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私の生活術
 
第3章 楽しむ日課

3-1.生きているパラドックス
ここまで空間の話をしたので、今度は時間について話をする。誰もが時間を有効に使いたいと思っているにちがいない。この欲求は「空間を有効に活用する」という考えよりもっと切実かもしれない。誰もが「時間は貴重な、有限の資源だ」ということは知っている。人生の残りがわずかになってくると、この思いをいっそう深くする。
 私はこの時間の使い方に関して、「日課主義」を採用している。私が考える日課とは「毎日きまった時間にきまった仕事をする」という意味である。人間はいまのところ地球上の動物だ。地球上の動物はみな日照リズムに従って行動している。私たち人間も、電灯を発明する以前はおおむね日照リズムを保持していた。けれど現代人の行動はどんどん夜型化している。
 私は学生時代から徹夜など苦手だった。徹夜して勉強すれば、もっとできる学生になったかもしれないが、明日のテストを気にしながらも、さっさと寝てしまった。今となっては、何も無理をする必要がないから、私はいっそう日照リズムに忠実になっている。日課主義とは太陽の動きに忠実な、繰り返し型の生活スタイルのことである。
 ところで人生の分量は、単に生きた年数、時間数ではなく、その人の仕事量ではないだろうか。モーツアルトは短い生涯にあれだけたくさんの名曲を残した。彼より長生きした作曲家の仕事量を凌駕している。かりにモーツアルトが「ジュピター」だけしか書かなかったとしたら、彼の名が音楽史上に残ることはなかったろう。バルザックの仕事量を見たまえ。ともかく半端じゃない。仕事の分量が彼らの腕を磨き、作品を彫琢した。仕事量と仕事の質とは無縁ではない。
 こう考えてみると人は短時間にたくさん分量の、しかも高品質の仕事ができるのが理想だ。同じ時間内にたくさんの商品を売り、しかも顧客に喜ばれるセールスマンは価値があるだろう。仕事がはやく、ラインを確実にサポートできるスタッフは貴重だろう。同じ時間内に、多くの読者を感動させるような小説をたくさん書ける作家は、すぐれた作家ということになるだろう。一定の質という条件下で考えた場合、仕事のスピードこそが問題なのだ。
 スピードにも短距離競争的なスピードと、長距離競争的なスピードとの二種類がある。まずは長距離型のスピードについて考えてみよう。人生は日々の繰り返しだ。だから人生においては月、年単位での仕事量が問題になる。月、年単位の仕事量になると、瞬間的なスピードよりも「継続」がカギになる。ここで仕事の分量、あるいは仕事のスピードと日課主義が結びつくのだ。Photo_10

 たとえばAさんは1日に「分量1」の仕事をし、Bさんは同じ品質の仕事を1日に「分量2」実行すると仮定する。だから、初日だけを比較するとAさんはBさんに負けている。けれども、もしBさんが1日休めば、Aさんと同じになる。Bさんが2日休めば、Bさんは3日目には2倍の仕事をしないとAさんに追いつけない。これはこの命題の設定上不可能だ。ゼノンは、「アキレウスは亀を追い越せない」といったが、あれは少しもパラドックスではない。
 かりにBさんが10日休んでしまったとしたらどうだろうか。このようにしてAさんが毎日「1」の仕事を継続し、Bさんは休んだままで10年経過したとする。どんな知識であれ、技術であれ、BさんはもうAさんには太刀打ちできない。これは一見ありそうもない仮定の話に思えるかもしれない。ところが私の見るところ、これが一番多く見られる現実だ。これが「できる人間」と「できない人間」の差であり、本当にこの通りのことが日々世界のうちに生じているのである。それはあなたが、かつて三日坊主で中断してしまったことと、あなたがげんにいまも継続している何かを思い出してみれば、納得がいくはずだ。
 人生の長丁場においては、継続こそがスピードなのである。継続とは「パターン化された時間の積み重ね」であり、つまるところ「日課の維持」である。いい日課を持っている人は、気まぐれな生活をしている人にくらべて仕事量が多い。つまり、人生を何倍にも生きていることになる。何を日課とするかは、最初に申し上げた通り、「自分は結局何をしたいのか」「自分は何をすれば幸福なのか」というコンセプトによってきまる。自分のねらいと日課の中身がちぐはぐでは、不完全燃焼が起きるだろう。

 

3-2.定時定量で食べる
 「日課主義」によって生活するとは、どんなに気が進まなくても、やると決めたことは所定の時間にやるという意味であり、どんなに気が向いても、たとえ大いに調子が乗ってきても、時間になれば止めて次の仕事をするということである。「気分が乗ったら、飯も食わず、徹夜をしてでもとことんやる」、というのは私の考える日課主義のやり方ではない。このような「ノリノリ主義」で成果を上げている人もいるだろうが、私は肌に合わないのでやらない。
 日課主義で生活する場合、「定時、定量」ということがカギになる。これはきまった時間に、きまった分量だけ仕事をすることであり、食事などもきまった時間に決まった分量を食べるということである。かつて人間の祖先はかなり不規則に食事をしていたにちがいないと私は思う。というのも、食料を毎日コンスタントに手に入れることができた、とは考えにくいからだ。
 農耕型の社会ができて、初めて人間は本当の日課的生活ができるようになった。すなわち、仕事や食事の定時化、あるいは定量化が可能になった。これは日照リズムに従いながらも、なお空腹のまま寝なければならなかった動物時代からの離脱であり、人間たちの真の進歩である。だから人類の文化を可能にし、進歩を可能にしたのは、仕事と食事の「定時、定量化」に違いないと私は固く信じている
Photo_22 人間は食事をするために生きている。いや待て、生きるために食事をするのか? まあ、どっちでもいい。いずれにしても、食事=生存だ。私たちが職業につき仕事をするのも、食事をするためだ。だから「寝食を忘れて仕事をする」というと、一見かっこいいように見えるが、私は本末転倒だと思う。たとえば、どの職場にも「仕事のきりがいいところまで食事をとらない」という人がいる。この人は一見、まじめな責任感の権化のように見える。実際にもそうかもしれない。だが、私はその人のマネはしないし、できない。
 会社ではトップが主宰する会議が昼食時や夕食事にかかったりする。そんなとき、だれも食事のことなどいい出さない。中堅企業などで、ワンマン社長が出席した営業会議が遅くなり、夜の8時、9時までぶっ続けに食事もせずに討議しているなどということがある。私も若いときにはこうした拷問に何度もつき合わされた。会議の席でいくぶん発言権を持つようになってからは、私は迷わず食事の催促をしたり、食事休憩を提案するようになった。だから私はよほど食い意地がはっていると思われたに違いない。けれど私は、三度の食事を犠牲にまでしてやらなければならないことなど何もないと思うのだ。
 現役時代から、私は11時30分の定時に仕事を中断し食事をする。この時間がいいのは、この時間になればレストランが開いているし、12時前なら混雑を避けて食べられるからだ。何をしていようと、どんなに仕事が中途半端であろうと食事が先だ。仕事はあとまわしである。このやり方のために、仕事の面で他人に遅れをとったという記憶は私にはない。いま「現役時代から」といってしまったが、「学校時代」からといったほうが正確だ。なにしろ私は「早弁」の常習犯だったから。

 
 

3-3.なぜお呼ばれが苦手か
 私の夕食は午後6時である。あまり遅く食べると寝るときに胃がもたれて不快である。たまたま午後6時ごろ友人と一緒のときは、私は相手を誘って近くのレストランで一緒に食事をする。いつも夕食を遅くに食べる人は「え、もう食事ですか」などという。しかし私は食事時間に関して誰とも妥協しない。その代わり食事代は私が持つ。一緒に食事をするのは、最高のコミュニケーション・タイムだ。食事をしながら怒っている人はあまりいない。出会ってまだ間がない人でも一緒に食事することで、親しさがいっそう増す。Onakasuita
 しかしながら私は「お呼ばれ」はニガ手だ。というのも「お呼ばれ」しているときには、食事時間を自分でコントロールできないから。好意から「ご馳走しましょう」といってくれている相手に向かって、「早く食べさせてください」とは、いくら私でもいいにくい。そこで相手のペースに合わせることになる。ところがどうかすると相手の考えている食事時間が、夜8時ごろだったりする。
 かりに誰かのお宅にお呼ばれをして夕食を待っているような場合、定刻をすぎると私の胃の腑が、さかんに「食事はどうした」と催促する。何しろきっちり6時で習慣づけられているからだ。どうにも我慢しきれなくなる。しまいには空腹と絶望のあまり眼がくらみ、錯乱状態に陥る。その間、お宅の台所のほうから、ご馳走のにおいだけが流れてくる、などということになると、これはもはや拷問以外のなにものでもない。私は空腹の苛立ちと、それを表面にあらわすまいとする努力のために身体が固くなってくるのを感じる。しまいには自分が何を話しているのかもわからなくなる。こうなっては、相手のほうはともかく、私の側にはグッド・コミュニケーションの条件が完全に失われていることになる。
 何がいけないのか? それは明白だ。この場合、私は「饗応してもらおう」といういやしい根性のために、つかの間の捉われ人となり、わが身の主体性と自由を失ったのである。そういうわけで、私は誰かといっしょに食べることは好きだが、他人の家に「お呼ばれ」することだけはできるだけ用心深く避けているのである。私のペースで、私の費用で他の人につき合ってもらったほうが体の健康にも、精神の健康にもよろしい。

 
 

3-4.わが身の教育
 さて日課のことに話を戻すと、私は毎朝7時前に起きる。何しろ日照に忠実だから、夏は早起きで、冬はやや寝坊をする傾向がある。顔を洗ってから洗濯機のスイッチを入れる。テレビのニュースを見ながら朝食をとる。食後直ちに家中の屑篭のゴミを集めて捨てる。ついで室内のお掃除をする。手順としては、掃除をしてからゴミを捨てたほうが合理的なのだが、食事の残りや果物の皮などをいち早く捨ててしまいたいので、この手順は改めない。
 お掃除についてはすでにお話しした通り。この間コーヒーを入れておく。お掃除が終了するころ洗濯の「すすぎ」が終了する。洗濯物を風呂場に吊るし終わると、これで朝の雑事は一段落である。日によってばらつきはあるが、身支度、トイレなどを含め、ここまでで約1時間30分かかる。雑用が終わると、私はコーヒーカップを持ってデスクの前に座る。Gozen  このときに、とくにその日にしようと思っている事項をメモ用紙に列挙、確認する。その項目を消しこみながら一日を過ごすわけだ。メモの内容は他愛もないことで、「牛乳とタマゴを買うこと」「**の本を注文」「**氏にメールの返事をしておくこと」など。メモしておかないとすぐに忘れて失敗する。ただしルーチンワークは、この項目には含めない。 まず午前のルーチンワーク、「物書き」と「読書」についてご紹介する。私はこの二つの作業をあわせて「自己教育」と定義している。お好みならこれを「勉強」といいかえてもいい。自己教育を午前中にしているのは、午前の方が身体も頭がすっきりしているような気がするからだ。この時間は私にとってはとても貴重なので、午前中には他の予定を入れない。 まず「物書き」に関してご報告する。これは定型の文章作成と、その時々の自分の研究テーマに沿って、自分なりに文章を書くという作業である。クライアントのための提案や分析レポートなど、他人のために書かなければならない仕事は、私の「物書き=自己教育」には含めない。あくまでも自分のためだけの「物書き」である。
 まず定型の文章作成のひとつ「アランからのメッセージ」についてご説明する。私はフランスの哲学者アランが好きなので、アランのエッセイの一部を抜粋してこれにコメントするという作業を続けている。これはわが尊敬するアランの習慣を真似て、毎日「定量」で記述する。ちなみに今日書いたのは、5767回目のコメント、すなわち開始後5767日目のコメントである。だからこのコメント作りは、15年間、一日も休まずに続けてきたことになる。この原稿をもとに、私は「アランの言葉(PHP研究所)」「アランからのメッセージ(春秋社)」「アラン幸福論の読み方(ダイヤモンド社)」などを出版した。
 この定型文章作成に関していえば、1回=1日に書く文章量はわずか600文字にすぎない。だが、たまるとかなりの量になる。一般の書籍1冊の文字数を12000文字と仮定すれば、5767回分の文字量は約29冊分の書籍に相当する。もちろんこれは単に分量だけの問題にすぎない。だいいちこのコメント作りは自分自身の思考訓練のためのものだから、そのままでは本にならない。

 
 

3-5.提出期限のない「自由研究」
 上記の定型の文章作成とは別に、もう一つ自分の自由研究テーマとしての「物書き」も日課として継続している。この研究の趣旨は、子供の夏休みの「自由研究」とまったく同じである。ただ、私の場合は提出期限がないという点、それにまた私の尻を叩く親も、できばえに首をかしげる先生もいないという点で、子供たちよりずっと恵まれている。だからこれは私にとってはとても楽しい。
Free_study  これも1日に書く分量はほぼ600字である。ただし、これはテーマによってはどうしても事前に調べなければならない場合がある。また数字的な裏づけが必要になることも多い。手元にある書籍のページをめくったり、インターネットで検索する程度なら、その場で書きながら調べるが、時間がかかるものについては、午後の時間を用いる。
  たとえば、自分の研究テーマとして「聖書の金銭感覚」というテーマに取り組んだことがあった。旧約、新約の両聖書にあらわれる「金銭」に関わる記述部分をひろって、古代ユダヤの人々の金銭感覚がどのように変化したのかを調べたものである。たとえば旧約聖書の初期の部分には、「同胞に金を貸しても金利を取ってはならない」という神の命令が出てくる。 ところが新約聖書にはイエスが、神の代弁者とおぼしき人に「どうして金利分だけでもかせいでおかなかったのだ?」といわせる部分がある。これは大きな変化だ。それにまた、イエスが銀貨30枚で売られたエピソードや、税金の支払いに関して「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に」という有名なエピソードなどもある。こうしたエピソードをひろって、古代のユダヤ人がどのように金銭感覚を変化させてきたのか、それが当時、彼らが置かれていた立場とどのように関連があるのかを調べてみようと思ったのである。
 もしも私がアカデミーの学者だったら、研究を始める前に先行論文の有無を調べなくてはなるまい。すでに同じような研究をしている人がいれば、せっかくの論文に価値がないだけでなく、剽窃とか何とかいわれかねない。しかし、そこが私のような野にいる人間、何のオブリゲーションも持たない、無名の人間のありがたさだ。誰がどこで、何を書いていようが私には関係ない。私は書きたいことを書くまでだ。
 ただ、自分のテーマにとって参考になりそうな著書は読む必要がある。もしかしたらすばらしい発見があるかもしれないし、「クール」な文章を引用ができるかもしれない。この「聖書の金銭感覚」というテーマについていうならば、私がすべきことは、実際にもう一度聖書を読み直すこと、公刊されている書籍で、関連がありそうな本を手に入れて調べることである。それにまたことがらによっては、その筋の専門家に話を聞いてみるのが有益だ。
 実際、このテーマの場合、聖書を読んでいるだけではよく理解できない部分がたくさん出てきた。そこで私はキリスト教の関係者や牧師さんに、直接インタビューするのが早道だと考えた。まず娘が通っていた高輪教会の長津牧師をたずねていろいろ教えを受けた。また、これも娘のつてでイスラエル人の大学教授に質問表を見せ、回答してもらった。また、今日の金銀の取引状況や古いコインのことでは宝石屋さんの話も聞いた。このような研究のための関連作業は、原則として午後の自由時間を充当するのである。

 
 

3-6.日課の蓄積としての著書
 自主研究としての「物書き」の、自分なりの成果は、一昨年までは「リリック叢書」という新書版形式の、小部数自費出版書籍としてまとめていた。「リリック叢書」は20冊=20テーマになったところでシリーズ満了とした。リリック叢書のテーマを全部ご紹介すると煩雑になるので、最後の5冊についてご紹介するならば、前回ご紹介した「聖書の金銭感覚」、それに「戦史の雄弁」「アレックスとの対話」「サルトルとポンティにおけるアラン」「エピステーメーへの道」である。
 「戦史の雄弁」は、ツキジデスの史書「戦史」の中で、政治家やヒーローたちが、どのように人々を説得したのか、その雄弁術の秘密を私なりに分析したものである。「アレックスとの対話」はアレクサンドロス大王の亡霊が突然現代によみがえったと仮定して、その亡霊と私との対話を描いてみたものである。この中で私としては、現代のビジネスリーダーが参考にすべきリーダーシップの要点をまとめたつもりである。
 「サルトルとポンティにおけるアラン」はタイトル通り、二人の偉大な実存主義思想家が、私の敬愛するアラン先生をどのように評価していたか、二人の主著に即して分析したもの。「エピステーメーへの道」は、古代から現代までの認識論の流れをおさらいし、とくに先入観にとらわれない認識方法についての、アランの考え方を整理したものである。Hermes2
 これらはそのときどきにおける私の文芸的な関心の対象だったものであり、毎朝日課としておこなってきた「物書き」の産物である。これらのテーマに他人が関心を持ってくれればうれしいが、私の関心事は他人の関心事とはかなり違っているらしい。だから、他人の関心や評価ははじめから期待していない。私の楽しみはすでに「日々日課として書くこと」で十分に報いられている。
 振り返ってみると私は、1981年いらい毎年最低1冊は本を書いてきた。経営コンサルタントだったのだから、仕事に関する本を書くのは当然だ。仕事に関する著書は仕事に直結したビジネス書、それも一般の書店で販売される本であった。しかし、私はビジネスの世界だけに生きることはできなかった。ビジネスは人間の下半身を支えるものだ。これに対して上半身にはミューズ神の加護が必要だ。
 人間にはヘルメス神(商売をつかさどるギリシャの神)とミューズ神(文芸、音楽をつかさどる9柱の女神)の両方のバランスが必要だと私は思う。そこで第一線の仕事を離れようとしていた10年ほど前からは、ヘルメス神よりのテーマからミューズ神よりの、すなわち自分の好きな文芸関連のテーマで自由研究を進め、「売れない本」を自分なりに綴ることにきめた。これらの本は書店に出しても誰も買わないから、出版社も見向きもしてくれない。やむなく自費出版してきたのだが、めでたく予算も使い終わったのでシリーズを打ち切ったのである。 一方インターネット(ブログ)が幅広く読まれることがわかったので、昨年からはブログで「物書き」の産物を連載公開することにした。ちなみに2005年には「鈴木航伊知の世界」というタイトルで絵画論のブログを連載公開した。これは鈴木航伊知という、私の親しい同窓の画家の作品について、私なりの論評を行い、その魅力を紹介したものである。
 よく「考えがまとまってから書く」という人がいる。これにはいつも感心する。とうていできない芸当だ。私の場合は考えることと書くことが同時だ。書くことによってはじめて自分の考えがあらわれ、まとまった形をとる。私には考えることは書くことであり、書くことは生きることと同じだ。私は、自分が生きて書き続けることができるうちは「定時、定量」で、日課として書くつもりだ。

 
 

3-7.読む「自己教育」
 他の人はどうか知らないが、私の場合、いい本を読むと、実際は少しもそうでもないのに自分が賢くなったような、トクをしたような気がする。これは捨てがたい主観的メリットだ。だから日課として読むことに決めている。よく「本を読まなければならないのだが・・」「読んでいるとすぐに眠ってしまう」などという人がある。読みたくなければ読まないのが一番よろしい。眠くなったら寝るのがよろしい。読みたければ読んだらよろしい。何も強迫観念を持つことはない。本を読んでいないからといって、命をとられる心配はない。だいいち、本を読むメリットはあくまでも主観的なものだ。Kasikokunatta_1
 私はどちらかといえば読書好きかもしれない。だが読書を自分のむら気に任せるのはいやなので、これも自由研究のテーマを考えながら、「定時、定量」を実行している。もちろんそうはいっても、読書時間を厳密に決めるとか、ページ数をカウントするなどということはしない。時計を見、文章や章の区切りを見て、「お、そろそろ読むか」とか、「ま、今日はこの辺にするか」といった具合だ。 午前中にどのくらいの読書時間を使っているかといえば、読書メモを作る作業を含めて約1時間弱だ。「なんだ、そんなに少ないのか。それで何が読書好きだ?」といわれるかもしれない。もっとも夜、床に入ってからの読書と、午後の補助作業としての読書は定時定量とはいえないのでここでは除外してある。 日課としての読書だが、私は読んだ本のメモを作ることにしている。これは、本の要約を作るためではない。あくまで気に入った「一句」をメモするためである。私の考えでは、読書とはその「一句」との出会いである。また読書は再読、三読に値する本と出会うためのものである。かりに、「本日都内の**でアラン先生の講演があります」と聞いたら、私はすっ飛んでいくだろう。それが、本という媒体を通し、いつでもアラン先生の講義を聴ける。本はありがたい。
 本のメモだが、数年前まではカードにしていたのだが、おびただしい量になり、スペースをとって仕方がないのでやめた、今ではパソコンにファイルを作っている。新しい本を読み始めるとき、その書籍名をつけた文書ファイルをひとつ作る。その中に、気に入った「一句」を記入する。またちょっとした感想を打ち込んでおく。この「読後ファイル」はどんどんたまるので、ジャンル別に区分し、さらに著者の国別のフォルダーを作って、そこにデータを入れてある。自由研究のために引用や参照をしたいとき、このファイルが予想外に役立つ。
 先日この数年間に自分が何冊ぐらい本を読んだか、ファイルの数をカウントしてみた。もっともこのさい「1冊」をどう数えるかが問題だった。薄い本もあるし厚い本もある。それに数巻で1タイトルの本もあれば、1冊にいくつかの論文が載っているという本もある。この場合は分量を見るわけだから、私はあくまでも独立した1巻を1冊とカウントしてみた。するとファイル形式にして依頼、過去5年間で530冊、年間平均105冊の本を読んでいることがわかった。
 これが多いか少ないか私は知らない。ただ1日1時間たらずの読書でも一定のペースで継続していれば、それなりに読めるものだという気がする。だが、私があと5年間生きるとして、残る人生で読める本の数は500冊しかないということにもなる。そうなると、つまらぬ本は読んでいられない。冥土の土産になるようないい本を読みたい。

 
 

3-8.音楽の午後
  8時半ごろから「読書」と「物書き」を始めると午前10時半ごろに一段落がつく。さきほどの懸案メモを確認して10時45分ごろ外に出る。散歩と昼食のための買い物をかねて30分程度歩く。買い物だけなら10分もかからないから、わざと遠回りをする。帰ってきて定時の昼食をとる。このときにテレビでニュースを見る。昼食の後片付けが済むと12時半になっている。ここからが私の午後の日課、いってみれば「自由時間」という名の日課に入る。この自由時間に、ルーチンワーク以外の、その日にしようと思っていたことを実行する。
  かりに時間のかかる他の作業がないとき、あるいは特別に人に会う予定がないとき、私は作曲や編曲をする。これが私の本来の人生の目的なのだ。作曲というと人はけげんな顔をする。絵を描くとか書道をやるといった趣味は市民権を得ている。ところが「作曲」という趣味には市民権が認められていない。多くの人は、作曲は作曲家の仕事だと思っている。
  なるほど、作曲家といってもいろいろある。私が仕事で知り合ったある人が――この人はなかなかの音楽愛好家であるが、ある日私に胸を張っていった。「加藤さん、私もいよいよ日本作曲家連盟に加入しましたよ」。その人の曲を見せてもらった。それは歌謡曲で、メロディ譜があり、メロディに対応する簡単なコードネームが記してあった。なるほどこれも作曲といえば作曲だ。職業に貴賎がないように、音楽にも貴賎はない。それは趣味の問題だ。だが、私の作曲があの人の作曲と一緒にされるのは何となく釈然としない。
  私は和声学と対位法を独習した。私は独習したことしか身につかない人間なのだ。自分がイメージした通りに音楽が書けるようになるには、習作を重ねる必要がある。私も若い頃には、表現主義的な音楽を試したこともあった。だが、今では古典的な約束事――たとえばソナタ形式にのっとって書くほうが自分の感性と能力、それにその後の演奏の目的にも合っているし、楽しいと思っている。私はいまさら作曲家として売り出そう、などと思っていない。これはあくまでも自分のための仕事であり、私と娘、それに仲間たちと遊ぶための仕事だ。
  創作するさい、約束事や制約があったほうが楽しい。それは私に、ひとつひとつ工夫と問題解決を迫ってくる。それらの問題をクリアしながら、自分が美しいと思う旋律や和声を繰り出すことは、私にとって知的にスリルのあるゲームだ。私が自分のゲームに勝てば、ほかの人にはどうか知らないが、自分にとっては破綻のない、まとまりのある音楽ができるような気がする。
Finale  以前は作曲するとき五線紙に記入していたが、今ではフィナーレというパソコンソフトを使う。このソフトはMIDIを介してシンセサイザーに接続しているので、自分で打ち込んだものをその場で聞くことができる。五線紙時代には、書いたものを自分のピアノで確認するか、あるいは演奏家に演奏してもらうしか手がなかったが、今ではオーケストラ曲を書いても、その音楽的な効果を自分の手元でシミュレートできる。この意味では音楽作り楽しさが大いに増した。
  作曲も長いこと続けているうちに作品の数がたまった。約200曲の歌曲、それに数十曲の室内楽曲が私の作品の中心だ。現時点で7つのピアノトリオ、2つの弦楽四重奏曲、それに、ヴァイオリン・ソナタ、フルートソナタ、クラリネット・ソナタ、チェロ・ソナタなどがある。そのうちのいくつかは演奏会で披露した。というわけで、私の午後は作曲を中心に、多様な「遊び」に当てられている。

 
 

3-9.ミューズとの時間
 午後の30分ほど午睡を取ることが多い。これは定時ではないが、定量だ。むりして目を覚まそうと思わなくても、横になって30分たつと目が覚める。お客さんがあったり、急いでしようと思っていることが多いときには、午睡の時間はなくなる。これについては、まったく当日の仕事と身体のなりゆき任せだ。ただちょっとでも昼寝をすると、気のせいかその後すっきりした感じがする。
 夕方が近づくと、私は夕食の食材購入と散歩をかねて再び30分ほど出かける。午前と午後のあわせて1時間の外出、それに家の中でのお掃除やその他の動きを合わせると、一日の歩数はほぼ1万歩になる。夕方5時半ごろから食事の支度を開始して、定刻6時には食事をとる。それから手早く後片付けをして歯を磨く。
Musiba  私は1日に5回歯を磨く。朝起きたとき、3回の食事あと、そして寝る前。数年前に長年丈夫さだけを自慢していた歯がだめになり、苦しんだ。今では私の歯茎には4本のインプラントが入っている。その前後の苦痛には参った。親しい歯医者の先生が日常の歯磨きの大切さと、正しい磨き方を教えてくれたので、毎日それを忠実に守っている。その歯医者の先生とホテルで一緒に食事をする機会があった。私が食事後そそくさと歯磨きに立つと、先生は言った。「No pain, no gainですね」。まったくその通りだ。苦痛から学ぶものがないなら、人生は無駄骨というものだ。
 夕食後7時以降の行動はおおむね3パターンに分かれる。1=1人のとき。2=娘と過ごすとき。3=音楽仲間と過ごすとき。1人のときには、気ままにピアノの練習をしたり、作曲の続きをしたりする。娘と過ごせるときには、二人で「読書」をし、そのあと二人でピアノの4手合奏をおこなう。このときに2台のピアノが同時に鳴る。なお娘は同じマンションの別階に住んでいる。
 娘との「読書」とは、娘が「一人では読みにくいから、一緒に読んでくれ」という本の「本読み」につき合っているのである。娘が音読するのを、同じテキストを追って見ているだけだ。この習慣は、間歇的に長いこと続いている。1回にわずか数ページずつなのだが、これまでにカントやスピノザやフッサールなどを読んだ。いまはガダマーとサルトルを読んでいる。私にとっても再読、三読の機会となり、このときにはじめてテキストの真意に思い当たることもある。
 夕食後の時間で一番楽しいのは音楽仲間と過ごすときで、ありがたいことにこのパターンの比率が増えてきた。このパターンのときには、娘と娘の友達が中心なのだが、音楽好きの若い学生や、お勤め帰りのメンバーがわがリビングルームに集まってくる。集まった人数や顔ぶれによるが、二人のときはデュエット、三人のときはトリオ、4人のときはカルテットという具合に室内楽を楽しむ。
 誰かが手ぶらで遊びにやってきても大丈夫だ。わが家にはヴァイオリン2台、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、クラリネット、オーボエなどの楽器が準備してある。私が作曲したり、編曲した作品は、この室内楽愛好のメンバーによって演奏される。私はいうなれば、この室内楽団つきの作曲家ということになる。私の作品のうち小編成の室内楽が圧倒的に多いのは、この仲間と楽しく遊ぶために作っているからだ。 私の部屋は、入手するときに防音工事をしてもらった。けれどもマンションの規則でピアノの使用は9時までとなっているので、9時には合奏を終了し、若い友人たちと楽しく雑談して別れる。そのあと私は風呂に入り、10時過ぎには読みさしの本を抱えてベッドに入る。以上が私の日課の概略だ。ごらんのように、私としては日課の中に、自分が「したいこと」を最大限に入れてある。これ以上望むことは何もない。

 
   
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