目下長編の物語詩に取り組んでいるということだ。画家としての活動と平行しながら、文筆の面でも意欲旺盛な活動を展開しているわけである。
ヴァレリーはまたドガについて、「すぐれた古典的教養を持っていた」ともいっているが、この点に関しても、私はわが画家がドガにも負けないすばらしい教養人であることをご報告しておく。彼の教養は、宗教、文学、音楽、最新の科学にまで広くわたっており、要するに博覧強記だ。彼の豊富な話題と暖かい人間性には、人をひきつけるものがある。
 私は画家の好意により、上記の彼の活動期の区分ごとに収録された写真アルバムをコピーさせてもらった。何しろこの画家はカメラマンであったことがあるので、かなり精密な作品の写真記録を持っているのである。私はこれまでに、機会あるごとに彼の作品に接してきた。けれども、中にはこの写真記録で初めて知るような作品もある。作品数は全部で378点に達する。これらの記録から、鈴木航伊知の作品の傾向や特徴を知ることができるのは、私の大きな喜びである。

 私は前章で、鈴木航伊知の絵に共通して見られる特色、「物語性」について述べたが、この章ではもう一つの大きな特徴である「音楽」について触れたい。彼の絵画には音楽がある。この「音楽」には二つの意味がある。一つは、彼の絵画作品の中にはたくさんの「楽器」が描かれているということ、それも、演奏中の楽器として描かれていることが多いことだ。またもう一つは、彼の絵画には「音楽が流れている」ということである。
第一の点についていえば、この画家は楽器または音楽に強い関心を持ち、それを絵画の中でくりかえし表現している。要するに、楽器または音楽が、彼の描く重要なモチーフとなっているのである。これに対して第二の点、絵画に「音楽が流れている」と感じるのは、あくまでも私の主観だ。「いや、音楽など聞こえない」という人もいるだろうから、この点については論争はしない。
私の場合、どうして彼の絵画に「音楽が流れている」と感じてしまうのだろうか。その理由の一つは、画面に楽器や演奏されている人物が多く描かれていることによる。また彼の絵画にある「物語性」のためだと思う。たとえば映画に音楽が不可欠であるように、彼の描く物語も、ふさわしい背景音楽を伴っているように思える。彼の描く物語はいずれも平和でファンタジックなものである。これにはきっと音楽が伴っているはずだ感じ、ときに、その音楽が聞こえるような気がするのである。

 

2−2.手回しオルガン
はじめに彼の絵画と楽器の関係について述べよう。今回の分析に用いた彼の作品378点に対して、のべ88の楽器が登場する。同一の画面に複数の楽器が描かれていることもあるから、これはかならずしも作品の点数には一致しないが、彼の絵画における楽器の出現頻度はきわめて高い。楽器の種類と出現回数を大まかに区分すると以下のようになる。
1.手回しオルガン 28回
2.クラリネット、ラッパなど、吹奏楽器 25回
3.アコーディオン、手風琴など 19回
4.ヴァイオリンなど 16回
5.チェンバロ、カリオン、叩き弦などの古楽器 17回
6.オルガン、ピアノ、ギター 10回

お分かりのように、彼の絵の中にもっとも多く登場する楽器は「手回しオルガン」である。これは単独の楽器として28回も出現し、この数字がそのまま絵画の点数となっている。この楽器は――、道具あるいは装置といったほうがいいのかもしれないが、今日ではあまりに見られなくなったが、一時期ヨーロッパにかなり広く普及したらしい。
「手回しオルガン」について音楽の友社の「標準音楽辞典」を調べてみると、――この辞典は、上下巻で2400ページにもなるものだが――「小型でハンドルを手で回して発音するバレル・オーガンのこと」という、たった二行の説明があるだけだ。そこで「バレル・オルガン」の項を調べてみると、「ピンの刺さっている円筒を回転させてオルガンの鍵を押さえるようにした自動オルガン」「小型で持ち運びできるものは町で使うので、ストリート・オルガンとも呼ばれた」とある。じつにそっけない説明だ。要するに、この辞典では、「手回しオルガン」は正当な音楽の歴史の枠外にあるとみなされているのである。画家が愛したのはこの楽器である。
私の知るかぎりでは、オルガン部分の機構部分にはリードを振動させる簡単なものからパイプを使った本格的なものまであるようだが、要するに手でハンドルを回して空気を送り、その空気が楽器部分の音を発生させるものだ。音を発生させるタイミングは、同じハンドルで回されるピン付きの軸か、穴のあいたカードや厚紙で制御されており、これによって所定の音楽がなる仕組みである。音色は楽器ごとに異なるが、パイプオルガンのような、あるいはリードオルガンのような、木質の素朴な音がする。
手回しオルガンを演奏する場合、演奏者はハンドルを回して空気を送り込むだけで、自分で鍵盤を操作するわけではないから、おそらくだれにでも音楽を作り出せる。この楽器はやがて「手回し」から電気仕掛けによる「自動」に代わり、遊園地などで用いられるようになった。もちろん同じような仕掛けがピアノにも応用されるようになった。私はクライスラーやラフマニノフの演奏を記録した自動ピアノの演奏を聴いたことがある。この考え方と技術は、今日でもコンピュータ制御による「自動ピアノ演奏装置」へとつながっている。

彼の第一期の作品にはとくに手回しオルガンの出現頻度が高い。ちなみに「緑衣の手回しオルガン弾き」という作品では、一人の人物が赤い、縦長の箱のような手回しオルガンを演奏している。この人物が男性なのか、女性なのかは判然としない。手回しオルガンの高さは、演奏者している人物の腰くらいまでの高さで、一方には装置を移動するためのハンドル、他方にはふいごにつながる演奏用のハンドルがついている。ryokuiこの装置の下には移動用の車輪が一つ見えている。おそらく対抗面にもう一つの車輪があり、さらに、どこかに支持のための脚が一本あるはずだ。手回しオルガンの鮮やかな色とは対照的に街は暗く、足元の石畳も暗い。もちろん演奏者のほかには誰もいない。この静かな夜の街で、演奏者は一人ハンドルを回しているのである。誰がこの演奏を聴いているのだろうか。家の中にいる人には聞こえているかもしれない。けれど、彼らは音楽の積極的な聴き手ではない。
私の見るところ聴き手は演奏者自身である。彼、または彼女は首をかしげて、自分が作り出すオルガンの音を聴き入り、確認しているかのようだ。私はこの絵の主題は手回しオルガンであり、それが作り出している音楽だと思う。私たちも、このオルガンの音楽の聴き手なのだ。そう考えると、私にはこの手回しオルガンの音が聞こえるような気がするのである。

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「白い襟の手回しオルガン弾き」という作品にあらわれる手回しオルガンは、横に長いワゴン型である。このオルガンの縁には浮き彫りの彫刻がほどこされているが、内部の機構が透けて見える。やはりこれも二輪車方式で、移動用のハンドル側に支持用の黒っぽい脚が見えている。先ほどの手回しオルガンはクランク型のものであったが、ここで用いられている演奏用ハンドルは舵輪型のものだ。おそらく装置が大型なので、それだけ多くのパワーを伝えなければならないのだろう。
ここで演奏しているのは少年らしい。大きな、白い襟のついた薄いブルーの上下を着ていて、たいへんかわいらしい。襟の具合は水兵服に似ているが、この襟にはレース模様が入っている。国籍も、時代も、年齢も不詳である。彼が演奏している場所は、明らかに都市の広場である。規則的な石畳が広がっている。画面右手奥には、すばらしく背の高い二塔型の大聖堂が見える。時間は正午ごろらしい。都会の正午の広場、しかも快晴の日とあれば誰か人がいてもよさそうなのに、広場には誰の姿も見えない。ここでも聴衆は描かれていない。少年は黙々と、無人の広場で手回しオルガンを演奏し続けている。要するにこの音楽の聞き手は、画家と、私たち以外にはいないのである。

 
 

2−3.丘の上の金管楽団
 「手回しオルガン」といえば、シューベルトの「冬の旅」で歌われる最後のナンバー「老楽師」を思い出す。この詩を作ったのはシューベルトと同時代の詩人ウイルヘルム・ミュラーである。つまり、シューベルトの時代に街では「手回しオルガン」がよく聞かれた、ということにちがいない。あの「老楽師」にあらわれる手回しオルガンは、単調な、同じ音だけが機械的に出てくるという情けない代物である。おそらく、オルガンも手入れが不十分で、相当いかれていたに違いない。翻訳の歌詞でも「角に立てる年寄りの/萎えし指に奏ずるよ/氷ふむも素足にて/報いもなきさすらいに/皿はむなし、空寒し」とあるから、年寄りの乞食が演奏しているものと見える。この手回しオルガン弾きは孤独で、絶望的である。
 これに対して、わが鈴木航伊知の世界における手回しオルガン弾きは、みな容姿が美しい。少なくとも彼らは物乞いではないし、生活のために弾いているのでもない。そしてどの楽器もみなぴかぴかで美しい、画家は楽器の美しさと演奏家の美しさからして、あの楽器が奏でる非現代的で、素朴で味わいのある美しい音楽を私たちに伝えたいのである。
しかし、私はあの演奏家たちの「孤独感」にも注意を払いたい。それは、シューベルトの、あの「老楽師」が引きずって歩いていたような暗く、絶望的な孤独感ではない。それは少しも暗さを持たない孤独感である。つまり彼らは聴衆を少しも期待しておらず、聴衆などというものは、眼中にないのである。彼らは自分自身に聞かせている。そしてただ、絵の前にいる私たちだけにだ。こうして、私たちは彼の絵から音楽を聴くのである。

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さて鈴木航伊知の作品の中で、「手回しオルガン」の次に多く描かれているのは管楽器である。ここでは、「丘の上の吹奏楽団」と題する絵を見ていただこうと思う。ごらんのようにここには9人の若者が並んで、吹奏楽を演奏している様子が描かれている。9人という数は奇しくもミューズの女神の数に一致している。楽器はなるほどどれも金管楽器、俗に「ブラス」と呼ばれるものばかりだ。右のほうから二台のトロンボーン、二台のユーフォニアム、中央がチューバ、二台のアルトホーン、そして左端が二台のトランペットとなる。実際にこれらの楽器が同時に音を出せば、かなり重厚なものとなるだろう。
この9人の若者の性別はおそらく男性と思われるが、中には女性が混じっているかもしれない。この画家の描く人物は「緑衣の手回しオルガン弾き」でも見られたように、男女、どちらとも分からない場合が多い。彼らの服装は似ているが少しずつ違っており、まったく同じ格好をしているものはいない。いずれもぴったりしたズボンははいており、外衣はわずかにすそが広がっている。一人を除いてみな腰ベルトを巻いている。ちなみに、腰ベルトの色はどれも違っている。今日の楽団では、このようにデザインが統一されているのに一人ずつ個性的な衣装をしている、という例はほとんど見られない。
ここはどこだろうか。左手に教会の尖塔とそれを取り巻く住居群が見える。それに画面右手には、きれいに整えられた畑の畝が見える。右手奥にはさらに丘があり、そこにも建物らしいものが見える。ヨーロッパのどこかの村落にちがいない。いずれにしても、ここに見られる自然は人の手で管理され、美しく整えられた自然である。その村はずれの丘の上で、同じ年頃の同じような背格好、同じような服装をした若者が金管楽器を演奏しているのである。
この絵の場合、演奏者は明らかにこちらを向いている。しかもこちらの、つまり画家の視点を中心にして内側に弧を描くようにしてフォーメーションを組んでいる。では、こちら側には聴衆というものがいるのだろうか。私は画面のこちら側、つまり絵を見ている私たちの側に、彼らの音楽に対する聴衆がいたとは思えない。
その第一の理由は、画家が音楽の中心を占める場所にいるからだ。ただし画家の視点は、演奏者よりも少し高いとこにある。絵がこのように描かれるためには、画家は指揮者のように一段高くなったところにいるのでなければならない。他の聴衆がいて、しかもその一人だけ壇の上に立っている人物がいる、というのはどうも不自然だ。
第二の理由は、かりに丘のこちら側に聴衆がいるとした場合、この丘の頂上はかなり広いものでなくてはならない。しかも楽団は、わざわざ広場の端に立っていることになる。これはいささか不自然だ。というわけで、私はこの楽団には特別な聴衆はいなかったと考える。であるとすればこの楽団は「練習中」であるに相違ない。けれども、練習中にしては服装が整いすぎてはいないか。いやいや、彼らの服装は、これが平服なのだ。私はこのような自分自身との押し問答を通じて、この金管楽団がほかでもない、この絵を見ている私に向かって演奏しているのだという確信を深めるのである。
私はこの絵の前で、絵の鑑賞者であると同時に音楽の鑑賞者である立場に置かれている。なるほど、音楽は直接的には聞こえてこない。この音楽を聞き取るには、絵に対して働かすのと同じ想像力で足りると私は考える。私は彼らがバロック風の、あるいはややルネッサンス風のひびきを持つ、軽やかガヴォットを演奏しているのだと考えることにする。すると、私の耳には「それ」がはっきり聞こえるのである。
彼の絵の中の演奏者と聴衆との関係については、さらにいうべきことがある。それは、「演奏者」が描かれている彼のどの絵においても、聴衆はほとんど描かれていないということだ。たとえば、ここに「弦楽二重奏」と題する絵がある。ここには、二人の楽師、ヴァイオリニストとチェリストが描かれている。

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彼らは目下譜面台を前に明らかに練習中である。夕日はちょうど向こうの町のある丘に沈んだところで、あたりはまだ明るい。その明るさを利用して二人は練習をしているのである。この二人は服装から見て、おそらく「クラシック音楽」の演奏家にちがいない。彼らは二人の楽団として旅回りをつづけているらしい。そして、新しいプログラムのための練習をおこなっているのである。
ちなみに、現実の弦楽合奏の形式に「四重奏」「三重奏」というのはあるが、「二重奏」というのは珍しい。というのも、ヴァイオリンもチェロもともに旋律のための楽器であり、この二つだけの組み合わせでは「和音」が乏しくなってしまうからだ。だから、弦楽二重奏団というものがあるとすれば、演奏する曲の難度は高く、緊張度も高いいはずだ。演奏者はよほど腕が達者でなければならない。その真剣さが彼らの姿から伝わってくる。
ここはどうやら町外れの小さな宿屋の前らしい。私が勝手に想定する「物語」によれば、彼らは向こうに見える「町」を目指していたのだが、町に着くころには暗くなるので、町の手前にあるこの宿にとまることにして、夕日の明るさを利用して練習を開始したのである。彼らは宿屋の前の広場の一角に陣取って、いっしんに弾きつづけている。この絵の場合も聴衆はいない。練習中なのだから当然といえば当然だ。絵の鑑賞者である私たちだけが彼らの真剣な演奏を聴いているのである。こう考えたとき、私の耳には彼らの音楽が聞こえるような気がするのだ。
もっと直接に演奏家が私たちに音楽を聞かせてくれている絵も少なくない。
siroterasu「城のテラスでアコーディオンを弾く少女」という絵の中では、一人の女性が、かなり大型のオレンジ色のアコーディオンを弾いている。楽器の鍵盤を見ると、明らかの4オクターブの音域を持つ本格的なアコーディオンである。アコーディオンの鍵盤は黒鍵と白鍵の関係が、正確に書き分けられているから、このことがわかるのである。さらに彼女の動作から、彼女は目下アコーディオンの蛇腹を閉じようとしていることも分かる。
絵の題にあるように、ここは石造りの城のテラスである。かなり無骨な石のテラスと女性、テラスの床の石畳と彼女の素足が対照的だ。テラスの向こうには、入日に染まった空と街の家々の屋根が見えている。彼女が裸足であることから、この演奏がフォーマルなものではないことがただちに見て取れる。つまりこの場合も、聞き手はまさに私たち以外にはないのである。

pinokio「ピノキオと子馬」という絵では、天使の羽をつけたピノキオが木の切り株に腰掛けてラッパを吹いている。いまピノキオの世界は月の光に照らされて光っている部分と、影の部分のコントラストが鮮やかだ。無駄なものは極限まで排除されている。この演奏には珍しく聞き手がいる。しかしそれはおもちゃの馬だ。向こうのほうに羊が一匹見える。こちらを向いてピノキオのラッパを聴いているかのようだ。だとすれば、これも聴衆といえば聴衆だ。
だが、このピノキオは馬や羊が聴いていようといまいとラッパを吹くだろう。これらの聴衆は音楽の聞き手としてはたいしたものではない。こうして、私は鈴木航伊知の絵の中の演奏者がつねに「孤独」であり、したがって「聴衆を期待していない」ということ、ただ「自己の音楽に耳を傾けている」だけだということを知るのだ。要するに、音楽の聞き手は私たちなのであり、私にはこの画家の絵から音楽が聞こえるような気がするのである。

 
 

2−4.「堰のある川」

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ではここで楽器のあらわれない絵の中にも音楽がある、という私の主観的な意見を聞いていただきたい。ここに私の愛する作品のひとつ「堰のある川」という小さな絵がある。この絵は一人の白い洋服を着た少年が、堰のある川のほとりで、一本の木に寄りかかるようにして両膝を抱えて腰を下ろしているという構図である。少年の足元には赤や黄色や白色の花をつけた草が生えている。この少年のいる場所は土手のようなところらしい。向こう側には清流をたたえた川が流れている。その川の上流は左手奥の樹木の向こう側らしい。川は左手から中央にむかって流れてきて、堰を通って左手前のほうに流れていくのだと思われる。
川の両岸はまったく人手にかかったことのない、大きな樹木におおわれている。その緑は深々としてじつに心地よい。よく見ると、この樹種がわかるような気がする。少なくとも画面の大部分を占めている数本の木の種類は同じである。それは、アカシアかトネリコではないかと思われる。要するに奇数羽状の、複葉の植物である。葉の先端がやや硬質に光っているのが見えるところから、私はこれをコバノトネリコあるいはその近縁種ではないかと推察する。
川のほうに目を転じると、それは雲を映し、画面中央から右側にかけてゆったりと水をたたえたあと、堰のところで小さな滝となって流れ下っている。堰の開口部は二箇所あって、奥側のほうが白いしぶきを多く作っている。流れ下った水は下流の水面に波紋を作って広がっている。水の色、空の色がなんともいえず穏やかである。
もう一度少年を観察してみよう。少年は上下ともに白の洋服を着て、さらに同じ色の帽子をかぶっている。洋服も帽子もかなり特徴的なものだ。洋服は詰襟である。また帽子のデザインも、わが国の大学生の帽子や車掌さんのそれに似ている。これで生地の色が黒だったら、わが国の高校生や大学生と思ってしまうところだ。しかし、洋服の生地はかなりやわらかそうだ。しわや光沢の具合から、ビロードのような起毛性の生地にも見える。草花に隠れて脚はよく見えないが、どうやら彼は裸足らしい。
季節はいつごろだろうか。足元の草花を見ると春のようにも思われるが、空や雲のたたずまいは盛夏を思わせる。川辺の樹木がすっかり生い茂っているとこから見ても、夏と判断するのが自然である。それにしては、少年の服装は夏向きではない。白という色はいいとして、詰襟や帽子はどうか。もっともそれだから彼は裸足になっているのかもしれない。だとしたら、帽子や上着を脱いではどうなのか。
このように見てくると、またしても「謎」と「物語性」が深まることになるが、ここではあくまでも「音楽」に着眼してこの絵を見ることにする。ごらんのようにこの絵には楽器は描かれていない。しかしながら、私にはこの絵がひとつの音楽を奏でているように思われる。まず、堰のところに落ちる水の音が規則的なトレモロを奏でているにちがいない。どこかで小鳥も鳴いているだろう。空の青、樹木の緑に囲まれたこの空間は、ある種の通奏低音を鳴らしているように思える。要するに、私にはこの画面は、ひとつの豊かな音楽空間であると思われるのだ。この少年が膝を抱いてじっとしている様子は、あたかも、この風景の奏でる、あるいは彼の心に流れる音楽を聞き入っているかのようだ。こうして楽器が画面の中に現れない絵を見るときにも、私は音楽を聞く思いがする。

aoimati同じように、まったく楽器は描かれていないのに、音楽的であるように思われる作品の例をあげてみよう。ここに、「青い街と一輪車(F10)」という作品がある。この絵はタイトルにある通り全体に青い色調で街の風景が描かれている。この街の通りを一輪車に乗った小さな子供が画面左に向かって進んでいる。この子供のあとを追って、白い馬が走っている。この子供はオレンジ色の耳つきの帽子と、ほぼ同色のタイツを着ている。彼は右手に吹流しのような小旗を持っている。この子供が何者なのか、どうしてこんなところで遊んでいるのか、私たちには分からない。ただ私たちには、この子供が「どうやら普通の子供ではない」と感じられるだけだ。
はじめは気づかないのだが、よく見ると、画面左手の建物のかげに一羽の大きな鳩がおり、子供の走るのを眺めている。この鳩はおそらく馬ぐらいのサイズはあるだろう。描かれている生き物は「子供と馬と鳩」、この三種類だけである。この馬が子供に忠誠を誓っていることは明らかだ。この馬が子供の前を走ることはないだろうし、子供との距離をこれ以上広げることもないだろう。だが、この三者の関係は謎である。
次に建物を観察するとさらに謎は深まる。まず建物の屋根の種類に注目すると、普通の民家風の切妻型の屋根があるかと思うと、城砦の物見や尖塔のような屋根を持った建物もある。この城砦型のものは古い戦城の銃眼を備えている。中央よりやや右手手前には、アラビア風の丸屋根を持った建物がある。これらの建物群の異質な組み合わせはなにを意味するのか。一体、ここはどこなのだろうか。この謎を解こうとすると話がまた「物語性」のことになってしまうので、ここではいささか我慢し、音楽だけに着眼して絵を鑑賞することにする。
私の主観によれば、この画面の最初の印象はきわめて深い沈黙である。音も音楽も何も聞こえない。おそらく「青い街」の印象、おそらくは未明の街の深い沈黙である。するとまもなく一輪車が石畳の上を走る軽い音、それにさほど急ぎ足ではない馬の蹄の音が聞こえてくる。この二つの音が、この絵につけられている音楽である。小妖精が右手に持つ小旗に注目すると、私には、ピッコロのような高い音域で、細かく鳴る音楽が聞こえるような気がする。
ヘーゲルは「芸術は本質的に問いであり、反響する胸に語りかけ、心情と精神に呼びかけるものである」といっている。またスタンダールも「芸術作品と私たちの関係はヴァイオリンに対する弓のような関係だ」という意味のことをいっている。私は結局何をいいたいのか。それは鈴木航伊知の絵にはどれにも豊穣な、美しい音楽があるといいたいのだ。楽器が描かれている音楽では、その楽器が他のだれにでもなく、私たちに直接語りかけているといいたいのだ。かりに楽器が描かれていない絵の場合にも「堰のある川」や「青い街と一輪車」の例でおわかりのように、あきらかに音楽があると私はいいたいのだ。
これを要するに、鈴木航伊知は絵画によって作曲し、絵画によって演奏する画家なのだ。鈴木航伊知は世にも珍しい「絵画による音楽家」だったのである。この音楽に耳を傾ける者は幸いなるかな。

 
   
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