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鈴木航伊知の世界
 
第9章 折り重なる建物

9-1.高所に建つ建物
これまで私たちは鈴木航伊知によって描かれた以下のような「建物それ自体」を見てきた。
1.水辺の建物
2.市街地にある建物
3.平地にある建物
私たちは上の建物たちが、かならずしも人を寄せつけないのではないにしても、人が住むための建物ではなく、建物それ自身が「建てられてあること」あるいは、「存在すること」を目的として絵の中に計画的に設計、建立され、描かれていることを見てきた。
 本章では彼の「建物画」をもっとも独特の方法で特徴づける、「高所に建つ建物」と「折り重なる建物」についてレポートしたい。これらの建物はいずれも単体の建物ではなく、「群としての建物」、あるいは「町としての建物」という性質を持っている。もちろんこれまで見た建物も、たとえば「花の館」で見たように、ある意味では様式の異なる複数の建築物の集合体、すなわち建築塊であった。しかしこれから見ようとする建物たちは、おおむね「群」としての規模が大きい。そこで当然これらの建物のロケーションが問題となってくる。
negibozu 何はともあれ、「ねぎ坊主屋根の城」という作品をごらんいただこう。これは、殺風景な岩山の上に建てられた一群のアラビア風の城である。取りつくしまもないほどの急な岩山と、カラフルな建物とのコントラストがいちじるしい。ここには葱坊主型の塔が少なくとも10本以上は立っており、周囲を厚みのある城壁が取り巻いている。城に至る道はこちらから見る限りでは1本しかない。人を魅了するような、こういってよければ、かなり享楽的な色彩とデザインであるにもかかわらず、城へのアクセスはきわめて限定されている。その細道をおりしも一人の人物がラッパを吹きながら登っている。
 空には太陽のような天体が飛んでいるが、これは例の、謎の飛行物体であって、太陽ではあるまい。この物体はもっとも高いブルーの葱坊主の屋根に接触している。私ははじめこの物体は葱坊主の向こう側を飛んでいるのだと思って安心していたが、どうも接触しているように見える。空は晴れて青いが、岩山の裾を雲か靄のようなものが取り巻いている。この岩山は相当高いところにあるのかもしれない。
 幾度もいうが、鈴木航伊知は「建物を描く画家」である。彼はさまざまな様式の建物を描く。作品の中には古代の廃墟と思われる建物もあるし、西洋のロマネスクや、典型的なゴシックや、バロック様式などもある。中にはごく近現代的な建物も見られる。しかし一方では、ビザンチン風といったらいいか、アラビア風といったらいいか、要するに、この絵の「葱坊主屋根」に象徴される中東風の建物を好んで描いている。
海外における視覚体験で、この葱坊主建築は画家によほど強い印象を与えたらしく、彼は建築様式の統一性を無視して、いたるところに葱坊主を登場させている。私なりに解釈すると、この葱坊主屋根を持つ建物こそ、彼の中ではゴシック大聖堂の双塔やバシリカにも比肩しうる建築美の「範型」なのである。
 この作品は、まさに「葱坊主屋根」だけにポイントを絞った絵だ。したがってここに見られる葱坊主は、さまざまの形、色彩によって自己実現を果たしている。この美しい屋根を受けて、ドラムや筒の部分にも、さまざまの意匠が凝らされている。ちなみに、いちばん右側に見える塔の筒は四角柱であるし、中央に見えるのはもっと角の多い、おそらくは八角柱である。その右脇にある背の低い塔は、網状の副ドームを持っており、それぞれの網目が小窓になっているという凝りようだ。左から三本目の塔など、全体に色分けされた網目模様が入っている。
 この山頂の建物は、彼の建築物における美的規範の集合体として、他の何ものにも煩わされることなく建っている。孤絶した岩山の頂きというロケーションは、ある意味でこの美しい建物群にとっての安全保証である。このロケーションを見ただけでも、建物と人間たちとの関係について、この画家が考えていることの一端が分かるのではないだろうか。もちろんこの建物群は、人間たちにとって完全に閉ざされているわけではない。城に登ってゆく人物はラッパを吹いているのだが、彼の音楽は城への入場の「手形」となるはずである。
siroiwa 次にもうひとつの作品「白い岩山の城とフィドル弾き」を見ていただきたい。これも、さらに幻想的で美しい作品である。この建物は真っ白い山の頂上に立っているのだが、山のスロープの裾が、そのまま切れ目なしに建物の壁につながっている。この白い素材が何であるのか分からない。はじめは「雪ではないか」と思うのだが、タイトルが「白い岩山」といっていることもあるし、どうも雪ではなさそうだ。山のスロープは左側に巻き上げるように頂上の建物につながっており、この動きと、右上がりに見える雲の動きが大きなダイナミズムを作り出している。
 この建物はいくぶん近代的な形をしている。それにしても、屋根の形や妻壁のつくり、塔屋など、画家が愛好するさまざまの建築的意匠が組み合わされていることにお気づきだろう。これまた画家の建築美の、一方の範型を示すものである。面白いことに、右手の四角い塔は、上部に出窓のようなものを伴っている。
この建物の場合、複数の建築的な「凸」部分が私たちに見えているのであって、それらは内部的には接合されていると見ることができる。その接合が単なる壁同士の接合であるのか、もっと有機的な結合なのか、外観からはわからない。私はこの接合は有機的なものであると信じている。異なるデザインの建物の部分を適当に切って互いに貼りつけたようなものだとは、どうしても思えないのだ。
 さてこの建物には、およそ私たちに見える角度からの「入り口」はない。裏手に回ってもおそらく入り口はないだろう。この建物は、このロケーションと意匠によって、完全に人間へのアクセス路を閉ざしている。「葱坊主屋根」の場合には、岩山にわずかに細道が通っていたし、その道を人物が建物に向かって進んでいた。しかしこの絵の場合には、人間は最初からこの建物に立入ることは許されていない。
 この急なスロープの途中に一人の音楽家がいる。この人物はタイトルにもあるように「フィドル弾き」である。彼は立つのもやっとという急斜面に立ってフィドルを演奏している。フィドルはヴァイオリンによく似た楽器で、ヴァイオリンと同義語で用いられることもある。「屋根の上のヴァイオリン弾き」の原題が「屋根の上のフィドラー」であることはご存知の通りだ。ヴァイオリンはあごと肩の間に挟んで演奏するが、民族楽器としてのフィドルは胸のところに当てて演奏することが多い。このフィドル弾きもそうした弾き方をしているらしい。なお、この音楽家のほかにも数羽の小鳥が描かれている。
 この人物と建物の関係はどうなっているのだろう? 彼は、この白い岩山の城の住人であろうか? そうは思われない。ではこの城への訪問者であろうか? そうとも思われない。さきほどの葱坊主の城に対しては、ラッパの音楽が入場手形となるはずであった。しかしこのフィドルの音楽は城に対して、どのような効能を発揮するのだろうか?
 私の考えでは、このフィドル弾きは城には入れない。彼も中に入るつもりはない。そもそもこの建物には、人間たちを導入する入り口がないのだ。このフィドル弾きは単にこの建物の下で、音楽によって建物を賛美し、肯定しているだけである。小鳥たちの存在もこの建物に対する是認であり、肯定である。彼らの音楽は、もっぱらこの建物に捧げられている。
 鈴木航伊知の絵の中には、「建物の前で楽器を演奏している人がいる」という主題が数多い。中には建物の前で大道芸を演じたり、サーカス公演をしているという例もある。これらのパフォーマンスはみな建物に対して行なわれている「奉納芸術」であると私は考える。建物があたかも聴衆となり、神となって彼らの音楽を聴き、彼らのパフォーマンスを嘉しているのである。ご参考までに「建物のためのパフォーマンス」の典型的な例として、私は「空飛ぶ布と丘の街」という作品をご紹介しておく。
sorabotu-nuno この絵は、題に「丘の街」とあるが、画面では平野に建っているように見える。おそらく囲郭都市を形成している町全体が折り重なり、盛り上がって丘をなしていることを意味しているのではないかと思われる。この絵の中では、少なくとも三人の人間と五頭の馬、それに多数の鳥たちがパフォーマンスを行なっている。
 手前の二人は道具を使った投げ技を披露している。二人の足元の細長い絨毯が町の正面フェンスと平行に置かれていることから、この二人が「町、すなわち建物」のためにパフォーマンスしていることが分かる。馬たちも背に旗を立てて、街の正面フェンスに対してこれまた平行に走っている。鳥たちの動きも同様である。
鳥は二種類である。一種類は旗状の布を運んでいる二群であり、もう一種は、いままさに街の中から鳥使いによって放たれている赤茶色い、尾のやや長い鳥である。この鳥は、おそらく「楽団の行く通り」で私たちが見かけた、あの鳥と同じ種類のものだ。
 お気づきのように、手前の投げ技の二人は画面を右に向かって移動し、馬たちは左に移動している。そして布を運ぶ鳥たちは右である。この動きは、どれもそれぞれに折り返して行なわれるものと想像される。つまりこれらのパフォーマンスは、この町に何らかの人格があるものと見立てて、この町をことほいで、演技を繰り返しているに違いないのである。

 

9-2.茶色い屋根の町の広場
 次にごらんいただくのは、「茶色の屋根の街の広場」である。この絵になると、人間と建物たちとの関係は完全に途絶える。町がまるでナイフで切り取られたような崖の頂上にあるからだ。要するに、この建物群、建物塊、あるいは町、あるいは広場を伴った一角・・何と呼ぼうとかまわないが、この建物群にアプローチする方法はまったくないように見える。この点で、この絵は私たちにある種の不安感を与える。現実世界の建築家たちは、ときとして、模型を制作し、テーブル上にのせたりする。だから、この絵を「模型の一種」と見てしまった方が、私たちの気持ちは落ち着く。
chairoi-yane よく見ると、画面左側の崖の縁に張りついた家々は、下の方に向かって少しずつ下がっているように見えなくもない。したがって、この崖の向こう側の斜面に、らせん状に建物が張りついていて、頂上まで上がろうとする人は、これらの家々の内部(それは家々の内部が互いに連結していると仮定し)を通過して、てっぺんまで登ることになるのかもしれない。しかし、私は無理にそうした想定をすることはやめたい。「模型説」も、私としては採用しないことにする。
 私はこの町が、げんにこの描かれているようなものとして、――たとえば家々のスケールにしても、私たちの生活スケールからそれほどかけ離れていないものとして受け取りたいと思う。このような幾何学的に切り取られた山頂が、世界のどこかに、げんにあるのだと想定する。この山頂から麓までの距離がどのくらいあるのか見当がつかないが、かなりの高さがあり、通常の方法ではとても登ることはできないという、描かれた事実をそのまま受け入れてみるのである。いま私がすべきことは、「描かれていることがら」と「現実のことがら」を、主知主義的見地から照合し、批判することではない。そうではなくて、この作品が物語ろうとするメッセージを聞き取ること、あるいは読み取ることだと思う。
 そこで、私はいまこの町を訪問することにする。まずこの中央広場に立つと、正面に比較的間口の広い公共的な建築が目につく。この建物の窓からは、旗飾りが垂れ下がっている。まわりを見ると、右手の建物が比較的公共性の高い建物らしく、ここにも旗飾りが見られる。向かって右側に公共的建築物が、手前から左側にかけてはプライベートな建物が配置されているように見える。右側の境界部分にひときわ高い鐘楼が建っている。
 当初より想定されていたことではあるが、この町には誰も居ない。誰も居ないのではあるが、けっして人に見捨てられた廃墟ではない。旗飾りがその証拠だ。誰かが旗を掲げたのでなければならないのだ。私は勇気を鼓して一軒の建物の中に入ってみる。何しろ開口部はすべてあきっぱなしだ。中は暗く、窓から差し込む以外の光はない。がらんどうで人の気配はないが、清潔でちりひとつない。建物の奥に進むと突き当たりに窓がある。その窓から外をのぞけば、家の壁が、ほとんど垂直な崖につながっており、麓は目がくらむほどはるか下だ。こわくて、とても真下を見ることなどできない。ここは高所恐怖症の人には住めない町だ。
 プライベートな建物側でとくに特徴的なのは、家々の屋根が折り重なり、互いに隙間なくくっつきあっていることだ。そのくっつき方は直線的ではあるものの、けっして規則的ではない。空間はそれぞれ微妙なゆがみを伴っており、機械的な規則正しさは排除されている。色彩は「茶色」ということで標準化されているし、開口部の作り方にも一定の共通性はある。しかし屋根の形も向きもばらばらだ。それでいて、崖の切り口に対しては、みな一様に「面」をそろえているのである。
 この町を一巡して私はこう思う。この街の建物は、同一の「種」に属する、ある「生き物」なのだと。これらの生き物はそれぞれに個性を持ち、かつ群生し、成長し、あたかも植物が自身の花を咲かせるようにこの町を形成し、完成させたのだと。窓から突き出ているあの旗飾りは、花の蕊のようなもので、この町自らが身を飾った結果である。植物は、自身の――ショーペンハウエルが指摘しているように――おおむね高所に花を咲かせる。こう考えてみれば、鈴木航伊知の建物がどうして高所に設営されているのかも分かるような気がする。
basha 同じように、高所に設営された建物の例として「馬車の入る山城」をごらんいただきたい。「茶色の屋根の街」は、色彩的にいささか地味だったが、こちらは極色彩だ。この「山城」の場合、岩山とこれを取り囲む平野との関係、高さの関係がよくわかる。いま、私たちは「鳥の視点で」この山城を眺めているのであるが、少なくとも視野に入る範囲には他の建物は見られない。
 この建物も、「葱坊主」に似ている。突き出た岩山の頂上を水平にカットし、その面積をフルに活用して館一式を形成している。ここにも、穴あきの葱坊主塔が8本も立ち、城の周囲はやや厚みのある壁で囲まれている。面白いことに、床面は碁盤縞だ。しかし、何と奇怪で美しい城であろうか。
 この建物もまた訪問者に対してかならずしもオープンではない。オープンではないが誘惑的だ。
いましも、城に通じる山道を幾頭もの動物に曳かれた馬車が進んでいる。それはちょうど花に進んでいく蟻の行列のようでもある。私はさきほど「鳥の視点で」といった。もしかしたら私たちは羽虫のような昆虫となって空を飛んでいるのかもしれない。この城の構え、デザイン、色彩は、おそらく、花を求めて飛んでいる昆虫が発見した「花」にも似ているのではあるまいか。私たちは、その色香に惹かれていく虫なのではあるまいか。
いずれにしても、これらの高所に設営された建物は、建物自身が主体となって自己完成を果たした「生物の一種」と考えれば、それが無人であることも、無人であるにもかかわらず、自らを美しく装っていることも分かる気がするのだ。

 
 

9-3.二つの城
さて、いよいよ私たちは鈴木航伊知の「建物画」の、究極の姿ともいうべき「塔の街」の領域に踏み込みたい。これは私が「折り重なる建物」として区分するものである。これまで見ていただいた「茶色の屋根の街」も折り重なっていたし、「丘の街」も「折り重なる建物」としての条件は備えていた。それによく見れば、「葱坊主」も「白い岩山の城」も折り重なっていた。
鈴木航伊知は、建物をどうしても集合させ、折り重ならせ、いやがうえにも屋上屋を形成しなければ気がすまないと思っているらしい。私はここにも、鈴木航伊知の「建物の美」の「範型」に対する強い指向が働いていると思う。この意味で、これからご紹介する作品は、画家が「これでもか」というほど建物を折り重ならせた作品の事例である。
siro-uma まず比較的初期の作品から「湖の白い城と白い馬」と「黄色い城と鳥を飛ばす人」という二点の作品をごらんいただく。私は以前に「兄と妹」を描いた対のタブローをご紹介したが、この「白い城」と「黄色い城」もほぼ同じ時期に描かれた、対をなすタブローであると判断する。すなわちこの作品は両方ともに「城」であり、両方ともに動物を介在させている。また「白い」と「黄色い」というキーワードも対応している。タッチの面でもかなり共通性があるように思われる。
 さて、「湖の白い城」を見ると、向かって正面、湖の岸近い水辺に一頭の白馬が、あたかも水を飲んでいるかのような格好で描かれている。右手には旗飾りがあり、その背後には黄色く色づいた樹木がある。このほかに紅葉した木の右側、それに城のコーナーには、常緑樹が植えられている。この絵は何時ごろの、どんな天候のときを描いているのか分からないが、全体に薄暗い。静かな朝のあけきらぬ「薄明」か、暮れようとする「かはたれどき」か、そのいずれかだろう。
 この城の入り口はどこだろうか。それがはっきりしない。おそらく馬の背後の、出窓下のアルコーブ部分が入り口ではないかと思われるが、確言はできない。いまや鈴木航伊知の「建物」になじんできた私たちは、城の入り口がないことに驚きはしない。さて、私はここで読者に、この城の一階のプラン(平面図)を描いてみることをおすすめする。もちろん、建築的な技術や知識を持っていない私たちには描けない。それに知識や技術を持っている人だって、内部空間を実際に見ていない以上、おそらくは描けないだろう。ただ、それが相当に複雑なものだろうという想像はつく。
 私の想像では、この城には「一階」とか「二階」という概念はない。要するにどこかの水準でこの建物を輪切りにしたとき、たまたまどこかに平らな床面を持つ部屋があるかもしれない。けれども輪切り図の随所に、不均等に配置された階段室が記されるはずだ。ある階段は螺旋であり、ある階段は直線的であり、ある階段は折れ曲がっている。たとえば、左右の筒型の塔の内部には、壁面に沿って螺旋階段が用いられているに違いない。
それらの階段はどこに続いているか分からないし、どこの通路や部屋に出ることになるのかも分からない。平面と垂直面が意表をつく「ゆがみ」なしに連続しているという保証はない。おそらくこの城は、サグラダ・ファミリアも顔負けの、奇怪な内部空間を作り出しているに違いないのだ。
kiiroi-soro同じように、「平面図と立面図」という私たちの常識的な観点を、こころみに維持しながら「黄色い城」を見ていただきたい。こちらの建物の場合、ありがたいことに正面の入り口がはっきりしている。そしてこの入り口から内部が、多少は覗けるのである。しかしながら、この建物もいっそう複雑で、奇怪な内部空間を構成していることが想像できるだろう。私の見るところでは、この「黄色い城」の方が、空間的なゆがみが大きい。
では、この折り重なる建物群としての「城」が、私たちに語りかけるメッセージとは何だろうか。それは「自立し、一個の性格を持った有機体としての建物」ということにほかならないと私は思う。これらの建物は、命を持つ「美の規範」である。それらは人間や動物たちと共存しつつ、一定の距離を維持しながら自己主張している。それらは建物同士でコロニーを形成し、必要とあらば、増殖さえする。その内部は有機的に結合し、仕切られ、またつながっている。明日の朝、この建物をもう一度見ると、もしかしたら城壁のパイが拡大し、尖塔が二、三本殖えているかもしれない。それでも建物はけっしてバランスを失わないだろう。なぜなら、これらは生きているからである。
サグラダ・ファミリアは未完であるといわれる。いまだに完成めざして作られ続けているという。だがごらんのように航伊知の建物は、すでに完成している。しかし完成しているにもかかわらず今後変化し、増殖し、さらに新たな、美しい自身像を形成するかもしれない。ヘーゲルはソクラテスが彫像を刻むように、どこまでも自分自身を彫琢したといっている。
「このような個人は作られたものであるのではなくて、それ自身自らあのような姿へ仕上げたのである。そのような個人は彼らがそうありたいと願った通りのものになり、その願った姿に忠実であった」。このヘーゲルの言葉を、鈴木航伊知の「建物」に適用して読み替えてみる。すると、この「折り重なり、増殖しつつある建物」のことがよくわかるような気がする。彼らは完成態でありながら、可能態である。彼らは自らの美の概念に従って、自己をさらに完成しつつあるのだ、と私は考える。

 
 

9-4.塔の町
 私はここで皆さんに4枚の「塔の町」の絵をお目にかけたい。作品番号順にこれを並べると最初に「雪の中の塔の街」、「塔の街」、「丸い城壁塔の多い島の街」、それに再び「塔の街」となる。ごらんのようにこの4点の絵には共通点があり、同じ題名を持つ2番目の「塔の町」と4番目の「塔の町」はおそらくは同じ題材を描いた作品である。これらはいずれも、集落としての「町」であり、また建物が急な勾配を持つ丘陵地形を利用して建てられているという共通点を持ち、このことから町全体が、さながら「塔」を形成するに至っているという特徴を持つ、
 もっとも、3枚目の「丸い城壁塔の多い島の街」は、そのタイトルからすると、「塔」をあくまでも街を構成する「部品」としていいあらわしている。これに対して、「雪の中の塔の街」、二つの「塔の街」は、全体的な町の形状を表現する言葉として「塔」というキーワードが用いられている。しかし、私はこの4枚を「折り重なる建物」に属するきわめつけの作品として、取り扱うことにする。なおこの4枚の絵は、いずれも青空をバックにしている。
yukino-naka さて、1枚目の「雪の中の塔の街」を観察してみよう。この建物は前章で見た二つの「城」に共通する部分がある。とくに「黄色い城」に似ている部分があるように思われる。それは、町全体が城壁で囲まれている点であり、建物が積み重なることで、もともとの地形を推察しにくいという点である。この街は向かって左側に二つの丸い塔をつないで作られた城門を持っている。その割には、城壁の前の部分はかなり低くなっており、植え込みのある辺りからは、簡単に内部に入れそうだ。しかし、意匠的にはあくまでも囲郭都市である。
 この塔の町は全体が建物によって覆われており、もともとの地形をうかがわせる露出部分はまったく見当たらない。しかし、これが平原に突如として盛り上がった何らかの丘陵地形を利用していることは想像できる。例によって、くっつきあった建物同士が内部的に連結している可能性が高いのだ、どう連結しているかは見当もつかない。左側の城門を入る人がいるとすれば、その人は手前の城壁に沿って右上に伸びているスロープを登り、右手城壁すれすれに見えている入り口を利用するしかない。
 平野に降りている雪は深そうだが、この塔に降りている雪はさほど深くない。それは建物の屋根の形を際立たせている程度である。平野の植物はみな落葉してしまっているが、塔内の植え込みはみな葉を保持しているようである。先に見た二つの「城」の外壁は平滑であったが、この塔の町を形成している建築素材は、どれも赤っぽい煉瓦のように見え、ざらついたテクスチャを感じさせる。例によって、さまざまの建築様式が見られるが、葱坊主屋根は姿を消し、陣笠状の屋根が特徴的だ。
次に2番目の作品をあとで見ていただくことにして、「丸い城壁塔の多い島の街」に移ろう。じつをいえば、私はこの「鈴木航伊知論」を進めるにあたって、毎日、目の前にこの絵をかけて見ていた。この絵では丘陵の下の方にある建物が、どちらかといえば、つくりが荒々しく素朴である。これに対して積み上げられた上部に建てられている建物の方が繊細で、近代的な感じがする。つまり、高度が建物の様式に関係している。

marui-joheki ところでこの絵のタイトルの「丸い城壁塔」とは、何のことだろうか。いうまでもない、この最前部に突き出している、丸い塔のことだ。私たちが見ている島は、この塔が城壁の一部をなしているような城壁に囲まれている、ということに違いないのだ。しかるに、この島の主な城壁は画面の右側にしか見えない。煉瓦色をした丸い塔はこの場面では6本見えているが、「城壁塔」というほど、島全体を囲い、防護しているようには見えない。おそらくこれらの塔は、意匠的に形成されたものであって、画家がこの絵を名づけるに際して、「城壁塔」としたものだろう。なお、この右側の壁からは、おそらくこの島に通じる唯一の橋と思われるものが見える。
 この島における建物の最大の特徴は、方形の無庇の屋根を持つ家屋である。これらの家屋の多くはドーマー・ウインドウを伴っている。このタイプの家屋は麓から始まり、約八合目までに連なっている。これまで見た「折り重なる建物」とはいささか異なり、これらの家屋はみな独立している。五合目ぐらいのところにある家屋は互いに押し合うように壁を接しているが、微妙にゆがんでおり、おそらくそれぞれに独立しているはずだ。
 この絵には、明るい色が一切用いられていない。現物も、ここにご紹介する写真にくらべると、もっと暗く感じられる。私はこの絵を見ると、「忘れられた建物塊の、きびしい孤独感」というものを感じざるを得ない。いまや私たちには、鈴木航伊知の描く建物、あるいは建物の集合としての街が、独立した「人格」、あるいは「スピリット」とでも呼びうるものを持っていることを知っている。
そこで私はこの「塔の街」あるいは「塔の島」に、一個の「ストア賢者」をイメージする。すなわちこの構築体は、いま一切の華やかな装いを捨て、誰にこびることもせず、ひとり静かに完結している。むろん、誰かがこの街にアプローチできないわけではない。けれどもまったく拒まれているわけではないにしても、誰も歓迎されているわけではない。この構築体は、忘れられ、無視されていることを知っており、そのことに満足している。その上で、居ずまいをただし、バランスを整え、自己の内部へと向かっている。私はこの絵に、画家の「美の範型」のもう一つの側面を見る。

 
 

9-5.超建築の世界
最後にご紹介する2つの「塔の街」は、題名も共通な、「塔の街」と題された作品である。はじめに、作品番号175番目になる第2期のアルバムにある「塔の街」を見てみる。私はこれに便宜上「前期・塔の街」と名づけ、後にご紹介する作品を「後期・塔の街」と名づけることにする。
zennki-tou前期の作品は、やや赤い色彩の建物群が、みどりの平原に、青空を背景にして、あたかもどこからか切り取られてきたかのように、突如として出現している。
ごらんのように、この塔の町は基底部中央に背の高い鐘楼のような建物を持ち、その左には獅子像で飾られた大型の建物、右側には六角錐のように見える大型の建物を持っている。これはおそらく、この町全体にとって公共建築物を意味するものと思われる。では、この「前期・塔の街」に対して、「後期・塔の街」を見ていただきたい。
この後期の作品と前期の作品の類似性と違いは、すぐにお分かりのことだろう。すなわち後期の「塔の街」は、前期の「塔の街」と同じコンセプトを持っている。しかし後期の作品の方が発展し、拡大し、こういってよければ増殖している。上方に向かって増殖しているだけではなく、下方に向かっても増殖しているのである。この「後期・塔の町」は、鈴木航伊知における「折り重なる建物」の集大成をなしているものと私は考える。だからこの絵には、これまで私たちが鈴木航伊知の「建物画」において見てきたほとんどすべての要素が含まれている。その要素とは、ざっと以下のようなものである。
1.公共建築物と家屋らしきものを含む複数の建築様式。
2.城郭、あるいは城壁施設と折り重なる建物塊。
3.下界から隔絶した高みというロケーション。
4.これらの建築物の群れに奉仕する音楽家などパフォーマーの存在。
この「塔の街」は、前期の作品とは異なり、聳り立つ山の中間台地の上に建てられている。ありがたいことに、この台地の手前には下界に通じる階段があって、この台地に接するようにして、下のレベルにある家屋の屋根が見えている。これらの「下」にみえる建築物もなかなか面白いもので、六角形の鐘楼があるかと思えば、銃眼つきの望楼もあるという具合だ。民家風の家にもかなり「くせ」がある。
 この台地の下の部分はどうなっているのだろうか? 手前にある低い家並みは、「地面」というものから安心を得たい私たちの本能に少しはこたえている。けれども、この台地から続く両脇下の斜面は、この搭上の地形がもっと下まで続いていることを暗示している。つまり、手前にいくらかの家屋が見えることは、この山の、下方に向かっての限界の保証がないということなのだ。要するに、私たちにはこの山がどの程度高いのかは見当がつかないのである。
to-no-machiこの山の絶対的な高さの問題には目をつぶることにして、台地部分に目を向けよう。この台地には前期の「塔の街」で見られたものと同じ公共的建築物が三棟建っている。異なっているのは、その前にカリオンの施設が置かれていることだ。このカリオンの施設は発音構造がむき出しになっていて、本来の楽器構造が造形的に美しいものであることを示している。
すなわち、鐘に結びつけられている紐は、地面に設置された「はた織機」のような三角形の枠組みをへて、右手に見える鍵盤装置に結びつけられている。この鍵盤装置の前には、赤い、裾の長いワンピースを着た人物=演奏者が腰掛けており、この鍵盤装置は角柱型の、階段つきの台と一体化している。おわかりのように、この演奏者が巨大な塔の町に見えている唯一の人物である。
 この「塔の町」には、よく手入れされた植物が随所に植えられている。台地の下の両側に見えている喬木は、おそらく斜面に自生しているものだろうが、台地から上の部分に生えている植物はみな、人工的な管理の手を感じさせる。たとえば台地の縁には、たけの低い草花がきちんと植えられている。少なくとも水平面があるところには、適度な間隔で枝ぶりのいい木がよろしく配置されている。左手やや上のレンガの斜面にはつる性の植物が、また上部やや右手にもつる性の植物ががけに垂れ下がっているのが見える。
私の知る限りでは、植物というものはどんなものでも放置しておけば年々繁茂し、始末におえなくなるものである。しかしながら、この絵の植物はすくなくとも最適の姿に維持されている。私たちがこれまで見てきた他の「塔の町」にも植物が適当に配置されているが、この絵の植物に関しては、とくに「管理が行き届いている」という印象を受ける。
 ところで皆さんはすでに、この塔の町を取り囲む青い空と、ソフトクリームのような雲にお気づきだろう。この雲は画面の下のほうでは比較的大きな塊となっているが、上に行くほど小型になり、画面の一番てっぺん部分では、絵の具のしみのような点になっている。これらの「点」はおそらくは現物でしか確認できない。いずれにしてもこの空と雲は、この絵にある種のおかしみと明るい親しみを添えている。前にご紹介した「丸い城壁塔の多い島の街」が、どちらかといえばシリアスで、孤絶した雰囲気を持っていたのに対して、この絵はなんとなく「いやし」を感じさせる明るさを持っている。
 この「塔の町」は、全体が右側にかしいでいる。要するに塔の町の頂上部分は画面のかなり右側に寄っている。それでいて中央の灰色のもっとも背の高い塔は、若干のテーパーを伴いながら、左側にかしいでいる。また、塔の町を構成しているはずのレンガの壁面や階段部分などが激しい空間的「ゆがみ」を見せている。個別の家々にも「ゆがみ」がある。
この絵の現物を見る人は、これらのパースペクティブの矛盾を60号(縦133センチ、横97センチ)という大きさで提示されることになるので、若干船酔いに似た感じを覚える。絵をじっと見つめていると、自分が床にまっすぐに立っているのかどうか、自信がなくなってくるのである。「塔の町」の圧倒的な大きさと、細部にいたるまでの緻密な書き込みと、空間的なゆがみが、一緒になって、私たちを圧倒し、平衡感覚を狂わせてしまうのである。
私はこれらの一群の「塔の町」を「超建築」と呼びたい。すでに私たちがそこで「とりこ」となっている鈴木航伊知の世界は、現実の世界ではない。むろん現実世界との連関を持ってはいるし、絵のどの部分も現実的な世界の部分をモデルとしている。しかしそれは現実から遠くかけ離れた彼岸を表現している。
ちなみに、彼の世界における建築物に人が住むことはまったく予定されていない。しかし、この「塔の町」の場合でいえば、ここには大型の公共建築物――おそらくは役所や宗教施設――と民家の集落がセットになって、単なる「街」ではなく、「町」を構成している。これは完成された「ポリス」であり、独立し、自足している「国」である。これはげんに「生きており」「管理されて」いる。
現代社会の私たちが利用する超高層ビルや住宅も、昔の人たちから見たら、ある意味では「超建築」かもしれない。ちなみに、私がいま住んでいるのは29階建てのマンションの27階の一室であるが、これはコルビュジエが約束した、あの住むための機械としての住宅の路線上にある。なるほど、ここでは人々が暮らし、24時間の管理が行われている。その意味では私たちの住まいもたしかに「生きて」はいる。しかし私たちの世界のビルは、人が管理し、人がいなければどうにもならないものである。そして一戸一戸の内部をのぞいてみれば、おそらく閉ざされた人々が自分たちの流儀で、いぎたなく生活しているのである。
しかしながら、鈴木航伊知の世界における「超建築」は、人間なしに自己を管理し、それ自身によって自足し、美しく装っている。この「塔の町」の最上部を見ていただきたい。この絵ではたしかに頂上部分は完成している。けれども、私はこの町がなお上部に向かって「折り重なりながら発展、増殖しつつある」と考える。前期と後期の「塔の街」という二つの作品が、増殖の仮説を裏付けている。「超建築」の世界においては、町そのもの、あるいは建築塊そのものが「意思」を持つ支配者である。それは独自の美的判断力を持ち、つねに自身を最良の状態に維持している。このような世界を、いままで誰がイメージしただろうか。

 
 

9-6.赤いアーチのある広間
 鈴木航伊知の建築画に関して、「建物内部」を描いた作品分野が残っているので、最後にこれについて触れることにする。「赤いアーチのある広間」という作品を見ていただきたい。これは青い室内における赤いアーチが描かれている。

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 ここはどこなのだろうか? 室内には一人の男性らしい人物と、女性風の天使が見えている。男性らしい人物はグリーンのガウンを着て手に鳥を持っている。画面の二人はお互いに干渉することなく、並行的に、静かにたたずんでいる。正面には片翼のテラスと階段状の施設が見えている。右の窓からは日の光が差し込んでいる。よく見ると、床には木馬のおもちゃが一つ置かれている。室内にはたくさんの鳥が飛んでいる。青い室内はどこからが壁で、どこからが天井なのか分らない。鳥たちの動きから、室内が室内ではないような、錯覚を覚えるほどだ。
 建築家であればすでにお気づきと思うが、この赤いアーチは、ゴシック様式の建築に見られる「交差ヴォールト」のリブである。ゴシック建築においては、いわゆる穹窿を形成するさいにこのアーチができる。アーチを支える柱は、さらに外側の柱と「飛び梁」によって支えられる。げんにこの画面左側には、柱を支える柱が接続され、「飛び梁」には鳥が止まっている。彼の建築画は、主として外観を描いたものが多く、室内空間を描いた作品はわずか10点しかない。その10点のうちの5点は何らかの形で「交差ヴォールト」を描いたものである。
 私は第2章で、画家鈴木航伊知が長編小説「中世の少年ヤン」を書いたことをご報告しておいた。その小説のなかに、主人公である少年ヤンが、尊敬すべき棟梁から、ゴシック様式による大聖堂のアーチについて説明を受ける部分がある。その部分を引用する。
 「棟梁は続けた。『それから、天井が落っこちてこないように感じるのは、天井が平らではなく、細かい半円形が集まってできているので、さらに、上に向かって力が伸びてゆくように感じられるのだ。この柱同士を繋ぐ半円形を<アーチ>というんだ。このアーチとアーチを繋ぐ半円形を<ヴォールト>というんだ。・・ヴォールトのやり方が発明されたので、大聖堂の天井をこんなにも自由に、しかも美しく構成することができるようになったんだ』。・・『石はとても重い。それにアーチやヴォールトを作ると、その重さはまっ直ぐ下に落ちてこないで、柱を外に押し広げてしまうのだ。それでは建物は倒れてしまう。それを外側からつっかえ棒をしているのが、<飛び梁>といって、この大聖堂の外側についているたくさんの細かい斜めの柱だ』」。
 この絵は鈴木航伊知の世界独特の、謎と神秘に満ちた建築空間を表現している。もちろんこのような現実の建築空間はありえないだろう。けれどもこの絵は、画家のゴシック建築に対する強い関心とこだわり、そして現物を観察した上でのたしかな知識と、その上での彼なりの応用と再構築を表現していると私は考える。
 彼の描く建築物は、どれをとっても現実ばなれしている。しかし私は、彼の絵には現実的観察を基礎としないどんな建築物も存在しないことを知っている。いや建築物だけではない。彼の描く植物も、動物も、人間たちも、天使たちも、みな現実的観察という基礎を持っている。彼は現実を離れずに現実を離れる。そのやり方はまったく自由でありながら一貫している。それらの現実は彼によって処理された後、独自の「美のメッセージ」を携えつつ、私たちに対して再現前するのである。

 
   
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