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アランの「神々」を読む
 
第1章

1-1.私たちは「生かされている」のか
11 私のまわりにはどういうわけか、宗教に関心を持ち宗教に関して一家言を持っている人が多い。それらの人々の中には信仰を持っている人もいるし、そうでない人もいる。たとえ特別の宗教や宗派に肩入れをしていない人でも、その人独自の宗教観、あるいは解釈を持っているようだ。そのような人々から、ときおり挨拶代わりに「アランの宗教観はどのようなものなのか?」と聞かれることがある。私がフランスの哲学者アランに傾倒していることを知った上で、お愛想のつもりで聞いてくれるのである。

そのようなとき、「アラン商会」の手代を自認している私としては、何とか手際よく説明しようとするのだが、うまく説明できたためしがない。たいていの場合、私が性急に答えようとするために、論点がどこかへ行ってしまって、誤解を与えてしまうことの方が多く、残念で仕方がない。そこで、きちんとした答えができるように、「アランの宗教論」を私なりにまとめてみようと思う。本書が、「アランの宗教観は、どのようなものか」と聞いてくれる人に対する答えとなり、これからアランでも読んでみようか、という人に対する手引きともなれば幸いである。

ところで、これも最近の傾向の一つなのだが、「私たちは自然に生かされている」という「お説」を聞かされることが多い。何か現代文明に対する批判めいたことが話題になっているところで、誰かがきまって「そうはいっても、私たちは大自然に生かされているんだからね」と結論めいた調子でいう。この意見にはだれもが同意する。同意せざるを得ないのだ。

不幸なことに、私はこの「生かされている」といういい回しが嫌いだ。いかにも分った風で、偽善的で、免罪符的であるように思われる。つまりこの表現は、「現代文明は罪深いものだ」「人間は自分の力に思い上がっている」「自分たちを包みこんでいる、自然という大きな力に対する感謝の念を忘れてはいけない」「少なくとも私は忘れていませんよ」といっているようである。つまり、そういうことによって、あたかも自分は救済される側に入っている、といいたげである。(その連中だって目の前にゴキブリが突然出てくれば、気狂いのようになってこの立派な昆虫を追いまわし、叩き潰すことになるのは分りきっている。)

お分かりのように、この「自然に生かされている」という表現はある種の宗教観に結びついている。私は、あの安易な「生かされている」の仲間にはどうしても入りたくない。そうかといって、「そういう君も生かされているのだ」という議論には太刀打ちできない。太刀打ちできないのだが、どうも何か変だし、「気持ち悪い」という感触は拭えない。この「生かされている」に関しても、私なりの答えを出したい。

イスラエルとパレスチナの問題、アラブ原理主義の問題、イラク内での宗派間対立問題、これらを考えるまでもなく、いま世界の中で生じている対立や紛争の多くに宗教がからんでいる。もし宗教がなかったら、世界中の人々はどれほど平和に暮らせるかわからない。ところがどの宗教も「殺してはならない」「平和が大切」といっている。それなのに、殺し合いをしている。これは一体どういうわけだろう。

この問題の理解にも、宗教についての所定の考え方が必要だ。私の考えでは、アランはこれらについてきちんと答えを出している。彼は「すべての戦争は宗教的だ」といいきっているのだ。なるほど、十字軍遠征などは明らかに宗教的だし、歴史上数多くの宗教戦争が戦われている。では、どのように戦争と宗教が絡み合っているのだろう。この点についても、根本的な理解を得ておきたい。

最近は、科学技術の進歩にともなって、「生命倫理」などの学問に代表されるように、科学と倫理の境界線が論議されるようになった。このような議論の場でも、とくに諸外国では、宗教についての考え方や理解の仕方が問題となってくる。ガリレオの例を引くまでもなく、昔の科学者は、宗教的観点からして大きな制約を受けた。今日でも科学の研究や応用に関して、こうした宗教上の制約がなくなったわけではない。これらについても、どう考えればいいのか。

私たちは新興宗教の問題についても、まったく無関心でいることはできない。というのも例の「サリン事件」の後遺症は今でもナマナマしいものだし、新興宗教はいたるところで、その信者を獲得している。中にはまじめなものもあるだろうが、マスコミに報道されるようなものは、たいていスキャンダルである。そして事件の被害者の中には、学生、若者たちが含まれている。どうして彼らは、あの、いかにもお粗末な新興宗教の「口車」に乗ってしまうのだろうか。

考えてみれば、私たちの身の回りの多くのことに大なり小なり宗教がからんでいる。「小」の方でいえば私たちの日々習慣が関係している。そして「大」の方に目を向ければ、「世界の平和」「民族の宥和」が宗教についての理解なしには語れないことはあきらかだ。おそらくはこうしたことが、多くの心ある人々が宗教について無関心でいられない理由なのではあるまいか。となると私としても、どうしても私なりに「宗教論」にけりをつけておく必要がある。

 

1-2.アランの宗教論
12  私は若いときからアランを愛読してきたせいか、何か問題があるときに「アランはどう考えるだろう?」と考える癖がある。「おまえ自身の考えはないのか?」といわれるかもしれないが、そういわれると、自分自身の考えがないような気がする。私の考えは、どうやら、だれかの受け売りくさい。とりわけ、アランの影響を受けているにちがいない。

もっとも誰にしたところ、すべてについてまったくオリジナルな、自分自身だけの考えを持っている人などいないのではないか。つまり、誰かにいわれたり、教えられたりしたことがその人の考えのバックグラウンドになっていて、それに自分なりの感慨をつけ加えていることが多いのではないだろうか。それにまた、「これこそ自分の考え」と思っていることは、意外にもそのときどきの気分やフィーリングに過ぎないことが多いのではなかろうか。

それにまた考えるとは、ある一つのモデルに沿って考ええることであって、そのさいに尊敬する先輩や賢者の考えをモデルにすることは、別に悪いことではないのではないか? かりに自分の考えをまとめるにあたって、私の目の前で、賢者Aと賢者Bが十分に議論をしてくれたとする。その上で「君はA,Bどちらの意見に賛成するか?」と聞かれるほうが、ありがたいのではないか。かりに私がA,Bどちらにも賛成しないという場合、私は第三の意見を持っているわけだ。そのときには、私は両者が検討してくれた事項を、すでに考慮に入れているだろうと思う。つまり、賢者A、Bの議論を聞いておいたことが役に立っていると考える。

という次第で、私としては、自分が愛読しているアランの宗教に関する考え方を、テキスト「神々」に沿って、もう一度自分なりに理解しなおしてみようと思う。私はもともとアランの考え方が好きなので、全面的に彼に賛成してしまうかもしれないが、あるいは現代の一日本人として、それを私なりに修正したり、アレンジできるかもしれない。

そうはいっても私は読者であるあなたにアランの考えを押しつける気は毛頭ない。あなただって別に押しつけられて受け入れる気にはなれないだろう。ただ、あなたがどう考えるにしても、一人の傾聴に値する人の意見は人がこうだ、ということを知るのは、悪いことではないのではないか。あなたはあなたで、もう立派な見解をお持ちだろう。それに「なるほど、こういう考え方もあるのか」としていただければいいわけだ。それに「別に、お前の話もアランの話も聞きたくない」ということであれば、ここで止めてもらえればいい。

アランは1868年、フランス、ノルマンディ地方の片田舎に生まれた。父親は獣医であった。彼は田舎で勉強したのち、パリの高校で勉強した。そのときにジュール・ラニョーという哲学の先生に出会って、この先生に傾倒した。ラニョー先生はアランに「正しく物を見、考える」ための方法を教えてくれた。アランの書いたものを読むと、ラニョーという人はいまでいう現象学的な思考方法をとっていた人らしい。「現象学の祖」といわれるフッサールとほぼ同年代の人である。もちろんフッサールはドイツ人だし、ラニョーとは一切交渉がないわけだから、ラニョーは独自に現象学的な方法を開発していたにちがいない。

アランはその後エコール・ノルマルに進学し、哲学教授の資格を得た。あちこちの高校で教えた後に、パリにあるアンリ四世校の教鞭をとるようになった。この間、アランはドレフュス事件で論筆をふるったり、市民大学でボランティア講師として活動したりした。彼は若い頃から新聞に「プロポ」と呼ばれるエッセイを寄稿していたが、このプロポが次第に蓄積され、編集されて何冊かの本ができた。そのなかには有名な「幸福論」、それに「人間論」「教育論」「情念論」などがある。

1914年、第一次世界大戦が勃発した。当時アランは46歳だったが志願して出征し、一砲兵となった。その後彼は復員してアンリ四世校の教壇に戻り、定年まで勤め上げた。退職後はもっぱら執筆活動をおこない83歳で亡くなった。上に上げたプロポ集のほかに「芸術論」「精神と情熱に関する81章」「思想と年齢」「バルザックとともに」「スタンダール」などの名著があり、邦訳もされている。

アランはその著作のほとんどすべてにおいて、何らかの形で宗教に触れている。彼にとっても宗教は生涯、語るべき主要なテーマだったのだ。しかしとくに宗教に限定して論じている書物がいくつかある。書き下ろしの単行本「神々」それにプロポ集「キリスト教についてのプロポ」「宗教論」など。

アランは子供の頃、ミッション系の学校に通っていたし、他の子供たちと同じように熱心に宗教的な習慣を守っていた。しかし彼は「筋骨がたくましくなってくる頃、宗教から離れた」といっている。それ以来彼はキリスト教徒であることを、意識的に止めてしまったといっている。しかしアランは宗教の大切さ、その意義を認めていた。とくにキリスト教に関していえば、そのどこが大切なポイントなのかを、美しく、鮮やかに解釈した。私はアラン以上にキリスト教の徳を立派に説明した人を知らない。しかしアラン自身は社会的な、つまり具体的な宗教とは距離を置き、宗教との間に一線を画して生涯を送った。

では、彼はいわゆる無神論者だったのだろうか? アランは宗教に敵対的な姿勢をとったわけではない。それどころか、彼はくりかえし宗教の大切さを説いている。アランは宗教を抜きにして人間を語ることはできないと考えていたのだ。彼にとって、宗教を正しく理解することは人間を正しく理解することと同じだった。ただ彼にとって、宗教の本質を知ることと自分自身が信徒になることはまったく別問題だったのだ。

ちなみにアランの墓石には十字架のマークがついている。これは彼が晩年にキリスト教に再転向したという意味ではない。彼がもしいま口がきけたら、こういうだろう。「お墓のマークのことは気にしなくていい。誰かが、このマークのついた墓石を買ったのだろう。このマークをつけることはフランスでは、善良な、一般的な習慣なのだ。これに関して、私としてはべつに何の異存もないのだ」。

 
 

1-3.宗教に対する4番目の態度
13 私が思うには、宗教との関係について人は以下の類型のどれかに含まれるか、あるいはどれかに近い位置にあるのではないかと思う。

1.何らかの、特定の宗教に熱心であり、自覚的に信仰活動をしている。

2.自覚的な信仰心は強くないし、無関心といっていいが、あえて伝統としての宗教的習慣に抵抗しようとは考えてない。たとえば毎日仏壇の前では手を合わせるかもしれないし、神社仏閣にはそれなりに敬意を払っているかもしれない。

3.宗教にとかく批判的であり、宗教的習慣にも批判的、冷笑的である。

私の考えでは、わが国の一般の大多数の人々は、上の2.に近いのではないかとおもう。しかしアランは、上のどの類型にも属していない。その立場を表現すれば以下のようになる。

4.宗教を深く理解し肯定的にとらえているが、具体的な宗教活動との間には一線を画している。

 

さて、アランには「宗教」を前面に出した3つの著作があるが、そのうち「キリスト教についてのプロポ」は、残念ながらまだ邦訳されていない。しかし「神々」と「宗教論」は立派な翻訳があり、多くの人々に読まれている。私は今回、書き下ろしの単行本「神々」について自分が深い印象を受けた章句を中心にご説明してみたいとおもう。これによって、冒頭に掲げたいくつかの宗教をめぐる問題に私なりの答えを見つけたいと思うのだ。

「神々」は1934年、アランが66歳のときに出版された本である。「神々」というタイトルから分るように、ここでいう「神」は、キリスト教の神のことではない。フランス語の題は「 Les Dieux 」となっている。ご存知のように、英語ではキリスト教の神は冠詞なしの「 God 」だから、「神々」の題を英語で表現すると「 the gods and goddesses 」となる。これを直訳すれば「男神たちと女神たち」というややこしいいいかたになる。いずれにしても、キリスト教からすれば異教の神をさしていることは間違いない。

さて、この「神々(井沢義雄訳)」の目次を見ると次のようになっている。

序言

第一部 アラディン

第二部 パン

第三部 ジュピター

第四部 クリストフォロス

1つの「部」の中は10章または11章で構成されているから、かりに序言を 1 章と勘定すれば、全部で42章からなる書物ということになる。翻訳の本文で286ページという、きわめてバランスの取れた構成的な本である。私は本書に皆さんをご案内したい。本当は私の文章を読むよりも、直接「神々」を読んでもらったほうが手っ取り早いのだ。その場合、本書が参考書としていくぶんでもお役に立てば幸いだ。なお、私はテキストとして井沢義雄訳による「神々」を用いる。

さて、もう一度「神々」の目次に戻ってみる。「第一部 アラディン」は、「アラビアンナイト」の物語に出てくる「アラディンと不思議なランプ」の、あのアラディンのことである。つまりここで議論の対象は、いくぶん「魔術、魔法」、あるいは「お伽噺」に関係があるのだと察しがつく。なるほど、魔術や魔法は宗教の祖形として意味がある。そしてこれらは「お伽噺」の中で活躍する。だから宗教のことを考えようとするなら、この点から出発するというのは理にかなっている。

「第二部 パン」。このパンはあの神話の中の、半人半獣、あるいは。半獣半神の、野原に在住する粗野な神々のことである。ギリシャ神話ではこのパンの神が大活躍する。パニックという言葉は、このパンの神に由来するものだ。ペルシャ戦争時、「マラトンの戦い」でペルシャ軍はこのパニックに襲われて敗走したと伝えられる。パンの神は男性であるが、パンに対応する女性の方はニンフと呼びなわされている。アランの本の中では、これらパンの神も神々の仲間として取扱われているらしい。

さて「第三部 ジュピター」、これはいうまでもなかろう。ジュピターはギリシャではゼウスという名で呼ばれる神だ。ゼウスはオリュンポスの12神中、「父神」と呼ばれて、神々のリーダーとなっている。このゼウスのローマ名がジュピターだ。要するに、全知全能の神の名である。アランのこの本ではこの名が第三部のタイトルになっている。

「第四部 クリストフォロス」。クリストフォロスはカトリック教が聖人とする人の一人で、紀元3世紀ごろに殉教したとされる。彼は力持ちの大男だったので、人々を担いで川を渡すボランティアをしていた。あるとき小さな男の子を背負って川を渡ると、だんだんその子の体重が重くなってきた。びっくりして「あなたはどうしてこんなに重いのですか」とたずねると、その子は「お前はいま、世界の作り主を背負っているのだ」という。彼はキリストを担っていたのである。こうして彼はキリストの弟子となり、「クリストフォロス=キリストを担うもの」と呼ばれるようになった。という次第で、「神々」の第4部がキリスト教についての考察に当てられているという見当がつく。

さて、これで「神々」の大まかなところが分った。では、ちなみに「第1部、アラディン」を構成している章についてご紹介しよう。以下のようになる。

「第一章 むかし」「第二章 宝の国」「第三章 ふいの出現」「第四章 願いごと」「第五章 労働」「第六章 ブルジョワジー」「第七章 恐怖」「第八章 遊戯」「第九章 新しい奇跡」「第十章 お伽噺の真実」。

第2部「パン」の目次は以下の通りである。「第一章 永遠の歴史」「第二章 神聖の森」「第三章 季節」「第四章 動物」「第五章 大いなる神秘」「第六章 儀式」「第七章 神託」「第八章 魔法使」「第九章 尺度」「第十章 大地と海」「第十一章 詩」。

第三部「ジュピター」の目次は以下の通りである。「第一部 炉辺」「第二部 英雄」「第三部 伝説」「第四章 都市」「第五章 競技者」「第六章 ホメロスの神々」「第七章 シーザー」「第八章 メルクリウス」「第九章 イソップ」「第十章 機知」。

第四部「クリストフォロス」の目次は以下の通り。「第一章 精神」「第二章 心霊の民」「第三章 暗喩について」「第四章 無花果の樹」「第五章 悪魔」「第六章 聖者」「第七章 三位一体」「第八章 告解」「第九章 聖母」「第十章 降誕祭」

この目次の並びは、一種のなぞだ。これでは何のことかわからない。それにまた、「アラディン」という大タイトルと、内部の小タイトルがどのように結びつくのか分らない。これはやはりアランの本そのものを読んで見なければダメなのだ。アランの本を読んでいただければ、問題は一切氷解する。こんな私の下手な解説など読む必要はない。だが、乗りかかった船だ。下手な解説の作業を続けよう。

 
 

1-4.私たちの目は歪んでいる
14  まず本書の「序言」の部分からご紹介しよう。「序言」の冒頭で、アランはある友人の話をする。その人は電車の窓越しに丘の上を這い回る一匹の巨大な怪物を見た。だがよくよく見たら、その怪物は電車のガラス窓で動いているハエだった。この体験話を考察した上で、アランは「われわれはつねに何かガラスのようなもの、しかも動くガラスのようなもの越しに、ものを見る」といっている。

私たちの目は外の景色を見るためのガラス窓だ。実際に、われわれの目にはレンズがあり、「水晶体」と名づけられている部分もある。これは文字通り「ガラス」だ。ご存知のように多くの昆虫には複眼がついている。この複眼を通して昆虫たちが見る世界は、私たちが見る世界とはどうやら別物らしい。同じ人間同士でも色弱の人が見る世界は普通の人とちがっているらしい。たとえ健常者でも、錯覚はいくらでも体験しているし、健常者同士でも、同じものが違ったふうに見えるというのはよくある話だ。

私たちの眼球は私たちの体の一部だ。だから体と一緒に動き、喜怒哀楽を共にする。だから、見えている世界像はつねに、多少は歪みを伴っている。これは目だけではなく、五感すべてについていえることだ。アランはこの点について「たとえば行動する場合には意思をもって、恐怖する場合は感動によって、あるいはただ呼吸とか循環とかいった生命を保持する不断の作用によって、わたしのやるさまざまな運動が、私が見たり聞いたり味わったり、嗅いだり触れたりするところを、歪ませつづけてやまないのだ」。

アランが序文の、このような説明の中で言おうとしていることは何だろうか。それは私たちの初期の認識、つまり何らの反省も加えない初期の世界像は多少とも歪んでおり、誤認、誤謬を免れないということだ。昔の人は本気になってお化けがいると思った。「お化けがいる」という認識も認識にはちがいないのだが、なにぶんにも恐怖心に着色された認識である可能性が高い。そこで私たちに必要なことは、眼鏡のレンズをよく拭き、認識のゆがみを修正することだ。

もしかしたら、「宗教」的な感情もこうした初期の、人類に共通の認識のゆがみが原因となって発生したのかもしれない。だが、「宗教など迷信と同じだ」などと一方的にきめつけるやり方も、一見合理主義的に見えながら、歪んだ認識方法に属するかもしれない。ここはひとつ虚心になって、つまり、私たちがお互いに歪みのあるレンズの持ち主であるということを考慮に入れながら、「宗教」の本質を、ありのままに見つめ直してみようではないか。これがアランのいいたいことなのである。アランはこのことを「すべての宗教は真実なものだという一教説を自らに約束しつつ、同時に、できるだけこれを繰り延ばすことである」といっている。つまり、宗教についてこれまで持っている先入観を捨てて、ともかく「宗教は真実なものだ」という考えの下に、できるだけ結論を出すのを先送りしようというのだ。結論を先のばしにする、これはひとまず、「宗教は真実なものだ」という命題を設定しておいて、性急に結論に走ったり、分ったようなつもりにならないということである。

アランは視覚的錯覚の具体例として、水の入ったコップに棒を差し込んだ場合、棒が曲がって見える例をあげている。なるほど棒は曲がって見える。しかしこの現象に驚いて「あ、棒が曲がっている」というのは、幼い子供ぐらいだろう。だからといって、これを単純に「目の錯覚だ」と片付けてしまえば、何も得るところはない。つまり、与件を批判せずに鵜呑みにするのも間違いだし、錯覚だといって与件を退けてしまうのも間違いなのだ。

アランは棒が曲がって見えるという事実そのものをもっと注目しようというのだ。よくよく研究すれば、水の中の光の屈折ということに行きつく。要するに、水と光の性質が明らかになってくる。この場合、棒が誤っているのでもなく、目が誤っているのでもない。誤りがあるとすれば、「目の錯覚だ」といって、片付けてしまおうとする安直で粗雑な態度である。事実そのもを尊重し、しっかり観察し、考え、それから結論を出そう、これが、「すべての宗教は真実なものだという一教説を自らに約束しつつ、同時に、できるだけこれを繰り延ばすことである」というアランの言葉の意味である。

 
 

1-5.私たちの中に幼児がいる
15  序言の中でもうひとつ注目すべき部分をご紹介したい。「宗教は数多くの源泉から立ち出でる。そして、これらの源泉はいつになっても歌うたってやまないだろう。過去というものが遠いものではないこと、われわれの幼年時代が一瞬ごとに繰り返しはじまるものであることを、私は多くのやり方で説明してみたい。しかし、最良のテキストはいつでももっとも日常的な経験であって、これはわれわれが身を誤るのであって、欺かれるのではないということを、われわれが欲するだけ繰り返しわれわれに告げる」。

宗教がどんな源から生まれるか? 「それはさまざまだ」とアランはいう。では「これらの源泉はいつになっても歌うたってやまないだろう」とはどういうことか? それは宗教を生み出す源泉が、私たちの人生において枯れ尽きることはないということであり、それは機会を得ては自ら「歌う」、つまり、自己の存在をアピールし、自己肯定をし続けるということだ。宗教というと、私たちは仏教やキリスト教など、過去に創立された、過去に源泉を持つものだと思いたくなる。ところが宗教は決して過去のものでない。過去のものにならない。宗教は私たちだれしもの日々の暮らしのあらゆる側面に密着しているとアランは考えるのである。

それはなぜだろうか? 「われわれの幼年時代が繰り返しはじまる」からだ。私たちは「自分はもう大人になった」と思っている。たしかに部分的には大人になった。しかしまだ私たちの中にいたるところに幼児が残っている。それは大人的な理性、理論、法律や約束・・などを超えた形で私たちの感情を支配し、いろどっている。私たちには、理屈では承知していても、それとは別の感情というものがあるし、誰かに甘えたり、いたわってもらったり、安心させてもらいたいという感情はだれの心の中にもある。

先日もテレビが、ある女性が三角関係のもつれから男を殺したと報じていた。それにまた、人を車ではねて、こわくなって逃げた男のことも報じられた。嫉妬のために暴力をふるったり、人を傷つけて、それから逃げ出す・・これが大人のすることだろうか? 非常事態になって、その人の幼児があらわれ、大人的な理性の殻を打ち破ってしまったのではないだろうか。私たちは殺人まではしないけれど、大人的理性の内側に、共通の幼児感情を持っているのではないだろうか? なにも、アランはこの幼児感情と宗教が直結している、といっているのではない。ただ、宗教と、人間の本源的な感情の間には何らかの関係があるといっているのである。

私たちはいまアランの「神々」を読んでいるのだけれど、アランはいきなり「神」の話をしようとしているのではない。そうではなくて、むしろ人間の話をしようとしているのだ。そして人間を根源からつかもうとするなら、人間の初期の段階、つまり幼児についての考察をしなければならないといっているのである。前掲の文章の「最良のテキストはいつでももっとも日常的な経験であって」とは、人間について考えようとするなら、日常の人間の姿を見なければダメだ、ということだ。なぜなら、私たちはいま宇宙人の宗教や、犬や猫の宗教を考えようとしているのではなく、あくまでも人間の宗教を考えようとしているからだ。私たちはとかく「宗教」というものを特別なもののように考えている。しかしアランはそうは思わない。彼は人間の宗教の秘密、すなわち、いわゆる宗教の根源は人間の日常の姿の中にあると考えているのだ。

彼は「われわれが身を誤るのであって、欺かれるのではない」という。宗教であろうとなんであろうと、私たちが考え違いをしているとしたら、何物かが私たちをつかまえてムリに考え違いをさせているのではないということだ。誰かが私たちをだましているのではなく、私たちが勝手にイリュージョンを作り上げているのだ。宗教の秘密、宗教の本質、それは私たちにもっとも身近な経験の中にある。だれにでもその本質は見えている。それは少しも難しいものではないし、神秘的なもの、あるいは謎めいたものではない。ただ、私たちは先入観を取り去り、いわば眼鏡の汚れ、ガラスの上のハエを取り去って、ありのままを見なおす必要がある、とアランはいうのである。

 
 

1-6.神は姿を現すことを拒む
16_4  同じく序文の中でアランは、「神々は姿を現すことを拒む」といっている。イギリスの経験論者であり、宗教家でもあったバークリーは「神を見るには目を大きくあけさえすればいい」といった。皆さんの場合はどうか知らないが、私の場合はいくら大きく目を見開いても、神を見ることはできない。けれども、世の中には神を見たと証言する人がいるにはいる。げんに私の知人の女性にも、強い宗教的体験をした人がいる。彼女は私が「それは気のせいじゃないの」などといっても、まったく取り合わない。同じような体験をあの大天才パスカルもしたらしい。しかし彼女にしてもパスカルにしても、その体験がどのようなものであったかを、他人に実感できるようには語れない。私は彼女もパスカルも嘘をいっているとは少しも思わない。ただ、その人の体験を他の人は共有できないのだ。

世の中にこれだけ多くの宗教、これだけ多くの神社仏閣、これだけ多くの信者がいるにもかかわらず、みんなの目の前に、白昼、誰が見てもわかるような実在の神がやってきて、人々に語りかけ、あるいは啓示を与えたという話は聞いたことがない。テレビが神様の姿を写して報道したという話も聞いたことがない。つまり、この世に「神がいる」のだとしても、神は本質的に姿を見せないものであり、「神の実在」は、かならずしも「物理的実在」とは重ならない。私たちはその点を先刻承知している。

このことは宗教を取扱おうとする私たちにとってとても重要な、もうひとつの本質的問題を提起する。それは宗教が言葉――伝承、記録、教典、福音書など――に関係していること、またさまざまな象徴――神社仏閣、教会、彫像や絵画、メダル、イコン――などに関係していることである。つまり、神そのものは実在としては自己をあらわさないが、多くの資料が実在しており、間接的に神の存在を証明し、あるいは神を讃美しているということだ。この点をアランは次のようにいう。「宗教の、決して姿を見せることのないあれらの不可思議は、すべて物語られたものである」。

ここで、「物語られたもの」=「疑わしいもの」などという公式を持ち出そうとする人がいるならば、その人は間違っている。アランはいう。「われわれは物語を疑うべく、きわめて不都合な立場にある。というのも、かんじんの当の対象そのものが、ここでは欠けているのだから」。聖書を読むとキリストは埋葬されてから三日目によみがえったと書いてある。「死人が蘇生した? そんな話は嘘だ」といいたいなら言ってもいい。だがそれを主張するに人にも、反対する人にも明確な裏づけや証拠があるわけではない。主張する人が「信じている」というなら、反対する人も自分の言葉を「信じている」に過ぎないのだから、おあいこの水掛け論だ。

これは信ずることを学ぶことであり、また自分の信じることのうちに決して閉じこめられてしまわないことである」。「信じる」ということは、裏づけなしに「そうだ」とか、「そうに違いない」と肯定的に自分の態度を決定することである。宗教に帰依している人は、その宗教の唱える神を信じ、教義を信じている。信仰を持たない人は、軽率にもこれを批判したりする。しかしどんなに疑い深い人でも、いずれかの場面で「信じる」ということをしている。たとえば、人は自分の友人とその友情を信じているし、奥さんや子供の愛情を信じている。物を掛売りした人は、お客さんが月末には支払ってくれるものと信じている。

私たちが電車やバスに乗るのも、まさか転覆することはあるまいと信じてのことだ。これら多くのことにさして裏づけはない。それに裏づけがあるから友達を信じるというのでは、信じることにならない。それはむしろ疑っているといったほうがいい。信じるとは無条件で、証拠や裏づけなしに肯定し、信用状を発行することである。だとすれば私たちは、「神がいるかいないか分らないのに信仰している」などといって、他人を批判することはできない。

アランの考えでは、私たちは「信じることを学ぶ」必要があるのだ。つまり、人は、何について、どんな場面で信じる必要があるのか、それを間違えてはいけない、ということなのだ。シェクスピア劇の中のオセロは、妻の貞節を信じられなくなってしまった。本当は信じなければいけなかったのである。人間関係では、人を疑うよりも信じたほうがうまくいくことが多いのではないだろうか。幸いなことに、多くの人はこの点を間違えてはいないと私は思う。

アランがいう「信じることのうちに閉じ込められてしまわない」とは、ただ「疑え」といっているのではない。何かを信じるあまり頑固になって、人の話を聞くこともできなくなってしまってはいけないということだ。信じるべきことを信じることと、精神の柔軟性は両立する、というのである。アランは別のところで「人を信じ、モノを疑え」といっている。ドライバーがクルマに乗る前に安全のため始業点検をする、これは物をチェックすることだ。これは物を疑うことだ。「私は自分のクルマを信じている。私のクルマは安全に決まっている」・・などというのは、まったく見当はずれである。友を信じることは大切だが、風聞を鵜呑みにしてはいけない。何もかも一緒くたにしてはならないのである。

私は、ここまででもアランの序文の本の一部さえ説明したことにはならないが、この調子でいつまでも続けていてはきりがないだろう。しかしアランが宗教の問題にどのように取り組もうとしているか、そのニュアンスをおわかりいただいたと思う。彼は宗教を知ることは人間を知ることだ、と考えている。そして人この問題を取扱うにあたって、できるだけ偏見や先入観を排除し、曇りのない眼で宗教を見つめなおしたいといっているのである。また宗教がこれまでに残してきたもの、あるいはげんに宗教が私たちに提示している多くの資料についても、「それらはすべて真だ」という前提で取り組もうというのである。

いうまでもなく宗教とは「信ずべきもの」である。ここでもアランは証拠なしに、あるいは証拠に反してでも「信じる」ということの大切さを説く。この「信じる」という私たちの美徳は宗教に関係ない人間関係においても、私たちを支えている。しかし「人を信じる」ということと、「吟味すべき対象を吟味する」とは別物である。私たちはこれから宗教の存在意義を肯定しつつ、しかも吟味の対象とするのである。これがアランの序言に掲げられた「すべての宗教は真実なものだという一教説を自らに約束しつつ、同時に、できるだけこれを繰り延ばすことである」という文の意味である。

 
   
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