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鈴木航伊知の世界
 
第4章 衣装

4-1.女性とスカートの関係
私たちはいま「鈴木航伊知の世界」に登場する人物たちについて考えている。彼らはみな若く、美しく魅力的である。前章の考察で私たちは、画家が通常の男女のほかに、かなり意図的に「性別不詳の人物」を描いていることを知った。私はここで、鈴木航伊知が描いている人物の「性」を理解するために、どうしても衣装について考えてみなければならない。
 カーライルはその著書「衣装哲学」で、私たちは衣装があってこそはじめて人間であり、社会生活を営めるのであって、かりに衣服がなかったらどえらい混乱が起こるだろうといっている。彼は著書中のエキセントリックな代弁者に「(衣服というものが消えてしまったら)陛下は何とされるであろうか? ・・彼らの高尚な時代物悲劇は、笑劇の中でももっともいけない泣きたくなるような茶番劇となり、・・それとともに、政府、議会、財産、警察および文明社会の全機構が哀泣慟哭のうちに解消してしまう」と言わせている。
 たしかに、衣装は私たちがそれと意識する以上に私たちの精神活動を支配している。それは、とても「寒さをしのげればいい」とか、「単に身を覆っていさえすればいい」というようなものではない。それはまずもって私たちの「性」を規定し、ついで社会における「役割」を規定している。まさにカーライルがいうように、「服装はわれらすべての義務であり、運命である」ということになる。そうであればこそ、絵画に登場する人物がときには裸体である当然の理由があるのであり、ときには衣服をつけているべき当然の理由があるのだ。
いうまでもなく絵画における人物は、裸体が描かれているのでない限り、衣装によって性別を判断せざるを得ない。描かれている人物を裸にすることはできないからだ。ロダンはあの「バルザック」の像を制作するに当たって、裸像をいくつも試作し、その上にあのマントを羽織らせたといわれている。この伝説は事実かもしれない。しかし事実だとしても、私たちはあの像からマントを剥ぎ取ることはできない。私たちにとって絵画に描かれた衣装こそは所与の条件であり「現象」そのものなのである。
 これは何も絵の世界だけのことではない。考えてみれば、人間の「性」と衣装との間には深いという以上の「関係」がある。私たちは、たとえ通行人であろうと出会う人の性別をつねに認識している。おそらくその認識の根拠は服装ではないだろうか。もちろん頭髪や顔かたちや手足なども私たちはそれと意識するまでもなく観察している。しかし所定の距離をとった場合、もっとも多くの情報を提供しているのは服装だと私は思う。
古典的な演劇には女性が男装するという設定がたくさんある。それが大抵は見破られないことになっているのだ。今日、衣装のモノセックス化が進んだといわれるが、それでも私たちにとって服装は性別を決定するもっとも重要な要素ではあるまいか。そして私は、鈴木航伊知の絵の中の「性別不詳の人物」に関して、この「衣装の秘密」が深く関与していると考えるのだ。

hatakazari すでにお分かりいただいたように、航伊知が描く人物たちは日常の私たちとは違った服装をしている。たとえば、前章の最初に見ていただいた「旗飾りのある広場とヴァイオリン弾き」の人物は、体にぴったりしたロココ風の胴着を着ている。これは少なくとも現代の衣装ではない。「丘の上の金管楽団」で、演奏家たちが着ていた統一的な美しい衣装もどこか中世風であり、現代のものではない。これまでにご紹介した人物が着ていた衣装は、いずれも独自な美しさを持っているが、私たちの日常生活には見られないものが多い。
 そもそも鈴木航伊知の描く絵の世界は、現代ではない。彼は長編小説「中世の少年ヤン」を書いたことからも推察されるように、古い時代のヨーロッパの風物、とくに「中世」に深い関心を持っている。げんに彼はヨーロッパ各地をたんねんに歩いて回っている。彼はおそらく「中世」という視点から多くのものを発見しているはずだ。私はあるとき彼から、そうした自然や事物の、おびただしいスケッチ群の一部を見せてもらったことがある。そのとき彼は「自分は見たことがないものは描かない」といっていた。
 では、彼の描く人物が着ているものはみな中世の衣装かというと、かならずしもそうとはいえない。彼の絵の中に登場する人物は、ときには中世風であり、ときには近世風であり、あるいはかなり現代に近いものであったりする。たとえば、すでにご紹介した「堰のある川」の少年は、ごく現代的な服装をしている。
もっとも、どこからどこまでを「中世」とするかが問題だ。広辞苑では中世を「古代の終わりから、近世までの間」とし、「西洋史ではほぼ4世紀末から15世紀半ば百年戦争の終結にいたる時期」と定義している。服装史の参考資料によると、ヨーロッパの13世紀までの服装は古代の伝統を引き継いでおり、布地を直線的に裁断して、そのまま羽織るという形式のデザインが中心だったそうだ。当時はボタンも使用されていなかった。今日ボタンが使用されるような部分は紐、リボンで留められていたらしい。モリエールの作品でも「リボンだらけの若者」の風俗が紹介されている。
中世を代表する服装の形式に「チュニック」と呼ばれる服装がある。これはどうやらワンピースの原型で、原則として布地を直線的に裁断する製法に属しているらしい。チュニックには袖なしもあるし、袖つきもある。ベルトなしもあるし、ベルトを使用するタイプもある。下着のチュニックも、外衣のチュニックもある。二三枚のチュニックを重ね着することもあったらしい。図版資料などを見ると、男女ともに同じようなチュニックを着用していたことがうかがわれる。

komamono-500ちなみに、私たちが第一章の終わりで見た「旅の小間物屋」はオレンジ色のワンピース型の外衣を着ていた。後姿なのでなんともいえないが、かりに前あきだとすればコートであり、ワンピースであればチュニックの一種ということになる。伝統的なチュニックにしては、丈がやや短く、裾がスカート風に裾が広がっている点が特徴ということになる。
布地が人の体に合わせて曲線的に裁断され、縫い合わされるようになって、はじめて男女の服装の差が明確になったという。上流階級の男性においてはいわゆる「騎士」のスタイルがモデルとして確立し、女性に関してはいわゆる「貴婦人」のスタイルが確立したともいわれる。してみると、中世の終わりごろから服装に関する大きな変化が生じたことになる。
ルネッサンス期以後のヨーロッパの男性は原則として脚線をあわらして上下分離型となり、女性はスカートで下半身を隠す形が一般化した。スコットランドの民族衣装のように、男性がスカートをはくという例外もないわけではないが、西洋名画などを見るかぎり、中世以降のヨーロッパの男性はタイツをはいた脚を露出している。
 能澤慧子はその著書「モードの社会史」の中で次のように記している。「この男性の脚の形の露出とツーピース化は、その後の服装上の性差を決定的にしたといえよう。女性は相変わらず、いや、よりいっそうローブの裾を長くのばして行った。彼女がおずおずと、しかも何か正当そうな理由――外出着、散歩着、スポーツ服などという名称――をつけてツーピース形を取り入れたのは、・・十九世紀も後半のことである。この間、女性はワンピース型の服装を一度も見捨てたことはなかったし、少なくとも下半身は、スカートで覆ってきた。女性の二本の脚の存在を誰も疑いはしなかっただろうし、女性はたびたびそれをスカートの裾からのぞかせたり、さまざまの技巧を労して暗示はしたものの、原則的に見せてはならないものであり続けた」。

 

4-2.宮廷の男女
tukinohikari 以上のような大原則を適用しながら、鈴木航伊知の世界の男女が服装の上からどのように描かれているか見ることにしよう。ここでごらんいただくのは、「城の中庭の月夜の踊り」である。この絵では4人の楽師たちによって演奏される音楽に合わせて、8人の人物が踊っている。場所は整備された王宮の中庭らしく、満月を画面の正面中央に配したシンメトリックな構図になっている。三段階に変わってゆく夜空のブルーがとても美しい。庭園の刈り込まれた木々の先端は、月光を受けて光っている。

すでにお気づきのように、ここでは伝統的な宮廷衣装の男女が交互に手をつないで踊っている。彼らの顔ははっきりとは見えないが、男女の違いは一目瞭然だ。女性たちはおそらくは鯨骨でふくらませたスカートを着用している。自由度の高い男性のほうが動きがより大きいこともわかる。この絵からは、バロック音楽が聞こえてくるようだ。革命の嵐はまだこの中庭にはやってきていない。衣装の様式は分からないが、17世紀〜18世紀にかけての貴婦人と貴公子たちであろう。画家はこの絵において、遠くに見える人物の衣装だけで男女を表現してしまっている。

次に「女性たちの野」という作品をごらんいただこう。これも服装の様式がはっきりしている例である。この絵は大きな広場にたたずむ女性たち、主として4人の着飾った女性=貴婦人を描いている。画面左手奥に黒っぽい服装の二人の人物が見えるが、あまりにも遠いので、この人たちのことは何も分からない。この広場の右手奥には左右非対称の建物がある。この建物の中央には鐘がいくつか見えているから、カリオンの装置が入っているとみていいだろう。

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 さらに広場の向こう側には赤い岩山が連なっている。広場の中央にはどういうわけか碁盤縞の部分がある。これが描かれたものか、タイルなのか、石なのかははっきりしない。女性たちのほかに灰色の仔馬らしい四足と――この仔馬はあまり元気そうでない――、左手奥に光る緑色の物体がある。さて、このような奇妙な環境の広場を、4人の貴婦人がいとも落ち着き払って立っている。彼女たちは他の女性にはまったく関心がなく、勝手な方角を向き、自分自身の存在に没入しているかのようである。
まず絵の右手にいる緑色のドレスを着た女性であるが、この服装の特徴は整形された二段型のスカートと襟から胸にかけてのレース飾りだろう。スカートの中に詰め物が入っている。手元の資料と見比べると、このスタイルは17世紀初頭のフランスで流行したといわれる様式に似ている。似ているがかならずしも同じではない。これに対して、左手にいる赤いドレスの女性が着ているものは16世紀のスペインの様式に近い。ただし、手元の資料の衣装では、絵に見られるような大きな襞はついていない。
画家は何かモデルになる様式を選び、それを観察して描いているにちがいないのだが、それは画家によってアレンジされており、デザインしなおされている。選ばれた様式も、同じ時期、同じ場所のものではない。いずれにしても、これらの女性たちは16世紀から17世紀にかけてのヨーロッパの宮廷から、突然この画家の世界に拉致されてきた人々である。彼女たちは、自分たちがいまどこにいるかも知らないし、そのようなことに関心がない。ただ彼らのベスト・ファッションに身を包んでこの不思議な空間にたたずんでいるわけだ。

 
 

4-3.なぜ性別不詳となるのか
aoiuma私はいま鈴木航伊知の世界の中で、比較的出所のはっきりしたファッションの例をあげた。しかし、このような作品はこの画家にとっては比較的数少ない例である。彼の絵の中の人物たちはもっと時代的に錯綜した衣装をつけている。たとえば、私たちが第三章で見た「青い馬に乗って空を飛ぶ二人」の場合でいえば、男性が着ているのは明らかに袖つき、ベルトつきのチュニックである。頭にかぶっているのはトルコ帽のように見える。これに対して女性は袖にふくらみのあるブラウスにチョッキ、それにロングスカートという格好だ。女性の格好は、どちらかといえば現代的であるが、男性の衣装はなにぶん中世的である。

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「青衣の手回しオルガン弾き」は明らかに男性である。この男性は大きな折り返し襟のついたワンピースらしいものを着ている。この襟ははなはだ現代的なもので、私たちの背広の襟に似ている。これに対して下半身は大きなプリーツのスカートだ。このスカートがあるために、私たちは一瞬、「あれ、女かな」と思ってしまうのだ。私としては、これはすばらしいセンスのデザインだと思うが、このスタイルを服装史の中に見つけることは難しい。
「牛と少年」という絵を見よう。この絵には立派な牛の前半身と赤い衣装を身につけた「少年」が描かれている。絵のタイトルに「少年」となければ、この赤い衣装の人物を私たちは「少女」と見間違えるところだ。それにしても、この絵もかなりの謎を含んでいる。背景の夜空には、いろいろな天体が浮かんでおり、ご丁寧に彗星まで飛んでいる。地上にはチムニー状に噴き上げる火山がある。中央より左手奥には囲郭都市らしいものが見えている。赤い少年は、階段を下りてくるところであるが、階段の向こうには床がなく、どうやら異次元の空間につながっているようだ。手前側の階段下は砂地のように見える。
ushiこの少年はゆるくベルトで締めた赤いワンピースを着ている。袖はたっぷりしているが、スカートはかなり短い。同色のストッキングか、あるいはタイツをはき、さらに華奢な靴を履いている。彼は金髪で、頭にはベレー帽風の帽子をのせている。この赤一色でキメた少年は何者なのだろうか。また、黒い牛とどのような関係があるのだろう。私には何も分からない。あまりの謎の多さに呆然とするばかりだ。
ところで、前の絵「青衣の手回しオルガン弾き」の場合も、この「牛と少年」も要するに主人公の男性がワンピースのスカートをつけている。「青い馬に乗って空を飛ぶ二人」の男性がつけていた衣装には「チュニック」風の古典的な雰囲気が残されていたが、いま例に挙げた二人の少年に関しては、服装は現代風である。「牛と少年」の赤い服装なら、今日のどこかのお嬢さんがいま、こういう格好をしても、少しもおかしくない。ただ、このような服装の「少年」ということになると、現実世界では多少違和感があるかもしれない。

念には念を入れてもう一つ例を示しておく。「白い仔馬と少年のいる野」をごらんいただきたい。この絵では赤いワンピースを着た少年が画面左側に横向きに立っている。この少年に向き合うようにして一頭の仔馬がいる。少年は仔馬に向かって「こっちへおいで」といっているようであるが、仔馬はどちらかというと後ずさりするような姿勢をとっている。siroikouma この場所はどこかの高台の平地のように見える。というのも、この野原の境界部分にいろいろな形の植物が立ち並んでいるが、向こうに見える岩山との間が不連続に見えるからだ。私はあれらの樹木は、この高台におけるフェンスのようになっており、その向こう側は崖ではないかと想像する。向こうの岩山は中間に隠れて見えない谷を隔ててそびえているのではないかと思えるのだ。
なお、画面左側奥には吹流しに似た旗が立って、これが左側から吹いている風になびいている。私ははじめ空に輝いている天体をてっきり「太陽」だと思っていた。ところがどうやら違うようだ。これは太陽以外の、何らかの光る物体と思われる。というのも、もしこれが最大の光源だとすれば、影の位置が不整合になるからだ。
もっとも、この絵における最大の謎は「影」である。少年の影は人物よりも左手に落ちている。これに対して馬の影は馬の真下にある。旗竿の影は本体の右側に落ちている。この場合、太陽の位置はどこか? 私にはわからない。ただ、光る物体が少なくともこれら三者の影を地上に作るほどに強い光源ではないことはたしかなのだ。
さて、前置きが長くなったが、この少年の衣装は袖付きのワンピースであり、履物は細身のブーツあるいは、黒いストッキングのようだ。彼は茶色、あるいは栗色の髪の毛をしている。私がここで注目してもらいたいのは、この少年の全体の姿勢、そして体つきである。この直立の姿勢は男性に固有のものである。われわれと彼との距離が遠いにもかかわらず、――あるいは遠いからこそ、この少年の姿勢の果断さ、男性的な自信といったものが読み取れるのだ。この白い仔馬が少年の権威を認めているように見える点も、彼の男性性を助長しているかもしれない。
だがそれにしても、この赤いワンピースは少年にぴったり似合っており、少しも違和感を感じさせないではないか。私たちはいつの間にか画家の美的価値観の中に取り込まれてしまい、西洋の服装上の伝統を破って、鈴木航伊知の世界の常識、すなわち「男性がスカート姿でいること」を承認してしまっていることに気づく。
彼が作品の中に何らかの形で「人物」を描いている絵は今回の分析対象378点のうち231点に及ぶ。この点数の中には「天使」は含まれない。あくまでも人間たちである。この中で主として男性を描いていると思われるのは62点、26%強である。これに対して、明らかに女性を描いていると思われるのは27点である。これは全体の11%であり、男性に比べて半分以下の比率になっている。私の目から見て男性なのか女性か判然としない「性別不詳」の人物は48点、20%となる。ご参考までに一つの画面に男女を描いた作品は39点、人物たちがあまりに遠くにいるためによく見えなかったり、あるいははっきりしない群像になっている作品は55点にもなる。
さて、明らかに男性を描いていると思われる62点の作品、――この中には題の中に「少年」と書かれているものが含まれる――を服装の点から観察してみる。62点のうちズボンを着用している男性が登場する作品は13点にとどまる。11点の作品については、下半身が描かれていないので分からないが、残りの38点に描かれた男性は、いずれもチュニック風のワンピース型スカートまたは裾広がりのコートを着ている。ところで、ズボン着用の男性が登場する13点の作品のうち、11点までが「アルバム1」に属する。このことから、私は次のように結論する。
画家鈴木航伊知は、初期の段階で男性にスカートもはかせていたし、ズボンもはかせていた。しかし途中からズボン姿の男性を描くことやめてしまい、男女に関わらずスカートあるいはスカー風の裾を持つコートを着用させることにしてしまった。要するに「鈴木航伊知の世界」の世界においては、男性はワンピース状のスカート姿でいることが普通なのである。彼の世界とは、そのようなファッションが当たり前であるような世界なのである。
ちなみに、私が「性別不詳」に分類した絵画48点についてその中身をチェックすると、これらの人物は9割以上がスカートをもつ衣装を着ており、多くはチュニックの流れを汲むワンピースである。また、遠景のために判別困難であるような人物たちもよく見ると、たいていはワンピースか、これに近い姿をしていることが推察される。だから、これらの人物もおそらくはスカートを着用した男性または「性別不詳」の人物のいずれかだということになる。
私たちは西洋の服装史を見るまでもなく、「男性はズボン」「女性はスカート」という一般常識に慣れ親しんでいる。彼の世界ではこの常識は完全にくつがえされている。私は「スカート」という要因にだまされて、彼の描く人物を「性別不詳」と思ってしまったのである。

 
 

4-4.身を飾らない女性たち
tukiniでは鈴木航伊知の世界の中で、本来の女性たちはどのような服装をしていたろうか。まず私たちが最初に見た「月に歌う歌姫」は、裾が大きく広がる長いワンピースを着ていたことを思い出していただきたい。じつはこれに似た絵がいくつかあり、歌姫たちはいずれも長く裾を引くドレスを着ているので、見ていただこうと思う。
「空飛ぶ木馬と歌姫」では、歌姫は砂漠のようなところに立って歌っている。この歌姫の体は、向かって右側にかしいでおり、風は左側から吹いているらしい。歌姫の足元を見ると、左側には羊が、右側には二つの花をつけた一本の草が生えている。この羊は毛を刈られた直後の羊らしく、肋骨が浮いて見える情けない格好をしている。右側の二つの花も首をたれており、どうも元気がない。これに反して空には、風に逆らって小さな木馬が隊列を作って飛んでいる。この木馬は前足と後足を伸ばしきっており、――実際の馬はけっしてこういう格好をしないのだが――いかにも元気に飛んでいるように見える。
tobumokubaいまは絵の謎には立ち入らないことにして、あくまでもこの女性の服装だけに着眼する。この服装も、「月に歌う歌姫」と同じ傾向のものである。月の歌姫のほうは、肩の部分に詰め物がされているかわりに腕の線はほっそりしているが、こちらの歌姫のドレスのデザインはむしろ腕の部分にふくらみがある。これは詰め物ではなく、生地の特性によるものであろう。二つのドレスに共通なのは、裾が釣鐘型にふくらんでいることだ。このふくらませ方は芯材によるものではなく、おそらくペチコートによるものであろう。
もう一つそれとはっきり分かる女性の例をあげる。これは「水面の星取り人」である。この絵では大きな裾を引くスカートをはいた人物が、船の上から投網のようなもので、水面の「光る物体」を捕らえている。緑の木々に囲まれた無人の夜の湖で、彼女は星のかけらを漁っているわけだ。空にはまだ似たような天体が浮かんでいるから、これらの天体が何かの拍子に湖に落ちてきて、それが彼女の獲物になるらしい。げんに船のともの方には、収穫品と思われる丸い物体が並べられている。
hositoriこの絵の場合は、タイトルが「星取り人」とあるだけで、「歌姫」とか「少女」とか断っているわけではないので、「これは女性ではない」という人がいるかもしれない。なにしろこの人物が女性であることを証明しているのは、くびれた胴と釣鐘型のスカートだけなのである。しかし、この小舟上の人物が前にご紹介した二人の歌姫との関係から見て女性であることは間違いないと思う。
さて、私はここで鈴木航伊知の描く女性たちに関して一つ重要な点を指摘したい。それは月の歌姫にしても、木馬の歌姫にしても、それに星取り人にしても、赤いドレス以外に何も身につけていないということである。私は衣装に関してはまったくの門外漢で分からないのだが、女性たちが正装した場合、着衣以外に何も身につけないということは、かなり異様であるように思われるのだ。
服装史の図版や古い絵画などに描かれた女性たちを見ると、かならず首飾り、腕飾り、髪飾り、ケープ、リボン、コサージュなど、本来の着衣以外の何かを――つまり「飾り」を身につけている。大柄で目立つ刺繍などもこれらの「飾り」である。それにまた古典的なデコルテや背あきのドレスによって露出される肌も、おそらくは装飾の一種なのではあるまいか。私としては、女性たちが大胆に肌を見せることは西洋風の正装における「飾り」の定石なのではないかと思っているくらいだ。
先があげたカーライルもそうだし、同じくスペンサーも認めているのだが、人類の服装の起源は「飾り」が先であり、「皮膚の保護や防寒などの機能」はその後に生じたものであるといっている。この意見の正当性は、現代の女性たちのファッションにも受け継がれていると思える。
ところが、この画家が描く女性たちはなるほど立派な、やや古典的な着衣に身を包んでいるのだが、いわゆる「飾り」にはいっさい無関心らしい。彼女たちはほとんど襟元まで着衣で隠し、それ以外の要素をほとんど身につけていない。
futarinoちなみに、ここに「二人の結婚」と題する絵がある。ここではおそらくは結婚式の男女が描かれている。そこでここに登場する男女は、「鈴木航伊知の世界」の人物としては最大級の「飾り」をつけている。何しろ二人の結婚が主題となっているからである。ちなみに花嫁の飾りはヴェール、ヴェールを留めるためのかぶりもの、腰リボン、それに手に持った花束だけだ。花婿のほうも同じようなもので、花嫁のヴェールの代わりに方からもう一つのリボンをかけているだけである。ついでながら、花嫁の衣装は裾が長く広がるワンピース、花婿の方はチュニックの名残りをとどめるワンピースといういでたちである。
最大級の「飾り」をつけてもこのくらいシンプルなのであるから、鈴木航伊知の世界の女性たちがいかに「飾り」を徹底的に排除しているか分かるだろう。それにまた、彼女たちが肌を露出することをいかに避けているかも分かるはずだ。これは、以前に私たちがおこなった考察、「この画家は身体的な性差を表現することを極力避けようとしている」と符合する。
現実の歴史における女性たち、そしておそらくは今日における女性たちはどうか? 彼女たちは衣装という素材を用いながら、「いかに効果的に女らしさを表現するか」というテーマに取り組んできた。それは、能沢慧子氏が「・・女性の二本の脚の存在を誰も疑いはしなかっただろうし、女性はたびたびそれをスカートの裾からのぞかせたり、さまざまの技巧を労して暗示はしたものの、原則的に見せてはならないものであり続けた」と記していることからもわかる通り、女性は隠さなければならないものを隠しつつ、現実には、より効果的なプレゼンスをおこなってきたのである。
しかしながら鈴木航伊知の世界では、女性たちは現実の女性よりもはるかに慎ましやかである。彼女たちはいわゆる「飾り」には関心を示さず、せいぜい裾の長い、あるいは釣鐘スカートで身を包むことで満足している。この世界では、男性がスカートという武器を女性から取り上げてしまっている。さらに男性はかなり女性的な美しさを保持している。そこで、男女不詳の、中性的な人物がいやおうなしに作り出される。男女の差はスカートの丈だけ、といっていいくらいなのだ。
スタンダールは次のような、興味深い発言をしている。彼はいう。「もし、20歳ばかりの若い男がヘラクレスの体躯をもって社交界に登場するなら、私は彼に天才の役割をとることを忠告する。この体躯をもって彼が列席し、居合わせることは、つねに人々にとってわずらわしいことに相違ない」。要するに、筋肉むきむきの若い男性が社交界に出現したら、この人物はうっとうしくて仕方がないということである。
鈴木航伊知の世界においても、マッチョな男性はまったく場違いであるとして存在を許されない。同じ論理に従ってセクシーな女性も入場を拒まれている。彼の世界には男女がそれぞれに美しく自立し、つつましやかに存在する。しかしながら自分の性を誇示しようという「いやらしい意図」はつねに排除されているのである。
 かつてプラトンは「饗宴」の中で、太古の時代に「男」「女」のほかに、この二者が一つになった「男女(おめ)」が存在していた、と語った。私は鈴木航伊知の世界で、「男女」は「男」と「女」に、ごく近しい存在であり、ごく似ている存在であり、互いにすこしも対立的でない存在である。それは別種のプラトン的世界の住人である。すなわち、鈴木航伊知の世界には「男」と「女」がおり、さらにそのどちらでもかまわない、彼流の「男女」がひとしく共存する。そしてこれこそ「美しい女性」「美しい男性」と並んで、彼の「人間界」に登場する「もう一つの美の範型」だったのである。

 
   
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