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アランの「神々」を読む
 
第3章

3-1.パンは生きている
31  これより「第3章 動物としての人間」に進み、アランの「神々」の第2部「パン」を読んでゆくことにする。この第2部第1章冒頭に次のような文章が出てくる。「牧羊神パンは少しも死んでいない」。これは一体どういうことだろうか。次の文章が続く。「そして、この一切の神はその山羊の足によって、いつになっても申し分なく表現されることだろう。すなわち、人間は半ば動物だということであって、これはつねに真実である」。先にもご紹介したように、パンは下半身が山羊、上半身が人間というグロテスクな神話上の男性の半神である。サティルスという名でも知られる。古代ギリシャの神話には、このパン、あるいはサティルスがしばしば登場する。

古代ギリシャの円形劇場では毎年「悲劇」が上演され、多くの市民が楽しんだ。その悲劇上演のさいに、いわば「狂言」として演じられた喜劇は、「サティルス劇」とも呼ばれた。要するに喜劇作品の多くにサティルスが登場し、卑猥滑稽なしぐさをして観客を笑わせる。神話、あるいは喜劇の中のパン=サティルスはいずれも臆病な好色漢である。「下半身が動物」というこの寓意的な身体構造に注意して欲しい。それは「いわゆる男性一般」、もっというならば、「いやらしいおじさん一般」の姿に合致している。そこで、アランは「牧羊神パンは少しも死んでいない」といっているのである。

なるほど人間は動物だ。パンは少しも死んでいない。すなわち、私たちはいまだに動物たることをやめていない。しかし何から何まで動物と同じというのではない。どこが他の動物と違うのか。これについて、アランは人間の身体構造を極端に単純化することを提案する。アランによると、人間は大きく三つの部位に分かれる。「人間は腹部であり、この意味するところは欲望と恐怖である。また人間は胸腔であって、これすなわち怒りと勇気である。また人間は頭部であって、すなわち慎重と支配である」。この人間身体の三部位説は、アランの発明ではなく、プラトンが「国家論」の中で提唱したもので、アランはこれを卓見であるとして採用し、拡大解釈している。たとえば著書「人間論」の中で、アランは「一つの袋に縫い込められた賢者とライオンとヒドラ、これが人間だとプラトンはいう」と記している。すなわち賢者=頭、ライオン=胸、ヒドラ=腹という図式である。ご承知のように、ヒドラはギリシャ神話に登場する水蛇の化け物で、どんなものでも貪り食って飽きるということがない。

ごらんのようにプラトン−アランによれば、人間は「腹、胸、頭」という三つの象徴的な部分からなっている。「腹」は食べることと生殖、安全に対する欲求を象徴している。「胸」は勇気、怒り、プライドなどを象徴している。「頭」は知性と判断を受け持っている。上の三つの部位のうち、アランが「動物的」とみなすのは「腹」の部分であり、この部分だけは動物と同じ働きをする。これが「牧羊神パン」によって象徴される機能である。これに対して、「胸」と「頭」の機能は、人間固有の働きであって、他の動物にはこれに類するものが見られない。もっとも動物に聞いて見なければ、彼らがプライドを持っているかどうか、あるいは高度な代数学を知っているかどうか、それは分らない。だが、人間における「胸」と「頭」の機能は際立った特徴である。この二つが人間らしさと、人間社会に固有の問題を作り上げているとアランは考える。

では、こうした人間の特長についての理解は、どのように宗教の理解に結びつくのだろうか? まずアランは自分自身の方法論を次のように説明する。「もし変化の学問を動学、恒存の学問を静学と名づけるならば、私は諸宗教の一静学を試みんとするものであって、決してその歴史をではない」。これはどういうことだろうか。上の文脈からすれば、宗教にアプローチする方法として「動態学的方法」と「静態学的方法」があり、「動態学」ではいわば歴史的な発展や進歩を取り扱うことになるだろうが、自分はその方法をとらない、ということである。つまり、アランは「宗教は初期にはこのようであった。次にこのように変化した」というように、歴史的な記述する気はない、といっているのである。

以上のように、アランは「自分は決して宗教の歴史を取扱おうとしているのではない」と断った上で、なお、史上3種類の、あるいは3段階の宗教が見られた、といっている。その3つの宗教とは「自然宗教」「政治宗教」「精神の宗教」である。はじめの「自然宗教」とは、太陽や火や植物や動物が崇拝される宗教である。この宗教についてのアランの表現は、「かの一切の神がすがたをやつして神々の塵となるこの素朴な汎神論を、パンの神は、私たちのために極めてよく描き出してくれるだろう」となる。

では、「政治宗教」とはどんなものだろうか。アランは「政治宗教」の実例として「オリュンポスの宗教」をあげている。もっともこれにはアランの但し書きがついている。つまり「わが西洋にあっては、もっとも私には西洋だけでこと足りるわけだが・・」といっている。アランは本書で、仏教やイスラム教について書こうとしているわけではないのだ。彼のこの本は彼自身とヨーロッパ人のために書かれている。アランは自分が知らないことまで書こうとしているのではない。このことは、私たち日本人の読者には大切な点だ。もしかしたら、この本は根っこにおいて仏教徒である私たちには疎遠な、まったく参考にならないものかもしれない。だが私たちもアラン流に、この点についてもいまは結論を出さずに置こう。本を読み終えた時点で、判断すればいいことだ。

西洋人にとって精神的な原点は、なんといってもギリシャ・ローマ文化だ。そして「オリュンポスの宗教」とは、主神ゼウスを中心とする多神教、すなわち古代ギリシャの宗教のことだ。古代ギリシャの宗教がどうして「政治的」なのか。これについては、やがて詳しく説明があるはずだ。ここではアランの次の説明を掲げておく。「ここでは、私の見るところ、ただ人間の形だけが崇拝の対象となり、またここでは世界がひとつ王国のように支配される。この征服者たちの宗教を、私は政治宗教と呼ぼう」。

さて、次にアランは「精神の宗教」を掲げている。これは何を意味するのだろうか。これはいうまでもなくキリスト教のことである。この段階では、アランはなぜキリスト教が「精神の宗教」であるのかを詳しく説明せず、単に次のように述べているだけである。「そして第三番目のものはというに、キリスト教の名のものとに、わがヨーロッパの岬においておとらず民間に広がったものであるが、これがわれわれに啓示してくれる新しい価値によってすれば、ここで私は間違いを犯しようがない」。この文章から分ることは、アランがキリスト教を宗教の発達段階の三番目においていること、それが新しい価値観を含んでいること、その価値観をもとにしていうならば、キリスト教を「精神の宗教」と呼んでいい、と考えていることである。(イラスト:パン=太陽とゼウスとキリスト)

 

3-2.三つの宗教はいつも合体している
32_2  さて上のように見てくると、アランは宗教の歴史を語らないといいながら、じつは宗教の発達段階を「自然宗教」「政治宗教」「精神の宗教」という歴史的な形で提示したことになるではないだろうか? その通りだ。だが、そうとだけ受け取ってしまってはアランの真意をつかみ損ねたことになる。というのもアランは次のようにいっているからだ。「だがむしろ、これは人間の諸段階なのだと私はいいたい」「欲望と勇気と精神との三つの宗教が、かつてそうであったように、いまも一体をなしていることを理解していただくためには、これだけの要約でこと足りる」。すなわち、アランは上記の三種類の宗教が、ある程度人類の発展段階に対応しているにはちがいないが、同時に三種類が、一人の人の中に生じ、現在でも各人の中につねに共存しているといっているのである。

「自然宗教」という区分が意味しているのは、人間の基本的な、生存の欲望に密着した宗教である。先にあげた例でいえば「腹」に直結した部分に関係する宗教である。古代においてはおそらく単に空腹を満たすだけのことが、人々の最大の関心事であったはずだ。大昔の人々の暮らしを「エデンの園」のような、楽園として描くのは間違いだと私は思う。耕作や牧畜などの方法を確立する以前の人々の食料調達は、ずっと日々の偶然に支配されていたにちがいないと私は想像する。つまり、食料はあるときにはあるが、見つからないときには、人々は何日も飢えを我慢しなければならなかったはずだ。だからこそ人々は自然の気まぐれを恐れ、偶然や僥倖をあてにしなければならなかった。人々は台風や日照りが来ないように祈り、また一方では豊かな実りを祈願しなければならなかったはずだ。

今日、私たちは空腹という点からいえば、かなり恵まれた状態にある。けれども日々食事をしなくていい人は一人もいないだろう。この意味で、私たちは「口腹」の問題から自由になったわけではない。すなわち「自然宗教」とまったく無関係になったわけではない。ちなみに、私たちは毎年報道される「作況指数」を聞いて、今年も豊作であればいいなという素朴な感慨を持つ。そして各地で行われる豊作祈願と感謝のための、伝統の祭りをばかにする気にはなれない。私たちは今でも、それと意識することなしに「自然宗教」の信徒なのである。

さて、アランの「政治宗教」は「胸」に対応している。これはアランの定義にしたがえば人間の勇気、誇りに関係している。人間が人間を支配するためには、勇気と政治力が必要であったからだ。これは古代社会が形成され、国家が形成されていく歴史的なプロセスに対応する。オリュンポスの神々はリーダーを中心とする社会=政治の縮図である。民族はそれぞれの宗教集団という性質を持ち、異質の宗教集団に対して排他的である。このことから、社会における「徳」の概念が生まれ、その社会を守り、あるいは威信を高めるために他の集団と争ったりする。政治宗教は集団としてのアイデンティティそのものなのだ。この点に関しても、私たちは「民族意識」から自由になっていない。むろん「民族意識」はかならずしも宗教のことではない。しかし民族意識は、宗教を含むさまざまの習慣、言葉、価値観を共有している集団との一体化意識である。よく日本人の宗教は「日本教」だなどといわれるが、たしかに私たちは「日本教」という政治宗教の信徒なのかもしれない。

最後に、アランの「精神の宗教」が意味するのは、宗教が「理性」「知性」に結びついているとする考え方である。これは、先の人間の三部位説との関係でいえば「頭」の宗教ということになる。ちなみに、ヘーゲルは「神は必然的に精神的なものでなければならない」といい、「即自的には神は精神である。これが神についてのわれわれの概念である」ともいっている。ヘーゲルとアランの主張が同じだとは思わないが、宗教の最終的な本質が「精神」であるという点では一致している。私たちにしても宗教は精神の問題だ、とすることに依存はないだろう。ただ、アランのいう「精神の宗教」の内容については、これが本書における一つの結論ともなっているので、もう少し先で、アラン自身の説明をじっくり聞くことにしよう。

さて、アランの考えのユニークなところは、人間から「腹」「胸」「頭」を切り離すことができないように、宗教の概念は「自然宗教」「政治宗教」「精神の宗教」がつねに一体だといっていることだ。たしかにこの三つは、人類の発達史に対応している。しかし「自然宗教」が廃れて、代わりに「政治宗教」が出現したわけではない。自然宗教は依然として健在なのだ。私たちは「アラディン=幼児の祈り」の章で、このことを見たはずだ。幼児から出発した私たちは、完全に幼児性を捨て去ってしまったわけではない。どこかにそれを温存している。同じく「精神の宗教」がやってきたからといって「政治宗教」の要素が消え去るというわけではない。これらの三要素が一人の人の中に発達史的にも存在するし、鼎立してもいるのだ。

かつて人間たちは、他の動物とほとんど変わらずに食物への配慮と生殖の問題に明け暮れていた。やがて集落ができ、リーダーがある種の集団をまとめるようになった。ここに政治が生まれ、集団を保持しようとする連帯意識、あるいは自分たちの集団に対する誇りや優越感が生まれた。そして人間たちは論理に従って思考することを覚えるようになった。知性の力が、ときとして暴力よりも強いことを知るようになった。ある法則を知ってこれを適用すれば、困難な問題を解決できることも知るようになった。

しかしながら、どんなに科学が進歩し、知性のレベルが高くなっても、私たちは食欲と性欲から自由になるわけではない。それどころかこれがないと人類は滅亡してしまうのだ。私たちはいまでも集団で生きている。国家を作り、リーダーを選出し、そのリーダーたちに従って行動している。オリンピックのときには、日の丸が掲揚されるたびに快哉を叫ぶ。アランがいっている「腹」「胸」「頭」の要素がワンセットになっている生き物、これが今日の私たち、つまり人間なのだ。だとしたら、宗教が各自の中でワンセットになっているのも当然のことではないか。

レヴィ=ストロースは「いついかなる時代、いかなる地域においても、『野蛮人』が、いままで人が好んで想像してきたように、動物的な状態をやっと脱したばかりで今なお欲求と本能とに支配されっぱなしの存在であったことは、おそらくけっしてない」といっている。つまり、私たちが「未開」と思っている人々も、それなりに合理的、科学的な、お望みなら「立派に理性的な」文化を形成している。それを西洋文化の基準で判定したり、評価することはできないとするストロースの意見は正しいと私は思う。そのことは、私たちが未開だと思っている社会にあっても、おそらくこの「腹」「胸」「頭」のワンセットがそれなりに健在であるということを意味しているのだ。

 
 

3-3.見ないで信じ、見ないがゆえに信じる
33forest  本書「神々」の第二部「パン」において、アランは「自然宗教」について、詳しく論じようとしている。私たちも彼に従って進んでいこう。アランは、自然宗教の最初の舞台を「森林」に置く。つまり平野に対する森林、あるいは都市や庭園に対する森林である。アランは次のようにいう。「森の自然はこの上なく人間とは無縁である。単調な多様さゆえに、人間はそこではすぐ迷ってしまう。人間は集団でしか、また樵夫や狩猟者たちの人間的喧騒や、森の祭りという悪魔祓いにおいてしか、ここに立ち入ることを好まない」。生物学者たちは、人間の先祖が森から出て二足歩行し、平野にやってきてはじめて人間的社会を作ったといっている。そうかもしれない。あるいは初期の人間たちは森を住処とし、現代人が住みなれた町の街路や交差点を知っているように、森の中を知り尽くしていたかもしれない。ただこの時代には、未開の自然の大きさに対して人間の個体数がうんと少なかったことは考慮に入れておいていい。

アランは「森の恐怖は生理的なものである」という。それは本質的に神秘的なものであり、不思議の場所である。視覚的にはっきり確認できるもの、それは恐怖の対象ではない。森の中では樹木にさえぎられ、ゆれる葉や枝のために見通しがきかない。だから誤認が生じやすい。「不可思議なものとは、じつは樹木に過ぎぬ樹木、森に過ぎぬ森なのである」。だから人々が樹木の背後に、あるいは樹木そのものの中に精霊、あるいは何らかの超越的なものを想定するようになるのは無理もないというのである。

昼でもなおうす暗い森林、うっそうと茂る植物群、植物群の向こうから時折聞こえる得体の知れない物音・・、山歩きの好きな人は、深い森林のこうしたたたずまいを体験しているだろう。人の数が少なく、むしろ未踏のジャングルがもっと豊富にあった昔、このような環境の中で人々が感じたこととはどのようなものだったろうか? こうした状況下での生理的な恐怖心から、人々が「森の神」を想定したことについて、アランは人々が――やむをえないこととはいえ――とてもせっかちに結論を出したのだといっている。「人が性急に信じてしまうのは、見ることを恐れるがゆえであると、わたしはいいたい」。つまり、人々は眼を開けてみてしまうことを恐れるあまり、見てもいないのにそこに神、あるいは精霊がいることにしてしまったのだというのである。

私はこのせっかちさを、人間に共通の性質として容認したい。私たちは怖いものが見えると思うときに、眼を見開くのではなく、目をつぶったり、手で顔を覆ってしまったりする。勇気をふるって、怖いもの、未知のものを確認するために、進んでいく人もいるにはちがいない。しかし、怖いものを見ないために、頭からふとんをかぶってしまう人も多いのではないか。現代人には「不可思議など、あるはずがない」という強い確信がある。それにまた、今では夜も明るいし、大きな声を出せば人に聞こえるくらいのところにいる。現代人が「不可思議など、あるはずがない」と大言壮語するとき、私たちは1万年前、森で迷っている人の気持ちを十分に理解していないのではないだろうか。

だからいま、森の精霊、川の精霊、海の精霊の「けはい」を敏感に感じ取り、「何かがいる」と信じた昔の人々について想像してみよう。また自分の不可思議な体験を他の人に語り聞かせた人や、これを聞いてその話を信じた人々のことを想像してみよう。アランはこういう。「ここにきて、物語に対するあの寛大さをとり抑えることができる。また盗賊に財布をわたすようにすぐ信仰を与えてしまい、それでいてなお幸福であるのはいかなる意味かを、とり抑えることができる」。不可思議を体験した人は、何も見なかったかもしれない。けれど強い恐怖感やショックを体験したにちがいない。彼は何か異様なもの、神秘なものを見たように思い、そのことを自分でも少しも疑わないということはありえる。私たちはこれを笑うことはできない。

そして彼の体験を聞いた人が、自分の体験と重ね合わせて、「やっぱりそうか」と思うことだってあるにちがいない。アランが何度もいっているように、伝聞に対しては疑問のはさみようがない。否定したいと思っても根拠がない。今日でも「UFOを見た」という人は多い。「まさか」というのは言葉の上だけだ。UFOを見たと主張する人が、少なくとも自分の体験でいっているのに対して、否定論者には否定するに足る証拠をあげることができない。私が想像するには、昔の人はもっと素朴で、信じやすかった。そこでアランがいうように、「盗賊に財布をわたすようにすぐ信仰を与えてしまい、それでいてなお幸福である」という一状態が形成されることはいかにもありうることだったと思う。

私はここで二人の古代の冒険家A,Bを想像する。二人はこんな会話をする。A「今日はずいぶん遠くまで来てしまった。ここから先はタブーとされているところだったね」。B「もう帰ろうじゃないか。この先は行くべきでないよ」。A「この先には神が住んでいるということだ。ひとつその神を見てこようではないか」。B「よそう。それは恐ろしいことだよ」。A「神なんかいないかもしれないぜ」。B「いや、いる。行けば天罰が下るぞ」。A「行ってみたいなあ」。B「僕は見なくてけっこうだ。見なくても分るんだ。神はいる。僕は確信する」。アランもこのような想像をしたにちがいない。そして指摘する。「人は神の小径に歩を運ぶことをしない。人は身をかわす。そして人はこれに平和を見出すのであるがゆえに、これがおそらく申し分のない信仰というものである」。

 
 

3-4.夢は神託なのか
34yume  私たちがいま読んでいるアランの「神々」は明らかに真っ向から宗教を論じた本であり、この意味では明らかに「宗教論」である。しかし同時にこの一冊は宗教という角度を通して見た「人間論」でもある。何度もいうが、アランは人間と宗教とを切り離さない。そこで彼の記述の中には、一見宗教に関係なさそうに見える人間の話が挿話的に、しかもどんどんあらわれる。たとえば、ブルジョワとプロレタリアの分類なども、一見すると宗教と関係がなさそうに見える。この「人間のタイプわけ」は、彼のほかの書物にも、宗教とは無関係にたびたび記述されている。しかし、本書ではブルジョワとプロレタリアの区分が、結局は宗教論に深いつながりがあることが分るという具合だ。

アランはここで、「夢」の話をしている。夢と宗教がどう結びつくのかといわれるかもしれないが、「夢のお告げ」はある種の宗教的な感慨に結びつく。古代においては人々が見た「夢」の意味を説くことは宗教家の仕事だった。わが国にも「夢殿」に代表されるような「夢占い」の習慣があった。今日でも夢の研究は精神分析学者たちの十八番でもある。彼らの仕事にきっかけを与えたフロイトの「夢判断」は、エッセイとしてはたいへん面白い。アランもそこで「夢の反復とその勿体らしい様子は、いまひとつの宗教、人間のかたちをした不死のものたちの宗教につながる」といっている。要するに毎晩人はいろいろな夢を見、たいていはそれを忘れてしまうのだが、中には気がかりな夢があったり、ひどくこれを気にする人もいるという具合だ。そしてフロイトを待たずとも、夢の意味を自分で解こうとしたり、人に解き明かしてもらおうとする試みはたえないのである。

じつのところ、私はフロイトとその後継者たちの夢に関する研究は「科学」の名に値しないと思っている。それは夢の中身がつねに本人によってしか確認されないからであり、夢の中身が最後まで客観的対象となることはないからだ。私が自分の夢の話をしようとすれば、どうしても覚醒時の感覚でしか語れず、記憶に多少の着色と変更とを加えながらでないと人に話せない。このようにあいまいで、しかも覚醒時の脚色を加えられたものを聞き取った第三者が解釈を加えるなどというのは、どう見てもうさんくさすぎると思う。アランも夢の解釈に関しては、手きびしい意見を持っている。そこで「夢の反復とその勿体らしい様子は、いまひとつの宗教、人間のかたちをした不死のものたちの宗教につながる」というのは、夢の中身を何らかのサインとして取り上げようという試みそれ自体がひとつの素朴な宗教的試みなのだ、といっているのである。

先日もある大学の文学部の先生が――この人は夢の研究で有名なのだそうだが――の話を聞いた。この先生によると、夢は何らかの覚醒時の精神的抑圧に対する反発であり、夢の内容は一見ナンセンスに見えてもそれなりの意味があるのだという。この先生は最後にこういった。「科学には限界があり、夢は科学的には解明できない」。私にはこの言葉は、彼が考えている「研究」という用語の敗北宣言に聞こえた。つまり、彼の「研究」が科学でないなら、「研究」は無意味であり、それはいってみれば科学以外の・・たとえば宗教的試みであると、自ら認めているわけだ。私としては、「それなら先生がやっている仕事とは何ですか?」と聞きたくなってしまう。要するにこの先生もまた古代人のように、夢を何か神秘的なものと考え、それを読み解くことが必要だという考えから一歩も抜け出ていないのである。

夢と宗教の関係は、もっと生理的な見地から検討すべきだとアランは考える。そしてこういうのである。「人間はさほど夢を恐れるものではない。おそらく夢についてのおのれの思想を恐れるだけである」。要するに夢は人間が生理的実体であるかぎり、誰でも体験する。問題はそこで見た夢の記憶に、自ら多くの意味を与えすぎたり、解釈しすぎることである。「夢はそのほとんどすべてが物語に属するもので、物語そのもののなか、昼間の光の中で作り上げられる」。要するに、夢の記憶を頼りに作り上げられた物語が存在するだけだ。すると、その物語と言葉が今度は一人歩きをし始めるというわけだ。こうした夢の話も親しい友達同士で他愛もないトピックとして興じあっているなら何の罪もない。だが、そこから何らかの権威ある診断が下されるとなると、おかしなことになる。私たちは科学まがいの方法で、すっかり古代に連れ戻されてしまうことになるのだ。

夢の中ではおかしなことがたくさん起こるのだが、夢を見ている時点では、誰もそのことに驚かない。夢の中の不合理は誤ちではない。私としては「夢を見るという現象そのもの」はもっと脳生理学的に探求されるべきだと思う。だが夢の中身の解釈は、学問の対象にはならない。それをあえてしようとすれば、私たちは自分の吐いたつばの痕跡や、子供の寝小便のしみの模様に意味を求めるのとどこも変わらなくなってしまう。だからアランは「そして、そこ(夢)に神々の素材を求めようとする人々は、これに法外の要求をしているわけだ。むしろ神々こそ夢の素材なのである」というのである。私たちが熱心に神々の話をしていれば、その神々が私たちの夢に出てくるだろう。もっとも私たちは、まだ神の形を知らない。そこでアランは慎重にもこういっている。「で、わたしはここ、神々がまだ描写しうるような何ものでもないこの素朴な段階で、一瞬身をとどめたく思う」。アランはここでも、事象に忖度を加えずに、要するに、できるだけ神秘をまじえずに宗教を考察することを私たちに促すのである。

 
 

3-5.「春」を信ずべき理由はある
35haru_3  さて「自然宗教」の舞台は森であり、ついで田園である。これについてアランは「もし都市よりも先に田園を思考するならば、ひとは正当に思考することになろう。というのも、都市は自身によって自給するものではないからだ」といっている。宗教が人間にまったく関係のないものなら、私たちは宗教をどこから研究してもいい。しかし宗教と人間生活とは密着している。であるとすれば、私たちは人間たちが歩んだ過去をたどらなければならないだろう。そして「都市」と「田園」のどちらが先であったかを考えるなら、「田園」が先だと考えるのは当を得ているだろう。アランはここで「都市は自身によって自給するものではない」といっている。

都市は食べ物を周囲の田園地帯から供給してもらう。わが国では国内の田園地帯の供給では足りなくて、6割近くも諸外国から供給してもらっているという。しかるに人々が集合している都市は大きな胃袋でもある。この胃袋は自分では食料を生産できないのだ。郊外の高速道路を走ってごらんになれば、大型の車両が食料を満載して都市に向かって走っていくのを見ることができるだろう。ところで、食糧生産はつねに季節と気候によって成り立つ。田園はつねに太陽と雨と気温を気にしている。晩霜がおりたり、雹が降ったり、旱魃になれば、田園は大きな打撃を受ける。ここにもうひとつ人間と宗教を結ぶ要因がたちあらわれる。すなわち、人々が太陽を崇拝し、雨を願ったり、土地そのものに精霊を見出す十分な理由があらわれるのである。

ここでは、自然の神と人間たちの間にある種の黙約が成り立つ。つまり、春の次には夏がやってくる。夏の次には秋が。あるいは乾季が終われば雨季というように。このリズムは原則として狂わない。したがって人々は自然の大きなリズムを信頼する。「人間を信ずべき理由はかず多くある。人間を信ずべからざる理由もまた同じ。だが春というものについては、これを信ずべき理由しかない」。しかし、春とはいってもその年々によって気温や降雨にバラツキがある。そこで、人間たちは、このバラツキを神の何らかのメッセージと受け取る。つまり気候が順調なときには、神は機嫌がいいのであり、そうでないときには神は人間たちに怒っているのである。天変地異、それに荒れた海を鎮めるために、人身御供を捧げたという伝説は世界中に残っている。こうして神と人間との交流の方法としての「祭祀」の方法が確立され、その習慣が守られたとするのは、見やすい理屈ではないだろうか。

わたしはいま、いかなる神をも持たぬ宗教を描きたいと思う」とアランはいう。「神を持たぬ宗教」とは何のことだろうか。それは「自然」という神であり、あるいは「季節のめぐり」という神である。それはまだ擬人化されていないし、神格化もされていない自然である。「この宗教はただまめやかな自然だけを、というよりむしろ自然と人間の和解を、そしてもっともつよい意味における感銘をことほぐ」。夜空に、ある時刻に、ある形の星座が見える時期には人は種を撒くことができ、あるいは取入れをすることができる。ある山の頂に残る雪のかたちがこれこれのものになったとき、人は別の農事を開始することができる。花が咲き、木の実が実り、あるいは川に魚がさかのぼる、この約束事はどのようなしくみで実行されているのだろうか。人々はさまで深くは考えないが、いずれにしても太陽を崇め、春の到来を祝い、収穫を祝う。おそらくは自然全体、その動き自体が尊敬の対象である。これが、アランのいっている「神を持たぬ宗教」の意味である。おそらくこの宗教は、今日の私たちの感情にも深く残っているのであり、そこからして、例の「私たちは自然に生かされている」という感慨も生まれてくるわけだ。私がこの発言の軽佻さに辟易しながらも、ただちに反論できないのはそのためである。

 
 

3-6.人間の生理、この芯の部分
36  だた、ここで「自然に生かされている」論に安易に同意する前に、アランの宗教論の真髄に触れておこう。彼はいう「形象を持たぬ宗教とはもはやすこしも宗教ではないであろう。なおすこしく進み、太陽をめぐるわれわれの生存をより近くから把握して、われわれは問うであろう。形象を持たぬ思想とはなおよく思想であろうかと」。そして彼の宗教論の基本的な、しかも決定的なスタンスを明らかにする。「答えは生理学的なものである。そして他のものではありえない」と。おわかりのように、アランは宗教の源泉を人間においている。人間のどこに? 生身の人間、人間の生理にだ。もっともこの「生理」は人間の身体の内部機構にだけ限られたことではない。「生理学の及ぶところは、すでにダーウィンの見たように、ただ生体だけには限られない。環境がわれわれをつくる。仲間がわれわれをつくる。有機体がその形態においてこうしたすべての事態を描き出しているように、いかなる宗教も、その幾重にも屈折した形において、そのすべての情況と人間身体そのものを描き出す」。

アランの生理学は、いってみれば環境、それも宇宙を含む環境の有機的な関係の総体を視野に入れている。というのも、生物が生まれているのは地球環境の下においてであり、地球環境は他の天体に依存しているからだ。一方、地上には気象や自然環境の偏差があり、その気象や自然環境に即した生物がすみ、その地域に即した人々のくらしがある。そしてもし宗教が人間に関するものなら、宗教はその環境との関連を含めて人間身体に関係ないはずがないというのである。この考えは、「神がすべての第一原因であり、すべては神の意志によっておこなわれている。これが宗教なのだ」という意見の持ち主から見た場合、因果関係をさかさまにしているように見えるかもしれない。あるいは、「事象の背後にかくれた神の摂理が働いているのだ」、とする意見の持ち主からすれば、ひどく即物的、唯物論的に見えるかもしれない。事実この点では、アランは逃げもかくれもせぬ唯物論者、実在論者なのだ。彼は自ら宣言したようにここでは宗教現象を、神の概念を用いずに説明しようとしている。というのも、ここで神の名を用いて宗教を説明するとしたら、それは明らかに循環論なのだから。

アランの方法論とは、げんにあるものを見るということであり、「現象」そのものを見るにとどめ、勝手にその背景を忖度しないという点にある。この考え方は次の一句によく表現されている。「もし真の内部というものがあるとすれば、そのものはまさしくそうあるべきように、すべてこれらの外皮によって覆われているのを人は見出すだろう」。ここで「外皮と内部」という言葉が意味しているのは、「眼に見える自然(外皮)とそれを動かしているかもしれない力=神(内部)」である。これを「現象(外皮)とその裏側にある本質(内部)」と受け取ってもさしつかえない。自然を見るとき、ある人は神を、あるいは神の摂理を見るかもしれないが、アランはどこまでも自然そのものを見ている。たとえば、人間を見るとき私たちは人間の外皮を見ている。いくら人間を解剖しても、そこに私たちが見るのは内臓という形をした外皮である。私たちの目は外皮以外の物を見ることはできない。かりに外皮の向こう側に「神」のようなものを見るのだとしたら、各人は各人なりの空想をめぐらしていることになる。当然空想されるものは、人によって違ったものだろう。それはもはや論議の対象ではない。

暗喩なるものは裸形のままでは生きえぬものを、ただ敬虔に包みおおい、さらにもこれを包みおおう。かくして哲学というかの無謀のものは、その尋ねもとめる精神を失うことをやめず、一方宗教は、これを救いつつこれを失うことをやめない。されば両者の間にあって生きるのでなければならない」。ここで「裸形」のものとは何だろうか? もちろんそれは人間の生理そのもののことだ。それはまさに一切の衣服をつけぬ裸の人間のことだ。アランは、この裸の人間の身体構造のうちに宗教の源がある、といおうとしているのだ。ただ、人間たちは裸の人間をいつまでも直視しつづけることはできず、ここからして、真理はたくさんの神話、民話、寓話の形で提示されることになる。これらの「物語」は、人間という生理的存在を覆う素朴な、あるいはみごとな衣裳である。それは先祖や父母に対する敬虔によって幾重にも覆われている。しかしその芯の部分に人間身体がある。

ちなみに宗教論は、哲学にとってもっとも主要な主題だ。西洋では1000年にもわたって哲学=宗教論だったのだ。しかし哲学はその思弁的な動きによって、つまり言葉と観念の世界に深入りしてしまうことによって、包みの芯の部分、つまり「人間生理」というもっとも大切なものを見失ってしまう。アランがここで「哲学というかの無謀のもの」といっている点に注意してほしい。彼は自分も哲学者でありながら、観念の遊びに興じて大切なものを見失う哲学の弊害、哲学者の欠点を指摘しているのである。一方、彼の批判は宗教関係者にも向けられる。宗教はなるほど人間を救おうとしている。しかし宗教関係者は、自らの神、自らの宗教との契約を優先するあまり、自分がげんに何を救おうとしているのか、何を救っているのか分らなくなっているというのだ。「されば両者の間にあって生きるのでなければならない」というアランの言葉は、先に私が指摘した宗教に対する「第四の立場」――宗教を深く理解し、肯定的にとらえているが、具体的な宗教活動との間には一線を画す立場――を自ら、みごとにいいあらわしている。(イラスト:無花果の葉をとりさったアダムとイブ)

 
 

3-7.動物とのつきあい
37  ここで自然宗教の大きな特徴である「トーテミズム」についてアランが何といっているか、耳を傾けてみよう。トーテムとは、何らかの動物や植物を自分たちの祖先と同一視し、これに対する信頼や憚りや禁忌の習慣を持つような、そうした対象物のことをさしている。ここには、野生の動植物、そしてやがては家畜化された動物などとの、古代人たちの深い交わりのあとが見て取れる。アランはいう。「神々はわれわれ同様に出来上がっている。いや、いっそこういおう、われわれ同様さまざまな動物から出来上がっていると」。これは一体何のことだろうか。そうだ。古代の人々にとって自分に関係のある自然――そして一切の自然が彼らに関係しているのだが――が、具体的な神だったということだ。そして、具体的な形を伴わないものは、彼らの思考の対象ではなかったということだ。動植物はすべて食物に、すなわち生存に直結している。だからこそ彼らはそれについて真剣に考え、必要と思われるものとの関係をより密にしようとしたにちがいない。

私たちがいま向かい合っているパンの時代の人間とはどのような人々か。それは何を置いても食わねばならぬ存在としての人間、しかも、そのことを自覚している人間である。この絶対的必要についての自覚、これがなかったらおそらく一切の宗教は存在しなかったろう。パンの時代の人間は、「われわれには食べ物が必要だ」ということを知っていた。あるいは、そのことだけしか知らなかった。今日宗教を語る人々は、しばしば「魂の救済」ということをいう。だが、これは贅沢な宗教論だ。魂の救済の前に「胃袋の救済」が必要だったのだ。アランはアニミズムやトーテミズムを、基本的な生存条件たる生理学の観点から読み解こうとしているのである。

禽獣の愛情などといったものを信じるのは、子供らしいことであるとともに、また都会人風のものである」。ちなみに忠犬ハチ公の銅像は渋谷のもっとも人が集まるところにある。忠犬ハチ公がどのような物語を持つ犬なのかを知らない人でも、忠犬ハチ公の像のことは知っている。そしてこの犬の像が渋谷の雑踏の中にあることは意味のあることだ。というのは、忠犬ハチ公の銅像は人里離れた峠に立てられることはないからだ。山奥にも何がしの忠犬はいるかもしれないが、お望みの忠犬物語は存在しない。それにしても忠犬ハチ公には、まだ動物としての分際があった。かつて同じマンションに住んでいたある奥さんが、飼い犬が死んだときに盛大な法要を営み、わが家族も招かれたことがある。家人の話によると、その奥さんは見るも気の毒なほどペットの死を嘆き悲しんでいたということだ。しかしいまの都会人はこんなことでは少しも驚かない。ではこのような現象が牛や馬や鶏や犬やと親身の付き合いをしている農家で起こりえるだろうか? もちろんノーだ。では農家では人間と家畜との関係は希薄なのか? ノーだ。彼らはある意味で利害を共有している。要するに田舎では動物と人間の関係はより正常なのだ。飼い主は動物の不慮の死を悲しむかも知れないし、大いに残念がるにちがいない。しかしすぐに忘れるだろう。田舎では動物には動物以上の地位は与えられない。

ひとは家畜にかしずき、これを信じ、これにしたがい、やがてはこれを殺し、これを食ってしまう。この混淆は思考をいらだたせてきた混淆のひとつである」とアランはいう。古代人が自分の飼っている一頭の牛、一頭の山羊をどれほど大切にしてきたか想像することができる。だが、家畜は家人とともに暮らし、使役され、最後には屠られ食料になる。今日、溺愛されるペットは人間と同じように扱われる。都会では犬や猫が人間になる。しかし家畜を大切にする古代人は、自分の方からすすんで動物になった。「で、調教師たちはみな、あたうかぎり模倣するということになる」。ここでは人間たちが鳥の羽毛をつけ、毛皮を着、鳴き声をまねる。「こうしてある男が野牛と呼ばれ、また他のものが狼と呼ばれたり、鸚鵡と呼ばれたりするようになる。そして調教者の技術はすべての田園の技術と同じく家庭に定着しているものであるから、トーテムなるもの、少なくとも言語としてのトーテムなるものを、また階級によってしかじかの肉を食ってはいけないという禁忌を、ほとんど理解することができる」。私たちはここで、自然宗教がどのように育ち発展していったのかを想像することができるだろう。

デュルケムはその著書の中でこういっている。「・・ある男がカンガルーであり、太陽はある島である、と仮定するのは、両者を互いに同一視するのではないかと。しかし、われわれは、熱は運動であるとか、光線はエーテルの振動であるなどというときには、それと同じ様式で思考しているのである」。なるほど、ある男が突然「私はカンガルーだ」と主張し始めたら、「こいつ、頭がおかしいんじゃないか」と思うかもしれない。だが、私たちもまたトーテミズムの痕跡を残している。「私は丑年生まれだから、すべてにつけてゆっくりやる」などというとき、何を言っているのか。この見解からすれば、血液型による性格判断なども同断ということになる。そして例のカンガルー男にしてみても、現代人が「光は波だ」などといっているのを聞けば、いまの連中は頭がおかしいと思うかもしれない。(イラスト:野獣の仮面をつけた古代人)

 
 

3-8.情念、この過度のもの
38  かりに私たちの想像中の古代人たちが田園で耕作を始め、家畜を飼いならし始めたとしてみよう。つまり彼らが長年の課題であった「飢え」の問題をある程度克服できたと想定してみよう。ここでなにが生じるか。アランはここで「情念」の問題が発生すると考える。「いまや情念のうちにあって、すべての情念を罰する情念のこの不透明な本質に触れねばならない。精神はあたかも火刑台上におかれたかのように、このものに身を捧げてしまう」。アランがいう「情念」とは何か。それは人の感情である。しかし感情にもいろいろある。突然、予期しないものを見てびっくりするのも感情だし、幼い頃を思い出して懐かしむのも感情だ。アランがいう「情念」は、突然のびっくりでもなく、懐古の情でもない。それはいってみれば、「自尊心」「復讐心」「執念」「はげしい恋心」・・など、やむにやまれぬ激情のたぐいである。ひとたびこのものにとりつかれると、人間はとんでもないことをしでかす可能性がある。日々、三面記事をにぎわす殺人や暴力事件のたぐいは、みなこの情念が原因である。「このままではまずいことになる」と知りながら人は情念に身をまかせてしまうことがある。そこでアランは「精神はあたかも火刑台上におかれたかのように、このものに身を捧げてしまう」というのである。

では、人間はどうして「情念」という厄介なものを持つようになったのだろうか? 私には分らない。ただ、アランの言葉の中にヒントが隠されているように思う。というのも、アランは次のようにいっているからだ。「豊穣とは過度である。春はひとつの過度である」「それは依存するものであるよりはむしろ自ら充足しているものであり、ある意味では過度による支配である。かくのごときが暴君の情念であり、しかも各人がみな暴君なのである。されば、私は自負というものの実質をとらえてかかる。すると、このものはまさしく、精神の発現である」。

ここで私はアラン−プラトンの三部位説、「腹(欲望)」「胸(情念)」「頭(理性)」を念頭においていただくようにお願いする。かりに食べるものがなく、毎日食物探しに汲々としているような状態のもとにあるとき、人間はまず「腹=欲望」だけで生活している。このような状態では情念のエネルギーは発生しようがない。しかし食料調達が安定してくれば、ゆとりが生まれ、自信も生まれてくる。この自信、自負の念が情念のよりどころであるとアランは考える。「それは依存するものであるよりはむしろ自ら充足しているものであり」とアランが書いているのは、この点である。「いまや自分は何者かなのだ」「自分は一人でも食っていけるのだ」という感慨を持っている人は、侮辱されたり、攻撃されたり、自分の思い通りにならないことに我慢がならなくなるだろう。

人間は海に出て嵐に遭うが、何とか切り抜けて帰ってくるということがある。広い荒地を長年かかって耕地に変えるということもある。あるいは苦心の末に大きな家を建てるということもある。そのような目的を達成したとき、人間は自分の意志の力、あるいは精神の力を実感し、自ら誇らしく感じるだろう。誰しも「やってできないことはないのだ」「意志さえあれば何とかなるのだ」という気持を持つにちがいない。これはすばらしいことだ。「恐怖は克服される。死は克服される。かくのごときが崇高の感情であり、そしておよそ過度な行為の中にはすべて崇高なものがある」。つまり、何か大きな仕事をするにはある種の「過度」が必要なのであり、この過度、つまり無茶苦茶な努力があってこそ大仕事ができる。このときの満足感はたしかに立派なものであり、崇高なものだ。だが、この満足感は一種の自己陶酔に結びついている。「陶酔は、思考する存在にあって凡庸のものであることができない」。ここにも過度が生じる。つまり、自負、自慢の過度に陥る危険があるのだ。

情念はエネルギーの過剰から生じ、つねに勇気と自負と自己陶酔を生み、人間を暴君にしてしまう可能性がある。ここには自分自身の価値に敏感な精神が芽生えている。「この種の勇気はたしかに、人の思うよりいっそう低いところに棲む。というのも、自負は単に精神にのみ属するものでは決してないのだから」。なるほど、危険なものにあえて挑戦する勇気は誰しも賞賛する。かっこいい。けれどもアランは、それは見かけよりも崇高ではないという。というのもそれは、半分は情念に支えられているのであり、過度のエネルギーの発露に過ぎないからだ。「自負=プライド」という、この情念の構造の中に、早くも精神が入り混じっている。単なる「びっくり」は情念ではない。「びっくり」させられて、次に「このオレを侮辱したな!」と叫ぶのが情念なのだ。愛する女性にふられて悶々とする気持は情念だ。だがその「悶々」の中は、「自分は本来そのように扱われるべきではない」という精神の働きが混じっている。

だいぶ情念の説明に手間取ってしまったが、情念と宗教はどのように関係しているのだろうか? それは過度に対する用心としての礼節、そして儀礼という形を通してである。人間たちは過度を満喫し、陶酔しさえする。たとえば豊年の祭りで、神輿を担いで熱狂を繰り広げる。けが人が出る。これは過度による自己陶酔の実例だ。しかし翌朝には反省が生じるだろう。ここで私たちは古い人間生活の知恵としての、いいかえれば自然宗教の知恵としての礼節と儀礼に、ごく自然にたどりつく。アランは情念の狂気が、初期にあってはたとえばバッコス祭りのような、一種の狂気そのものをともなう陶酔の中で浄化されるという点を指摘してこういっている。「これはだれしもお感じになるように、わが身からわが身の過度な部分を術策によって切断することであり、善と悪をともに放棄してしまうことである」。(イラスト:バッコス祭りの狂気の信女)

 
 

3-9.「いただきます」が意味するもの
39  アランは「人間は身を持して失わない。人間は獣のようには食わない」という。これはどういうことか。私は、これを人間の中にあるもっともオリジナルな羞恥心、あるはモラルの発芽だと考える。それは秩序のメリットを認める知恵に直結している。獣の食べ方にはマナーはない。ちなみに狼は他の仲間が咥えている獲物を、横合いから奪ったりもする。おそらく初期の人間は同じようなことをしていたかもしれない。しかし、間もなく「作法」が生まれた。この作法はトーテミズムの儀式とも深く結びついている。ホメロスにあらわれる人々は食事の前に神々に犠牲を捧げる。その儀式は、たとえば牛の骨を脂身でくるんで焼き上げ、その煙を天に送り届けるという方法でおこなわれる。残りのおいしい部分は人間が食うのである。

これについてアランは「またそれに、いくらか毛を焼いたあと、人間はその動物をまんまと食ってしまう。けだし、犠牲とは供物であるよりも、むしろ一種の殺し方だからである」といっている。私はイスラエル人の学者と話したことがある。私は次のようにいってみた。「私たち日本人の氏神さまへの供物は野菜、果物、それに烏賊の干し物などで、いたって温和な食物ばかりである。これに対してユダヤ教では何かというと獣を屠り、血を流す、われわれ日本人からすると残酷で野蛮に見える」と。すると彼が答えるには、犠牲のやり方があって、それは犠牲獣にもっとも苦痛を与えない方法でおこなわれる、というものであった。いくら苦痛を与えないとはいっても、四足の生き物を殺すのだから同じことではないかと思ったが、要するに、屠殺の仕方はすでに「食事のマナー」の一部を構成しているのだということが分る。

私たち日本人は食事の前に、それが自分の家の食事の場合でも「いただきます」という。これは何のために、誰に対して言うのだろうか。神に対して、あるいは感謝すべき何ものかに対する挨拶だろうか。かりにそうであるとして、私たちはその「感謝の念」を意識しているだろうか。私はこのよき習慣は、たとえ神信心に関係ない人でもパターンとして実行している反面、たとえ神信心をしている人の場合でも、なかば無意識に反復されているにすぎないと思う。では、この「いただきます」は、宗教にまったく無関係な習慣なのだろうか? 私はこれこそが宗教の原点だと思う。

つまり「いただきます」という言葉が口にされるところには、万人に共通の、しかるべき神はいない。にもかかわらず、私たちは小さな儀式をおこなう。儀式が先なのであって、神信心はあとだ。その儀式の形式こそが重要なのであって、それは無反省な習慣であっていい。ただ、この無反省な「いただきます」が意味しているもの、それは大きい。それは私たちが獣性を克服したことのあかしである。それは私たちが他人の口元から、暴力的に食物を奪い取ったりしないというマナーのあかしだ。このマナーを取り仕切る神はどの神でもいい。アランのいう「人間は身を持して失わない。人間は獣のようには食わない」という一句は、宗教の根幹が、深いところで社会的なマナーと人間性の裏づけであることを教えている。

パンの時代が意味するもの、それざっと見て胃袋の時代である。それは個々人の胃袋であると同時に社会の胃袋である。そうだ、この時代に人々は、森のそば、田園のうちで「社会」を形成しつつあったのだ。「畜群を殺戮するアイアスとは、意味にみちた課罰である」とアランはいう。長期にわたってトロイを攻めたギリシャ軍は、そのキャンプの一隅に家畜を囲っていた。すなわち、この小さな牧場はつねに新鮮な食肉を提供してくれる食料倉であった。だからこそアイアスの、あの悲劇物語が生まれる。彼はある夜狂いだし、飼われている家畜たちを憎い敵――自分に仇をなす味方――だと思い込む。彼は抵抗もせず逃げまどう家畜を思いのままに切りさいなむ。そして目覚めのあとには、アイアスの胸にはいいようもない恥ずかしさがやってくる。その恥ずかしさとは何か? もちろん最良の武将が敵と食料を見間違えたということであり、それはいってみれば「人間と獣を取り違えた」「食べ方を間違えた」ということである。なにを間違えてもいいが、これは人間の美学に反することであり、勇士の美学に反することであった。目覚めて自分が何をしたかを知ったアイアスこそが、課罰を受けるアイアスである。

この美学は社会的なものであり、それゆえ定言的なものである。「汝、マナーを守って食べるべし」は、モーゼの石版にも書き記されるべき戒律であった。デュルケムが「宗教は著しく社会的なものである」といい、さらに宗教を「社会の権威そのものである」というとき、また宗教を説明するに「人間の集団が幾世紀もの間に刻苦して鍛え上げ、そしてこの中に彼らの知的資本の最良のものを蓄積した精巧な思考の道具のようなもの」というとき、彼はアランの命題「人間は動物のようには食わない」を、そしてすでに「胃袋」が早くも「精神」を先取りしつつ「情念」の統制とワンセットになっているという、あの仮説を裏づけているのである。

アランは、情念を統制するための儀礼の例を、単なる宗教的儀式、つまり「いただきます」に限定していない。彼の考えでは「芸術」全体が情念をコントロール手法として形成されたと考える。「村の踊りは恋愛の儀式である」と彼はいう。リズムに合わせ、音楽に合わせ、決まった身ぶりで踊られる若い男女の踊りは、無秩序な野合へのエネルギーをみごとに、美しくコントロールしている。同じようにして歌は叫びに対する用心としての儀式の一種だ。「観物(演劇)もまた儀式の一種である」。さらにアランは「詩、散文、美しい言語は、また儀式である」ともいっている。情念にせっかちなはけ口を与えないこと、つまり、飢えているから、食物があるからといって、いきなりかぶりつくのではなく、一呼吸おき、威儀を正して「いただきます」ということは、その人の、その瞬間に「美」を挿入することである。「これは神々をまさしくその住まう場所において、すなわち胸腔と腹部とにおいて、征服することである。これは思考する動物を解きほどくことである。精神にはこれ以上のことはできない。で、おそらくこれで充分なのである」。

「儀式」といえば、私たちは各種の神事、葬儀のときの式次第、寺における各種の法要、教会でのミサ、それに卒業式や入学式など、人が集まって何かするような、こと改まった機会のことと想像する。しかし、アランは上に示したように小さな日常のマナー、舞踏、音楽、演劇、文学などといった芸術の試みをすべて儀式の枠組みの中に入れている。これはいくらなんでも、拡大解釈のし過ぎではないか・・という人もいるに違いない。だが、「儀式の本質は何か」と考えてみるとき、アランの言い分にも一理あるように思える。つまり、彼は「情念=過剰」という、なかば動物、なかば人間である混乱した状態を説明した。その上で、儀式を「情念、あるいは獣性を克服する人間の巧妙な術策のひとつ」として規定しているのである。(イラスト:食前の祈り)

 
 

3-10.祈りの姿勢
310  ところで、はげしい身ぶりの衝動が舞踏に、叫びが音楽に転化され、浄化されるという話は何となくわかる感じがする。つまり舞踏の形式、あるいは音楽の安定したリズム、繰り返されるフレーズが、無秩序や混乱に対するバリアになっているという点も理解できる。芸術に対する愛好は、少なくとも野蛮なものではない。だが「観物(演劇)もまたひとつの儀式である」、この点についてもう少し詳しくご説明しておこう。ここでアランがいっている「観物」とは、俳優として演じる演劇のことではなく、観客側から見ての演劇のことである。

演劇は舞台の上ではげしい喜怒哀楽を表現する。悲しい場面を見れば観客は涙をこらえることができなくなるし、危険な場面でははらはらし、おかしい場面では腹を抱えて笑う。ということは、観客は自分の情念をなだめるどころか、情念を刺激してもらうために、劇場に集まってきているようにも思える。そこでアランも「あまりにも抽象的な哲学者たちは、ひとが自分自身のうちに、しかも技巧を用いて、憐憫や恐怖や戦慄までも刺激して喜ぶということに、しばしば驚く」といっている。けれどもアランの考えでは、演劇の本当のねらいは、観客が、そうした情念を疑似体験しつつ、そうした情念に自らが打克つことを学ぶことにある、と考える。つまり、アリストテレスがつとに指摘している通り、観劇はある種の免疫注射というわけだ。

ドン・キホーテは少々遅れてやってきた騎士として、尊敬すべき人物だと私は思う。しかし少なくとも演劇鑑賞という点では、彼は一個の野蛮人であった。というのも、彼には演劇の中の悪人と現実の悪人との見さかいがつかないからだ。彼は舞台に飛び出していって悪人を演じる俳優をやっつけてしまう。私が子供のころ、町の映画館で「ターザン」が大人気だった。ターザンが悪い連中をやっつけるとみんなが叫んで拍手するし、危機に陥るとはらはらする。画面のターザンに向かって「ほら、うしろ、うしろ!」などと大声で注意を与えたものである。このような観劇法も盛り上がってたいへんいいものだ。だが、演しものによっては観客の不用意な叫び声はたいへん不謹慎にも、迷惑にもなる。ここでは「他の人々といっしょに、所定のマナーを守って舞台を楽しむ」という精神が必要となる。これがひとつの儀式なのである。

昔の人たちは一段と用心を加えて、縛られたプロメテウスと座っている観客との間に、舞踏するいまひとつの集団を構成してこれを置いた。そしてこの一団が観客という大群衆に、人間たちの不幸や神々の憤怒をどう鑑賞すればいいのかを教えた」。ギリシャ悲劇にはコロスと呼ばれる合唱隊がつきものだ。この人々はヒーローやヒロインに話しかけたり、情景描写をしたり、あいづちを打ったり、主人公の不幸に同情したりする。しかし彼らは劇の筋を動かすほどの力は持っていない。たとえば、アランが例示しているアイスキュロスの名作「縛られたプロメテウス」に出てくるコロスは、ゼウスの命令で岩山にくくりつけられたプロメテウスを見て、彼に同情し、慰めの言葉をかけるのだが、彼を助けることはできない。アランはこのコロスの役割を「登場人物と観客の媒介役」としてとらえている。そして、彼らが観客にどのようにお芝居を見たらいいのかを教える役割を果たした、というのである。これは無作法にならずに演劇の中に入り、演劇の世界を疑似体験し、多くの人々と感情を共にする、ということである。

この考えをたどってみると、子供たちが演劇を鑑賞するのはいいことだ、と私は思う。もちろんその子供の年齢にあった演劇を見ることもいいが、親に連れられて、その年齢にはちょっと難しいような演劇を、大人たちに混じって鑑賞することがいいことだと思う。そこではたとえ意味がよく分らなくてもおとなしく座っていなければならず、人々が笑ったり、拍手するところでいっしょに笑ったり、拍手することを、つまり人々と感情と行動を共にすることを学ばなければならない。アランは他の本でも「演劇は大衆の学校である」といっている。子供たちの教育がいい大人になることを目的とするのであれば、演劇の場がひとつの儀式の場であり、教育の場でもあることを否定することはできない。 

人間は動物だ。だが一動物でありきることができない。「情念」というエネルギーを持っているために、人間は動物よりもたちが悪く、互いにとって危険である。どうしても何か迂回路を作ってこのエネルギーを他のものに転化するか、比較的無害な形で放出する必要がある。アランの考えによれば、そのエネルギーの「転化」「放出」の試みはすべて礼節であり、儀式、つまりもっとも基礎的な宗教的試みなのである。だから、わが身を鎮めるためのテクニックであれば、それが集団でおこなわれようと、単独でおこなわれようと、どういう名目でおこなわれようが儀式であることに違いはない。

アランは第6章「儀式」の終りの部分で、自分が見た小さなエピソードを語っている。そのときアランは田舎の道端で一人の老人を見た。「私は年老いたひとりの爺さんに眼をとめていた。爺さんはもう畑から畑へ歩き回ることしかできないほどである。このとき、爺さんが片膝をついたまま動かなくなるのをわたしは見た。爺さんは祈っているのだろうと、私は考えた。かたわらの農夫の女にそれを示すと、彼女はただこういった。『この辺じゃ、みんなあんなふうにして休みますんじゃ』と。爾来、わたしはいちどならずこの姿勢に眼をとめた。それはとくに春と秋にふさわしく、また老齢と思想とにふさわしい姿勢である。とはいってもなにも、かの老人がすこしも祈っていなかったなどという意味ではない。まさしく反対なのである」。

ここでは明らかに「祈りの姿勢」が語られているのだが、つかの間の不動の姿勢をとっていたひとりの爺さんも、その付近にいた女性も、それを「祈り」とは思っていなかった。その人たちに聞いてみれば、「祈りとは、神の名を唱えることじゃ」といったかもしれない。しかしアランはそうは思わなかった。アランは、祈りの本質を「神の名を唱えること」と考えていないどころか「祈りとは祈りの姿勢のことだ」と考えているのである。たとえば、手を胸の前で合わせ、頭をたれる、これは一般的な祈りの姿勢である。アランはこれが生理的に人間に安らぎと静謐とをもたらしてくれる姿勢だという。どの神に、どういう言葉で祈るかが問題なのではなく、自分自身に対して安らぎと敬虔の姿勢をとること、これが祈りの本質だとアランはいうのである。私はあるとき、両手に本を持って読む姿勢がこれに似ていることに気づいた。著者に対する尊敬をこめて一冊の名著を読むことは、あるいはひとりの人間にとって儀式であり、祈りであるのかもしれない。(イラスト:祈りの姿勢で休む農夫)

 
 

3-11.神託と魔法
311  アランはまた自然宗教の範疇で「神託」と「魔法」について語っている。この二つも、宗教の祖形に密接に結びついている。「自然は告げ知らせることを止めない。樹木、花、鳥、蟻、すべてがわれわれに助言する」とアランはいう。まだ起こらない未来のことを知りたいと思うのは、知性を持つ人間の共通の特性だ。それにまた、通常以上の能力を持ちたいと思う願いも万人に共通である。こうした素朴な願いが「神託、あるいは予言」と「魔法」の基礎ではないだろうか。神託についていうならば、私たちは自然を観察することで近未来をある程度は予測できる。たとえば空が暗くなってきたら雨が降るなとか、ツバメが飛んできたからもうすぐ夏だとか、今年は山に雪が降らなかったから、夏には水不足になるだろうとか・・。アランのいう通り、「自然は告げ知らせることをやめない」のだ。

こうした点で、通常の人以上に自然の「徴し」に敏感な人、あるいは何らかの理由で未来予知にすぐれている人は、当然「巫女」として崇められたことが推察される。そして彼女――なぜか女性であることが多いのだが――が発する言葉が「神託」となる。しかし、神託の真の意義は巫女の超能力のうちにあるのではなく、神託を求める人の心のうちにあるとアランは考える。というのも人が信じれば、信じたというそれだけの理由で予言が実現してしまうということがあるからだ。それに「良く当たる」といわれていたデルフィの神殿の神託の言葉は、一種の「謎歌」のようなもので、人はこれを自分流に解釈しなければならないことが多かったのだ。

神託の精神というものはもっと柔軟なものであり、事物と同じように襞を持つものである。また実際、遠くはなれた、ふたしかな、危なっかしい事柄については、差し控えておいたほうが賢明であるに違いない」。ヘロドトスによれば、リュディアの王クロイソスはペルシャと戦争をすべきかどうかデルフィの神殿におうかがいを立てた。彼は神託の言葉を「自分に有利」と解釈した。そこで彼は戦争をしかけ、大敗して、囚われの身となってしまった。そこで後日、彼はデルフィの神殿に「お告げは当たらなかった」と文句をつけたのだが、じつは神託の言葉の解釈が間違っていたと反論され、ぎゃふんと参ってしまった。

ということは、神託の言葉はどう解釈しても良く、たとえ解釈がどうであれ、それを信じてうまくいったならそれは「お告げ」が正しかったことになり、お告げに反して失敗したなら、こちらの解釈なり、何らかの対応が違っていたことになる。いずれにしても神託そのものは傷つかない。しかし、迷っているときに神託を聞くという行為は少しもムダにはならない。というのも、それだけ慎重に時間をとって考えることができるわけだし、そのようなとき、利害に関係のない第三者の助言を受けるのも悪くない。それにまた謎めいた託宣をヒントにして、さらに熟考することもできるわけだ。古代世界に、託宣を述べる各地の神殿がどうしてあれだけの権威を持ち続けることができたのか、以上のことからも察しられるわけだ。

魔法は神託に似ている。それはどちらも超能力を意味している。これについてアランは「魔法使いは政治的なものである」といっている。これはどういうことだろうか。魔法使いが活躍するのは魔法使い自身が人々の間で威をふるうためである。だから、魔法使いは人間たちの間で、権威を持ち、必要とあれば金を稼ぎ、あるいは政治的力を奪取する。だからアランは「魔法使いは買収されるが、巫女は買収されない」というのだ。神託を告げる巫女は、個人的には報酬をもらわない。たとえもらったとしても、それは神殿の実入りであって、彼女個人の財産になるわけではない。これに対して、魔法使いには概して損得づくのところがある。

魔法を意味する「マジック」という言葉の語源は、ペルシャの僧侶を意味する「マゴス」に由来する。彼らは祭祀を司っていただけでなく、ある程度数学や化学などの知識を身につけており、たとえば一般の人々にはできない複雑な算術をやって人々を驚かせ、畏怖させたという。素朴な古代人たちが彼らの学問的知識と、インチキとの混合物に容易にだまされてしまったということは大いにありうる。そして魔法使いは、自分が与えた暗示に人々がやすやすと引っかかってしまうとき、「オレの超能力って、すごいな」と思い込んでしまったかもしれない。そこでアランはいうのだ。「魔法使いを欺くもの、それは支配したいという情念である。というのも、人間たちのほうで、自ら口にもせず、またこれを知って格別役にも立たぬような原因によって、しばしば帰服してしまうのだから」。このようにして彼は魔法使いの現場を取り抑える。

「自然宗教」は、私たち共通の性質から出発している。そこで、この「神々」第2部「パン」におけるアランの「自然宗教」のスタディは、私たちに何を言おうとしているのだろうか。そこにはわけのわからないもの、幽暗なもの、不可思議なものは何ひとつ存在しないということである。それは他の動物よりは少しばかり複雑で、過激で、少しばかり知的であった人間の共通の特性が生み出した習慣であり、憚りであり、恐れであり、期待であり、願望であり、夢であった。やがて、神託を告げる巫女も、人々を思いのままに引き回した魔法使いたちもその舞台を失っていく。しかし、自然宗教の痕跡が私達の身辺から完全に消えてなくなることはない。

私たちは今日ではマジックショーを楽しむ。いまだに私たちは魔法使いの超能力と手練に驚きたいのだ。現代の巫女は、ある意味では、未来の経済を占う経済評論家や気象予報士たちである。私たちは彼らを必要とするのだが、同時に彼らの誤ちを大目に見る。それにまた、本職の占い師たちもいて、テレビに登場したりする。彼らも依然として善良な人々の尊敬を得ている。しかしこうした自然宗教の名残りは、アランが解き進めようとする「宗教」とはもはや別物である。それは「宗教」という本流に対して、残っている支流、その支流が途絶えたあとの水溜りのようなものだ。「自然宗教がよしんば保存されるにしても、従属的な位置に置かれるものだということは、宗教的なことであり、しかも本質的にそうである」。(イラスト:神託を告げる巫女)

 
   
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