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鈴木航伊知の世界
 
第6章 広場

6−1.遠景としての建物、あるいは街
 すでに読者はお気づきのことと思うが、鈴木航伊知の絵には不思議な建物が沢山でてくる。それは街通りに立ち並ぶビルであったり、郊外の民家であったり、城郭であったりする。ときには、複数の建物が立体的、重層的に集合し、一つの町を形成していることもある。私ははじめに鈴木航伊知の378点の作品群の中で、画面の中に「建物」がどの程度の頻度で出現するかを調べてみた。その結果、285点の作品に何らかの形で「建物」が描かれていることが分かった。その構成比はじつに75%、つまり彼はたいていの作品に「建物」そのものを描いているか、「建物」をどこかに描き入れているのである。そこで私は「鈴木航伊知の世界」の秘密を解くもっとも重要なカギのひとつは「建物」であると考える。
 読者の中には、「絵の中に建物が描かれていることがどうしてそんなに特殊なことなのか」「衣食住という言葉があるくらい、私たちの生活は建物に関係している。絵の中に人物が描かれるのと同じように、建物が描かれることは当たり前であり、何の不思議もない」と、私の問題設定を疑問に思う人もいるだろう。
けれども、この画家の建物はいささか特殊なのだ。まともな建物もあるにはあるのだが、まともでない建物も多いのだ。それに絵のモチーフが「建物そのもの」であることも少なくない。それは「背景としての建物」ではなく、「主役としての建物」である。それらはいずれも奇妙でありながら美しい。画家が「音楽」や「人物」、そして「天使」と同じように、あるいはそれ以上に、「建物」に対して異常な、強い関心を持っていることは明らかである。そこで、私たちは「鈴木航伊知の世界」の中にある「建物」をしっかり見つめなければならない。
私はまず例によって、「建物」という点に着眼しながら、378点の絵を区分することにした。この区分法は人によって異なるはずだ。それにまた、私の区分を採用するにしても、どの絵をどのジャンルに入れるかは、人により異なるはずだ。以下は、あくまでも私がやった独断的な帰納法的区分の結果である。
1.絵の中にまったく建物が描かれていないもの・・93点
2.「遠景としての建物」、あるいは「街」が描かれているもの・・63点
3.「建物の部分」のみが描かれているもの・・6点
4.「運河を伴った建物」あるいは「街」が描かれているもの・・17点
5.「広場」が描かれているもの・・55点
6.「通り」が描かれているもの・・51点
7.「建物そのもの」を主として描いているもの・・83点
8.室内を建築的な観点から描いているもの・・10点

 私がどのような点に着眼したのかを知っていただくために、上記項目に該当する具体的な作品を見ていただこう。「絵の中にまったく建物が描かれていないもの」はこのさい除外する。まず「遠景としての建物または街」について例をあげてみる。これについては、以前にご紹介した「丘の上の金管楽団」という作品を再度見ていただくことにする。
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ごらんのように、この絵の右側に家々の集落が見えている。もっとも、見えているのは主として屋根と破風部分、それに窓のいくつかだけで、家々の全体像は分からない。この家々の中に二段構えの筒型の塔が見えている。これは鐘楼と思われる。ということは、この鐘楼の下が教会堂になっているはずだ。一番大きく見えている切妻型の建物がそれかもしれない。もしそうだとすれば、この教会堂はごく民家風の外観であり、地域社会に密着し、地域と一体化した施設だということになる。この地方の屋根の色はオレンジ色に統一されている。これはヨーロッパではごく一般的な建築の法的規制にもとづく。春の野山の緑の鮮やかさと、家々の屋根のオレンジ色が美しいコントラストをなしている。
 この集落は丘の上の金管楽団からそれほど遠いとはいえないが、「やや遠景」に属する。要するにこれはこれで「遠景の街」である。しかし私が指摘したいのは、この絵に書き込まれているもう一つの「遠景の街」である。それは、この写真からではやや判別しにくい。右側にトロンボーン奏者が二人立っている。その頭の上のほうに目をやると小高い丘が見える。その丘の斜面にもう一つの「遠景の街」が存在する。okano-enkei 丘の手前のほうにも何軒かの家が点在しているが、主な集落は丘の左側の斜面に集まっている。よく見ると鐘楼らしい尖塔も見える。屋根の色や壁の色は、右側にある家々と同じである。これまたとても美しい配列である。この「遠景の街」は、原画でも見落とすほど小さく描かれている。ちなみに、一軒の家の間口は原画の実寸で1ミリにも達しないほどの細かさで描かれており、よほど目を凝らしてみないと、二つ目の「遠景の街」は、私たちにとって存在しない建物、存在しない町となる。
 この画家にとって「建物」を描くこと、あるいは建物の集団としての「街、あるいは町」を描くことは「宿命」あるいは「業」とでもいうべきものだ。だからたとえば、この「丘の上の金管楽団」のように、建物とは一見無関係なモチーフの絵を描くさいにも、画家は画面のどこかに「建物」、あるいは「街」を描き入れたくなってしまうのである。
 お気づきの通り、以前にご紹介した「弦楽二重奏」「城のテラスでアコーディオンを弾く少女」「刺繍のチョッキの羊飼い」「白い服の少年と少女」などの作品は、建物とはまったく別な主題で描かれた絵でありながら、画面のどこかに「遠景の街」が描きこまれている。こうして「遠景の街」が、全作品の中に出現する比率は、他の、建物がもっと大きく描かれた作品を別としてなんと全作品の17%にも達するのだ。ちなみに、右側の絵は既出の「弦楽二重奏」の部分である。
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もっとも、私がカウントした「遠景の街」の数字が、実際の作品点数に合致しているかどうか保証しかねる。「ずいぶん無責任なレポーターだ」といわれるかもしれない。けれども、もしかしたら作品の思わぬ箇所に「遠景の街」が描かれていて、それを私が見落としている可能性を否定できないのだ。要するにそれほどまでに、この画家は「街」あるいは「建物」を描くことにこだわっており、それが鑑賞者に見られるか、あるいは見出されるかどうかにはあまり拘泥していないのである。
ただ私の場合、彼の絵の中に「遠景の街」を見出すとき、いいしれぬ喜びを感じ、その絵をこの上なく「いとしいもの」に感じる。それは、遠くで「心」のありかを示している。それは画家のサインのようなものであり、目立たぬ合図のようなものなのである。

 

6−2.屋根の上の虎猫
次に、「建物の部分のみが描かれているもの」について作品例をご紹介する。私の分類では、この仲間に属する作品はわずか6点しかない。ということは、かなり例外的な作品ということになる。他の分類の中に入れてしまおうと考えたのだが、どうしてもはみ出してしまった作品たちである。それらの多く場合、建物の「屋根」だけが描かれている。ここで私は「屋根の上の虎猫」という作品をご紹介する。

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 ごらんのように、一匹の虎猫が瓦屋根の上に鎮座してこちらを見ている。屋根の左側には大きな煉瓦造りの煙突が立っている。その煙突の先端に三本の突起があるが、私にはこれが何であるか分からない。いちおう「煙出し」としておく。この屋根が洋瓦で葺かれていることは明らかだから、どこかヨーロッパの街の一部にちがいない。屋根の向こう側はおそらく霧のためにけむっている。そこで家々の屋根がおぼろげに見える。
 晴れかかっている霧の向こう側に赤い太陽が見え、その右側には二つの塔が見える。なお、煙突の左側にも、尖塔らしきものを持つ高めの建物が見える。おわかりのようにこの絵では一匹の猫と建物の部分だけが主たる対象となっている。そこで、「建物」という観点から作品を区分していった場合、私としてはこれを「建物の部分」としかいいようがないわけだ。
 実は、私はこの作品が大好きだ。この虎猫の、とぼけた表情がなんともかわいいし、この猫の縞々模様と瓦の色のバランスがとてもいい。全体のタッチもリラックスしていて、画家の茶目っ気がそのまま表現されている。他の絵では細部まで緻密に描かないと気のすまないこの画家が、この絵ではわざと緻密さを放棄している。立ち込めている「霧」を表現するためでもあろうが、背景の建物は省略された線だけで表現されている。とはいっても虎猫の描写はかなり緻密である。猫という動物の、落ち着き払った風格と、油断のならぬ獰猛さ、相手の瞳を平然と見つめ返すふてぶてしさがみごとに描きされている。この虎猫のリアリティと、戯画化された屋根や風景とのコントラストが面白いではないか。
 この絵の中で、画家は一体どこにいるのだろうか。画家が対象をクロースアップしていることはたしかだが、彼は別棟の建物の窓から、この屋根と猫とを見ているのでなければならない。この「画家が立つ位置」に関しては、私たちはこれからもしばしば問題にするだろう。それは建築物に対するパースペクティヴにも関係する。
 私はこの「虎猫」の絵の中に、彼が建物に対して抱いている興味の、カタログのようなものを発見する。それはまず、おぼろげにしか見えていないのだが、街の中に立ち並ぶ建築群である。そこには教会や民家などの、多様な要素が見え隠れしている。不ぞろいな瓦、不ぞろいな煉瓦、それに不ぞろいな建物のシルエットの中には、やがて展開される彼の複雑な建物たちの「卵」があり、融通無碍なパースペクティヴへの準備がある。

 
 

6−3.鶏のいる運河
 さて、次に私が分類したのは「運河を伴った建物あるいは街が描かれているもの」である。この分類に属する作品を私は17点としたが、じつはもっと沢山ある。それらは、主として「建物そのものを主役として描いているもの」としてカウントしてある。この画家は、建物と水辺との組み合わせをとても好んでいる。コルビジェの「小さな家」の例を引くまでもなく、私もすてきな水辺に家をもてたらどんなにいいだろうと夢想することがある。そこで、おそらくはこの画家も水辺に立つ建物を沢山描いている。それは、川の中州に立っていたり、湖水に浮かぶ島の上に建っていたりすることが多い。
 そこで本当は「水辺の建物」という分類を設けるべきだったかもしれない。けれども、私はさんざん迷った末「運河を伴った建物」を独立させることにした。というのも、この「運河」に関連する建物は、建物の一部が描かれていて、かならずしも建物の全貌が明らかでないからだ。これに対して、「建物自身が主役となっている」絵では、建物の全体が見えるように描かれている。ということは、ここで画家はあくまでも「運河のある街の美しさ」「運河と建物が共存することの美しさ」を描きたかったにちがいないのだ。事実、多くの場合画家はタイトルにも「運河」という言葉を使っている。
 前置きはこの程度にして、さっそく私の好きな作品「鶏のいる運河」を見ていただこう。この絵は、おそらく海と河または湖をつなぐアーチ型の橋のような部分=建築物を描いている。「運河」とあるから、こちら側の、白鳥型のゴンドラの側が川であるに違いない。ただし、河とはいっても、手前側が広がっており、海と一体化している。現実にこのような場所があるのかどうか私は知らない。橋の向こう側が海であると思われるのは、向こうに一艘の帆船が見えるからだ。

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その帆船より手前右側には島のようなものがある。そこには、アラビア風のドームを持つ建物が見えている。
 お気づきのように、この絵はちょうどこまかい凹凸のあるガラス越しに景色を見るように、ものの輪郭や形状がゆがんでいる。右手の建物の柱など大きく変形しているし、このアーチ橋もボコボコにゆがんでいる。私にはこの「ゆがみ」がとても楽しい。「ゆがみ」は、ゴンドラのデザインや水中の魚にまで及んでおり、思わず笑いたくなる。
 ところで、画家の関心を引いたに違いないこのアーチ橋の構造と機能は、そもそもどうなっているのだろうか。描かれている人物の大きさとの関係からいくと、この橋はとても人が渡れそうにない。けれども、単なる装飾のための橋ではないだろう。よくみると、橋の壁面に黒色で描かれた模様がある。この模様は右手の家の壁に描かれたパターンに共通するものがある。ということは、この家と橋とは建築的につながっているのだ。おそらく橋を渡る人は、いったんこの建物の中に入り、そこから橋のトンネルを渡って向こう岸に着くはずなのだ。
 だが、ここのもう一つ問題がある。橋の中央に陣取っている鶏である。この鶏はなかなかリアルであるが、立体的に作られ、彩色された装飾と思われる。そうであるとすれば、この像は橋の中央部分で通行人を遮ることになるのではないか。この像が、平面的に描かれたもの、あるいは奥行きの浅い像であれば問題はないのだが・・。それにしても、せっかくの観光用の橋に観覧用の窓がないというのが気にかかる。もしかしたら、これは、やはり渡れない橋なのかもしれない。
 次にこの絵に登場する人物を観察してみよう。すでにお気づきかもしれないが、もっとも大きく描かれている右手の女性は右手に仮装用のマスクを持ち、左手でスカートの褄を取っている。そこで少し持ち上がったスカートの下から別模様のペチコートがのぞいている。彼女はこれからマスクを着用しようとしているらしい。左手舞台上の楽師はすでにほぼ同型のマスクを着用している。ゴンドラの二人の客、それに漕ぎ手はまた別型のマスクをしている。どうやらこの運河の街はお祭りの最中らしい。そこで、アーチ橋の左手は特設の舞台が設営され、そこで楽師たちが陽気なムードを盛り上げているわけだ。
 この女性は頭の後ろに高くはねあがったカラーをつけている。この大仰な衣装は、彼女の仮装の衣装なのであろう。ところで、この橋の両岸の、岸壁部分を見ていただきたい。カラフルな模様が描かれている。向こう側とこちら側ではパターンは違っているが、デザインのコンセプトは同一である。なんと美しく楽しい岸壁であろう。こちらの岸のほうは、貴婦人の裾下の地面に咲いている花とあいまって、岸壁の模様がスカートの装飾の延長であるかのような錯覚を与える。
 ところで、この貴婦人側の岸近く、それに楽師側の岸近くに、「ねじりん棒」のようなものが水中から突き出ている。私にはこれが何なのか分からない。また、楽師側の舞台の右側上に、鳥が飛んでいるように見える。もっとも、これが鳥なのか、それとも水平線から湧き上った鳥型の雲なのか、そのへんははっきりしない。水面に目をやると、いくつかの白っぽい丸い筋が見える。これは小さな澪といっていいかもしれない。この澪(と呼ぶことにするが)がゆったりした水の動きを暗示していて、とても美しい。
さて、このような絵を彼の作品群のどこに位置づけ、分類したらいいか、ということになるわけだが、私としては「運河を伴った建物、あるいは街」ということしか考えつくことができなかった。いずれにしても、読者には、この画家が建物と街と運河、あるいは水辺に深い関心と愛情を持っていることをご納得いただけたと思う。

 
 

6−4.広場と建物

次にいよいよ「建物」を描いた作品の中から、「広場が描かれているもの」を取り上げたい。「広場がどうして建物なのか?」と、疑問を感じる読者もいるにちがいない。それは原則的に、都市の広場は建物との関係で成り立っているからだ。建物があってこそ「広場」がある。建物のない平面的な広がりは「野原」「原野」になるだろうと私は思う。
 鈴木航伊知の絵に関してはこの「広場」の概念が曲者だ。実際、いろいろな広場が描かれているからだ。ちなみに、「広場」と「幅の広い通り」あるいは街中の大きな「交差点」をどのように区別すべきか。そこで私は以下のような基準に従って「広場」と「通り」に関する区分のための前作業をおこなった。
1.三方以上を建物に囲まれた広い平面空間が描かれているもの。あるいはタイトルに「広場」と指定があるもの。38点。
2.大きな建物の前の開けた空間。そこに人物が描かれているもの。7点。
3.大きな交差点、あるいは辻。10点。
4.立ち並ぶ建物の一面だけが描かれ、その前の道路が描かれているもの。19点。
5.道路をはさんで両側の建物が描かれているもの。24点。
6.道路を伴った街が描かれているもの。8点。
 以上のような区分を立てたところで、私はとりあえず上の「1」「2」「3」を「広場」とし、「4」「5」「6」を「通り」とした。したがってこれから私がご紹介する「広場」の分類に入る作品は合計55点となる。

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まず典型的な「広場」の作品例として「ピアニストのいる広場」をごらんいただこう。この絵はシンメトリックな構図を持っている。つまり画家は三方を建物に取り囲まれた空間を、ほぼ中央の位置から、やや俯瞰するように描いている。広場の地面は赤い絨毯を敷きつめた感じで、さらに中央部分に円形の模様が入っている。その円形模様のやや左手にグランドピアノが置かれ、ピアニストが演奏している。
ピアノとピアニストの影は、かなり濃く地面に落ちているが、左手の建物には影がまったく見られない。空には不思議な天体が浮いている。これは太陽だろうか? そうであるようにも思えるが、別種の天体かもしれない。いずれにしても、この太陽ふうの天体からは有機的な光芒が放射している。空は青い。千切れ雲が、千切れながらも水平に、お行儀よく並んでいる。
 この広場は五階建て、四階建て、または三階建ての建物によって囲まれている。これだけの建物があり、しかも昼間なのだから、誰か人がいてもよさそうなのであるが、演奏家以外に人気はない。ここでも音楽家はあくまでも孤独である。お気づきのように、この絵には奇妙な点がいくつもある。地面の色も不思議であり、天体も不思議だ。
だが、私の感じる最大の不思議は、この広場の向こう側に「通り」「道路」がないという点だ。建物がすべて一体構造になっているなら道路がなくてもおかしくないが、見たところ建物は一軒一軒独立している。そこで私は両角の、広場に面していない向こう側の建物はどうなっているのだろう、などと思ってしまう。
いずれにしてもこの広場は「行き止まり」の空間なのであって、かりに画家のいる側にも通路がないのだとすると、四方を建物で閉ざされた「中庭」ふうの空間ということになる。それかあらぬか、建物の入り口にはどれもドアがない。おそらくこの広場を利用する人々は、あのドアのない入り口から出入りするのにちがいない。であるとすれば、この建物の利用者たちの居室は二階から上ということになるのだろうか。
ここで「建物」を観察する。だが残念なことに、私の持っている乏しい体験と知識では、この画家の描いた建物については十分に理解することも、誰かに説明することもできない。これほど口惜しく、残念に思うことはない。おそらく画家の描く「建物」を理解するためには、この画家がしてきたのと同じだけの体験と学習を積まなければだめなのだと思う。
鈴木航伊知はこれまでに幾度も、たんねんにヨーロッパ各地を訪ね歩き、並々ならぬ関心を持って建物を観察し、スケッチしてきている。詩人、鮎川信夫はかつて「天から無償でもらった詩句のただの一片も持ってはいない」といった。私は同じように鈴木航伊知が描く無数の建物に関して、彼が無償で――つまり単なる夢想によって――手に入れた描画の一枚も持っていないということを知っている。たとえ絵の中でどのように変形され、アレンジされていようとも、彼の描く建物はみな彼の足と目と手の努力の結果である。だから、彼の描く建物に関して、私はまったくお手上げなのだ。
さてレポーターとしてこれだけ弱音を吐き、エクスキューズしたところで、まったくの素人なりに建物の特徴を観察してみる。まず正面にゴシック風の塔を持つ建物がある。これはどうやら教会のようだ。この建物の屋上には屏風状の小壁が折り重なるように設置されていて、他の建物とは異なっている。この屏風状の小壁は、彼の他の作品建築物にも時折見られる不思議な建築上の施設である。
その右側の建物に目をやると、この建物は破風部分がとくに装飾的である。この意匠は右側の建物にも見られる。ここでは破風部分だけがやや装飾的に描かれているが、妻壁部分を実際の棟よりも大きく張り出して装飾するやり方は、ヨーロッパの建築物には、古くからかなり一般的に見られるようで、画家はこのタイプの建物を好んで描いている。この絵では、破風部分と梁との間に見切り線が入っているが、画家は、見切り線のない一体型の飾り妻壁も沢山描いている。
私はこのような様式を何と呼んでいいのか分からないので、とりあえず「飾り妻壁」あるいは「パラペット」と呼んでおく。
 私たちはこの絵の建物がどことなくバロック的で、おしゃれで、装飾的であるように感じる。だがヨーロッパの名高い古典建築物を写真などで見ると、実際にはもっと装飾が込み入っていて、細部が複雑怪奇、ときには威圧的でさえある。これにくらべると、鈴木航伊知の描く建物はずっとシンプルですっきりしている。
私の考えでは、この画家は女性たちの古典的な服装から髪飾り、首飾り、リボン、コサージュなどの、過剰な装飾をすべて取り除いてしまったように、建物からも飾りの彫刻、浮き彫り、細かなアルコーブ、襞など、余分な装飾を剥ぎ取ってしまったのだと思う。これだけ重厚な建物が立ち並んでいるにもかかわらず、全体に圧迫感がなく、親しみと暖かさを感じるのはそのためだと私は思う。

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 さて、私はもう一つ「帽子売りのいる広場」という作品をごらんいただく。これも三方を建物に囲まれた空間を描いている。そこで、よく注意していただきたいのだ。正面の建物には入り口が三つあり、屋上に小壁があり、その向こうに二つの塔が見えている。その右隣には破風に意匠を凝らした建物がある。・・と見てくればお分かりのように、この絵の広場が「ピアニストのいる広場」とまったく同じ広場であることに気づかれたはずだ。もっとも、「まったく同じ」ではない。こちらの絵には地面の絨毯模様はないし、個別の建物の色も細部も違う。窓の位置や数など一見同じに見えるが、微妙に違う。
 いま、絵の他の部分は度外視して、建物だけに着眼しながらその違いを見てゆく。まず正面の建物の中央の時計台の形が違っているし、時計の大きさも違う。その左側に見えていたドームや尖塔は、この絵では消えてしまっている。「ピアニスト」の絵に見られた背後の建物のいくつかが姿を消している。再び正面の建物に戻ると、入り口の形状が前のものとは異なっている。この入り口は先がアラビア風にとがっている。建物の輪郭線や見切りの線もはっきりしている。明るさのために、入り口の奥が少し見えているのも、この絵の特徴だ。
 広場そのものには、複数の人物と動物がいる。右手に立って、手で何かを広げているのが「帽子売り」らしい。この人は自らも帽子をかぶっているが、どうやらいくつかの帽子をかけた布または板をディスプレイしているらしい。中央右寄りには、慎ましやかに羽を畳んだ孔雀、そして左手には手回しオルガン弾きがいる。正面の建物の前には、パラソルつきのワゴンをロバにつないだ物売りがいるが、何を売っているのかはわからない。このほかに通行人が二人いる。
 私はさきほど「ピアニスト」の絵で、広場奥に通路がない点を指摘したが、「帽子売り」の場合かすかに通路が見えているのにお気づきだろうか。つまり、向かって右側の、帽子売りの後ろに見えている建物の前は、狭い路地になっている。人一人やっと通れるかどうかの幅だが、この路地に面して入り口と窓があるのが分かる。
 さて、「ピアニスト」の場合には、空がややアブノーマルだった。「帽子売り」の空のほうがのどかである。なにしろ奇妙な天体も浮かんでいない。「ピアニスト」の絵だけを見たときには、それほど「暗さ」を感じなかったが、この「帽子売り」と比較してみると、「ピアニスト」の絵にはかなり強い陰影があったことがわかる。たとえば、広場に面していない建物はすべて黒ずみ、何かの影になっていたかのように描かれていた。「帽子売り」の場合、あくまでも静かな明るさ、あるいは「明るいもの憂さ」が空間全体を包んでいる。ピアニストの広場を「緊張感のある空間」とすれば、帽子売りの広場は「けだるい空間」である。

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 もう一つ彼がお気に入りの「広場」を描いた二つの作品を対比させてみよう。一つは「市場の立つ広場」、もう一つは「黒い鳥を持つ少年のいる広場」である。ここでは個別の建物のデザインについては触れないが、この広場はともに左手奥に向かってカーブしている。正面に見えるのは二階以上の部分が赤い煉瓦で作られた建物で、塔屋を伴っている。

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この二つが同じ「広場」、同じ建物を描いていることはほとんど疑う余地がない。
「市場」のほうが複数の人間と動物でにぎわっているのに対して、「黒い鳥」のほうは、無人である。こちらの場合、忽然として石造りのテラスが出現しており、そこに鳥を手にした少年が立っているのである。「市場」の方は地面がブルーで、「黒い鳥」のほうは地面が赤っぽい茶色である。
 画家は、上に上げた二つの「広場」をよほど気に入っていたにちがいない。作品の前後関係が気になる人のために一言しておくと、「帽子売り」が「ピアニスト」よりも早い時期に制作されている。また「市場」と「黒い鳥」を比較すると「市場」の整理番号の方が若い。

 
 

6−5.広場とは何か
さて、画家がヨーロッパ体験でとくに関心をもった「都市の広場」とは何だろうか。私たち日本人は、この「広場」が何であるのかを知らない。私たちは公園を持ってはいるが、広場は持っていない。私は西欧における広場は、彼らの都市の原型が「囲郭都市」であったことと関係があるのではないかと思う。古代ギリシャの時代から、一つの国家=都市は大きな城壁で囲まれていた。要するに、都市を囲む城壁が共同の敵に対する備えであった。その伝統は中世まで続いた。
 コルビュジエは、「かつての城壁は建築の道具の一つであった」といっている。「ローマ人たちは都市を城壁で取り囲み、その城壁を守るため、新しく塔を建てた」。彼はまたゴールにあったローマの保塁(アンサント)について、それは「取り囲むもの」の意味であると説明している。私たちはやがて、鈴木航伊知の絵の中にこの「アンサント」を沢山発見することになる。だがいまは、「広場」の話をしよう。
 プラトンの対話編の中で、ソクラテスは若者に呼びかける。「やあ、広場(アゴラ)からかね、それとも港のほうからやってきたのかね?」。キケロの対話集の中にも「君もアゴラで演説していたではないか」などというくだりがある。要するに、囲郭都市における広場は演説、布告、掲示などがおこなわれる政治の場であり、商取引や契約の場であり、要するに人々が寄り合い、情報や物資を交換する場である。それはちょうど「家」における「茶の間」や「リビングルーム」にも似ている。
彼らの都市が外に対して閉ざされていたからこそ、内部に対して開かれた空間が必要だったではないかと私には思える。そしてこの「広場」を持つ都市の思想は、西欧人の「コミュニティ」や「政治」についての考え方を、私たちのそれとはまったく異なる仕方で形成していったのだと思う。またそれは、人々の空間意識や美意識のあり方をも異なる方法で規定していったのではないだろうか。
すぐれた建築家であり、画家でも合ったカミロ・ジッテは、著書「広場の造形」の中で、古代都市の広場の人間的意義を認め「都市を建設したり、拡大することが単に技術的な損得の問題にすぎないのは、私たちの数学の世紀だけなのである」といっている。また次のようにも問いかけている。「古代の広場とは一体、一種の劇場でないとしたら何だろうか?」つまり、都市における本来の「広場」は、都市の文化的なクオリティを象徴しているということなのである。
いうまでもなく、主要な「広場」は街の機能的な中心部分である。したがって、ヨーロッパの広場はたいてい大きな教会の前、市庁舎など公的な建物の前に設営されている。「ピアニスト」の広場も「帽子売り」の広場も正面にある建物が、その街の中心施設としての教会と思われる。そして「市場」のたつ広場においても、「黒い鳥」における広場も、いずれも正面の建物が、街の中心を表現するシンボルなのだと思われる。

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 この観点から鈴木航伊知が広場を描いた作品を二、三ご紹介してみると、「朱色の大型手回しオルガンのある広場」「広場でハーディを奏でる少年」がある。前者「朱色の大型手回しオルガン」の場合には、左手に塔屋を伴った大建物がある。この建物はより間口の大きいもう一つの建物に接している。左側の建物が教会ではないだろうか。この教会は「飾り妻壁」を持っている。その隣の建物は、市庁舎などの公共建築だろうか。いずれにしても、この二つの建物が街の中心をなす施設で、広場はこの二つの建物があることによって成立しているものと思われる。
 「ハーディを奏でる少年」の方の広場は、正面にややロマネスク風の教会堂がある。その両脇は「飾り妻壁」をもつ建物である。この広場は、なだらかなスロープになっているらしく、右側に立つ建物は、水平面を確保するために一部階段つきの段差を設けている。教会堂の規模と、背景の丘が間近に見えることからして、この町は大きな町ではないらしいが、それでも、たっぷりとした「広場」空間を持っている。そしてすでにお気づきのことと思うが、画家はどの広場にも、音楽家=演奏家を配置している。

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 私は彼の「広場」を描いた作品について、もう一つ指摘したいことがある。それは彼の広場には、噴水がなく、偉人の彫像も、抽象的なモニュメントもないということだ。ここでも、彼は衣装から不要な飾りをとり、建築からも不必要な浮彫や装飾を取り去ったように、現実の「広場」になら、きっと存在していたにちがいない噴水やモニュメントをさっさと取り片付けてしまったのである。
彼はもっと大きな観点から「広場」を演出し直す。ちなみに、「ピアニスト」と「帽子売り」など、これまでに私たちが見た彼の「広場」の絵には、きっとどこかにモデルがあるにちがいないと私は思う。けれども私はそのモデルとなった広場が何という国のどの都市にあるのかについて、別に知りたいと思わない。ただ彼がその「広場」に、あるときには「ピアニスト」を配置し、あるときには「帽子売り」を立たせたいと思っただけなのだ。つまり、彼はモデルとなった都市空間を見たときの印象や感動を大切にしながらも、「彼の世界の都市」に、「彼の広場」をつくりあげたのである。
その広場は人々が往来し、物が売られ、各種のパフォーマンスが披露される場所である。それはつねに「音楽的な空間」である。しかしその広場には、ときとして透徹した静寂と孤独が支配する。画家は、広場を形成する建物の美に呪縛されてはいるが、物理的法則にもロケーションのリアリティにも、遠近法にも束縛されていない。

 
   
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