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私の生活術
 
第9章 ミューズとともに

9-1.飲みたければ、勝手にどうぞ
 自分がまったく酒を飲まなくなったせいか、ほとんど酒の席に出ることがなくなった。たまたま酒を飲む人と一緒になっていても、相手に酒をついでやるなどというサービスはしない。昔はしきりに相手に酒をついでやったものだが、それは自分が飲むためだった。自分が飲むことに関心がなくなると、他人が飲むことにも関心がなくなる。「酒を飲みたければ、手酌で、勝手にどうぞ」である。
 酒もほどほどに飲む人のお相手なら楽しいが、酔っ払う人は願い下げだ。ばかばかしくて相手はできない。人生の残りわずかの時間を、飲んで愚痴と、いつも思い出話と自慢話だけに終始するような人と過ごしたくない。常習的に酒を飲んでいる人の話題はいつも同じだ。常習的に酒を飲んでいる以上、なにひとつインプットする時間がないからだ。というわけで、私は単なる「飲み会」となりそうな席には一切出席しない。 では、「君は人とつき合わないのか?」という人がいるかもしれない。とんでもない。人生の最大の楽しみ、それは交友の楽しみだ。それも趣味や関心を同じくする人々との交わりだ。どんなに地位があろうと、財産があろうと、同じ話題を深く語り合える友人を持たなければ人生はむなしい。思えば私たちの幸福は、友人たちに依存している。おかげさまで私もいい友人、尊敬すべき友人に恵まれている。ただ、私にも私の日課プログログラムがあるように、友人たちにもそれぞれ独自の日課プログラムがあるにちがいない。私が自分の遊びで多忙であるように、友人たちも独自の予定のために多忙であるはずだ。そのような、多忙な友人たちとできるだけいい状態で、長く付き合うにはどうしたらいいか。私が考えたのは、「勉強会」や「趣味の会」を共有することである。
 たとえば、私は「アランの会」という勉強会のメンバーである。この会は30年以上続いている。現在20人ほどのメンバーがいる。メンバーの顔ぶれは、元ビジネスマン、デザイナー、大学教授、シャンソン歌手、登山家など、多彩だ。比較的高齢者が多いが、会の歴史が古いから当然のことだ。だがこの会のメンバーはみな生き生きしている。毎月1回集合し、フランスの哲学者アランの翻訳テキストを読みながら、楽しくディスカションをする。また毎月当番がきまっていて、当番の人がそのとき自分にもっとも関心のあるテーマについて話をする。出席者からは感想やら質問が出るから、大いに盛り上がる。Greece この会では数年前にギリシャ旅行をした。旅行のコンセプトが「ギリシャ神話をたずねる」というものであったので、旅行前から少しずつホメロスの作品を読んだ。また、メンバーがそれぞれ訪問都市を担当し、他のメンバーにその都市の神話や歴史をレクチャーした。こうした準備をして旅行するのと、そうでないのとでは大きな違いがある。帰ってきたらみな、ギリシャ通になってしまった。
 そのときの体験をもとに、さらに有志が集まってギリシャ、ローマの古典を読む「読書会」というのを始めた。この会ではこれまでに、ヘロドトスの「歴史」、ツキジデスの「戦史」、プルタルコスの一部を読み終えた。単に本の字面を追うだけでは面白くないから、古地図を広げて、事件や事跡のあった、場所を確認する。おかげでメンバーは古代の地中海沿岸にめっぽう詳しくなった。たとえば私はメンバー諸氏が現代の都市の名前や位置を知っているかどうか知らない。だが私は彼らがビザンティウムや、サルディスやエフェソスなどといった古代都市の場所を、あたかも掌をさすように指せることは知っている。

 

9-2.われはキュプリスの女神なるぞ
Roudoku
 このほかにもいくつかの小さな勉強会をやっている。たとえば「ギリシャ悲劇を読む会」。これは先ごろ第1回目のグループによる通読を終えて、いまは第2回目のグループによる朗読が進んでいる。ちなみに、アイスキュロス、ソフォクレス、エウリピデスの悲劇作品の翻訳を1回に1作ずつ、出席者が配役を定めて、感情をこめ、音吐朗々と読むのである。「これなるは、天上天下界を問わずその名の隠れもないキュプリスの女神なるぞ・・」という具合だ。
 こんにち現存する三大作家の作品とされる戯曲は、エウリピデスの喜劇ひとつを入れて33篇が残っている。これを毎月1回ずつ読んでいった。すると2年と9ヵ月かかる勘定になるが、実際には3年以上かかった。というのもこの三人の作品だけでなく、その作品を題材にして翻案された有名な戯曲、セネカ、ラシーヌ、ゲーテ、ホフマンスタールらの作品を、そのつどに読んでいったからだ。たとえば、ホフマンスタールの「エレクトラ」を読んだ翌月には、R.シュトラウスの同名のオペラを鑑賞した。同じ作品を英語のテキストで読んだこともある。
 他のメンバーはどうか知らないが、私にとって収穫はおびただしい。というのも、自分としてはこの三大作家の作品なら、すでに何度も読んでよく知っているつもりだったのだ。ところが、音読してみると感情移入の程度がまるで違う。今から2500年も前に書かれた作品の魅力が、ひしひしと伝わってくる。感動のあまり、声が出なくなるほどだ。これは、同じ題材を扱ったセネカやラシーヌの作品とは比較にならない。
 上記の経験に味をしめて、その後「戯曲を読む会」を開始した。東西の名作戯曲を読む会を開いている。モリエールの作品を10作品ばかりシリーズで読んだあと、現在はわが国の歌舞伎の名作台本を読んでいる。いやあ、これまた楽しい。将来は、オペラのスコアを見ながら、配役をきめて片っ端から歌う会などをやってみたらどうかなどと考えている。いずれにしてもわが家に居ながらにしてすっかり、演劇づいてしまった。
 現在月例でやっている勉強会のひとつに、経営者との勉強会がある。出席メンバーは会社経営者が中心なので、話題は必然的に経営のことが主題の一部となるし、視点が経営的になるが、実際に話し合われるテーマは、もっと教養的なものである。この会も、持ち回りで1人が講師役をつとめるが、あるメンバーは「資本論」を主題にレクチャーしたあと、シリーズで「国富論」のレクチャーをしてくれた。
 この年になって、改めて「国富論」を読んでみると、改めてこの書物の価値のすごさがわかる。私は大学の専攻は「経済」だったのだが、当時は「資本論」をほんの少し読みかじっただけで、何ひとつ勉強しなかった。たしかに「アダム・スミスを読みなさい」と先生にいわれたが、とうとう読まずに卒業し、通読したのはずっとあとになったからだった。そのときだって、まだ分っていたとはいえなかった。ところが今では一節一節が心に響く。年をとるとこんなにいいことがある。 この会ではこのほかにも、「ネットワーク・パソコン最前線」の話をしてくれるメンバーもいるし、「宗教論」や「絵画論」がテーマとなることもある。この会のメンバーの場合、ビジネス第一線の責任者という明確な立脚点があるので、同じ教養的テーマでも単なる耽美趣味に堕さないというすばらしい特徴がある。

 
 

9-3.身近な専門家に学ぶ
 もうひとつ月例の勉強会として、「教育論を読む会」についてもご報告しておかねばならない。この会は始め、娘の恩師の英語の先生と娘と私の三人で細々続けていた。そのころはデューイの教育論を読んでいた。二人は英語の原文で、私はズルをして日本語の翻訳テキストを脇に置きながら読む。三年ほどかけてデューイを読み終わったところで、スペンサーの「教育論」を取り上げた。ここで他のメンバーにも参加してもらった。現在は、もともとの3人に、大学の米文学の先生、大学講師の先生、それに中央省のお役人が加わった6人で会を続けている。
 テキストを通して、毎回「はっ」とさせられることが多いが、それ以上に盛り上がるのは、テキストからただちに連想される、現状のわが国の教育問題の現状だ。何しろ高校の先生と大学の先生が現場体験をもとに、さまざまな具体的意見を述べてくれるので、じつに面白い。現在の学校制度のあり方、カリキュラムの妥当性、学校経営のあり方、生徒たちの気質、いじめや不登校やニートの問題、そして何よりも子供を持つ父母の問題など、検討し、対策を考えなければならない問題が山のようにある。
 もちろん、私たちが大崎の私の部屋で「日本の教育」をいくら声高に話し会ったところで、日本の教育がどうなるというものでもない。ただ、私に関していうならば、1人で本を読むのも楽しいが、異なる視点や意見を持っている人々と話し合いながら一冊の本を読むことは、じつに楽しいといいたい。また、テキストを閉じてから、そこから触発された問題を中心に意見交換することは、テキストなしの議論にくらべて非常に実りが大きいといいたい。Parthenon このほかに私の部屋では異分野の専門家の話を聞く「パルテノン・サークル」というのをおよそ年に3〜4回やっている。この会の講師には、私と娘の知り合いの学者や専門家などに講師をお願いする。というのもよく見れば、身近なところにすばらしい知識や経験の持ち主がたくさんいるからだ。これらの人材はいってみれば、私にとって無形文化財であり、知識の宝庫であり、貴重な情報資源である。
 私としては、これらの専門家に1人ずつ個別にお会いして話しを聞いてもいいのだが、それではあまりにももったいない。そこで時間と場所を定め、複数の聴衆で聞くというわけである。その代わり、スピーカーには原則としてボランティアでお願いする。講師=テーマと日時がきまると、私はそのテーマに興味を持ってくれそうな友人、知人に手紙やメールで案内を出す。何しろ私のリビングルームでやるわけだから、せいぜい20人が限度である。そこで、先着順で受付を行い、定員になれば締め切る。参加料金などは一切ない。
 最近おこなわれたスピーチのテーマをざっとご紹介すると、「地デジの技術とこれから」「放射能とは、放射線とは、放射線物質とは」「田舎と都会のライフスタイル」「生体認証の技術」「私の体験したベトナム」「アメリカ文学と記憶」「遺伝子検査の現状と問題」「女性を美しくする最新の技術」「宇宙開闢のナゾ」・・という具合。みないずれも、それぞれの分野の専門研究者、技術者、会社役員、大学教授による、聞きごたえのある内容である。なお、この会の後半にはミニコンサートを開催する。

 
 

9-4.トラとなって出没
 わが家で7年間にわたって毎月続けている例会に「デキシーランド・ジャズ・ライブ」がある。これは私を含めて4人のアマチュアのプレイヤーに、3人のプロを加えたデキシー・ランドジャズのコンボである。トロンボーン、ドラム、ギター、それにピアノ(私)がアマチュアである。トランペット、クラリネット、ベースの三人がプロである。
 このプロの三人は、わが国でもっともよく有名なデキシーバンドのメンバーだから、その演奏はめっぽううまい。一緒にやっていても、彼らのソロにはほれぼれする。それでいて、人柄がすばらしい。私のようなアマチュアでも、きちんとまじめに相手をしてくれる。たとえこちらがミスをしてもひとことも咎めない。「この老人にはもう何をいっても仕方がない」と最初からあきらめているのかもしれない。
 若い頃に勤めた会社で、私は有志社員とバンドをやっていた。7年前、かつてバンド仲間として親しかった先輩のMさんに手紙を書いて、「今でもジャズの演奏活動をしているなら、仲間に入れてください」と頼んだ。それがきっかけになって、わが家で月例のライブ活動ができるようになった。プロに幅広い人脈を持つMさんが最高のプレイヤーを紹介してくれたのである。
 Mさんはトロンボーンを吹く。この人は明らかに天才だ。ろくに楽譜を読めないのに、新しい曲でも二三度曲を聴くとメロディとコードが頭に入ってしまうらしく、すぐに誰とでも合奏できる。どのキーに変えても自由自在なのだから驚きだ。だからMさんは、今でもプロに混じって活動することがあるらしい。Mさんの奥さんはドラムを叩く。わがバンドの紅一点である。Mさん夫婦はともに私と同世代だが、奥さんが紅一点であることに間違いはない。彼女は派手なパフォーマンスをしないが、非常に正確なブラシワークをしてくれるのでありがたい。
 はじめてから2〜3年間は自分たちだけで演奏を楽しんでいたが、演奏を聞いてくれる人がいると張り合いがあるので椅子を準備した。毎回12〜3人前後の常連がやってきて、ソロを回すたびに拍手をしたり、手拍子を打って演奏を盛り上げてくれる。クラシック音楽の楽しさもいいが、ジャズの開放的な楽しみは格別である。
Tora ここで思い出話をひとつ。若い頃、私は昼間会社に勤め、夜はナイトクラブやバーなどで「トラ」の仕事をしていた。「トラ」といっても、別にべろべろに酔っ払うわけではない。それにまた虎のぬいぐるみを着てノソノソするわけでもない。エキストラの「トラ」、つまり臨時雇いの演奏者のことである。当時はお酒を飲ませるちょっとした店では、生バンドの演奏が盛んに行われていた。そこでバンドの正規メンバーが病気などで出演できなくなると「エキストラが」が必要になる。プロ間で融通できなくなると、アマチュア演奏家が狩り出される。いつものように会社で働いていると、どこからともなく「トラ」依頼の電話が入ってくる。そこで、指定された時間に指定されたお店にいって、「ピアノのトラです」というと、見知らぬバンドマンと一緒にいきなり舞台で本番演奏をさせられる。当時は恐いもの知らずで、何でもやった。
 あるときオーディションを受けるようすすめられたことがあった。たぶん、ある程度まとまった期間、続けて演奏しなければならぬハメになったときだ。指示された場所――それは銀座の一角だったが――に行くと、そこは倉庫のようにがらんとした部屋だった。部屋の隅にアップライトが一台置かれていて、二、三人の応募者が寒そうに立っていた。このときの審査員は、はっきりそれとわかる「恐いオニイサン」だった。私は来たことを後悔したが、もう逃げられない。
 このオニイサンはかなり耳が肥えているらしく、応募者たちにちょっとだけ弾かせて、直ちに価格ランクの査定をする。私の前にいた人はテナーサックスだった。彼は伴奏なしで弾いていたが、かなりうまかった。ただ、半コーラスも弾かないうちに査定結果が出た。私の場合も、あっという間に演奏を止められ、「お前はE万G千」と申し渡された。恐ろしいから一言も文句はいえない。「E万G千」とは、「3万5千円」ということである。あのころ会社からもらっている月給が1万8千円ぐらいだったから、少々冒険をする価値はあった。例の恐いオニイサンは、私の行き先の店を指定した。恐る恐るその店に行って仕事をすると約束のギャラがもらえた。天引きもされなかったし、やめるときにも何の問題も生じなかった。
 無駄になる経験というものはない、これが70歳の私の感想だ。あのときの冒険の日々が、いま毎月のジャズ・ディの楽しみにつながっている。私の場合、若い頃から少しも進歩していないのだが、いまは純粋に楽しい。

 
 

9-5.ミューズ・タイム
 このブログ記事の挿絵、つまりイラストについては、好評をいただいている。本文よりもイラストの方が評判がよいというところがちょっと癪であるが、やむをえない。このイラストを描いてくれているエミナちゃんは、この連載のスタート時点ではまだ美術学校の生徒だった。目下イラストレーターのタマゴとして活動をしている。かわいいお嬢さんである。
 ところでエミナちゃんは私たちの音楽仲間である。彼女はヴァイオリンとピアノがとても上手だ。彼女と娘と私が三人のときには、ピアノ・トリオをやる。その場合、私はチェロを担当する。ほかにも達者なヴァイオリンの仲間が何人かいる。A子さんはシンクタンクで働いている地球物理系の専門家だ。彼女はすばらしいテクニックの持ち主で、「チゴイネルワイゼン」や「ロンド・カプリチオーソ」「メンコン」などをバリバリ弾く。
 それにまた音楽学校に通っているSちゃんは初見に強く、ヴァイオリンとヴィオラの持ちかえができ、さらにピアノが弾ける。先日わが家でやったホーム・コンサートで、彼女はグリーグのヴァイオリン・ソナタを弾いた。このほかにも、ヴァイオリンやヴィオラやチェロ奏者、フルーティスト、クラリネット奏者、お琴の名手など、ミューズたちの顔ぶれは多彩だ。みなそれぞれに職業を持っている。そこでわが家では夜7時から9時までの間がミューズ・タイムとなる。メンバーは単独で、あるいは幾人か連れ立って遊びにきてくれる。
 遊び方であるが、たとえばメンバーとしてチェロ、ヴァイオリン、ヴィオラ、ピアノがそろっているときにはピアノ四重奏ができるし、ヴァイオリンが二人いるときには弦楽四重奏ができる。先だっても、たまたまクラリネットのメンバーがいたので、モーツアルトの「クラリネット五重奏曲」とブラームスの「五重奏曲」をやった。このときには、私は第二ヴァイオリンを受け持った。また、先週もヴィオラが二人いたので、モーツアルトの「弦楽五重奏ト短調」をやった。
 私の娘はピアノとヴァイオリンとヴィオラを弾く。私はピアノとヴァイオリンとチェロを「ごく下手に」に弾く。だから、私たちはそのときにそろっているメンバーに合わせて、不足している楽器の「トラ」として入り、これといった定位置はない。娘も専門は生物学だが、ピアノ、ヴァイオリンが弾ける。とくにピアノに関しては安心感がある。
 ところで、私がジャズピアノを弾く件については前回ご報告したが、クラシックの演奏についてはいくつか告白をしておかなければならない。私はピアノであれ、ヴァイオリンであれ、作曲であれ、クラシックに関してはどんな先生についたこともなく、誰にも習ったこともない。私がきちんと先生について習ったのは「お琴」だけで、これは30歳ぐらいのとき。しかもたったの1年間だけだった。Arionclub 誰にも習わない代わりにきちんと「練習曲」をやるかといえば、私は「練習曲」は嫌いだ。たいていの人はピアノを「バイエル」から始めるが、あんなものをやっていたら、誰でもピアノが嫌いになる。私が最初に取り組んだ曲はベートーベンの「月光の曲」だった。という次第で、私はいつまでも上達しない。私の義妹は子供たちにピアノを教えていたが、よく私がピアノを弾くのを見てこういった。「お兄さんの指使いは不思議ね。あれ、あの指使いではフレーズの先が続かなくなる、と思っていると、どこからともなく指が出てくるのね」。
 私はもっとすごい例をテレビで見たことがある。アメリカのジャズピアニストだったが、片手が完全に萎縮、変形していて、ほとんど用をなさない。ところが、この人は両手でアドリブをやる。変形している手が自由になるほうの手を、非常にタイミングよく補いながら、メロディを形成し、結果としてパッセージは滑らかにつながっていく。どこで変形している手が飛び出すのか、いくら見ていても予測がつかない。それだけではない、彼のアドリブは恐ろしく美しく、音楽的で魅力的だ。
 こういう名人の例をあげたところで、私が下手なアマチュアであることの言いわけにならないことはよく知っている。ただ私は、たとえ下手でもその気になりさえすれば、いくらでも音楽を楽しめるということ、それに「習わなかった」という理由で自分の限界を定める必要はないといいたいのだ。それにたとえ「習った」としても、その人が音楽を楽しめることの何の保証にもならないことを、私は経験上よく知っているのだ。

 
 

9-6.音楽的でない音楽家たち
私は「音楽」は好きだが、「いわゆるプロの音楽家」については用心深い。誤解がないようにいっておくが、私が日ごろからお付き合いしている演奏家たちはみな立派な、敬愛すべき、魅力的な「本物の音楽家」である。しかしながら、世の中には不幸にして別種のプロの音楽家たちが多いということもいっておかなければならない。
 「アマチュアが何をいうか」といわれるかもしれないが、何にも拘束されないへたくそなアマチュアの立場だからこそはっきり言えることがある。今回は「似非(えせ)ミューズたち」に、いささか批判を加えたい。たとえば、音楽学校を卒業しても「音楽家」とはいえないかもしれない。だが、その人は一応専門の勉強をし、音楽を「習った」はずだ。では、どの程度「彼らに音楽ができるか」試してみようか。いま、ここに「音楽大学卒業生」という人がいるとする。そこで私は次のようにいう。
 「ほう、あなたはピアノ科をご卒業になったのですか。いいですねえ。では、ぜひ一曲聞かせていただけませんか」。するとこの人は「いまは練習していないとか」「楽譜がないので」とかいって、結局、その場では弾かないだろう。なるほど音楽学校を卒業しただけあって、自分がどの程度ダメかは知っているわけだ。この場合、結局、彼または彼女が音楽学校で学んだのは、ただ一つ「自分は人前では弾けない」ということだけだったのである。Zehiikkyoku このような音楽学生だった人と無理に合奏をしようとしても、たいては合奏が成立しない。というのも、彼らは初見で楽譜を読むことができないからだ。「初見」とは、初めて見る楽譜に従ってその場で、演奏することである。もっとも「私は初見が得意です」という人にも何人か出会ったが、結果はたいていダメだった。このような人は、自分がどの程度ダメなのかも知らぬまま音楽学校を卒業してしまったのである。
 もちろん、音楽学校をトップクラスの成績で卒業してプロの道に進む演奏家がいる。この連中はさすがに腕前がたしかだ。私たちアマチュアには演奏不可能な部分をらくらくと弾きこなす。私の見るところ、この優秀な連中は音楽に対してたいへんまじめである。ところが残念なことに、多くの場合、彼らには教養がなく、社会性がない。たとえば音楽以外の話題になると、もう口がきけなくなる。ご挨拶はできないし、時間は守らないし、連絡、通信のマナーがまるでなっていない。それでいて、「自分はプロだ」という気位だけ高いのだから始末が悪い。
 私は若い頃から音楽に憧れ、当然のことながら「音楽家」にも憧れてきた。アマチュアとして作曲活動を続けてきたので、ときおりプロの音楽家に演奏をお願いする機会があった。幸いなことに、これまでに尊敬できる音楽家に何人にもお会いしたし、今でもお付き合いさせてもらっている立派な方々がいる。しかし反面、「プロ音楽家」という名の「似非ミューズ」に、何回も煮え湯を飲まされたこともたしかだ。
 私が「煮え湯」を飲まされるケースとは次のようなものである。作品の発表会を催したいと思い、プロの演奏家に依頼をする。すると、そのプロの演奏家は「アマチュアの作品」とあなどりろくに練習しない。そして本番当日にはボロボロになる、というものである。たとえば1ヵ月前に楽譜を渡してあるのに、本番3日前に、午後1時の約束なのに2時ごろやってきて、開口一番こういう。「次の約束があるので、3時までしか練習時間がないの」。こちらがあっけにとられていると、「この楽譜を見るのは今日がはじめて」などとおっしゃる。こういうのにかぎって初見がまるでできない。
 プロだからといって、初見ができるとは限らない。声だけよくて歌手になった人物など要注意だ。オペラのアリアを歌うからといって、オペラが分っているということにはならない。オペラの原作文学をしっかり読んで歌っている歌手が何人いるだろう? 「日本歌曲をやっています」といっても、そもそも日本語の意味がわかっていないのだ。それでいて本番がおわったとき、「今日の演奏は失敗したので、ギャラは半額で結構です」などという演奏家には、生まれてこのかた一度もお目にかかったことがない。

 
 

9-7.地獄のブランデーを愛する人に
この点アマチュアはいい。まともに弾けなくて当たり前、ちょっとでも弾ければ、それはすごいことなのだ。もちろん初見ができなくて当たり前、ちょっとでもできれば、すばらしいではないか。そして、誰かと一緒に「合奏」ができたら、それは最高の喜びである。この喜びに比較できるものはそうざらにない。
 前回私のピアノ演奏の「怪しい腕前」についてはご説明したが、今回は、私のヴァイオリンの腕前についてもいささか自慢しておこう。私のヴァイオリン歴は40年にもなるが、誰にも習ったことも、教則本で練習したこともない。まったくの自己流だ。だから、ほかの人が下げ弓で弾いているときに、上げ弓にしたり、勝手にスラーをつけたり、他の人が1弓でひいているときに、私だけ何回も弓を返したりする。
 弦の上でポンポンと弓を弾ませるスタッカートは、ヴァイオリンの魅力的な奏法のひとつだが、私にはいまだにあれができない。その代わりしようと思わないのに勝手にスタッカートになる。右手のコントロールができていないのである。だいいち、高いポジションで弾けないから、勝手にポジションを変える。私は「第1ポジション・クラブのメンバーだ」と自称している。
 これほどひどい私の演奏でも、いくつかのメリットがある。たとえば私程度の腕前でも、楽譜を見て一応の音が出さえすれば、不足しているメンバーの「穴」を埋めて、なんとか合奏を成立させることができる。それにメンバーの中にうまい人がいると、不思議なことに全体の水準が底上げされる。私の下手さがカバーされ、自分もうまくなったような気になれる。
 私のボロ演奏には、さらに大きなメリットがある。わが家にアマチュア音楽家が初めて遊びに来て、演奏をしり込みしているとき、私が真っ先に自分の演奏を披露する。私の演奏を聴くと、さっきまでしり込みしていた人が安心して自分の楽器をケースから取り出し、弾きはじめる。私の音楽はどうやら人に自信と勇気を与える力を持っているらしいのだ。おそらく「音楽で人に勇気を与える」というマネは、腕達者なプロにはできないだろう。ざまあみろだ。Hitobitoniyuukiwo アマチュアは誰にも何の約束もしていない。お金ももらっていない。コンクールにも出ない。だからうまい必要がない。お互いに誰もが完全ではないのだから、誰も互いを咎めない。にもかかわらず恐ろしいことに、やっているうちに上達する、若い人は上達が早い。私だって40年前の自分にくらべればいくぶん上達している。それに、まだまだ上達へのアローアンスがたっぷり残されているという点がうれしいではないか。
 バーナード・ショーの戯曲「人と超人」の中に、次のようなせりふがある。「地獄は、しろうとの音楽家でいっぱいだ。音楽は、地獄へ堕ちたもののブランデーなのだからね」。それにまたこんな、いかすせりふもある。「ここには希望がない。従って義務もなく、仕事もなく、祈って得られるものもなく、好き勝手なことをして失うものもない。つまり、地獄は面白いことをする以外には、何もすることのない場所なのだ」。
 ショー的に考えれば、わが家はまさに地獄である。蜜のごとく快適な地獄である。地獄の主、メフィストフェレスはヴァイオリンを弾く。が、彼が教則本通りに弾かないことは、あまりにも明白ではないか。私は70年をかけて「地獄」を形成した。毎晩ミューズ神がやってくる地獄である。地獄のブランデーを愛するミューズたちよ、来たれ。(「私の生活術」おわり)

 
   
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